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第二章〈リヴェットと紅茶の試練〉

「遅いッ! 早く持ってきて!」


ストレンジャーさんの怒鳴り声が聞こえる。俺は、資料室を整理しながら怒鳴り返した。


「もう少し待って下さい! 俺、ここに来て今日が初仕事なんですよ⁈ 多少手際が悪くても、仕方ないでしょう!」


「うるさい! さっさと慣れなさい!」


俺はぶつぶつ言いながらも、頼まれていた時計塔の内装写真を持って行った。ストレンジャーさんは不機嫌そうに「ありがと!」と言うと、赤ぶちの丸眼鏡をかけて(仕事中はかけるらしい)、執筆作業に戻った。俺も中断した整理を続けるために、再び資料室に向かった。


そもそもこの部屋、『資料室』などと大層な呼ばれ方をしているが、実のところ大量の資料が乱雑に積まれているだけであり、部屋と言うよりむしろ『巨大なゴミ箱』と言った方がまだ近い。


俺が時計塔の写真を見つけるのに手間取ったのも、元はと言えばこの部屋がこんなにも散らかっていたせいだ。せっかく棚があるのに、それをちゃんと使わないからこうなるのだ。


悶々とした不満を頭の中でかき回しながら、俺は昨晩のボードマンさんとの会話を思い返していた。




「なんですか、あの人は⁈」


昨日の夜。夕飯を食べながら、この俺、アンドリュー・リヴェットは雇い主のボードマンさんに尋ねていた。


「あの人って、やっぱりシャリーのことかい?」


「ほかにいないでしょう」


「........そうだね」


やれやれ、と溜息をつきながら、ボードマンさんは話を続けた。


「あの子はね.....。ちょっと人見知りなところがあるから......」


「人見知りとか言う問題ですかねあれは?」


俺は、イライラしながらスープを啜った。


「全く、親の顔が見てみたい......」


そう言いながらスープを食べる手を止め、ふとボードマンさんを見ると、彼は自分自身の顔を指差して、苦笑いをしていた。


「...........え、」


「これが、親の顔だよ」


よくは分からないが、どうやら俺は、遠回しにボードマンさんを非難していたらしい。


「あの......。なんかすんません」


「そんな、謝ることじゃない。むしろ、謝罪すべきなのは、こちらの方だよ。私の教育が悪かったばかりに、不快な思いをさせてしまった」


「いや、別に...........。という事は、あの『ストレンジャー』って名前はペンネームなんですね」


「いや、本名だよ」


「え?」


「そもそも、私とシャリー、似てないだろう?」


そうだ。確かにそれは思った。濃い茶髪で目も茶色いボードマンさんと、プラチナブロンドに紫の瞳を持つストレンジャーさんとでは、普通に考えて親子とは思わない。


「私は、あの子の育て親なんだ」


ボードマンさんは言った。


「あの子は、幼い頃にご両親を亡くしてね。それで、あの子のお父さんと親しかった私が、あの子を引き取ったんだよ」


「なるほど。じゃあ、本当の親の名前が『ストレンジャー』なんですね」


そんな事を話しながら、俺は食べ終えた夕食の片付けを始めた。


「そう。『シャルロット・クリスティアナ・ストレンジャー』。これが、あの子のフルネーム。ただ、幼くして親を失ったせいか、人間嫌いな子になっちゃってね。私も、つい甘やかして育ててしまったから、十八になった今でも、子供っぽいわがままなところがあって......」


「十八⁈」


俺は、片付ける手を止めて聞き返した。


「あの人、成人してるんですか⁈」


「え、うん。知らなかった?」


俺の住むこの国では、十八歳で成人を迎える。しかし、まさかあの見た目で成人しているとは思わなかった。だいたい十歳ぐらいか、あるいはどんなに上に見積もっても、十三〜四歳かと思っていた。


