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第1話 男爵領

 その国が興ったのはおよそ約1500年前のこと。結界により国土が守られた直後になる。

 半径およそ100㎞という狭い国土は数多の貴族によって分割統治されていた。

 その重層的な社会では資源が乏しく、移動には煩雑な手続きが伴った。

 結界による平和と安寧がそれらを容認してきた。


 彼らは知らない。


 その国の歴史の闇を――


 その足元の脆さを――





 ――――――





 あれから1週間。


 それはもう死ぬほど忙しかった。


 まず父と母にこってり絞られた。


 まあ3人が説教を受けるのはいつものことなのでまだ耐えられた。


 王国中からどんどん人がやって来て、集まった人々が歌え騒げのお祭り状態になるのにそんなに時間がかからなかった。


 他にはやつれた宰相と宮廷役人との会談という名の尋問が数日続いた。


 さすがに結界の外に出たことは秘密にした。


 まあとにかく嵐のような日々だった。



「静かね……」


「ほんとですね……」


 そんなゴタゴタな日々が続いたが、ついに収拾がつかなくなったので領都への立ち入りが制限された。


 そして現在に至る。


 こうして目まぐるしい日々から一転、ヒマになった。


 こうやって落ち着いてくると学園が懐かしく感じる。


 だけど今は休校期間だ。


 魔法学園の春休みは結構長い。


 特に北部の山岳地帯は雪で閉ざされるので、伝統的に冬越えを家族て過ごす風習がある。


 そのため北部出身の学園関係者や生徒の多くが雪が解けるまで戻ってこない。


 例年通りならあと1週間ほどになる。



「あ~、そう言えば領地から手紙が来てましたよ~」


「領地からの手紙?」


 それって今土地の調査しているルルからの手紙じゃない!


 机の上にあるいくつかあった手紙を手に取る。


 これだ。字はルルが書いたものだ!


 『レッドフィール男爵領について暫定評価』と書かれている。


 レッドフィール男爵領――強盗騎士が持っていた男爵領の名になる。


 お説教のあとも私は身動きが取れなかったのでこの領地の調査をルルに任せていた。


 といってもルル本人も経験がないのでイシルメギナお抱えの測量衆に同行する形だ。


 畑などの収量を調べることを検地という。


 南部の領地はほぼすべて把握しているが、今回得た領地が西部の公爵家の領地側になる。


 情報がないので今回検地することになった。


 といっても収穫量以外にも評価項目があったりするので実際に見て回ってどういう土地なのか住民に聞き取り調査などもする。


 手紙には評価は1~5の数字で高いほど高評価になり、それに評価不可の「X」の合わせて6段階だと書いてある。


 2枚目が評価表だった。ルルが手書きで所感を書いている。


 

「えーっとなになに、調査結果は……」



――――――――――――――――――

 レッドフィール男爵領暫定調査項目


 ・領地評価項目

 土地の地力:X:作物が育ちません。

 特産品:1:強奪品があります。それ以外はX評価です。

 地形:X:水はけのいい丘です。川は流れてます。途中で消えます。ほぼ岩石です。

 開発度:1:村というより小屋があるだけです。城屋敷と教会の廃墟があります。

 税収:X:略奪と傭兵が収入でした。


 ・領民評価項目

 人口:X:作物が育たないので人がいません。推定100未満。

 民度:X:山賊です。

 治安:2:鉄腕の言いつけを守ってます。

 識字率:X:ないです。


 ・外交評価項目

 近隣外交:X:周辺領地すべてと敵対しています。

 領有の正当性:X:決闘で奪ったので……。


――――――――――――――――――



 ………………。



「ってなんなのこの土地っ!」


「まあ強盗騎士が統治する土地なんてそんなもんですよ~。いい土地は公爵家や伯爵家のものですし~」


 ササラがそりゃそうだと言って部屋の掃除を始めた。


「はぁ、いわゆる男爵領問題ね」


 ベリア王国の土地は王領と公爵領からなる。


 中央や結界付近の周縁部が王領となる。天領ともいう。


 公爵領は東西南北の全部で4つになる。


 そして公爵家の中に伯爵家がある。


 大雑把に一つの公爵領は3~5の伯爵領の集まりになる。


 さらに伯爵領は3~5の男爵領の集まりになる。


 ササラの言うように「いい土地」というのは大体公爵家の直轄領になる。


 たしか貴族史の授業によると魔物によって国が滅び、結界によって土地が囲まれたとき、残った人々に等しく土地が与えられた。このみんなで開拓する時代を共同開拓時代という。


