第4話 クロム
「そんな怪しい話を受けるんですか?」
「そうよ。ただうまくいくかどうかは男爵領を実際に見て判断したいの」
ササラにギルドの内容を話した。
案の定、否定的だった。
「商業都市の商人はヤバいですよ。もうホントにヤバいんですって!」
「親すら売る悪魔のような商人たちだっけ?」
「商人ギルドのメンバーすら食い物にしてるって話ですから、ほんとに気を付けてくださいね」
「ええ、もちろん。それにまだ話を聞く段階だし、あまりにも領地がダメそうなら諦めて別の手を考えなくちゃ」
「それとっても貴族っぽいですね」ササラはそういいながら手のひらをくるくる回す。
失礼な、後がないから必死なのよ。
何よりも時間がなさすぎる。
向こうは私から土地を奪った後に商業都市をつくり利益を上げる。
その計画を奪って私が直接貿易拠点をつくった場合だと国政に影響を及ぼすまで成長するのに十数年の年月がかかる。
それでは時間がとてもかかる。
そうなると「私を釣るための案」である男爵領の大開発をホントうに成功させて現状に不満を持っている男爵領の領主たちを一気に釣る方がいい。
ふふふ、商人が強力な手札を見ている時、私もあなたたちの手札を見ているのよ。
「シルヴィー、目が商人みたいにギラギラしてる」
――コンコン。
――カンカンカンカン。
――ギュイギュイギュイーン。
私とササラはこの案の成功率を上げるために屋敷の庭にやってきた。
庭の隅で何かの作業をする人がいた。
工場長。
結界の外からやってきた来訪者の一人だ。
なんでもカフンショウという病で何かの花が原因でくしゃみが止まらないという。
そのため普段からマスクとゴーグルを付けている。
花がダメとかちょっとかわいそうな人。
「あ、いたいたコージさん!」
「工場長です」
ササラは「コージョーチョー」と呼ぶのが苦手で、というより聞きなれない訛りのせいもあって「コージ」と呼んでいる。
本人曰く「世界で最もひどい日本語訛りだから許して」だそうだ。
それでも問題なく会話できるのだからすごい。
「わんわん!」
「おお、わんころ。お手!」
「わふ?」
「あはははは、もう少し待ってってねー」
「何を作ってるんですか?」
「犬小屋です。庭師の方に頼まれました」
庭師の方を見ると頭をかきながらそっぽ向かれた。
そういえば彼は犬好きだ。
昔、猟犬の調教をしていたころ、犬小屋を作ってくれたのだ。
どうやら気を使わせてしまったようだ。
「それでちょうどよかった。このネームプレートに名前を書いてください。文字はまだ苦手なので――」
「名前――」
「お嬢さまのネームセンスか~」
「なにササラ。あなたよりマシよ」
「え?」
「え?」
「…………」
「…………」
「ブラックケルベロス3号! お手!」
「黒くてコロコロ略して、くっころ! お手!」
「判定は?」
「う~~わふ?」
「どっちも同レベルでダメだね」
「おおっとコージさん勝手にブラックケルベロス3号の言葉を翻訳しちゃあダメです。ダメッ!」
「うそ、私がササラと同レベル……ウソよね」
――閑話休題。
「ぜーぜーもうだめ……」
「ま、まさかすべて否定されるなんて……」
私とササラは力なく地面に伏した。
「残念ですがお嬢さまの名前のセンスはササラ並みと言わざるをえません」
「んだ。さすがにそれは犬っころが可哀想だっぺ」
「わふ?」
『さあ、審査員方式になってからメイド長、庭師、わんこから辛辣なコメントが出ています。解説のブラントンさんどう思いますか?』
『はい、残念ながら貴族教養、それからメイド修行をもってしてもネームセンスまでは磨けなかったようですね――それにしてもこのマイクというのはいいですね。年をとると昔のように声を張り上げて指示するのが難しくて』
『あ、では後で拡声機をお渡ししましょうか?』
「でしたらメイドたちに指示が出せるように室長室から屋敷全体に響くようにしてもらえますか?」
『いいですよー!』
メイド長の提案に絶望顔になるササラと窓からのぞいているメイドたち。
ねえ待って、領地開発の前にうちの屋敷が開発され尽くしちゃう。
うちが先よ。
うちが先!!
「ちょっと待って! 私たちは近々男爵領の視察に行き、領地開拓できるか見て回るの。そこで領地の視察に工場長に同行してもらいたいから屋敷の改造はまた今度にして!」
『え、本当ですか!』
工場長は仕事だ脱無職だと喜び、ついでにメイドたちが一斉に安堵する。
「あんの~それは良いんですが、犬っころの名前はどうすっぺか?」
「それは……まあ連れて行くとして、戻って来るまでに新しい候補を考えます!」
「それなら急いで犬小屋作ってあげるか」
「わん! わん!」
「あ、ダメダメ。わんころ、この工具は木の棒じゃないってば!」
子犬は遊びたいのか工場長が持っている工具に飛びつく。
銀色に輝く工具を幼いながら鋭い牙が食らいつく。
――ガッキーンッ!
