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第3話 使用人ギルド


「「「お帰りなさいませ、お嬢さま!」」」



 ギルドホールに執事とメイドがズラリと並んで出迎えてきた。


 新米の商人や貴族ならこういった出迎えを喜ぶかもしれない。


 私は手紙の返信を送って時間指定してから来た。


 多少なり街娘に変装して来るのだから門前払いされないためにも仕方ない。


 だからこのような出迎える準備の時間を与えてしまっている。


 少々、仰々しくてあまり好きじゃないな。


「シルヴィア様、本日はお越しいただきありがとうございます。本支部のギルド支部長がお待ちです」


 一番奥にいた初老の執事が柔らかい口調で挨拶をしてきた。


「ええ、案内してちょうだい」


「こちらになります」


「ありがとう」


 案内された応接間に入るとリラックスできるいい香りがする。


 この香水は王都の貴婦人たちの間で流行っている物に似ている。


 たしか学園でも人気のブランド。


 部屋全体を見渡しても居心地がいいように考え抜かれて設計されていることが分かる。


 少し待っていると女性執事がお茶を持ってきた。


「紅茶でございます」


 物腰柔らかい初老の女執事が優しく声をかける。


「ちょうど喉が渇いていたの、ありがとう」


 彼女も魔道具と思われるピアスをいくつも耳に付けている。


 魔法学園の生徒として何の魔法が込められているのか気になる。


 他には右目にかけたモノクル(片眼鏡)にも魔石が付いている。


 魔道具が気になっていたが、彼女の所作や佇まいから熟練の使用人だとわかる。


 テキパキとお茶を淹れてくれた。


「挨拶がまだでしたね。わたくしこの支部を預からせていただいているギルド支部長ドロテでございます」


 驚いた。


 ギルド長までも執事だと思わなかった。


 っと、いけない。


「本日はお招きいただきありがとうございます。イシルメギナ家が長女シルヴィアです。――それにしてもいい香りのお茶ですね」


「はい、こちらは北部産のとても珍しい紅茶になります。いま流行りの魔道具を用いた発酵促進品ではなく、自然のままに発酵させた少量限定品になります」


 私は出されたお茶に口をつける。


「おいしい……」


 魔法を使った発酵茶と比べると味わい深い。


「公爵令嬢にご満足いただけてホッとしました」


 ドロテはそういいながら別の紅茶の用意を始めた。


 これは貴族格付けテストかしら?


「それではもう一杯、今度はまったく製法の違う紅茶をいかがでしょうか」


 貴族格付けテストね。


 公爵令嬢を試そうなんていい度胸よ。


 私は2杯目のお茶をよく観察する。


 見た目と香りはほぼ同じ、ほんとうに別の紅茶?


 意を決して口に含む。


「……あれ?」


 味の違いが判らない。


 どちらも同じ味がする。


 そうなるとこっちも高級品?


