表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

第7話 顧客が本当に必要だったもの

 人類が繁栄を謳歌できたのは「知」だろうか?


 それとも知の「共有」だろうか?


 あるいは共有した知識を基に開発発展する「組織力」だろうか?


 例えばヒトが「言葉」を発明してから文明が飛躍的に向上し始めた。


 頭の中の考えを皆に伝えられるようになったからだ。


 しかしどれほど社会が成熟しても真の意味での「共有」はまだできていない。


 たとえ情報の共有が不十分でも話は前へ前へと進み続ける。


 問題と迷走を抱えながら突き進む。


 それはどの組織でも起こることである。




 ――顧客が説明した要件


「今までお茶お濁していましたが、私の置かれている状況をお二人に話したいと思います」


 シルヴィアは婚約の件、婚約者である王太子との確執、そして後ろ盾なくして婚約破棄が不可能なことを話した。


「えぇ、その年齢で犬を殺すとかヤバくない」


「そんな愛のない後宮に入るべきじゃありません!」


 2人は婚約破棄のために協力すると約束した。


「それで具体的には何をすればいいのかな?」


「例えば一切の自重をせずに領地を開発して私が後宮にいるより婚約破棄したほうがメリットがある。そういう貴族や商人を増やす。というのが考えられる案ですね」


 他にはササラによる王太子殿下に意中のヒトをあてがう恋愛大作戦、ルルがいう国を全員で脱出する、俺たちの冒険はこれからだ作戦も案としてでた。


 しかし最終的に一番最初の案を以下の一文に集約させた。



『レッドフィール男爵領をできる限り開発せよ』



 このキャッチフレーズを共有して各自で活動を開始することになる。


 シルヴィアは学園生活と領地経営を両立しなければいけない。


 同時に領地にヒトモノカネの手配と出資者や賛同者を集めなければならない。


 そのため開発は専門家に丸投げして報告を聞いてハンコを押すだけの体制となった。


 そしてここから壊滅的なまでの認識のズレが生じることになる。






 ――プロジェクトリーダーの理解


 このプロジェクトの責任者は工場長になる。


 工場長はレッドフィール領の村長たちを傘下とした「領地開発プロジェクトチーム」を結成した。


 そこで認識の共有が図られる。


 だが、この時点で2人も後ろ盾(パトロン)が後宮に半ば軟禁状態になることを懸念した。


 後ろ盾のいない異端者。


 それは安全を第一とする二人にとって好ましくない状況になる。


「えー、つまり1年以内にこの領地内のボーキサイトを掘削して精錬して大量のアルミニウムを供給する体制を構築して、手柄をすべてシルヴィア嬢に渡してこの国に永住権を得ます」


「わー!」パチパチパチパチ。


 ここまでは事前の打ち合わせによる共通認識となる。


「そこでボーキサイトのアルミ含有量が50%と仮定して、日当たり4千トン、年間146万トンの大規模掘削体制を構築します!」


「ひゅーひゅー!」


「それだけの採掘量があれば日当たり1千トン、年間36.5万トンのアルミんの供給ができる、はず!」


「それだけ生産できればなんとかなりますかね」


「マンドラゴラ入手のときに助けられたから、恩返しできるといいね!」


 嬉々として現代社会の採掘量基準ですべての準備が進み始めた。








 ――開発チームリーダーの理解


「あ、あんの~~」


 村長が恐る恐る手をあげた。


「ハイなんでしょう」


「一体何の話をしてるのかわからんのですが、何をすればいいんですか?」


「よくぞ聞入れくれた。アルミの製造で重要になるのが電気になる。アルミニウム1トンを作るのに10MW・h以上の電力が必要になって、そうなると莫大な電気エネルギーを利用するため発電所の建設は必須といってもいい!」


「あの雷起槍で底上げしても発電所は必要ですからね」


「そして忘れてはいけないのが水! 大量の水がないとボーキサイトからアルミナを抽出することも難しい。そのため水の確保と発電を一気に解消するために水力発電用のダムを建設をしなければならない」


