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幕間 わんこ

 昨日のアレは何だったの?




 私たちは体調悪化した王のためにマンドラゴラを手に入れた。




 ただ帰りにちょっとしたアクシデントがあり、はるか上空から落ちてきた。




 その時、専属執事であるルルが頑張ったおかげで奇跡的に大事には至らなかった。




 うん、そこまでは問題ない。




 そして……。





『愛している』





「ふああああああああっ!」




 ――ビクッ!?




 昨日のことを思い出してまた奇声をあげる。




 隣にいるササラが驚いて目をぱちくりさせる。




「シルヴィア様昨日からちょっと変ですよ。本当に大丈夫ですか?」




「だ大丈夫よ。それより今日は何ていい天気なのかしら。森の散策にでたいぐらいよ」




「雑に話しそらさないでください」




 そうはいっても思い出すたびにこう胸の奥がきゅってなって、顔が真っ赤になって!




 これは一体なんなの?




「ねえササラ。こう胸がきゅってなって、顔が赤くなる症状ってなにかわかる?」




 わからなければ聞くに限る。




「それは……」




 ササラがう~んっと考え込む。




 そして真顔で口を開いた。




「女の子の日ですね」




「それは違う」




 むむむ、と考え込んでからボソッと口を開く。




「あとは……けどシルヴィーにありえないし……」




「何か心当たりがあるの?」




「いえ、学園の子たちと話題になるのが――恋の病ですね」




「はぁ……恋の病っていま流行りの恋愛小説に書かれてることでしょ」




「だからありえないって言ったじゃないですか~。恋の病というのは好きな男の子のことを考えると胸のあたりがムズムズして心がポカポカしてずっとその子のことを考えて、好きとか言われると暴走しちゃう。そういうモノなんです!」




 ササラはきゃ~~って黄色い声をあげながら一人で盛り上がる。




「そ、そう。ならちが――」




 ずっとルルのことを考えて――。




 胸のあたりがムズムズポカポカして――。




 『愛している』と言われて――。




「ふぁっ!?」




「ひゃ!? また??」




 わたしじゃん!




 ソレ、わたしじゃん!




 そうよ。まずはササラに教えないと!




 ……って、ササラに言ったら最後、恋バナ女子会大好きメイドを経由して学園中、いえ国中に知られてしまう可能性がある。




 その場合の問題は?




 そうなったら最悪の場合、変な虫がつかないようにという建前で結婚式まで軟禁なんて事もありえる。




 こっちはずっと婚約破棄のために駆けまわっているのだから、ここでコケてはいけない。




 少しでもリスクを減らすためにも――この目の前の強敵恋バナモンスターに悟られないようにしないといけない。





 ――ゴゴゴゴゴゴゴ。





 私の奇行を不審に思ったササラはまるで探偵のように全身を観察する。




「あれれ~? 胸が苦しいくて頬から耳まで真っ赤、それに鼻息も少し荒い――」




 もう気付かれた!?




 どうする?




「これはもしかして――」




 かくなる上は頭を叩いて記憶を消すしかない。




 長旅の疲れから突然気絶したと言い訳しよう。




 私がグッと右手に力をこめたとき、ササラが真顔で口を開く。




「――カゼですね!」




 迷探偵ササラがドヤ顔で真実を突き止めた。




「ああ、うん……そうかもしれない」





 こうして私は周縁部の村にもう数泊することになった。




 そして苦労して入手したマンドラゴラは先に王城へと送られるのだった。




 それから丸一日ダラダラして過ごした。




 ブラントンが、疲れからの一時的な高熱でしょうな、と納得してくれた。




 と言っても翌日には出発することに決まった。






 早朝、出立の日。




 私は近くの森に散策に出かけた。




 自然を感じて心を落ち着けたいというのと、ルルと少しだけ距離を置きたかったからだ。




 彼にはあの2人組(工場長とベルタ)を領都まで連れていく手配をさせた。




 その準備の合間に少し彼との関係に思いを巡らせることにしたのだ。




 そもそも私は彼をどう思っているんだろう。




 かわいい弟?




 違うな。




 家族みたいな関係?