「どちらも同じ感じがします。どうやら私には違いが判りません」


 ドロテがかすかにほほ笑む。


「こちらは魔道具による量産品の紅茶です」


「まあ! まったく違いが判りませんでした」


「そう言ってもらえると開発した魔道具師も喜びましょう」


 確かに驚いたけど、まさかお茶のために呼ばれたわけじゃないよね。


 とは言え本題である「婚約の件」からかけ離れているわけでもなさそうね。


「それでこの紅茶と私の婚約の件がどう交わるのかしら?」


 私は少しいたずらっぽく質問した。


「そうですね。少し遠回りになりますが――話を聞いてください」



 一刻ほど経ち。



 ドロテの話はどれも面白い物だった。


 彼女は丁重にそしてただの学生相手にもウソ偽りなく話してくれた。


 彼女が言うには男爵家などでは領地をよくしようと魔道具の改良などに力を入れる人々がいるという。


 商人ギルドや使用人ギルドでは彼らを「発明家」と呼ぶらしい。


 ところが発明家たちがどんなに素晴らしい発明をしても魔道具を世の中に公表したり売ったりしないそうだ。


 理由は単純で貴族と商人の既得権益層が使ってくれない――からでなく安全確認のため詳細な内容の開示を求めて、そしてコピー品を作ってしまうからだ。


 ここら辺は学園の授業にも出てくる。


 そのため魔法学園では「秘匿学」という学問があり、魔法の研究について他者にわからないように複雑な魔法陣や暗号めいた文章を駆使する。


 そして他に類を見ない新製品については王家に嘆願すれば独創的な知的アイデアの独占的利用を許可されている。


 ――ただし嘆願できるのは貴族のみ(・・・・)であり、期限は1年になる。


 そのため発明家たちは自分とその周辺だけで使って満足するしかないという。


 そんな現状を憂いたとある伯爵が制度改革の声をあげたという。


 ドロテはその一派を「改革派」と呼んでいた。


 さて、彼女の話をまとめるとこうなる。


 1、改革派の発言力はまだまだ小さい。


 2、また彼らの発明品の有用性を示す機会がない。


 3、ギルドの提案として彼らの発明品で荒れ果てた領地を開発できれば認識を改める可能性が高い。



 そして、ここからが私の婚約問題になる。


 4、婚約破棄ないしは期限の延期をしたいのなら最低限でも伯爵家並みの発言力と後ろ盾が必要になる。


 5、例えば伯爵率いる「改革派」を味方に付けられれば、婚約問題の後ろ盾になってくれる可能性がある。


 行き詰っていた婚約問題に一縷の希望が見えた。


 ――ただ、妙な胸騒ぎがする。


 何だろうこのまとわりつくような、貴族が手ぐすねを引いて待ち構えているような感じ。


 もしこの感覚が正しいなら――。



「一つ質問を言いかしら?」


「一つと言わずいくらでも」


「この件であなたたち使用人ギルドがどう関わるのかしら?」


「そうですね。私どもは仕える者であり、今回の件に関して深い関わりがあるわけでもありません。しかしクライアントの望みをかなえるためにできる限り状況を動かす(・・・・・・)のが我々でもあります」


 肝心なところは濁すか。


 それでも立ち位置はある程度分かった。


 裏で手を引く者がいる。


 狙いは何?


 まずこの話を聞いて私は何をするだろう。


 そう、間違いなく男爵領へ行く。


 …………。


 ……。


『レッドフィール男爵領』『西部公爵領』『西南の境の領地』

『貧しい』『男爵領問題』『強盗騎士』『護衛』『街道』

『領地開発』『改革派』『発明家』『謎の伯爵』

『使用人ギルド』


 ……ギルド?


 利に聡い商人ギルドが、自由商業都市が一切噛んでこない。


 そんなことありえるの?


 …………。


 1年いえ、半年以内で達成可能で黒幕・・が利益を総どりできるような計画は……。



「西部と南部の……交易拠点?」



「まさか……」


 ドロテが明らかに狼狽しているのが分かる。


 いえ、思考を分散させるな。もっと集中を。


 交易拠点の話を出さないのはなぜ?


 それは……領地開発初心者の私が失敗することを望んでいるから。


 そもそも領地が開拓が魔道具程度で出来るほど簡単ではない。


 そんな上手くいくならどんな領地もすでに発展している。


 それなら……これは……投資詐欺の一種!


 狙いは何?


 もっと考えろ。



 彼らは、私に不可能な領地開発をさせたい。


 彼らは、開発のためと称して多額の借金あるいは莫大な資金投資どちらかを求める。


 彼らは、失敗した際に借金返済を交換条件に男爵領の権利をとる。


 狙いは……両公爵家の境に第二の自由商業都市を建設すること。


 仮説に仮定を重ねているけど、有り得ないことじゃない。


 現に「自由商業都市カティア」はそうやって商人たちの手に渡っている。



 意図が読めればあとは逆に利用するまでね。



「……ま、考えすぎね」


「え?」


「わかりました。この提案に乗りましょう」


 とりあえず話に乗ることにした。


「………………」


 するとドロテの顔が露骨なほど不機嫌になった。


 ドロテ本人はこの企みを看破してもらいたい? なぜ?


