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第8.5話 お友達を作りたい 後編

 砦のふもとにある街の廃墟。


 たしか砦づくりのために職人を住まわせた場所だったはず。


 小川はそこまで流れていて子供たちが川の水を汲んでいた。


「あ、ササラだ」


「パンちょうだい」


「わんわんだ~」「わふ」


「ササラお姉ちゃんと言いましょうね~」


 ふふふ、ここ数日の餌付けですでに子供たちの人心は掌握済み。


 ちゃちゃっと調べちゃいましょう。


「今日はみんなに――」


「いい匂い!」


 子供の一人に持ってきていたお菓子入りのバケットを盗られた。


「お菓子だ! はむ……んっんぐ。ん~~おいひぃ~~」


 ちょっと野性味ある女の子がお菓子で幸せな顔になる。


「ウルだけ、ズルい!」


「よくやったウルヴァ!」


「お菓子を手に入れたぞ。みんな逃げろ!」


 わ~~、っと言って子どこたち全員が散っていった。


「ま、待ちやがれこんにゃろーっ!」


 まさかお菓子で釣る作戦がお菓子争奪戦になるとは!


「しかし相手が悪かったですよ。この鬼ごっこ百戦無敗のササラちゃんに勝てると思うな。いくぞクロム!」


「わふぁ……」


 しかしクロムは眠くなったのかその場で寝転がった。


 なんて怠惰な犬なんだ。


「むーん。なら一人で追いかけますよーだ」


 この程度でめげるもんですか。


「おにさんこちら~」「きゃっきゃっ」


「こんなろおおおお!」




 ――10分後。




「ぜぇぜぇ……捕まらない……」


 なんという逃げ足の速さ。


 こども恐るべし。


「……すぴ~」


 クロムはぐっすり熟睡モードになってる。


「おにさんこちら~」


「ササラよえ~」


「ふんぎいいいいいい!」


 子供だからと少々侮ってました。


 ここは彼らの遊び場。


 地の利は向こうにあり。


 こうなったら罠をはっていい感じに。


 いやそれより魔法を使って……ちょっと危険か。


「う~~ん、ぬ~~ん」


「あの……」


 正面から行っても逃げられるし、人数も多いしな~。


 魔法を使いたくてもいいかんじに拘束する子供にやさしい魔法っておぼえてないし~。


 むむむむむ。


「あの~~」


 ん、誰かが呼んでる?


 振り向くと廃墟の壁に隠れるような人影がいた。


「だれですか?」


「ひぃ……」


 声をかけられたので返事をしたら逃げられた。


 ……とりあえず追いかけよう。


「……あぁ、やっぱり知らない人は怖ぃ……」


「かわいいメイドさんを怖がるなんて失礼ですね」


 わたしは身体強化の魔法で廃墟の上をてくてくっと先回りした。


 そして飛び降り。


 スタッと着地。


「わっ!?」


「ほっと、先ほどの鬼ごっこでは失敗しましたが今度はうまくいった――ってあれ?」


 わたしから逃げた人影は可愛らしいお人形さんだった。


 ベルタさんにどことなく似ている気がする。


「あわわわわわ……」


「もしかしてあなたがカルちゃんですか?」


 名前を聞かれて我に返ったのかすんなりと答えてくれた。


「あ、はい……そうです。カル・ゴーレムって呼ばれている、ます」


 おお、合ってた!


