第2話 スラップスティック・ササラ
手紙の主に会いに行くため私とササラは屋敷からこっそり抜け出した。
「わん!」
「おや、わんちゃんじゃないですか~」
速攻で保護した子犬に見つかった。
「へっへっへっ」
子犬はすぐに怪我が治り、今では私たちにとても懐いている。
「わんわん~よしよし~」
「困ったわね。一度屋敷に戻るわけにもいかないし」
こっそり抜け出したから見つかったらまた絞られる。
「あ、それならお話のあいだ、いっぬと散歩してますね~」
「そう、それじゃあそうしましょう」
2人と1匹で目的地に行くことになった。
普段は仕事をしている若い衆が街のそこかしこで作業をしている。
「それにしても後片付けって感じでどこも忙しそうね」
「そりゃあ先日までお祭りしてましたからね」
領都ではドラゴン狩りに続き今度はマンドラゴラの発見によって王の延命に成功したことが大々的に公表された。
そのあとすぐにお祭り状態になった。
そして制限がかかった。
そのため屋台の骨組みや仮装衣装が入りきらない箱などが道の隅に置かれていた。
「あ、そう言えばどこかの公園で演劇がやってたそうですよ」
「へ~どんなの?」
「クマゴリラVSドラゴン~恋した相手は伯爵令嬢~」
「なんて?」
ササラが演目の概要を説明し始めるが全く耳に入ってこない。
「ついこないだ食糧危機とか騒いでたのによく祭りができるよね」
話を逸らすことにした。
「王様が城の備蓄を放出したらしいですよ」
「あ、ほんとだ教会でパンを配ってる」
塔の教会前では貧困層の列ができていた。
周りを見ながら表通りを歩いていると、幼い子供に声をかけられた。
「これ、お花を買ってください」
子供は近くで採れたのであろう一輪の花を目の前に差し出した。
持っているカゴにもいくつか花が入っている。
「えっと……」
いきなりだから困惑したが、この子は竜災から逃れた避難民だ。
「そう……それじゃあ一つちょうだい」
「あ、私も私も!」
少しだけ多めにお金を渡すと少し困惑してからパァッと笑顔になる。
「あ、ありがとう!」
私とササラは買った一輪の花を花飾りのように髪に挿す。
「おいおい困るんだよ」
そこへ男の人が声をかけてきた。
声の主を確認すると花屋の店主だ。
何やら大きなリースに赤い花ローズをたくさん挿している。
「花屋の前で堂々と邪魔されちゃ、商売あがったりだ」
「あはははは……」
ササラが笑ってごまかす。
仕方ないのでこちらの花屋からも買おうかしら。
少し見てから店主の作業が気になり訊ねる。
「あの……そのリースは何ですか?」
「お、これか。ここだけの話、公爵様の依頼でな。なんでも一人娘のシルヴィア様と最近仲が悪くって仲直りのためにローズの花をふんだんに使った、この巨大ハート形リースをプレゼントすることになったんだ!」
「えぇ……」
「趣味わる……ボソ」
これはササラが正しい。
ローズと言えば花言葉「愛してる」は有名だ。
そんなのを実父から送られて実の娘が喜ぶだろうか。
「しかもこれはサプライズでな。夜中にコッソリ部屋の中に運び込んで朝起きるとこのリースが目の前にドンとあって、それに感激したところに父親が入ってきて仲直りしようというんだぜ!」
「えぇぇぇ……」
「ふ、不法侵入……コワ……ボソ」
さすがに鳥肌が立つ。
年頃の娘の部屋に勝手に入ってこないでよ!
しかも深夜と寝起きの2回なんてほんとヤダ!
