泡立て器
「ケーキ作ってよ」
棒つきあめ玉を、しゃぶり尽くしている娘。
そんな娘に、斜めうしろの背中を向けられながら、言われた。
最近、笑いかけてくれなくなった。
今日はママが、地方で羽を伸ばすというか、羽を取り外している日だ。
僕は、ボウルと泡立て器と、小麦粉を探した。
レシピはもう、適当だ。
なんとかなる、なんとかなるさ。
見つかったボウルに、たまごを入れて、とりあえず泡立てた。
小麦粉は開けっぱで、傍らに置いておいた。
その時、後ろで僕を呼ぶ大声がした。
集中していたせいだろう。
娘がいたのが、まったく分からなかった。
僕はこけて、ボウルのたまごを被った。
そこに、小麦粉が降ってきた。
真っ白になった。
その後、ついつい職業の癖で、泡立て器を、マイクのようにしてしまっていた。
「売れないビジュアル系バンドのボーカルかよ」
娘が、微笑みながら言ってきた。
久々に、笑ってくれた気がする。