「おっと失礼。わたしはシルヴィアさまの専属メイド、ササラといいます。以後お見知りおきを!」


「ササラ……えっと、たしか、パトロンの使用人……」


 パトロンとはシルヴィーのことかな。


「わたしのことを知っていましたか」


「い、いちおう重要人物はぜんいん知ってる……ます」


「そうなんですね。ところでここで何をしてるんですか?」


「えっと……その……と、と…………」


「はい?」


「ずっと工場長と一緒に作業してて……その、さっき子供たちと楽しそうだったから…………声かけてごめんなさい。帰ります」


 カルちゃんはそのまま物陰に隠れた。


 もじもじして、楽しそうだから近づいて、そして逃げる。


 はは~ん。


 このササラの天災頭脳が一瞬で答えをはじき出しました。


「ああ、一緒に遊びたかったんですねっ!」


 カルちゃんは物陰から可愛らしい顔をひょっとだした。


「…………そうかも」


 うんうん、見た目からお姉さんぽいけど、カルちゃんはみんなの遊びたいんだ。


 しかし今の鬼ごっこは遊びじゃないしな。


 そんなことを考えていたら隠れていた子供たちがわらわらと近づいてきた。


 ずっとかくれてても面白くないからね。


「お姉ちゃんもうこうさん?」


「ササラのまけ~」


「なにおー。すぐつかまえちゃる!」


「にげろー!」


「きゃはははははっ!」




「……楽しそう。これが……ともだち……」




「つかまったー」


「なんとか一人つかまえた」


「鬼さんこっち!」


「こっちこっち!」


「きーー、すぐに捕まえるからちょっと待ってなさい」



 ――カリカリカリカリカリカリ。



 道の端でカルちゃんが紙に何かを書いている。


 表情は分からないけど真剣なのは分かる。


「むむむむ……」


「――って、カルちゃん何してるの?」


「その……私は人形だから……笑えない…………だから、笑った顔を作ろうと設計図を……」


「なんで?」


「みんな笑ってるから……」


 カルちゃんはカリカリと顔の絵を描いているが、口の所が変になっている。


 そう、なんとも言えないスマイル顔で、なんていうかサーカスのずっと笑顔の道化師みたいな――目の前のカワイイ人形がこれだと不気味な笑顔になるような、そんな絵を描いていた。


