幕間 王国情勢
その日、宮廷中が騒然となった。
遥か昔に失われたマンドラゴラが発見されたという知らせが届いたからだ。
ある者は、国王陛下万歳、と叫んだ。
またある者は、シルヴィア嬢に国を救われた、と功績をたたえた。
中には、これで公爵家の力関係が崩壊した、と陰口をたたく者もいる。
そんな城の地下の一角にこの国有数の薬師たちが集まっていた。
彼らは机の上に置かれたマンドラゴラを囲んでいる。
そんな彼らを一歩引いた場所から相対する男がいた。
この国の宰相だ。
彼は眉間にしわをよせながら口を開く。
「それで何が問題なのだ?」
「我々にはこのマンドラゴラを適切に処理をして万能薬を作る術を知りません。1000年以上前に失伝したのです」
「では上のお祭り騒ぎに冷水をかける公表を私がしなければならないと――」
宰相は深いため息をついて、代わりに胃薬を飲み込む。
「端的に言えば……そういうことです」
「まったくどうしたものか……」
「せめて一月……いや事前に報告があれば……」
「いまさら仕方あるまい。それよりこれをどうにか薬にする方法を見つけ出すか、いっそ育てられぬか?」
宰相は机の上のマンドラゴラに目をやる。
微かに震えているのでまだ生きていることはわかる。
――バンッ!
若い兵が大声で伝令と叫びながら、扉が勢いよく開いた。
「何事だ」
「閣下一大事です。塔から、塔から、使者が来られました!」
「まさか!?」
ありえない出来事に宰相は驚きの形相となる。
――塔の使者。
この国の中央にそびえる結界の塔。
その塔の内部には結界を維持する祭司たちと塔の守人がいる。
彼らが外に出てくることはほとんどなく、数十年に一度程度である。
そのため生涯を塔の中で過ごすと言われている。
外界から隔離された彼らが外に出てくるとき彼らを「塔の使者」と呼び、国中を上げて盛大にもてなす。
それだけ特別なことである。
彼ら塔の住人は儀式や手続きを非常に重んじる。その使者が何の連絡もなしに訪れることはありえないに等しかった。
「彼らが正規の手続きを省いて来るというのか。このようなこと前代未聞…………いや、塔も教会経由ですでにマンドラゴラの情報を得たか?」
宰相はぶつぶつ独り言をしながら上へと駆け上がる。
「結界の塔」とは別に「塔の教会」という宗教団体が存在する。
この国唯一の宗教であり各地の教会から多くの情報を得ていると言われる。
――教会は塔の住人を神聖視しているので実質下部組織のように働いている。だとすれば知っていて当然と言える。
宰相はそう推測した。
応接間まで一足飛びに駆けるとすでにドアの前には宮廷貴族たちが集まっていた。
全員が突然のことに驚きを隠せない様子だ。
「皆揃っているな。くれぐれも粗相のないように注意せよ」
宰相はこれだけヒトが集まれば「塔の使者」に臆することもないだろうと思った。
そして意を決して扉を開けるように衛兵に指示する。
これほどまでに塔の使者が特別扱いされる。その理由は――。
「これはこれはご足労いただき誠にありがとうございます。我が王に代わり謝意を表明します」
応接間には塔の使者たちがいた。使者1名に守人が6名。
使者は神秘的な白装束を身にまとい、薄いベールで顔を覆っていた。
守人たちは軽装だが白銀の鎧を身に着けている。
使者が口を開く。若く美しい声が部屋を包んだ。
「ああ、誰かと思えばあなたは王の御学友でしたね」
「ははは、もう何十年も前のことです。使者殿は相変わらずお美しいのでしょうな」
宰相に促されるように使者がベールをめくる。
その美貌に部屋にいたすべての人が息を呑む。
結界の塔、その使者たちが特別な理由。
それは彼ら塔の内部に住まう種族が「エルフ」だからである。
――王国西部、商業都市カティア
ベリア王国の西部には自由都市構想の名の下に発展している都市がいくつもある。
その一つのある商会。
年頃の娘が会館の廊下を駆け抜ける。
そして勢いよくドアを開けた。