「まあ、でも十八歳だって、まだ子供みたいなものだけど」


「そうですかね.......」


そりゃあ、五十代のボードマンさんからすればそうだろうが、ちょうど二十歳の俺からすれば、十と十八には結構な差を感じる。


そんな事を考えながら皿を洗っていると、ボードマンさんは唐突に。


「あの子は、料理や掃除が苦手でね.......」


という話を始めた。


「一応、一通り教えてはみたんだけど、一向に上手くならなくて.......。まあ、私自身あまり家事が得意じゃないから、仕方ないのかもしれないけどね」


「それに比べて、君は実に素晴らしい。年齢はシャリーと同じくらいなのに、料理や掃除はもちろん、庭の手入れも上手だし、何も言わなくても新聞整理までしてくれる。それに、喧嘩も強いし........」


「何か、頼みたい事でも?」


ボードマンさんはギクッとして止まった。ご存知の通り、彼が不自然に褒め出したら、何か頼み事がある時だ。


「いや、うん......」


ボードマンさんは今までで一番言いづらそうな顔をした。よほどやっかいな依頼なのだろう。まあ、大体察しはつくが.......。


「そういえば今日、ストレンジャーさんのところに行った時、彼女に、うちで働け、と言われたんですが」


「ああ、そう。その事なんだ」


そう言って、ストレンジャーさんは唐突に頭を下げた。


「君が、あの子を苦手に思っていることは分かってる。でも、あの子は一人では生きていけない。どうか、あの子の家で、働いてはくれないか? あの子が自分から誘ったのは、君が初めてだ。だから、ぜひ.....」


「ちょっとちょっと、頭上げてくださいよ」


俺は慌てて言った。


ボードマンさんは、頭を上げると、申し訳なさそうに言った。


「どうも煽てあげてるようになってしまったけど、さっき言った事は本心だよ。君は、しっかりした若者で、信用できる男だ。だからこそ、私の娘を頼みたいのだ。どうか.....」


「分かりましたよ」


そもそも、貧乏学生の俺が大学に行けるのも、ボードマンさんのおかげだ。そんな大恩人に、そこまで言われて断る気にはなれなかった。


「もちろん、働きながらも大学に行って勉強する時間は確保させるし、今まで通り、大学のお金も私が援助する」



ボードマンさんはそう言ったが、養子とはいえ、他者の家で働くのにボードマンさんに金を出してもらうというのもどうなんだろう。


と、そんな事を考えながらも、翌日になり、俺はストレンジャーさんの家に向かった。


ヘルベティオス通り51番地。そこには、昨日と変わらず、かなり年季の入った一軒家がぽつんと建っていた。俺は、若干溜め息をつきつつ、玄関の扉を強めに叩いて叫んだ。


「昨日伺ったリヴェットですけどー!」


すると、昨日は全然開けてもらえなかった古びた木製の扉が、あっさりと開いた。相変わらず埃が飛んでいる。


扉を開けると、昨日とほとんど同じような格好をしたストレンジャーさんが、腕組みをしながら立っていた。


「もちろん。私が払うわよ」


俺の顔を見るなり、ストレンジャーさんは言った。


「はい?」


「貴方のお給金と学費のこと」


俺が訝しげな顔をすると、ストレンジャーさんは少し不機嫌そうな顔になった。


「私を誰だと思ってるの? 世界中で読まれてるヒット作『不思議な万年筆』の作者よ?貴方の学費援助ぐらい、なんでも無いわ」


それを聞きながら、俺は家の中を見渡した。こんなボロ家に住んでいる人に金持ちだと言われても、あまり説得力はない。というか、ストレンジャーさんが例の『不思議な万年筆シリーズ』の作者だという事も地味に初耳だ。


「何か文句でも?」


「いえ。何も。というか、ありがとうございます」


援助をしてくれるのは、純粋にありがたい。俺は、初めてこの人にプラスの感情を抱いた。


「ジェラルド小父様に、払わせるわけにはいかないでしょう? 私が、そんなケチな奴だとでも思った?」


何故だか彼女は、一人でイライラを増幅させていた。


話を聞くと、どうやら昨日の夜、電話で俺の給料等に関してボードマンさんと話をしたらしい。ボードマンさんは自分が払うつもりだったわけだが、それが逆に、ストレンジャーさんのプライドを傷つけたらしい。


まあ、それはともかくとして。ストレンジャーさんは、俺を二階の部屋に連れて行った。


ストレンジャーさんの家は、一階と二階に分かれたセミデタッチドハウスである。玄関の古びた木製扉を開けると廊下と階段があり、廊下は食堂やストレンジャーさんの部屋に、階段は二階に通じている。