 あり得るのは商人たちに借金あるいは賄賂などで仕方なくとか。


 私がドロテ個人について逡巡していると、彼女はピアスに付いている魔石を撫でた。


 そこから僅かな魔力の反応を感じた。


「失礼します」


 すぐに黒い本を持ったメイドが入ってきた。


「こちらの本には私どもが把握している発明家のリストが書かれています。もっとも情報の保護のため魔道具を使わなければ白紙にしか見えません」


 そういって本を開いて見せてくれた。


 たしかにどのページも白紙だ。


 ドロテのモノクルを見るとうっすらと魔力を帯びているのが分かる。


 なるほどあの眼鏡を使わないと本の内容が分からないのね。


 しかも体中のいたるところからも微量ながら魔力を感じる。


 たぶん複数の魔道具を組み合わせないと内容が正しく読めないのだろう。


「こちらのリストからいくつかの発明品と――領地開発に出資してくださる商人たちを紹介しましょう」


 ――やっぱりきた。


 私は身を乗り出して、その本を閉じてその上に左手を置き、彼女の目を見て宣言する。


「私にも考えがあります。存在するかすら怪しい伯爵の後ろ盾は不要です。領地の開発は私が信用した者と独自に進めます!」


 私はニィっと笑顔で言い切った。


「かしこまりました」


 微かにドロテが笑った気がする。


「あと、この件を裏で糸を引いてる黒幕さんに伝えなさい。集められるだけ金を集めて男爵領に来なさい。話はそれからよ」


 ドロテはふはっと笑った。


「面白いですね。ええ、わかりました。特大の大物が釣れた(・・・・・・・・・)と伝えておきましょう」


 事務的でない彼女の声が聴けたきがした。


 勘だけどドロテ本人は私の味方になってくれそうな気がする。


 ふふ、商人たちが男爵領を手に入れられるくらいの莫大な資金を出資してくれる。


 ならその金を使って改革派というアイデアを本当に実現しよう。


 とっても忙しくなりそうね。



 ――――



 この後、連絡先など事務的な話をしてこの会談は終わった。


 部屋を出たとき、ドロテが最後に一言いう。


「それではシルヴィア様とお仲間たちのお手並み拝見させて頂きます」


 ドロテは深く礼をして微動だにせず、そのままドアが閉じだ。


 ええ、見てなさい。


 私は婚約破棄のために王家そのものにケンカを売るんだから、たかが商人に足をすくわれたりしない。


 その思いを胸に秘めて私はギルドを後にした。





 さて、ササラと合流して今後の話し合いをしたいんだけど、彼女はどこかしら?


『ああああああああ!』


 叫び声がする。


 絶対にササラだ。


 方角はあっち。


 私が大通りの方を見ると何か大勢の集団がこっちに向かって走ってくる。


 そう泣き叫ぶゴロツキ風の男、そのお尻には犬が噛みついている。さらに後ろからクマの被り物を付けた女性が走っており、その後ろに都市の警備を任されている警備兵が大勢追いかける。さらに後ろからもっと人が追っている。