「若旦那!」
「やあ、今日も元気だね」
「たいへんたいへんっ、塔の使者が現れて王都がお祭り騒ぎになってるってっ!」
「ふーん、そう……」
若旦那と呼ばれた青年はそっけなく答え、曇った丸メガネの手入れに集中する。
「もうちょっと興味もってよっ。商人たるもの東西南北利益を追い求めて走り回らなくっちゃダメさっ」
元気な娘はそういって走るポーズをする。
青年はメガネをかけて、落ち着きをはらって論ずる。
「王都は王家御用達の大商人たちの縄張りだよ。どうがんばってもうちらが入り込む余地がないよ」
「んぐぅ……」
「さ、わかったらボクはこの新しい魔道具で遊ばせてくれ」
「あ~もうっ、そう言ってそう言ってっ、いっっつもガラクタいじりをするっ」
「あははは、ボクはパッとしない商会の更にパッとしない三代目だからね~」
青年は商業都市で悪い意味で有名である。
彼の世間からの評価は、万年赤字の愚息、商売敵に利益を運ぶ聖人、ガラクタの最終処分場――である。
つまり商才が皆無だと評されていた。
その証拠かのように部屋にはよくわからないガラクタが所狭しと積み上がっている。
「うそだっ。勝ちすぎて警戒されないようにわざと負けてるだけっ。本当にパッとしないのならガラクタを買えるほどの利益を稼げたりしない!」
「ん~~まいったな~」
彼女の指摘は半分は当たっている。
新興の商会の若君が商才の神童だった場合、その商会の未来は無いと言っていい。
大商会の跡取り息子以外は大抵実力を隠す傾向にある。
「うちの商会も昔より大きくなったっ。すぐに潰されたりしないよ!」
「そうだね。たしかに最近は食糧価格の高騰に政情不安、商人として勝負に出る時かもしれない」
「そうこなくっちゃっ!」
商会の娘が、すぐに馬車の手配をしようと飛びでる。
しかし若旦那が待ったをかけた。
「いや、向かうのは南部だよ」
「……南? ドラゴンは骨の髄まで売却済み。あとはマンドラゴラ探しなら公爵家が規制してるからむずいっしょっ」
「いや向かうのは西南の境目にある男爵領。ちょうどイシルメギナのお姫さまの手に渡った所さ」
青年はのほほんとした顔からギラついた商人の顔になる。
「あの辺って強盗騎士がよく出るからお金にならないでしょ。護衛を雇うなら今月も赤字確定ね」
「いやいや、あの立地ならかなり稼げるはずだよ」
「その理由は?」
「ふ、商人としての勘だ!」
「…………」
残りの半分は、彼がリスキーな賭けが好きなギャンブラーでもあった。
「そのためにもまずは――」
「まずは?」
「親父殿からお金を借りる!」
元気娘が盛大にズッコケた。
――王国北部公爵家執務室。
王国北部はそのほとんどが山岳地帯となっている。
鉱山をいくつも抱え採掘が盛んな地方だ。
またこの地方は他領より一段と寒い。
そのため寒さ対策と薪消費を抑えるための魔道具で部屋を暖める。
執務室にはそんな北部では珍しい暖炉が付いており、焔がひらひらと燃え上がり部屋を照らする。
執務室には書類を持った執事たちが並んでいた。
「公爵様――」
「うむ、しばし待て。ふむ、今年の鉱石の質が悪いな……」
公爵の机の上には採れたての鉱石がいくつか置かれている。
北方公爵はゆっくりと石の質を確認して、見終わった物から鉱物担当の執事が持つ箱に置いていった。
急用できた執事は待ちきれず口を開き、一呼吸のうちに言い切った。
「王都から至急の知らせに御座います。どうやら塔から使者が現れたようでございます」
公爵は手を止めて、執事が持つ手紙に目をやる。
そして巨体の北方公爵は自らの体に不釣り合いなほど小さな手紙を受け取った。
その手紙を隣に座る伴侶に渡した。
「読め」
そう言って手渡された手紙を美しい伴侶が読み込む。
「これは……」
「どうした? 早く読まぬか」
「ふふ、王都で面白いことが起きているけど、シルヴィアちゃんのほうがもっと面白そうですよ」
「ほぅ、あの娘の名がでるか」
「ええ、これはもしかしたら私たちには吉報かもしれません」
