第6話 赤い土の正体
グラハムが持ち込んだ魔道具を見せてもらうために応接間から馬車が留まっている部屋へと移動する。
馬車にはガタイのいい付き人数人と護衛騎士と思われる剣士がいた。
「若旦那、商談はどうですか?」
「うん、これから魔道具を見てもらうから荷を降ろしちゃって」
グラハムは笑顔で魔道具の説明を始めた。
「まず魔道具というのがなぜ作られたかというと魔法を使えない人でも一定の魔法を使えるようにするという目的があります」
グラハムは魔法の基礎の基礎を話し始めた。
魔法は魔法適性のある人しか扱えない。
より正確には扱える魔力量が少なすぎて魔法が発動しないと言われている。
では適性があれば何でも魔法が使えるかというとそうでもない。
魔法を使うには触媒となる道具が必要だ。
もっとも一般的なのが魔石になる。
そのため魔石を何かしらの道具に付けて使う。
大抵は細く短く使いやすい杖になる。
貴族の場合は男性がステッキ、女性が宝石のアクセサリーが多い。
私の場合はイシルメギナの剣が杖の代わりで、魔石も柄の部分に付いている。
「魔道具は同じ魔石を触媒にながら魔法適性のない庶民でも一つだけ魔法を発現させることができます。そのため”庶民の魔法”と呼ばれたりします」
そう言ってランプ状の魔道具を触ると、白く発光した。
ごく一般的な光の放つ魔道具になる。
他には部屋を暖める火の魔道具や、振ると光球がふよふよと飛ばせる白いステッキ。
そよ風が流れ続ける輪っかの魔道具などを実演してみせた。
「普通の一般魔道具ですね」
「そうね。とくに珍しくもない」
グラハムも肯定する。
「ええ、こちらは一般的な魔道具になります。というのも魔道具はどう頑張っても本職の魔法より劣っていて出力が低いんです。皆さんのような魔法学園の生徒にとってこれらは見劣りするでしょう。しかしこの程度でも高価であり庶民には高すぎて買ってもらえず魔法が使えない貴族の嗜好品か、領主が領民に配給する公共品に分類されます。しかしこれは違いますレアちゃん!」
「えっと、ここちらがとう商会だけが扱う新作の魔道具です!」
護衛騎士が大きなハンマーのような魔道具を持ってきた。
「これはハンマーよね?」
「これはですね北の鉱山の最奥で硬い岩盤にぶつかった時、担当していた鉱山師が魔道具師に依頼した一品になります。魔法の出力を上げるために魔石を複数個使用して威力を増幅させるハンマーになります。ぶつかった瞬間に衝撃波が発生して岩盤を粉々にします」
グラハムの合図で騎士が用意していたマトを攻撃する。
――ドンッ!
ハンマーがぶつかった瞬間に衝撃波が発生してマトは吹き飛び壁に激突する。
「けほけほっ、あー壁が崩れた!」
ササラが叫ぶようにマトがぶつかった箇所の壁が崩れていた。
「あちゃ~思ってた以上に派手にやっちゃったね」
「若旦那すみません。手がしびれるのでこれ以上は……」
「うん、わかった休んでていいよ」
「たしかにすごい威力ですが、ちょっと威力が高すぎじゃありません?」
グラハムは苦笑いしながら欠点を話した。
「実は、使うと使用者の手の骨が折れちゃうんですよ。そこで対策としてブランコのようにぶつけて衝撃を後ろに逃がすようにしたら、今度はあさっての方向に吹っ飛んで採掘場が崩落する事態になって鉱山ギルドで使用禁止されたんですよね。あはははは」
「何もかもダメじゃないですかっ!!」
さすがのササラもツッコミに回った。
「ということで使う際は身体強化できる騎士並みの力量が必要ですね」
「騎士しか使えない庶民の魔法って、本末転倒ね」
他にもスパスパ切れるせいで木こりギルドと騎士党に使用禁止されたブレード。(庶民に持たせていい道具じゃない!)