「笑顔機能……実装が難しい……やっぱり諦めよう」


「カルちゃんは友達になりたいから笑顔になりたいと?」「えがおー」


「うん……そう」


「他に友達は?」


「……いない」


 あ、ず~~んと落ち込んでる。


「カルちゃん。いいですか笑顔が必ずしも友達の条件じゃありません。むしろ悲しい時とかいろんなときにずっと笑顔だとそれこそ変じゃないですか」


「……たしかに」



「それにほら、わたしが今日からお友達ですっ!」



「おともだち……」


「ね、笑顔なんて関係ないでしょ」


 カルちゃんは、こくこくこく、と顔を上下させて肯定する。


「ササラお姉ちゃん、その子はお人形さん?」


「うごく人形だ!」


「わたしの友達のカルちゃんです。なかよくするよーに」


「お人形さん。すべすべ~」


「高い高いできる~?」


「高い高い、こう?」


「わーい、きゃっきゃ」


「ずる~い」


「あ、カルちゃんそのまま捕まえてて、えっとこの水晶をとば」


 魔力検知水晶に私が触れると光るのは当然なので、三脚の金属の台座の方を持つ。


 そしてカルちゃんが持ち上げた子供に水晶をあてた。


 ……光らない。


「う~ん、魔力はないですね」


「なにそれー」


「これは魔法が使えるか調べる道具です。さーて次はだれかな~」


「わーにげろー」


「かくれろー」


「よし、カルちゃん一緒に子供達を捕まえましょう!」


「わ、わかったっ!」


「あと捕まった子は一緒に追いかけるんですよ。これはそういう鬼ごっこなんです」


「はーい、わかったー」


 鬼ごっこ第二ラウンドの始まりだ。


 しかもルールは鬼側超有利にしれっと変更した。


 ふふ、勝ったな。





「くそー3体1とかひきょうだぞ!」


「ふふふ、そう言うルールだからしょうがない。今度はこの4人で残りも捕まえるぞー」


「おーー」


「お、おおー!」


 4人、5人、6人と鬼が増え続けてついに残り1人になった。


「あとはウルヴァちゃんだけね」


「ウルならみんなにクッキーを分けたあとどっかいっちゃったよ」


「どこにいるかわかる?」


「う~ん……なかまは売れないな」


「クッキーもらってるしね」


 どうやらウルヴァちゃんはみんなのリーダーぽいようだ。


「ならクッキー10枚で手を打とう」


「出すもの出して家へ帰りな」


「そんなセリフどこで教わったんですか!」


「おとな~」


「お酒手に入ったときによく言ってた」


 なんという世も末な。


「そういう大人の真似をしちゃダメっ!」


「え~~」


「じゃあ教えな~い」


 うぐ、子供たちがひねくれちゃいました。


「むむむ、どうしましょう」


 今からクッキーを焼きに戻るか、それとも――。


「ウルヴァという子は……どういう子なんですか?」


 カルちゃんが質問した。


「えっと、銀髪でー、親がいない」


「そう、孤児っていうんだ」


「ぼくらもー」


「そうでしたか。今まではどうやって暮らしてたんですか?」


「鉄のじーじが飯とかくれた」


「鉄のじーじ?」


「腕がない騎士さま」


「ああ、鉄腕ですか!」


 そういえばそんなおじいちゃんがいたな。


 一応騎士ぽいことしてたんだー。


「それはそれとして、そろそろウルヴァちゃんの場所を教えてくれません?」


「どうしようかな~」「そいつはきけねぇな」「ぐへへへへへ」


 ダメだ早く教育してあげないと。


「む~、手ごわいですね~」


 おやつの切れ目が縁の切れ目。


 やっぱり一度もどってクッキーをエサに……いやまた奪われて鬼ごっこになるか。


 あれ~どうしよう。


「あの……それなら私に任せて」


「カルちゃん、なにか案があるんですか?」


「えっと……じゃじゃじゃじゃーーん、ちびゴーレムず~」


 カルちゃんは謎のセリフと一緒にどこからもとなく小人形をいくつもとりだした。


「カルちゃんいまのセリフは?」


「ど、道具を出すときのお約束と……工場長に……」


「なんで?」「わかんない……」


 カルちゃんはそのまま人形たちを並べて小声で命じる。


「みんな動いていいよ」


「わー」「動ける!」「わーい!」


 ちびサイズの人形たちが動き出した。


「あの……さっきの子を一緒に探して」


「おまかせあれー」「あっちだ」「いやこっちね」


 なるほど子供たちの代わりにカルちゃんたちが探してくれるんですね。


「それじゃあみんな。さがすぞー!」


「おー!」


 ゴーレムたちとウルヴァちゃん大捜索が始まった。





 ――廃墟の片隅。


 ウルヴァは崩れかけの壁の上に座り、のほほんと空を眺めていた。


 そしてさっき手に入れた戦利品クッキーの最後を口にほおばる。


「んぐ、おいひぃ~~」


 ウルヴァは甘さとしょっぱさが絶妙な塩クッキーが気に入っていた。


「お、また追いかけっこかな」


 ササラが移動したのを見て次はどこに隠れようか考える。


 ――トテトテトテ。


 ササラの動向を意識していたため足元のちいさい人形に気付くのが遅れた。


「なんだぁ?」


「みっけ! みっけ! みっけ!」


「うわ!? しゃべった! なんだこれ!!」


 逃げるよりも好奇心が上回り、つい近づいてまじまじと観察する。


 そして持ち上げていろいろ調べはじめた。