「???」


「ご安心ください。労働者の皆様にはわかりやすい仕事を大量に用意するつもりです」


「――まあそのための重機を稼働させたり、さらにインフラ整備として鉄道網の構築もしないといけないし……ぶつぶつ」


 この会議の中で一人置いてけぼり状態なのが村長だ。


 彼は村の顔役として村民をまとめ上げなければならない。


 それでも知らないことをさも知っているふりをして説明するほどの器用さはない。


 同時に村民を守るためにできませんとは言えない。


 大抵のプロジェクトにおいて中間管理職の問題解決法はほぼ同じになる。


「あんの~~とりあえずわたしらにも分かるように説明できる人を探しませんか?」


 それは丸投げ。


 特に|プロジェクトマネージャー《工場長》と優秀な技術者《工場長》とが意気投合《同一人物》している場合、中間管理職にできることは少ない。


 それならば面倒ごとを丸投げして問題が起きるその日まで静かに暮らす。


「…………たしかに専門家が専門用語を述べても理解できないか」


「わたし、あの強面の方々に説明とかムリですよ」


 かくして労働者への説明を外注することになる。








 ――営業の表現、約束


「いや~~魔道具を大量に購入していただき感謝です」


「――かくかくしかしか!!」


「ふむふむ……なるほど、わかりました。これからも長く御贔屓していただくのですから、一肌脱ぎましょう」


 下の説得にシルヴィアを頼ってはある時期に必ず組織が機能不全になる。


 そこで営業トークが上手そうなグラハム商会に白羽の矢が立つのにそれほど時間はかからなかった。


 常人には理解できない巨大プロジェクト。


 男爵領のアルミニウム精錬工場群の建設と稼働。


(あ、なに書いてあるのか全然分かんないや、あははははは)


 ただの商人であるグラハムに理解できるはずがない。


 しかし、それはどの世界の営業マンもほぼそうである。


 ましてや大規模になればなるほど莫大な資金が動く。


 金額がおかしいとか、規模が前代未聞とか、国の予算10年分以上とか、聞くだけ野暮だと思いそっと胸の内にしまい込む。


 グラハムはプロジェクトの概要と労働者に求める仕事だけに絞っていくつか質問をして、後は営業トークだけですべてを切り抜けることにした。



 場所、礼拝堂特設会場。


 聴衆、ゴロツキ約40名。


「皆さん。今日はお集まりいただき光栄です。今日集まってもらったのは他でもありません。皆さんに新しい労働を提供するため、その説明をさせていただきます」


「司祭の説教も寝ちまうのになにを聞けってんだよ」「俺たちは飯が食えるっていうから集まったんだぞ」


「ええ、そうでしょう。私の話を聞くのは苦痛かもしれません。ですので話を聞くという労働に対してこちらで報酬のパンを配りましょう」


 ゴロツキたちの態度が一変した。


「聞くだけでパンが貰えるというのなら、大人しく聞くことぐらいできらぁ」


 ゴロツキたちは生まれて初めて寝ずに話を聞いた。


「ありがとうございます。まず私は本当のことしか言いません。例えばそこのあなた、ええあなたです。あなたにはパンをあげません。代わりに隣の方に2個パンを報酬としてあげましょ…………うぷ、げぇオロオロオロオロ……」


 突然、グラハムは吐き出した。


「……うぷ、すみません。グラハム商会は代々ウソや不公平な取引をすると盛大に吐いてしまうんです。ですので先ほどの不公平な報酬話は無しにさせてください」


 グラハム商会が弱小でありながら独立商会として存在が許されているのはここにある。


 ウソかホントかグラハム家はウソがつけないと言われている。


 商人の9割がこの話を信じないが公正な取引をしたいときにグラハム商会を利用しているのもまた事実である。


 ゴロツキともなれば実演されれば信じてしまう。


「うぷ……さて、今日は皆さんに輝かしい未来を提示させていただきます。


そうですカティアの商人である私は皆さんが今までどういう暮らしと仕事をしてきたか知っています。


けれど皆さんが望む仕事ではなかったことも知っています。


では逆に望んでいる仕事とは何でしょうか。危険と隣り合わせの山賊業でしょうか?


いいえ、皆さんが望んだのは安全な仕事でしょう。


いやいや、学がないんだから簡単な仕事でしょうか。


ちがう、むしろ適度な休息のある仕事だ。



ふむ、ふむふむ。



それではそこのあなた。そう、先ほどはパンを与えないと言われ不快な思いをしたでしょう、こちらで追加の仕事をしませんか。


もちろん報酬はあります。


ええ、椅子に座ってください。そして青いランプが点灯したら机の上のボタンを押すのです。


そうです! そう、ほら光ったボタンを押す!


とても簡単でしょう?