また、一階と二階にはそれぞれ小さめのバスルームがある。要は、食堂共用のシェアハウスと言ったところだ。


俺の部屋は二階だった。屋根裏部屋のようなものであり、一階と比べると格段に狭いが、贅沢は言えない。俺みたいな貧乏学生にとっては、寝るところがあるだけでもありがたいのだ。


荷物を置いて一段落すると、下から、新しい主人であるストレンジャーさんの呼ぶ声がした。


俺は階段を降りて主人の元へ向かう。今日になって、俺の中でストレンジャーさんの評価は変わりつつあった。大学の資金援助や住居提供など、思った以上に、雇用人に対して面倒見が良い。確かに口は悪いが、それも耐えられないほどではない。


ボードマンさんの話だと、今まで彼女の家で働いていた家事手伝いの人達は、皆耐えきれず辞めていったという話だが、俺にはその人達の考えが分からない。


「それじゃあ、今日からさっそく働いてもらうわよ」


ストレンジャーさんに言われ、俺は仕事を始めた。




そして、今に至る。


資料室整理の手を止めて、俺は時計を見た。時刻は午後二時三十分。今日は休日で昨日と同じく授業が無いので、かれこれ六時間は働いている。別に、仕事時間の長さはどうでも良いのだが、仕事の内容、というか、ストレンジャーさんの言動に問題がある。


確かに、多少口が悪くても耐えられるとは言ったが。それでも、引っ切り無しにあれこれ言われ続けるのは良い気分ではない。彼女の場合、とにかく口を開けば何かしら悪態を吐いて、キリがない。しかも常に機嫌が悪い。理由は分からないが絶えずイライラしており俺に八つ当たりをする。反論したら余計にキレる。どうしたらいいのか。


掃除だけとっても、掃除機がうるさいと言うから、箒を使ったらその掃き方が気に入らないとケチをつけられ、片付けろと言われたので部屋の物を動かしてたら勝手に触るなと怒られる。


料理についても、何が好きかと聞いてもまともに答えないくせに、いざ作ってみたら、味付けが好みじゃない。こんなにいらない。これじゃ少ない。そもそも腹減ってない。などと文句を言う。


また、朝飯時、朝と昼の間、昼飯時に紅茶を作ったらそれぞれ、薄い。不味い。色が汚い。さらには、カップが気に入らない。そもそもこの茶葉は嫌い。などと言う始末。何故嫌いな茶を持っているのか。挙げ句の果てに、全部飲み終わった後に本当はミルクティーが好きだと言いだした。そういう事は先に言って欲しい。


最終的に、仕事の邪魔だから仕事部屋から出ろ、という事になった。一階のストレンジャーさんの住処は、仕事部屋、寝室、資料室、バスルームに分かれており、寝室とバスルームは立ち入り禁止なので、結果として資料室にいるしかなくなってしまった。


というわけで、今俺は資料室の整理をしているわけだ。


正直、今すぐにでも辞めたい気持ちで一杯だ。今まで多くの人が辞めていったと聞いたが、今の俺にはその気持ちが痛いほど分かる。


そんな事を考えながらひたすら資料整理を続ける俺の元に、また苛立ちを帯びた声がかかる。


「お茶!」


どうやら、本日四回目の紅茶の時間らしい。俺は資料整理を中断して食堂へ向かった。食堂と言っても、二、三人がぎりぎり座れる程度の小規模なものだが。


食堂についた俺は、ケトルに勢いよく水道水を入れ、火にかけた。勢いよく入れることによって水に空気を含ませるのだ。それから次に、茶葉を用意する。この家には結構な種類の茶葉がある。正直俺は、あまり茶に詳しくは無いので、どれを淹れるべきなのか、判断が難しい。


元家政婦である母の「ダージリンはストレート。アッサムはミルクティーに合う」という言葉を思い出した俺は、沢山の茶葉の中からアッサムティーを見つけだし、使うことにした。


茶葉を入れる前に、火にかけていたケトルをとって中身をカップとティーポットに少し注ぎ、また火に戻した。茶を入れる容器も温める必要があるのだ。


しかし、この調理場は本当に狭い。というか散らかっている。ケトルを火に戻そうとした際に、何故だか床に置いてあった、謎のでかい水入りボトルに足の指をぶつけてしまい、俺はしばらくうずくまって悶絶した。