 それはただの逃げね。




 今まで特段気にしてなかったが改めて考えるとしっくりこない。




 幼馴染や友達というには主従関係あるし、う~ん。





 ――く~~ん。





「今のは……聞こえた?」




「なんでしょう。向こうからですね」




 一歩後ろで護衛として警戒していたササラが声の主の方角を指さす。




 バトラー・ブラントンが近くにいるのでササラは真面目に従者をしている。




 それが普通なのよね。




 何が飛び出してきてもいいように警戒しながら近づくと声の主を見つけた。




「く~~ん」




 人ではない。




 動物それも犬がうずくまっていた。




「これは……犬?」




「わ~、わんこです。わんちゃ――こほん、仔犬ですねお嬢様」




 ササラが慌てて言い直す。




「そのようね。さてどうした――!?」




 子犬は全身が焼けていた。




 毛の焼けた臭いが鼻の奥を通り抜けて、私の心を侵してきた。 




 すぐに子供の頃を思い出す。




 王城のパーティー会場。




 王太子の誕生日会。




 私がハンドラーに教わりながら調教した犬を献上した。




 そして、彼は、あの男は目の前で私の猟犬を燃やした。




 あの日を思い出して手に力が入る。




「……くっ」




「えっと騎士か魔術師の仕業でしょうか?」




「そうね。村の用心棒が野犬に炎魔法を使って追い払うのはよくあることよ。人を襲わせないためにせめて楽にしてあげましょう」




 私は護身用の剣を抜き、子犬の方に向ける。




 ここで情けをかけてもヒトを敵と認識した犬は絶対にヒトを襲う。




 そう、だから貴族の責務としてここで処分しないといけない。




「シルヴィー…………お嬢様、私この子を飼いたいです!」




「ちょっとササラ!?」




 私が躊躇しているのをササラは気づいていた。




 だからあえて駄々っ子のように言って私の剣を収めさせた。




「ほしいほしい。ワンちゃん飼いたい~~」




 あ、これほんとに駄々っ子なだけだ。




「ダメです。うちにはもうルルがいるでしょ!」




「なんでルル君?」




 ん、あれ?




 そういわれると確かに変だ。




 ここでなんでルルの名が出てきたんだろう?




 ――!!




 ああ、そうか。




 あの日、猟犬を殺されたあの日、外に出て裏道を駆けまわった私は絶対に死なない猟犬が欲しかったんだ。




 強くて優しくて賢い私の猟犬が欲しかったんだ。




 私はため息交じりに小声でつぶやく。




「ほんと……バカみたい」




 私は子犬に近づき、けがの程度を見る。




 どうやらそこまで重症ではないみたい。




 それにこの子犬の目には憎悪とか殺意とかそう言ったものを含んでいない。




 これなら大丈夫そうね。




「いいでしょう。この子を連れて帰ります」




「え、ほんとですかっ!」




 ササラがやった~!っというガッツポーズをとる。




「ただし、この子は私が育てます。私の猟犬です」




「ええ~~ずるいですよ。シルヴィーにはルル君がいるじゃないですか!」




「なんでそこでルルが出てくるの!」




 私はこの子犬の飼うことにした。




 そしれルルとの関係を少しだけ見直してみようと思う。




「飼いたい飼いたい。ワンちゃん飼いた~い!」




 もうほんとうに使用人としての顔を脱ぎ去ってる。




 後でメイド長にチクろうかしら。




 いえ、それよりもっといい方法がある。




「わかったわかった。それじゃあ調教は私がするけど日々の世話と学園での使い魔登録はササラでいいかしら」




 飼うからには学園にも連れて行かないといけない。




 もろもろやってもらいましょう。




「わーいやった~! ……あれ、でもそれって使用人の普通の業務のような?」




 おや、どうやら気付いたようね。




 日々の世話は任せた。




「さ、ケガを治したいから早く帰りましょう」




「あ、まってくださ~い!」




 まずはケガを治すのが先、ということで連れて帰る。




 家までくると馬車がさらに数台と護衛の騎士が増えていた。




 ルルがそこで私たちの帰りを待っていた。




「ん……帰りの準備はもうできています。いつでも……ん?」




「く~ん……」




「いぬ……」




「火傷をしているから治す準備を、それからこの子は猟犬として飼うことにしました」




「……かしこまりました」




 ルルは少し驚いた顔をした。




 けれど、すぐにいつもの無表情に――そして少しだけ口元が緩んでることを見逃さなかった。




「ん……検査するからこちらに」




 私は両手に抱えていた子犬を彼に預ける。




 彼の顔をまじまじと眺める。




 私はこれから彼をちゃんと見ようと思う。




 一人のヒトとしてちゃんと見ようと思う。




 じ~~~~。




「ん……その、あんまり見つめられると……はずかしい」


 


 そう言って彼はそっぽ向いて火傷にきく塗り薬を取りに行った。




 あらやだ、うちの執事がかわいい。





 こうして数日遅れであるが私たちは王国最南端の村を出発した。










 ――周縁部、結界付近の焦げた大地。




「見ろぁ。魔物の死骸だぁ」




「こいつは巨大な狼の丸焼けだな」




「いや、けど案外中身は状態がいいぞ。金になりそうだ」




「さっきまで生きてたのか。俺はこっちに最近来たんだがなんで内側は無事なんだ?」




「なんでも、ドラゴンが結界を越えられるのは鱗で魔法をはじくからだって言われてる。つまりだぁつえー魔力で全身を守れば結界を越えられるってこっちゃな」




「おいみろ! 小さな獣の足跡が森まで続いてるぞ!」




「まさか生き残りか!?」




「こうしちゃいけね。すぐに森狩りだ。ドラゴンにやられてない村総出で魔物を探すぞ!」




「「おう!」」





 その後、小さい魔物は見つからず被害もないことからすぐに忘れられることになる。

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