苺恋の何なのよ
「もみじ、いこ!」
待っていたかのように視線を置いていたその先に苺恋さんが来た。4日もこの光景が続いてるから、当たり前になってきたことが少し怖い。
「ここの食堂美味しいものばっかりなんだよ。量が多いのは結構きついけどね」
「食べ切れるかな…」
「まあ、なんとかなると思う」
僕、歩くのが遅いのかもしれない。僕たちが歩いてる間に他の生徒が追い越していく。苺恋さんが遅いのか、僕に合わせてくれてるのか。
「もみじは何食べるの?」
「まず何があるかわからないんだけど…」
「あ」
はっと忘れてたとでも言うようにそう言い放った苺恋さんの足が止まってしまった。
「えっとね、ラーメンと、カツ丼と焼肉定食と、日替わり定食とカレーだったかな。よく覚えてないけど大体このくらいだった気がする」
思ったより豪華なラインナップでびっくりした。学食というものを下に見すぎていたようだ。
「結構あるんだ」
「多分あと何個かあったと思う。わたしもそんなに頻繁に行くわけじゃないからわからない」
苺恋さんが指折り数えていた。苺恋さんが言ったのは4個だったけれど、おそらくもう少し数があるだろう。
「どうしたの?」
「この上ってさ、屋上?」
階段を降りようとしたとき、上へ続く階段が目に入り僕は足を止めた。なんだか惹かれるような、吸い込まれるような、異様に興味が沸いた。
「そうだけど。どうかしたの?」
「行ってもいいの?」
「だめ!」
いきなり強い言葉が飛んできてびっくりした。思わず肩が上下する。何かを恐れているような表情。真っ直ぐな目で僕を見ている。苺恋さんの息が上がり始めた。別に立入禁止の札が貼られているわけでもないし、机で塞がれてるなんてこともない。何でそこまで強く否定するのか僕にはわからない。
「どうして?」
「どうして…。とにかく屋上は駄目!ほ、ほら食堂行かないと混んじゃうよ」
急かすようにして僕の手を引いて、苺恋さんは階段を降りていく。さっきまでこんなに急いでなかったのに。
1階まで降りて食堂に向かう道は、昨日も見た道だ。苺恋さんの言うとおり、お弁当を食べていたのは食堂の近くだったらしい。
「あ!お財布忘れた」
苺恋さんがポツリと立ち止まってそう言った。
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから。この近くにいてね」
そう言うと苺恋さんは僕の返事も待たずに来た道を逆走していった。
この近く…か。どこかにベンチがあった気がする。あ、昨日お弁当食べたとこならベンチがある。あそこまでの道は頭に入ってるからまっすぐ向かった。
ベンチには誰も座っていなかったので贅沢に真ん中に座った。
少しぼーっとしていると、肩をポンポンと叩かれた。苺恋さんかと思って振り返った。けど…
「あんた、苺恋のなに?」
苺恋さんではなかった。黒い長髪にスラリと細い手足。身長もそこそこ高い。
「え、えっと、あの」
状況がわからない。まずこの人は誰?少なくとも僕の知り合いでは…ない…?
どこか見覚えがあるきがする。といえば気の所為にも見えてくる。前にどこかで会った人?単純に高校の中ですれ違っている人の可能性もある。
長髪揺らす少女は僕の横に腰を降ろした。
「質問に答えなさい!アンタは苺恋の何なのよー!間接キスしやがって!」
「ひえー!」
いきなり怒鳴られて、僕はベンチの上で後ずさり。間接キス…。あ、確かに昨日の帰り、苺恋の飲んでいたカフェオレを一口もらったけれど。それの何が行けないのだろう。苺恋さんから言ったことだし。
苺恋さんのなにか。僕は彼女の何なんだろう。友達…と呼んでもいいのかな。確かに昔のことは証明できた。でも昔の関係も詳しくはわからない。友達だったのか、それ以上だったのか。
「ぼ、僕にはわからないです。それは苺恋さんに聞いてください」
「はあ?どういうことよ」
「痛っ」
もう一歩寄ってこられ後ずさりしたら、ベンチから落ちて尻もちをついてしまった。
「僕が友達だって思ってても、苺恋さんは僕のことなんて思ってるかわからないでしょ?だから僕に聞かないでください!」
僕は後ろについたホコリを払って椅子に座り直した。
この子こそ、苺恋さんとどういう関係なのだろう。まあなんとなくわかるけど。
「君、どっかで…」
「あれ?零じゃん。どうしたの?」
急に僕のことを『あんた』から『君』に変って話しかけられたとこを、戻ってきた苺恋さんに遮られてしまった。どうやら、この長い髪をした女の子は零さん、というようだ。
「いっちゃーん!」