「うわっうわっうわっ!」


「おもしろー!」


 人形をぶんぶんふって遊んでいたため、後ろから近づいてくる人形たちに気付くのが遅れた。


「みっけ!」「かかれー!」「おー!」


「うわやめろ。そこさわるなって、あひゃひゃひゃひゃ!」


 ウルヴァは全身に人形たちがまとわりつかれて身動きが取れなくなった。






 おや、笑い声が聞こえる。


 目を凝らして見るとウルヴァちゃんが人形ちゃんにこちょこちょされていた。


「やっと見つけた!」


「はい……捕まえました」


 同時に着いたカルちゃんがウルヴァちゃんを捕まえる。


「くそーつかまったー」


 少し悔しそうにしていたがすぐに目を輝かせる。


「わぁ、なんだこれっ! よくみたらこっちも動く人形だ!」


「……あわわわっ」


 ウルちゃんは興味の赴くままカルちゃんにまとわりついて、肩車する形に落ち着く。


「ウルヴァだけずるい」


「わたしもー」


 ウルヴァリーダーに倣うように子供たち全員がカルちゃんにまとわりつく。


「いいなー」「まざろう!」


 すぐにちび人形ズもカルちゃんの手や首にぶら下がる。


「た……たすけて……」


 わーたのしそうって思っちゃったぜ。


 けど友達としてここは助けてあげないといけないよね。


「カルちゃんが迷惑してるから、みんな一回離れようね!」


 とりあえず一人ずつカルちゃんから引き離していく。


 けどすぐにまた足とかにひっつく。


「なーなーこれ魔法で動いてるのか?」


「これじゃありません、カルちゃんです。私の友達ですよ~」


「ホントに、じゃあボクも友達になるっ!」


「と……トモダチが増えた……あわわわわ」


「じゃあオレも!」「わたしもー」「もー!」


「一気に増えた! わひーーーーっ」


 なんかカルちゃんがわひーとかうひゃーとか言ってる。


 表情豊かだね。


「なぁなぁ、カルちゃんは魔法なのか。それとも違うのか?」


「ゴーレムは……たぶん魔法かな?」


 さすがに私もわからない。


 そもそもゴーレムって学園でもあんまり見かけないんですよね。


 なんでだろ?


「わーすべすべ、関節はどうなってるんだ?」


 ウルヴァちゃんは好奇心の赴くままにカルちゃんのあっちこっちを触ったりひっついたり調べ回った。


「ま、魔法です…………たぶん……ひーー」


 友達が嫌がってるのなら助けるのがスジ。


 ということで子供の興味を引かせる最終奥義。


「光魔法、光球ライト・ボールたくさん!」


 とりだした杖のさきっぽから光の球がふよふよと飛ばす。


「わっ魔法だ!」


「きれー」


 思った通りカルちゃんに群がってた子供たちが離れて光球ライト・ボールに目を奪われる。


 この魔法は光るだけの無害な魔法。


 そのため子供に見せる定番魔法なのだ。


 鬼ごっこのときもこれ使えばよかった。


「そーれそーれ、光球ライト・ボール~」


「なあ、ボクも魔法が使いたい。なぁいいだろう」


「ほう、魔法に興味があるのかね」


「あるある!」


「魔法の力が欲しいか?」


「ほしい!」


「ならばこの水晶を触るがよい。もし光らせることができたらお主に魔法適性があると認めよう」


「……ササラちゃんそれなんのマネ?」


「クマゴリラシリーズの名セリフのひとつですね」ドヤァ。


「…………ともだち……勉強しないと……話が合わない……あぁ…………まだ早かった…………」


 なんで落胆してるんですか?


「今度小説を貸しましょう、ね」


「大切な物の貸し借り……ともだちっぽいっ」


 今度は一転してぱぁっとなってる。


 カルちゃんむちゃくちゃ感情豊だ。


「これに触ればいいんだな」


 ウルヴァはひょいっと水晶球を持った。


「ん~~はっ、ほっ、とぅ!」


 ウルヴァの掛け声とは対照に水晶は全く反応しない。


「ざんねんですね。魔法適性がありません」


「ちぇ~、魔法が使えたらこうずぱっと水とか出してみんなを楽させられるのに」


「ウルちゃんもだめか」


「これでみんなダメだったね」


「む~~ん、光球ライト・ボール!」


 ウルヴァちゃんは魔法を唱えた。


 しかし何も起こらなかった。


「さ、水晶玉を返してください」


「はぁ……」


「待って、水晶が――」


 カルちゃんに言われて水晶をよく観察すると、わずかに光っている。


 と、言うよりだんだん光が強くなっていく。



 ――ピカッ。



「わっ!?」


「きゃ!!」


「眩しっ!」


 一瞬にして辺り一面とても眩く光り輝いた。


 眩しい!?


 そして、ウルヴァが水晶を落として光は収まった。


「ねえ、いまのって……」


 みんな口をあんぐりとさせる。


 それでも何を意味するのか察した。



 今日、レッドフィール男爵領から魔法適性者がひとり見つかった。







 現在開示可能な情報

 ・魔力検知水晶

 ベリア王国では5歳になったら教会あるいは村長などの有力者たちが魔力の有無を検査する。魔力検知水晶はそのための道具になる。対象が触れて水晶が輝いたら庶民はほぼ義務として貴族は跡継ぎ問題など理由がなければ魔法学園で魔法を学ぶことになっている。


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