「おっと、今日中に仕上げないといけないから、あっちいったいった」
「ササラ……」
「なんでしょうか?」
「あとであれ燃やして」
「放火はマズいですよ」
「じゃあ今夜からササラの部屋で寝ていい?」
「え~もう、しょうがないな~~うひひひひ」
あれ、ササラがちょっとキモい。
いや、けどまだ全然マシよね。たぶん。
「わふ……」
私とササラはとあるギルドの前に来た。
「用ってここですか?」
「ええ、そうよ」
「ってここ使用人ギルドじゃないですか」
ギルドは靴や肉屋にパンあるいは大工など、いろいろな職業別に分かれた組合組織になる。
領都になるギルド支部は主に都市の職人の保護と都市運営に対する提言窓口として機能している。
ここは数あるギルドの中の一つ使用人ギルドという。
執事とメイドを各地に紹介する「使用人紹介所」のギルドだ。
「それじゃあ私はわんこと近くを散歩してます。何かあったらすぐに暴れてください!」
「私を何だと思ってるの? ササラもくれぐれも問題を起こさないでよ」
「やだな~問題なんて起きませんよ~」
まあそうよね。いくらササラでも生まれ育った街で特大のトラブルとか起こせないよね。
私はササラと別れ、一人ギルドの中へと入っていった。
――――――――
「それじゃあ、わんころ。何かあった時のためにこのギルドの周辺でお散歩ですよ」
「わふ」
ササラは犬と共に周辺の散策に出かけた。
そして――
「ふんふ~ん……っは!?」
「わふ?」
ササラは物陰に隠れた。
「な、ななななんでメイド長がここにっ!?」
イシルメギナ家メイド長、ベアトリクス・ルー。
鬼のメイド長と若手メイドたちに恐れられている。
イシルメギナ家使用人たちの中でバトラー・ブラントンに次いで力のある猛者だ。
その鋭い眼光と眉間のしわの深さから最も不機嫌な時だと分かる。
「あわわわわ……。ぜったいに屋敷を抜け出したのバレてるぅぅ」
「わふ?」
シルヴィアが一緒ならば主の命で動いてただけという建前から小言ぐらいで済む。
しかし一人だけなら――。
ササラはトラウマを思い出し、見つからないように逃げ出した。
「ムリムリムリムリ。メイド長に捕まったらシルヴィーについて洗いざらい吐かされる。そしたら絶対にシルヴィーが困る!」
ササラはシルヴィアが悲しむ顔を見たくなかった。
そのため全力でメイド長に見つからない鬼ごっこが始まった。
「ん? あのメイドさんたちは……」
2人を探しているのはメイド長ベアトリクス・ルーだけではなかった。
屋敷中のメイドたちが市内を探し回っている。
「ふ、なるほどですね」
「わふん?」
「いいですかお犬様。私たちはできる限り見つからないようにお散歩をするスニーキング・サンポの開始ということです!」
「わん!」
「し~~~~。とにかく常に隠れながら移動して頃合いを見てシルヴィーと合流。そして屋敷の屋根裏らへんまで移動したら――じつは屋根裏にいたんですよ~っていってお茶お濁すんです!」
なお、メイド長にすでに隠れられる場所はすべて捜索済みなので怒られるのは確定である。
ともあれササラ包囲網との静かなる戦いが幕開けた。
――1時間後。
「はぁはぁ……この公園に逃げ込みましょう」
「へっへっへっ、わん!」
ササラは領都にいくつかある公園の一つに逃げ込んだ。
「いや離して!」
「いいからよこせ」
先ほどの子どもがゴロツキに絡まれていた。
そして今日の稼ぎを奪われ、小汚い袋に入れたところだ。
「むむむ、これはほっとけませんね」
「く~ん」
「おっと、スニーキング中だった。えっとえっと……あ」
どうしようか悩んでいる所に衣装が入っている箱が目に入る。
「ふん、ガキが一人前に稼いでるんじゃねえよ」
「まてーっ!」
「なんだ?」
「とうぅ!」
ササラが飛び蹴りをして悪漢を蹴り飛ばす。
「ぐはっ!」
「さあ、その子のお金を返しなさい」
「なんだてめ……なんだこのクマは!?」
ササラは顔を隠すために演劇で使われていたクマの被り物をしていた。
「わん!」
「その服装に……わんちゃん。さっきのお姉ちゃん?」
子供には秒でバレた。
「くそっなんなんだこのヤロー」
「野郎ではありません。正義のクマ娘です!」「わんっ!」
「ふざけんなよこの……」
――ピーーっ!