 この時代に開発した結果いい土地だった男爵領が周辺領土をまとめる伯爵家になり、そんな伯爵家たちの中でさらに土地の優劣から力関係が生まれ――有力伯爵が誕生した。


 そんな有力伯爵家に対して王家は婚姻を進めて王家の血が入って公爵家へとへんかしていった。


 この一連の流れを貴族化期間というらしい。


 そしてこの流れの中で発生したのが「貧しい男爵領問題」になる。


 とても大雑把な流れとして――


 新貴族が拝領した土地を借金して開拓する。

 土地が貧しいので税収はほぼゼロ。

 借金返済のため重税。

 農奴たちの怒りの反乱。

 監督責任を問われて領地没収。

 そして新人貴族に分け与えられる。


 このループを何度も繰り返すうちにいわくつきの男爵領の拝領拒否が起きた。


 逆に優良な土地に開発が成功すると宮廷貴族として御呼ばれして、土地は別の人が管理することになった。


 そうこうしているうちに大決闘時代が到来して決闘によって領地から何まで奪い合う時代が来てしまった。


 貧しい男爵領は実力のある強盗騎士たちの領地もとい山賊の拠点と化してしまった。


 ――けど税金は払ってくれるから伯爵家は特段気にしない。もっとひどいと強盗騎士からの護衛料と称して商人から法外な請求をするという噂もある。※マッチポンプという語は存在しない。



「はぁ、どうしよう」


 土地の開発に興味はある。


 けれどいまは婚約破棄のほうが重要だ。


 それから来訪者2人が気にしている結界の秘密にも興味がある。


 といってもこれは長期的な取り組みになりそう。


 後でそのことを相談したほうがいいよね。


 そうなると婚約破棄・結界の調査・男爵領の経営の3つと学園生活を両立しないといけない。


 ……むりね。


 とても一人でどうにかなる問題じゃない。


 中途半端だと全部が失敗するなんてことも。


 ………………う~ん。


 あとは学園のみんなに割り振るとかだけど、さすがに後輩たちを巻き込みたくない。


 他には卒業した先輩たちに頼むとかになるけど、魔法学園は全土から人を集めて、卒業と同時に出身地に帰る。


 このため出身地によっては公爵に一言入れて、伯爵に一言入れて、男爵に一言入れて、場合によっては村長に一言入れて、それでやっと本人に取り次いでもらえる。


 その際に、婚約破棄の支援してもらいたいから先輩方に会わせてほしい、なんて言えない。


「う~~ん。困った……」


 私は自分の力で何ができるか思考を巡らせる。


 しかしどれほど考えても何も思いつかなかった。



 ――ヒラッ。



 一通の手紙が足元に落ちた。


 ルルのとは別の手紙だ。


 ご丁寧に封蝋付きだ。


 刻印からどこから来たのかすぐにわかった。


 わかるのだけど、なぜそこから手紙が送られてきたのか見当もつかない。


 封蝋付きということはご祝儀とかそういう話ではない。


 その刻印――印章つきということは差出人の証明と同時にその重要性を意味する。


 とにかく内容を確認してみよう。


 手紙にはよくある時候の挨拶など美辞麗句が最初に書かれているが、それらを飛ばすと――


『婚約の件につきましてご相談がございます。内密な話になりますのでよろしければ当方の支部までご足労願います』


――という感じのことが書かれていた。


 内密となるとバレないように――変装したほうがいいのかな。


 とりあえずサラサラっと返事の手紙を書く。


「ふんふんふ~ん」


「ササラすぐに支度をしなさい」


 部屋の掃除をしていたササラに声をかける。


「あれ、お出かけですか?」


「ええ、急用よ」







 現在開示可能な情報


 ・魔法学園の休校期間

 魔法学園は長期の休みが夏と冬にある。夏は農業のため、冬は冬越えのため。この冬の休校期間を北部では冬休み、南部では春休みという。ほんとは作者が間違えて春休みって書いちゃっただけ。


 ・称号と領地

 ベリア王国は国土が狭い関係から公爵・伯爵・男爵・騎士爵の4つの階級に集約されている。ヨーロッパ文明の大公・侯爵・子爵は存在しない。称号は領地に紐づいているので複数の称号を持つ貴族もいる。公爵家の人間が他の公爵領の称号を得ても問題ない。上納金を払いさえすれば。

 マティウス・イシルメギナ公爵はイシルメギナ公爵にして大将軍閣下、結界の女神の恩寵による、ウィートランド伯爵、ウィート男爵領の領主(以下略)、となる。シルヴィアは上納金未払いなので「――その娘、レッドフィール男爵領の暫定領主シルヴィア」が最後につく。


 ・貴族の格差

 収穫量の多い穀倉地帯は上位貴族が低い土地は下位貴族が管理する。不断の努力により収穫量が増大すると宮廷貴族として中央に呼ばれ領地は没収される。貧弱な土地は騎士爵たちに狙われる。そのため全体として貴族間の力関係は必ず(・・)維持される。


現在開示可能な情報というのを載せてみましたが、今後もあったほうがいいですかね?

ちょっと多すぎるので1話1つぐらいのほうがいいかな。

称号の元ネタはドイツ皇帝ヴィルヘルム2世。

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