 あのクマは……たぶんササラね。


 ………………。


「なにがあったの!?」


 ササラたち一団はまっすぐこちらに向かっている。


 そこへまったく気づいていない花屋の店主が横切る。


「よーし、この作品を慎重に公爵様のお屋敷に運ぶんだぞ」


「へ~い、下がりやす下がりやす」


「そこどいてぇぇぇ!」


 あの趣味の悪い巨大なハート形リースにササラたち一団がぶつかる。


「ああああっ俺の作品がああああ!」


 リースは無残にも吹き飛んだ。


 クマの被り物も宙を舞う。


 ササラはリースに刺さっていたバラで――、


 なぜか美しくデコレーションされた。


 髪にまでバラが付いて、それはまるで恋愛小説の主人公の挿入絵みたいに満開の花が咲き誇る。



「おじさん。私のお金返して!」


 路地裏の影から子どもがサッと現れ道路の真ん中で叫ぶ。


 どこまで正しいかわからないが多分あのゴロツキと追いかけるササラからおおよその出来事がわかった。


 だがそれより、このままだと子供と衝突する。


 瞬時に私は子供を抱えた。「わっ!」


 そして向かって来るゴロツキを足にかける。


「のわっ!?」


 ついで尻を噛む犬を掴んで確保した。「わふ?」


 私はそのまま泣きじゃくりながらダイブしてくるササラを抱きしめる。「ぴぎゃああ!」


「飛ぶからしっかりつかみなさい」「あ”い」


 そしてジャンプして警備兵たちの肩や頭の上を蹴って突っ込んできた一団の上を舞うように避けた。


 警備兵たちは体勢を崩してゴロツキの上に覆いかぶさるように倒れこんだ。


「ぐへっ!?」

「ぐえぇぇぇ……お金返します。許して……」

「つ……詰所で……話を聞こう……」


 私は諸々を抱えながら静かに着地した。


 が――。


 その時、宙を舞っていたクマの被り物がちょうど私に覆い被る。


「んにゃ!?」


 暗いよ。


 穴も小さいし、ササラはよくこれで走れたね。


 とりあえず2人と一匹を離す。


 さ、この被り物を、あれ抜けない。


「ん~~」


「はて、お嬢さまでしたか?」


 目の前にはメイド長ベアトリクスがいた。


 そうか、ササラは彼女からも逃げてたのね。


「ええ、私よ」


「なぜ屋敷を抜け出したのですか?」


「それは……ちょっと治安をよくするために世直ししていたところよ」


 後ろのゴロツキを指さしながら言い切る。


「お嬢さま――」


「あった! 私のお金!!」


 花売りの子が盗まれたお金を取り返して小躍りする。


 隣でササラもよかったねと言いながら踊る。


 その時、騒動を見ていた民衆が喝采をあげた。


 小言を言おうとしたベアトリクスはその口をふさいで、ため息をついた。


「……はぁ、とりあえずその被り物は返しておいてくださいまし。あと、お小言は帰ってから言わせてもらいます。ササラもいいですね!」


「うぐっ」


 ササラが苦い顔をした。


「そうだメイド長、あの趣味の悪いリースをどうにかしてちょうだい」


「うおおおお。公爵様の納期に間に合わねぇ!!」


 私はかいつまんで父のサプライズについて話した。


「――なるほどこちらの件はお任せください」


「ええ、お願い」


 とりあえず今日はもうクタクタ。


 早く帰ろう。


「さ、帰るよササラ」


「あ、はいはい! じゃあねっ」


「バイバイ。クマとお花のお姉ちゃんっ。ありがとう!」


「ササラ、この被り物どこにあったの?」


「えっと、あっちかな。いやこっちだった気も……」


「まあいいや。とりあえず歩きながら話しましょう。あとそのバラも目立つからどうにかして」


「は~い。ってそのクマの頭いつまで付けてるんですか?」


「ちょっと、とれな……ごにょごにょ」


「ほえ」


「とにかく誰もいないところでとるから、それまでこのままよ!」


 この日、領都ではクマゴリラとバラ少女がゴロツキを退治したと話題になったという。










 現在開示可能な情報


 ・使用人ギルド

 母体は使用人派遣所という執事とメイドを各地に派遣する組織。

 自前で使用人を見つけられない弱小男爵家が主な派遣先になる。しかし最近は貴族よりも羽振りのいい自由都市の商人たちのほうが最大の取引先になり、その影響を受けている。


 ・商業都市カティア

 かつては西部公爵家の領都の一つだったが多額の借金のカタに都市の権利を手放し自由商業都市へと変貌した。

 商業都市の自由商人たちは王都の大商人たちに匹敵する影響力を持ち、「公爵家すら食い物にする蛇たち」と恐れられている。


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