気を取り直して、俺は茶菓子を作ることにした。オーブンを温めながら、昼飯時に作っておいたスコーン生地を型抜きし、温まったオーブンに入れて焼く。


元々、スコーンは俺の故郷であるカレドニア発祥らしく、こいつの作り方に関しては、妙にこだわりの強い母からみっちりと教わった。外はサクサク中はふんわり。木苺のジャムとクロテッドクリームをつけて食べるのが主流だ。


そうこうしているうちに湯が沸いた。俺はほんのりと温まったティーポットに茶葉を多めに入れて(ミルクティーには濃い茶が合うらしい)そこに湯を入れた。それから蓋をして数分蒸らすのだ。


なんとか一段落。茶葉がポットの中をグルグルと対流しだしたら飲み頃だそうだ。正直、俺は茶葉で淹れた経験が少ないためよく分からない。ボードマンさんの所でも故郷でも基本的にティーバッグだったから、対流がどうとかは関係なかったのだ。


だが、ここまで見て頂いた通り、俺は、自分の持てる知識をもとに、出来うる限りの手を尽くして茶を淹れている。にも関わらず、俺の新しい雇い主様が言うのは文句ばかりだ。


スコーンが焼き上がったところで、トタトタトタという足音と共にストレンジャーさんが食堂に現れた。相変わらず不機嫌そうな顔をしていたが、出来立てのスコーンの香りを嗅ぐと、少しだけ表情が和らいだ。


俺は、白地に金色のラインで縁取られたカップに茶を入れて、ソーサーに乗せた。彼女は値踏みするような目でカップを見て。


「まあまあ、ね」


とだけ呟いた。


それから俺はミルクポットに温めたミルクを入れて置き、スコーンを皿にとって渡した。心なしか、スコーンを前にした彼女の目は輝いて見えた。


まず、ストレンジャーさんは紅茶にミルクを入れて一口飲んだ。今までのような渋い顔にはならなかったが、何か腑に落ちないというような微妙な表情になり。


「............うー」


と唸った。


「またダメですか?」


「良くは、無いわ」


だが、ばっさりと文句を言うほど悪くも無いらしいので、今までの三回と比べると上達しているようだが、あまり喜ぶ気にはなれなかった。


ストレンジャーさんはカップを置くと、仕切り直しといった感じでスコーンを手にした。そして、何もつけずにガブリっと噛みついた。


その瞬間、ストレンジャーさんの顔が爆発した。


.........というのは、もちろん冗談だが。そう表現したくなるぐらい、彼女の表情の変化は劇的なものであった。口に入れた途端、頬が紅潮し、目が潤んだ。そして、幸せそうな笑みが顔中に広がり。


「んんーっ‼︎」


という声にならない声を上げた。


俺は、思わずぽかんと口を開けて、その一部始終を眺めていた。


俺が今まで見ていた彼女の顔は、常に不機嫌そうな目で人を睨み、口をへの字に曲げて偏屈そうな印象を与えていた。なので、こうもいきなり上機嫌で幸せそうな顔になられると、少々戸惑ってしまう。


にこにこむしゃむしゃと美味しそうにスコーンを頬張っていたストレンジャーさんは、自分の顔を凝視している俺に気づいたらしく、慌てて通常の顔に、つまり、不機嫌そうな表情に戻った。が、その顔も普段と比べると大分やわらかいものになっていた。


「えーっと、その........」


バツが悪そうに目線をそらし、若干顔を赤らめながら、ストレンジャーさんは言った。


「.........すごく。美味しかったわ」


「あ.......ありがとうございます」


正直、スコーンに関してだけは自信があった俺は『美味しい』と言われるだろう事は予想していた。が、ここまで喜んでもらえるとは予想外だ。


それから、ストレンジャーさんは残りのスコーンも美味そうに食べ続け、あっという間に全部平らげてしまった。スコーンの味に機嫌を良くしたのか、さっきまでとは打って変わった落ち着いた口調で、唐突に紅茶について語り始めた。