もう一度やりますか、どうぞいいですよ。


この仕事を1時間したらパン1個分の硬貨を払いましょう。


それでは話を続けます。


この砦よりも頑丈で山賊稼業よりも安全な仕事。


今も実演している簡単な仕事。


適度な休息――ここだけの話、週休二日ぐらい欲しいですよね。



安全な仕事、簡単な仕事、適度な休息のある仕事。


安全な仕事、簡単な仕事、適度な休息のある仕事。


安全な仕事! 簡単な仕事! 適度な休息のある仕事!!



もうお分かりですね?


この三つは別々の仕事の話じゃありません。


一つの仕事、皆さんにやってもらいたい仕事の話なのです」


「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」



「それが工場勤務になります!」



 この時代、生活のために1日中働いてその日の飯にありついた時代。


 1時間にパン1個分の賃金は破格の労働条件になる。


 こうしてゴロツキたちは巧みな話術で労働者になった。


 後にグラハムのセールストークによってあらゆる市場関係者が男爵領へと流れるのだが、それは別の話である。








 ――プロジェクトの書類


 巨大プロジェクトになればなるほど書類が大切になる。


 書類を作成するためだけに高学歴の社員を何十何百と雇う。


 とも限らない。


 誰も読まない書類に価値はないからだ。


 そのためプロジェクトという巨大な生物が進化《仕様変更》するたびに不要な機能(プロジェクトの書類)が退化していく。


「大変だ。計算して設計変更が続いて、報告用の書類を変更するヒマがない」


「工場長、さすがにできないことはできないと見切りをつけた方がいいと思います」


「やっぱりそうかな」


「私たちの目標は『レッドフィール男爵領をできる限り開発せよ』であると同時に、1年……いえすでに半年以内という期限付きです」


「致し方無し、さらば書類整理、おいでませ臨機応変!」


「半年後に書類が存在すればセーフ!」「その通りセーフ!」


「セーフ!」「セーフ!」「セーフ!」「セーフ!」


 2人は暴論の如き理論でプロジェクト書類がなくていいことにした。


 ただ、常に仕様変更があるプロジェクトでは、稀ではあるがわりとしょっちゅう日常茶飯事かのように「完成品を見ながら仕様書が出来上がる」ことが常態化している。


 書類とはそういうモノである。







 ――得られたサポート


「ベルタさんベルタさん」


「はいなんでしょう。工場長さん」


「多分二人じゃキツイし、投入資源量的にもこの国の産出量じゃ賄えないと思います」


「そうですね。ということは――」


「うん、あまり悪影響を及ぼして国を追われるのも嫌だから抑制的だったけど、カルちゃんに飛行船満杯になるまで物資を積んで来てもらおうか」


「そうですね。今から連絡すれば今夜中には間に合うかと」


「ふふふ、工場都市全生産力でフルサポートするんだから絶対に開発は成功させないとね」


「ついでに枯渇してたアルミを安定供給できればいいですね」


「だね~~」


「うふふふふ」


「あはははは」


 すでに2徹目の二人は謎のテンションのまま重大な決定を相談なく下す。


 こうしてシルヴィアの知らないところで万全のサポート体制がつくられた。








 ――顧客への請求金額


 シルヴィアはネチネチッチ商会の代理人と商談中である。


「ん~~いいお茶ですな」


「そうですね」


 ネチネチッチのスラリとした長身チョビ髭男はお茶をしながらゆっくりと、ねっちりと商談を進めるタイプの商人だった。


「お美しい公爵令嬢を私のような商人が独り占めでき私は今年の幸運をすべて使い切ってしまったようです。まさに一流の絵師が描いた女神の絵画を鑑賞しているときの感動に匹敵して――」


「ごほんっ!」


 ルルが分かりやすく咳きこんで話を遮った。


「とても楽しい話でした。えっと――」


「んふふ、わたくしネチネチッチ商会の上級渉外(しょうがい)担当をしていますコジン・メディチッチといいます」


「それでカティア随一の大商会であるネチネチッチ商会がわたしの領地発展のために融資してくださるというのは本当ですか?」


「ええ、もちろんですとも。すでにグラハム商会のガラクタ……おっと失礼。なかなか個性的な魔道具を見たと思いますが、あそこはいわくつきの品に法外な値段を提示されて少々がっかりしたと思います」


 若干二名であるが大興奮していたのだがシルヴィアは黙ることにした。


「ええ、そうですね」


「ともかく領地経営は最初期に農奴を大量に集め、魔道具を大量に集め、それを可能にする資金を大量にそろえなければいけません」


「おっしゃる通りです」


「ネチネチッチ商会の財力で地上に顕現された女神である貴女をサポートしましょう」


「ええ、よろしくお願いします」


 ――ドンッ!