お母さんと久しぶりに再会した子供のように苺恋さんに飛びついた零さん。僕のときと態度がまるで違うことが少し悲しい。
「どうして紅葉と一緒に?」
「だってあんた昨日こいつと帰ってたでしょ!。間接キスもしちゃって、もうハレンチ!なんで転校生と付き合ってんの?もうハレンチ」
「ハレンチハレンチ」
苺恋さんは復唱して笑っている。苺恋さんの不満を苺恋さんに発散している。思ったことを思ったとおりに伝えることができるすごい能力を持っているらしい。でも、付き合ってはないからその誤解は解いてほしい。
「馴れ初めは?告白の言葉は?」
「零、わたしたち付き合ってないよ。友達だから。覚えてないの?紅葉のこと」
「もみじ…?知らない子だね」
「紅葉は?覚えてない…よね」
ふと我に返った苺恋さんが顔を一瞬下に向けた。苺恋さんは、僕と零さんには、僕と苺恋さんのように昔に何かしらの関係があったらしい。僕と苺恋さんが知り合ったのが小学生の時だから、もしかしたら小学生のときの人なのかもしれない。
友達。苺恋さんはたしかにそういった。単純な言葉が僕には嬉しいような怖いような、少し複雑な気持ちになった。
「この子がわからないなら俺もわかんないよ」
「まあ、そうだよね」
零さんが僕を見ながら言う。まあお互いに記憶がないならたしかに仕方のないことなのかもしれない。
それより今「俺」っていったよね?女の子で間違いない容姿なのに、一人称が『俺』。苺恋も当たり前のようにスルーしてるってことは慣れてるのだろう。少なくとも1か月くらいここにいるけど、一人称が『俺』という人は零さんだけだ。
「なんで間接キスなんてことしてんのよ」
「え?何かいけなかった?」
苺恋さんはそれが至極当然のように首を傾げた。
「いけないでしょ!小学校の友達とはいえ男の子よ?あの変態な男の子よ?」
「紅葉はそういうのないから。それに紅葉は…なんでもない」
苺恋さんは少し僕を見て黙り込んだ後そう言葉を添えた。。下を向いて。
なんでかわからないけど妙に苺恋さんから信頼を得ているらしい。
「それより、ご飯食べないと。休憩時間終わっちゃうよ」
「まだ食べてないの?まあいいわ。また今度じっくり聞かせてよね」
零はそういったあと、苺恋に「バイバイ」と手を振ってどこかに行ってしまった。苺恋も手を振って復唱した。
「よし、食べよっか」
少し遅めの昼食となったけど、苺恋が急ぐ素振りを見せないのでまだ大丈夫っぽい。何を食べればいいかわからなかったので、苺恋のものと同じものを頼んだ。
「ここの定食ホントにおいしいの!紅葉も多分好きな味だと思う」
食券を食堂のおばちゃんに渡したあと、空いている席に腰をおろしながら苺恋が言う。苺恋がそこまで言うなら本当に美味しいのだろう。僕は「楽しみ」と口角をあげて言った。
「ホント髪長いよね」
まじまじと僕の髪を見ながら苺恋がそういう。苺恋は自分の前髪を目一杯伸ばしているけれど目にもかからない。
「そんなにサラサラな髪羨ましいなあ」
「苺恋さんも充分だと思うけど?」
「紅葉程きれいじゃないんだよねー。毛先とか。ホント綺麗に揃ってるから、いいなー。髪交換しない?」
「カツラじゃないんだから…」
反応に困りながらもそう言うと苺恋さんがふっと笑いを溢した。
「満月さーん。音花…さん?あ、音花くーん」
「わたしたちだ。取りに行こ」
おばちゃんが一度言い直してそう言った。苺恋は椅子をごごごと引いて立上がり、定食を取りに行った。僕もアヒルのように苺恋の後ろをついていった。
おばちゃん、苺恋を経由して僕のもとにトレイが届いた。結構トレイが大きく、いろんなおかずがある。
苺恋もトレイを受け取って、さっきの席に戻った。
「いただきます」
僕は手を合わせてそう言い、割り箸を割った。白米を一口入れようとしたら、誰かに見られているような気がした。視線の感じる方に顔を向けると、両腕で頬杖をついた苺恋さんが星のように目を光らせて僕を見ていた。
「どうしたの?食べないの?」
「食べるけど、紅葉の見てから食べる」
なんでそんな行動を取るのかよくわからないけど、僕は箸に挟まる白米を一口入れて、鮭のムニエルらしきものを一口食べた。
「うん。おいしい」
普通に定食屋で売られていてもおかしくないくらいおいしい。お米も鮭も。これは苺恋さんの言うとおりだし、こんなに人気が出るのも無理はないと思う。
「でしょ?わたし毎回これ食べるの」
「食べ過ぎじゃない?」
「そう?1ヶ月に1回くらいだよ?」
僕は納得して「あー、なるほど」といふうに頷いた。