「いい? お茶は、水が命なのよ。貴方、このお茶淹れる時、水道水を使ったでしょう?」


「使いましたけど」


「良い? 水には『硬水』と『軟水』があって、水道水は硬水なのよ。でも、お茶に合うのは軟水なの」


「硬水で淹れたお茶は、香りや風味、苦味が薄くなる」


そう言うと彼女は、紅茶の入ったカップを俺の元にずいと押し付けた。俺は、その香りを嗅いでみた。


「そんなに変わりますかね?」


「変わる」


そう低い声で言いながらカップを引き寄せて、話を続けた。


「台所に、水の入ったペットボトルがあったでしょう? あれが、軟水。次からは、あれを使いなさい。もちろん、良く振って、空気を含ませてからね」


それを聞いた俺は、無意識にさっきぶつけた足を撫でた。


しかし、よく喋るものだ。ちょっと前までイライラピリピリしていて、口から発することといったら罵詈雑言ばかりだったというのに。これもスコーンのおかげなのだろうか。


「じゃあ、今まで淹れた茶がダメだったのは、水のせいですか」


「まあ、そうね。しかも、ストレートだったし。ストレートは、特に硬水の影響を受けやすいのよ。それに比べて、ミルクティーはまだ硬水でも飲める」


そう言いながらストレンジャーさんは、紅茶のおかわりを入れた。


「でも、ボードマンさんの家では水道水でストレート淹れても普通に飲んでいましたし、カレドニアにいた時も、問題ありませんでしたよ」


そもそも、紅茶のためにわざわざ軟水のボトルを買っているなんて話は聞いたことが無い。


「ジェラルド小父様に細かい違いが分かるとは思えないけど.......」


呆れ顔で、さらに話を続ける。


「そもそも、ニューアンゲルンで売られてるお茶は、硬水に合うようにブレンドされているのよ。ただ、うちにある茶葉はインドから直接取り寄せたものだから、硬水には合わないわけ。それと、カレドニアの水道水は軟水よ」


「へえー」


感心したような声をあげる俺の顔を、ストレンジャーさんはしばらく見ていた。

そして、口を開いて。


「貴方、赤毛だったのね」


と言った。


「え? 今更気づいたんですか⁈」


「ええ」


「遅くないですか?」


「そうね」


そう答えながら、すまし顔で紅茶を飲むストレンジャーさん。俺は、いまいち納得のいかない気分で彼女の顔を見た。いくらなんでも、雇った相手の髪の色に、今まで気づかないなんて事があるだろうか。それほど俺に対しての興味が薄かったという事か。


本当に、変な雇い主だ。理不尽に怒ったり、突然不機嫌になったり、途轍もなく口が悪かったりするかと思えば、驚くほど素直に褒めたり、これまた唐突に上機嫌になって、紅茶についての知識をペラペラ語り出したりする。挙句、人の髪の色に気づかなかったと悪びれもせずに話す。


そんな事を考えながら、その顔を見つめていた俺は、彼女が相当な美貌の持ち主である事に気がついた。


新鮮なミルクのような、滑らかで白い肌。薄い唇。知的な瞳。長く、透き通るようなまつ毛。艶があり、さらさらとした髪..........。


「何見てるの」


ストレンジャーさんに言われ、俺は慌てて目を逸らした。


常に怒り顔をしていたので気づかなかったが、彼女はかなりの美人だった。単純に可愛いとか、綺麗だというのとは少し違う。恋愛的な視点で言っているわけでも無い。


例えるなら、精巧な美術品を見た時のような気持ち。人の心に直接語りかけるような、至極シンプルな美しさだ。思わず感心してしまった。


結局のところ、その事に今まで気がつかなかった俺も、赤毛に気づかなかった彼女も、同じだったのかもしれない。どっちもどっち。お互い様というやつだ。




紅茶を飲み終えたストレンジャーさんは、席を立つと。


「スコーンが美味しかったから、プラス十点。でも紅茶はマイナス三点。まあ、これから慣れていきなさい。ごちそうさま。リヴェット君」


と言って、仕事部屋に戻って行った。


かと思ったら、唐突に戻って来て。


「あと、赤色は好きよ。プラス三点」


などと言い残すと、トタトタという足音と共に、今度こそ仕事部屋に戻って行った。

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