使用者が持てないぐらい発熱する魔道具。
どれも普通の魔道具の効果を遥かに越えていた。
そしてそれに比例して魔石の使用量が多く、値段も跳ね上がった。
たしかにすごい。
そして何かに使えそうではある。
その何かが自分ではわからない。
――わからなければわかる人を呼べばいい。
「呼ばれてきました工場長です」
「錬金術師です」
工場長と錬金術師を呼んできた。
「どうも商人です」
グラハムは2人に軽く会釈して、次の商品の説明を始めた。
――昔、北部クセ=パネス山脈から雷竜ダルセンが結界を突破して飛来しました。雷竜は北部公爵領をさんざんに荒らしまわってある男爵領の山の頂上に住みつきました。雷竜は昼夜問わず雷を発し、そのため人々は常に危険と隣り合わせだったのです。しかし不思議なことが起きました。なんと例年よりもはるかに豊作だったのです。それは雷竜討伐される日まで続いたのです。
その男爵領の領主は閃いた。
「作物は雷の元素で育つのではないか?}
それからというもの領主は魔法学園から教授を招いたり魔道具師を集めて雷の元素の研究をすすめました。それから長い月日がたちついに雷竜の魔石、その欠片を埋め込んだ魔道具を作ることに成功したのです。
「――そうして完成したのがこの雷起槍という魔道具です。こちらは魔力不足で火花程度の雷魔法しか使えない方でも雷鳴を発することができる優れものです!」
「質問なのですが、雷魔法の使い手以外使えないということですか?」
「……唯一の欠点は稀にしか見ない雷魔法の適正者を探さないといけないということですかね」
「ってやっぱり庶民が使えない魔道具じゃないですかっ!」
ササラ渾身のツッコミ。
「電気、電気が増幅! うひゃーー!!」
「落ち着きましょう。落ち着きましょう。まずは発電機とつなげて計ってからジャンプしましょう!」
興奮気味の2人が雷起槍を奪っていろいろ調べ始めた。
「ボクの魔道具~~。あの、返してくれます、よね?」
「買取でもいいっす!!」
グラハムよりレアの方が商魂たくましい気がする。
「なんてこった!? 1ボルト与えたらメーター振り切れたぞ!!」
「わひゃーー! わひゃーー!」
「魔法最高! 魔法最高! 魔法ズルい!」
「魔道具さいこー!」
槍が青白く輝き煙が立ち込めているが、何かとても楽しそう。
にわか仕込みの知識だとあの2人が何に興奮しているのかわからない。
たぶん電気の増幅がすごいのかな?
「ぐす……魔道具を集めて早10年。偽物だ、不良品だと言われて本当に雷が起こせるかわからなかった雷起槍が、こんなにも光り輝く日が来るなんて……ぐす」
「動くかわからない品を売らないでくれます?」
「いや~あははは……えっと、若旦那は感無量というか感動してるので、最後の商品は私が説明します!」
レアが苦笑いしながら話をそらした。
そして手袋をして持ってきたのは杖というより空洞のパイプに丸いわっかが付いた魔道具だ。輪っかとは反対側にはなぜか蛇口が付いている。
輪っかの部分に魔法の膜が張られて、シャボン玉をつくる輪っかの小道具みたいになる。
「これは輪っかの部分に泥水を流すと水と土を分離する魔道具です! そして水は手で握ってるパイプを流れて先端の蛇口からでます! さ、さらにこれは真水を登録すれば水を分離して、ワインをあらかじめ登録すれば毒入りワインと毒を分離してくれて毒殺防止にもなります!」
「いままでで一番優れた魔道具でしょ!?」
「ぐす、製作者がすでに亡くなられていて現存する三品しかなく、しかも用途が家畜の糞尿を乾燥させるのに使ってたので――ちょっと黄ばんでます」
「あ、そういうのはけっこうで――」
「強制ろ過装置だと!?」
「ふぁーーーもしかして強制乾燥機能もあるっ!!」
「いや~それがあまりにもすごすぎて輪っかに生物が通ると干からびるということを――製作者が命と引き換えに証明しちゃって――」
「魔道具師はとんでもない物を作っていきやがった……」
「あわわわわ、これ一つでロータリーキルンの乾燥工程が、あわわわわわわ!?」
また2人が興奮してる。
けどこちらは乾燥させる魔法と思えば確かにすごい気がする。
とりあえずグラハム商会一押しの魔道具の実演販売は終わった。
振り返ってみるとほぼすべて買ってしまった。
まあ、これでなにか開発できるのならそれでもいい。
一応あの2人は国の外に連れて行ってもらったり、有言実行できる実力のある技術者だ。
私は細かいことを知るより、2人を信じて任せる、そして何かあったら2人を必ず守るという貴族の責務を果たすことに徹しよう。そうしよう。
そして今日の収穫はグラハム商会が既存の魔道具よりはるかに優れているがクセの強い物を扱っているが優秀な商会だと分かった。
「みてみて、債権がいっぱい。やっぱ来てよかったよ~。こんなに売れるなんて思ってもみなかった!」
「これでガラクタの最終処分先って言われなくなりますよっ!」
なのかな?