「……あの、これは?」


「必要経費になります」


「どれ……ええっと……ぶふぉっ!??」


 シルヴィアは最初の初期予算の時点であまりの金額に泡を吹きそうになる。


 しかし、そこからあることに気が付く。


 開発が失敗したら膨大な借金が残り、それはめぐりにめぐって王家に請求される。


 なぜなら失敗ほぼイコール後宮入りなのだから。


 それならば成功を信じて膨れ上がる請求額を見るのをやめたらいい。


 ちょうど目の前のネチネチッチ商会が融資してくれるのなら、出せる上限まで資金を出させればいい。


 シルヴィアは0が数桁少ない時点で金額について見るのを止めていた。


「あの……さすがにこれは……返済する当てがあるのですか?」


 ここにきて「公爵家すら食い物にする蛇たち」と呼ばれるカティアの商人が返済の心配をしてしまった。


 それほどまでに金額が天文学的な数字だったのだ。


「ええ、もちろん。ただそちらは最終的にかかる費用というだけで、月々の借金額はもっと少ない予定です」


「けど……えっと、持ち帰って上に掛け合います」


 カティアの商人はそそくさと帰っていった。


 なお、金額が想像のはるか上の金額だったためコジン・メディチッチは担当を外され頭取案件として取締役が担当することになる。








 ――顧客が本当に必要だったもの


「ねぇねぇシルヴィー、壁ど~ん」


「な、なあにササラ」


「私ちょっと思ったんですよ。なんか婚約破棄への熱の入れようが違う気がするなって」


「そ、そうかしら……」


 ササラが主人であるシルヴィアを追いつめる。


「ん~~なんていうか、勝手に結界の向こうに行くまではドラゴン狩るついでに婚約破棄するか~って感じで、今は何か誰かのために絶対に婚約破棄する! って感じなんですよ~」


「へぇ、気づかなかった、かなぁ~」


「シルヴィー」


「うぅ……」


「シルヴィー」


「き、気のせいだって言ってるでしょ!」


 シルヴィアは顔を真っ赤にして答えた。


「む~~気のせいでしたか?」


「そうよ。今日はもう遅いから早く寝なさい。じゃないとメイド長をこっちに呼ぶよ」


「ひぃ、お休みなさーい!」



 シルヴィアはその場でうずくまる。



(いまさら……いまさらルルとずっと一緒にいたいから頑張ってるって言えるわけないでしょ!!)



 シルヴィアのささやかな願いを叶えるために、莫大な予算と、物資と、人員が動員される。


 プロジェクトの全容を「知」るものがごくわずかで、いい加減な範囲で計画が「共有」され、急ごしらえの領地開発プロジェクトチームという「組織」はそれぞれが胸に秘めた思いを「言葉」にせずに進む。



 もうプロジェクトは誰にも止められない。








 現在開示可能な情報

 ・アルミニウム

 元素番号13番の元素。漢字で軽銀、あるいは礬素と書く。その性質は非常に軽く柔らかいことがあげられる。そして他の金属との合金になると一転して航空機に採用されるほどの優れた強度を得ることができる。他にも優れた利点が多すぎるのが特徴と言われるぐらい現代社会を支える金属になる。またなぜか生物は他の重金属と違いアルミニウム耐性が高い。

 なおアルミニウム1トンを精錬するのにボーキサイトが約4トン、氷晶石が0.1トン、電力が14~15MW・hと言われている。そのため「電気の缶詰」と呼ばれる。



 ・グラハム家の噂

 グラハム家は代々ウソを付けない一族だという。それがウソかホントか賭けになるぐらい有名な話。もっとも賭けに勝つのはグラハム家と取引をしたことがある商人だけだ。



 ・顧客が本当に必要だったもの

 1970年代のアメリカ産業で広まった風刺画と言われている。木に吊るすブランコ製作のプロジェクト、その製作にかかわる立場によって異なるブランコが出来上がる様子を表現したイラスト。とても印象的な絵と題名が提示されるが説明がないので人によって印象も説明もまちまちになる。そのため認識のズレと迷走を追体験することができる。



 ・スティーブ○ジョブズ

 三つの機能を一つにするという伝説のプレゼンは有名。彼が元気にプレゼンする姿を見るとちょっと泣ける。

ホウレンソウ、ホウレンソウは……重要…………ぐふ。

だけど「阿吽の呼吸」時代の日本が一番成長してた気がする。なんでかな~~。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