金属同士がぶつかるような鋭い響きがあたりに轟いた。
「うわっ!? うそでしょ。クロムメッキ加工してあるのに歯形がくっきりと……」
心配になり子犬の牙を確認する。「牙は欠けてなかった」
「問題ねぇ。その犬っころはうちの騎士用の模擬剣をボロボロにしてっぺ」
「わふわふ」
子犬は庭の隅に駆けていき、騎士の剣を咥えて戻ってきた。
剣は噛み痕でボロボロになっていた。
「鉄より強い牙ってどうなってるんだ?」
「シルヴィーは……「こほん」……シルヴィアお嬢様はたまにへんなのを拾ってきますからね」
ササラがメイド長の前なので言い直しているけど、ちょっとトゲがない。
拾ってきたのなんてルルと犬と…………両手で数えられるぐらいよ!
「そういえばこちらの工具は剣よりも輝いていますが、いったいどういう金属なんですか?」
「ああ、これは鉄にクロムという金属の被膜を施して強度を上げてるんですよ」
「クロム……」
「クロムというのは元素番号24番の金属で歴史的には紅鉛鉱という紅い鉱物から発見されたんだけどクロムそのものは酸化状態によっていろいろな色に変化することから色を意味するクローマをもじって”クロム”と名付けられて――――」
その後も聞いてもいないのにクロムについて語り続ける。
ウンチクが始まった時点でブラントンとメイド長が仕事仕事と言いながら……次いで庭師とササラが去っていった。
ササラは首根っこを掴んで逃がさなかった。「んげ」
「クロムメッキ加工は特殊な液体にモノを漬けて電気によってメッキ処理を行うんだけど、これがまた大変で電流効率が悪いせいで長時間処理しないといけなくて――」
ベルタさん曰く、適当に相槌を打てばいいとのこと。
たしか彼女はウンチクを聞くのが好きだと言っていたから今から探しに……。
――じ~~~~。
はっ!
鋭い視線を感じる!?
いったいどこから?
「んんっ?」
見つけた。屋敷の1階の窓からこちらを窺っている。
一体いつから覗いていたの。
――ンゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
ずっとそこからこちらを覗いていたというの。
見つめていた。ずっと見続けていた。
――カリカリカリカリカリカリカリカリ。
それに先ほどからメモをしている。ずっとメモをしている!?
聞き逃さないため、ウンチクを聞き逃さないためにずっとそこで見ていたの。
ベルタさん!!
もう一人の来訪者であるベルタさんは工場長と一緒にがんばって乗り物を作りこの国までやってきた。
その間にいろいろな物作りをしていると聞いてはいる。
この2人には議論や相談なんて必要はないのかもしれない。
教師と教え子のように2人だけの世界が完成している。
「あれ、なんでしょう。なんか授業を受けているようなこの感覚は…………く、ぅるしぃ」
ササラは精神攻撃《退屈な授業》に苦しみだした。
逃げ出したそうにこちらを見つめてきた。
絶対に逃がさない。
「ぎゅっ」
「いや~~シルヴィーのばか~~はなして~~」
そんなこんな一通りクロムの説明が終わって一息ついた。
「工場長、さきほどお菓子を作ったのですがどうですか?」
「ああ、ベルちゃん。ちょうどいい時に来たね。食べる食べる」
「や、やっと終わった……」
ちょうど来たとは?
それよりもベルタさんにもお願いしとかないと。
「ベルタさんもお願いがあるのですが――」
「領地視察ですね。もちろん行きます!」
ねえ一体いつから聞いてたの?
「く~~ん。はふはふはふ」
いつの間にか子犬が退屈からお腹を見せる仰向けに寝転がっている。
ふと、この犬の名前が浮かんだ。
「クロム。お手」
「わふ! はっはっは」
子犬はすぐに起き上がって私の手に前足を乗せた。
クロムの話を永遠と聞いてたからか、この子犬をクロムと呼んだら反応してくれた。
この日から犬の名前はクロムになった。
それから私たち4人と一匹はルルが待つレッドフィール男爵領へと向かうことになった。
現在開示可能な情報
・クロム
原子番号24番の元素。記号はCrになる。漢字で「鉻」になる。
1797年にシベリアで紅鉛鉱から見つかった。
金属としては耐食性から非常に重宝されており、特に鉄に10%以上クロムを含んだ合金をステンレス鋼と呼んでい幅広く利用している。その有用性から国家備蓄する素材として指定されている。
・クロム
シルヴィアのペット。元素のクロムが名前の由来。
なぜか魔法を使える犬のようだ。
「わふ!」