都市の警備が騒動に気付いて駆けつけてきた。
「ちっ覚えてろよ!」
ゴロツキはお金の入った袋を投げ捨てて逃げだした。
「ありがとうお姉ちゃん」
「ちがいますよー正義のなんだっけ……クマですよー」
そこへ警備兵が声をかける。
「そこの不審者、ゆっくりこちらを向きなさい」
警備兵はもしもに備えて杖を携えている。
「いやー私は通りすがりのっ、なんていうかこうというかっ」
「クマさんは助けてくれたんだよ!」
「ははは、冗談ですよ。実は一部始終遠くから見ていました。駆け出したときにはすでに遅く、間に合いませんでしたけどね」
警備兵はそう言って杖をしまう。
「ゴロツキに顔を覚えられると後々厄介ですからね。その被り物は良い判断だと思いま…………え?」
ササラはとても挙動不審になっていた。
まるで犯罪者がここからどう逃げようか考えているかのようだった。
「ま、まさか……何か罪を犯したのか?」
「まままさっか~~(めめめメイド長がこっちに来てるぅぅぅ)」
イシルメギナ家メイド長、ベアトリクス・ルーがその鋭い眼光がまっすぐクマの被り物をしたササラを射抜いていた。
メイド長は察していた。
騒動のある所にササラあり、と。
「実は朝方に開店準備していた店の店主が襲われて強盗未遂事件があったんだ。違うと思うが、とにかく子供から離れなさい」
頭では目立ちすぎるのでありえないと思っているが、警備兵は万が一を考慮して子供を引き離す。
促されて離れる子供、緊迫の時間。
ササラは持てる最大の一手を打つ。
「ど、どうかこれで見逃してください」
ササラは賄賂《全財産》を使用した。
「え、賄賂……やはり犯罪者か!?」
だが立場が悪化した。
「お願いです見逃してください」
「見逃すも何も、ほんとうに罪を犯したのか?」
「何も悪いことはしてません。ちょっと抜け出してきただけです」
「脱獄か!」
「違います!」
クマと警備が押し問答を続けている間にもメイド長が公園の入り口を跨いで駆け出す。
「ひぃぃ、あとはこれだけです。これしかありません!」
ゴロツキから回収した汚い袋を差し出す。
「それわたしのお金!」
「この子のお金なんで――」
――ゴトン。
袋の中からごつごつした石が、血の付いた石がボトリと落ちる。
「まてよ。今朝襲われた店主は石のような硬いものが入った袋で叩かれたと言っていた――まさか!」
先ほどのゴロツキが強盗未遂の犯人だった!
「あわわわわわ……」
メイド長がすぐそこまで来ている。
「くんくん……わん!」
袋の臭いを嗅いだ犬が走り出す。
それにつられてササラも走り出した。
「ごめんなさあああい!」
「…………ま、てぇぇぇ!」
――ピィィィィィ!
警備兵がホイッスルを鳴らすと近くにいた兵たちが集まり、一目見てササラを追いかける。
臭いを追いかける犬に振り回されるクマガールを追いかける警備兵たちを鬼の形相で追従するメイド長。
その異様な光景に駆り出された屋敷のメイドたちも合流して追いかける。
「けっけっけ、お金だけとるなんざスリと一緒よ。ちょうど凶器の処分に困ってたんだ。あのへんなクマがつかまりゃ当分は大丈夫だろ」
「バウバウ。がぶっ!」
「んぎゃあああああああ!」
そしてついに犬がゴロツキのお尻に噛みついた。
噛まれながら涙目に走るゴロツキ、尻にかぶりつく犬、リードでつながったクマガール、追いかける警備兵たち、追跡するメイド長とメイドたち、そこについに新しい催しだと勘違いした町人たちもが走り出す。
ササラの明日はどうなるのか。
「だれがだづげでぇぇぇぇ!」
⇦To Be Continued
現在開示可能な情報
・スラップスティック・コメディ
コメディジャンルの一つ。主に体を張って客の笑いをとることを目的とした喜劇。チャップリンのサイレント映画などが有名。日本ではドタバタコメディが近い表現になる。
スラップスティックとはハリセンのような音がでる小道具のことである。