とりあえずカティアの商人にもいろいろいるということが分かった。
グラハム商会は普通に衣食住も扱っていた。
衣食は商品の販売を、住は大工を紹介できるという。
住民は当分のあいだ砦に住まわせる予定なので衣食類の手配をお願いした。
ベン・グラハムとゆかいなメンバーは、若旦那のガラクタが売れる日が来るなんて、と大盛り上がりになりながら帰っていった。
私の手元には年末払いの債権がそれなりに増えた。
領地からの収入がない以上しかたない。
私がコツコツ貯めた貯金全額分になるかな。
ついにブタちゃん(貯金箱)をたたき割る日がきたのか。グッ!
グラハム商会だけで結構な借金になっているのに、この後ネチネチッチ商会があの手この手で借金漬けにしようとやってくると考えたら、頭が痛くなる。
この頭の痛い状態を和らげられるか意を決して聞くことにした。
「――ということで男爵領の結果を聞かせてもらえる?」
「コージさんたち魔道具の購入金額以上の驚愕の事実的なすんごいことをしないと大変ですよ~」「工場長です」
ササラが茶化しながら指摘する。
「…………ごくり」
皆の視線が工場長に集まる。
「ええ、それじゃあまずこのマスクを全員してね」
「これは……?」
「この赤い土は有害なんで実験中は防塵マスクをしてもらいたい。もっとも通常の土は粘土質なので害はないけどね」
「シュー、それで赤い土は危険ということですか?」
「粉末状でなければそこまで危険じゃない。ただ農産物としては痩せすぎてて無理だね。そっちよりもこの土が鉱物としてどれだけ可能性を秘めているのかを話した方がいいかな」
そういって工場長は先ほどの魔道具を組みあわせた装置を見せる。
同じく防塵マスクをしたベルタさんが説明を始める。
「この水槽は水酸化ナトリウム水溶液で満たされています。すでに粉末状の赤土を投入して十分時間がたち化学反応が起きています」
「そこでこの黄ばんだ魔道具の蛇口を使って不純物と液体を分離させる!」
黄ばんだを強調しないでもらいたい。
輪っかを通った液体は白い粉になる。反対の蛇口から液体がそれぞれ出てきた。
「ふぅ、実験は成功だ」「やりましたね!」
「これは何なのですか?」
私は白い粉を指さす。
「これは――我々はこれを”アルミナ”と呼んでいます。そしてこれに莫大な雷のエネルギーをつかい電気分解することでアルミニウムを作ることができる」
ベルタさんが真剣な顔で説明の補足をする。
「いいですか。あの赤土は”ボーキサイト”と呼ばれる鉱物の一種です。つまりこの男爵領は巨大なボーキサイト鉱床なのです」
「わかりやすく言うとアルミニウムの時代の到来だ!」
―――― 礬素の時代 ――――
現在開示可能な情報
・ボーキサイト
アルミニウムの原料でありアルミナを50%以上含んだ鉱石をボーキサイトと呼ぶ。日本では鉄礬土とかつて呼ばれていた。アルミニウムは礬素になる。
大規模な産出地は熱帯雨林地域に多く見つかっているが条件さえ合えば鉱床の規模を問わなければ世界各地で見つかる。名前の由来はフランスのレ・ボー=ド=プロヴァンスという都市で見つかったことから都市の名前ボー(Baux)からボーキサイト(Bauxite)命名された。フランスのボーキサイト鉱床はすでに枯れている。ボーキサイトの粉末はアスベスト以上に有害であり吸引すると4年で死に至る「ボーキサイト肺」に侵される。ネタでもボーキサイトを食べてはいけない。
第8章 礬素の時代
Q 礬素だって、まーた工場建設するのか・・・
A 工場成分は少なめの予定です。そのための魔道具です