「ふむ……我が娘を呼んでまいれ」
「はい、かしこまりました」
公爵は人払いのジェスチャーをして、執務室にいた執事たち全員部屋をでた。
すぐに2人きりになった。
「続けろ」
公爵に対して私見混じりながら手紙の内容を読み進めていく。
そしてすべてを聞き終えて公爵が考察を述べた。
「――我が領地では資源採掘量が減少して久しく、もしマンドラゴラを手に入れた場所が南部ではなく、仮に結界の外だった場合、それが我が領の問題を解決してくれるかもしれない、ということか」
「ええ、ここは愛娘に頑張ってもらいましょう」
ほどなくして年頃の娘が執務室に入ってきた。
「お呼びでしょうか。お母さま、お父さま」
「うむ、お前の学友がまた活躍したようだ」
「まあ、それはとても素敵なお便りです」
北方公爵家の家族会議が始まった。
――王国東部、罪人処刑場。
王国の東部には王国最大規模の穀倉地帯が広がっている。
王国東部公爵領は農奴制を採用しており、労働者を土地に縛る事で食料を確保していた。そのため保守的な貴族が多く、抑圧に反抗するように反乱が多い地域でもあった。
そのため国唯一の処刑場が存在する。
連日のように刑が執行されており、執行のたびに観客席から拍手が起きた。
王子が来ていることから通常の警備兵の倍以上の兵が外を囲んでいる。
そのため処刑場内の片隅にいる2人の警備兵は気が緩み、ヒマを潰していた。
「本日も王太子殿下は処刑場の見学か~」
「ドラゴン禍以降は各地で犯罪が起きてるからな。見せしめの処刑が毎日のように行われてんだよ」
「なあ噂じゃ政務放り投げてここに来るって話だぜ」
「それは嘘だろ。処刑は王族が許可しないと執行されないんだから。ほら仮面王さまは処刑に反対してるだろ。ってことはこの処刑は王太子殿下が許可してるんだよ」
「価値観が違うなぁ。なんであの王様からこの王子が生まれるんだか」
「ちげぇね」
そんな2人の雑談に横やりが入る。
「おぬしらここでは口を閉じておけ」
「なんだお前?」
「バカが鉄腕だよ。ダン・ディ・シルバーナイト騎士爵殿だ」
「えっ、騎士様!?」
「今はただの清掃員だ」
犯罪者はその大半が奴隷や農奴となるが――質の悪い何人かが見せしめに処刑される。
対して強盗騎士たちは貴族同等の爵位持ちであり、罪と言えるのもせいぜいが無断決闘に対する罰が関の山になる。
鉄腕ダンディは他の強盗騎士たちと同じく罰として処刑場の清掃が言い渡された。その言外の意味は、あまり悪さするなら次は断頭台行きだ――である。
「片腕だと疲れるのでな。もう年だし少し休ませてもらうぞ」
「はい構いませんよ」
「よっこらせ。ふむ、日に日に東部貴族の数が増えておる。奴らにとって優しい現王より反乱の根を摘む次期王の方が支持しやすい」
「うちの村は中央に近いからマシですけど周縁部近くはむち打ちするぐらい重労働って聞くな」
「そうだな。そんなことしても収穫量なんて増えやしないのに貴族はどうやって作物がとれるのかまるでわかってない」
「それから王族への陰口は舌を切り取り街道にさらすのが古い時代の法だが執行するか決めるのは――あの王族じゃぞ」
「んぐっ!?」「んぐんぐ……」
兵士たちが互いに口をふさいだ。
静かになった所で強盗騎士は思考を巡らせた。
――西で発達した自由商業都市の影響で、国中の人々の意識が変わりつつある。その変化はワシですら感じとることができた。しかし東部だけは時間が止まったかのように変化を拒んでおるな。
……さて、欲望に忠実な王太子が古いしきたりを重んじる保守的な貴族社会の中で満足するだろうか?
ダンは深くため息をつく。
「ふぅ、何もせずとも波乱、変えようとしても波乱かの……」
その後も処刑場で刑が執行されるたびに拍手が起きた。
ここでは中央のエルフの話も南部の英雄の話も西部の商売の話も北部の鉱山の話も伝わってこない。
外の喧騒とは関係なく刑が執行されるだけだった。




