一緒に
「あの家であってたってか?」
時雨が指差す先には白を基調とした外壁に青色の屋根の家がある。覚えやすい配色だったので時雨の言うことに頭を縦に振る。
「あってる。あ、もう待ってない?」
その家の前に華奢な女の子が立っている。そう、苺恋さんだ。僕たちが来ていることに気づいたようで、こちらに手を振ってきた。胸元で小さく振り替えしてみた。
「おはよみっちゃん」
「おはようございます」
近くに来ると華奢な容姿はより目立つようになった。二人が軽い笑みを浮かべて挨拶を交わしている。
「お、おはよう」
喉に言葉が詰まってなかなか出てこなかった。それでもこれは大きな一歩と言える。自分から話しかけたことなんて今の今までめったになかったことなのだから。
「おはよ」
挨拶を交わすだけなのにこんなにもエネルギーを消費してしまうだなんて…。
「悪いね。わざわざこんな事頼んじゃって」
「んん。大丈夫です。それよりもう行かないと」
「そう。じゃあ紅葉のことよろしく」
そっと背中が押されて流動的に僕は苺恋さんサイドへ足が進んだ。
『じゃあね紅葉さん。しばらくその小学生のときの友達と一緒に行動してくれるかな』
『え、なんでですか?』
『昔のことを再現したら忘れてたことも思い出すって言うでしょ?それと同じような感じだと思うの。紅葉さんはちょっと今までの記憶がない人とは確証はないけれど…。でも多分大丈夫。私を信じて』
と北山さんに説得をされた。半信半疑な僕だけれど、戻るかもしれない、知れるかもしれないと思ったらはいと頷く他の道はない。
「お弁当も一緒に食べるの?」
不意に苺恋さんが聞いてきた。長い間静寂が続いたことにしびれを切らしたみたいだった。
「食べても、いい?一緒に」
顔色を伺いつつ髪の隙間から器用に苺恋さんを見る。
「いいよ。じゃあ4限目終わったら迎えに行くから待ってて」
くいっと親指を立てて苺恋さんは言う。口角が上がった顔を見て安心できた。
僕より人ひとり分くらい苺恋さんは前を歩いている。これは僕が単に歩くのが遅いという理由だけではない気がする。あれだけ笑ってくれていても心のなかでなにか思うことがあるのだろうか。数年ぶりに会って、それに僕は苺恋さんの記憶さえなくて、傷つけてしまったというのは苺恋さんとの関係を知ったあとに湧いてきた感情だ。どれだけ融点が低いのやら…。
「じゃあまた後でね」
苺恋さんが教室の前で手を振ってそう言いながら教室の中に入っていった。僕も手を振りながら自分の教室に入った。
「起立、礼」
日直の号令と予鈴が同タイミングで鳴り響いてみんなの声で学校が埋め尽くされていく。
僕はただ1人ゆっくりと教材を片付けている。そして何かの気配を感じ取ったように廊下を、見ると扉から顔を出している苺恋さんと目があった。振られたので振り返す手は前よりも自然に、無意識に動いているように感じた。僕はお弁当箱を持って廊下に出た。
「そんなに振り回したら中身がが…」
とんでもない危険生物を目の前にしたような震えた声で苺恋さんは言う。
「大丈夫。パンパンに詰めてあるから」
「大食いなんだ」
「んん。お弁当箱が小さいの」
僕の言葉に納得して苺恋さんは「なるほど!」と手を叩いた。
苺恋についていくと、人工芝の生えた地面に木のベンチが設置されているとてもオシャレなところについた。筒抜けで日差しも入ってくる。この風景だけ見たらほんとうに高校なのかと疑ってしまう。
「ここほんとに高校?」
「それ他の高校の友達もみんな言ってるよ。まあわたしも最初びっくりしたけどね」
木でできたベンチに腰をおろす。となり人が0.5人入るくらいのスペースを開けて苺恋の隣りに座った。少し近かったかな。でも苺恋が寄らないから別にいっか。
「お弁当、自分で作ってるの?」
「うん。好きだから成り行きで作ってる」
「そうなんだ」
緊張がほどけたみたいにふっと苺恋さんの表情が緩んだ。なにか安心したようにも見えた。
「え、これ全部作ってるの?」
お弁当の蓋を開けると苺恋さんが僕のお弁当を凝視してきた。そのすぐあと僕を見ているのがわかったので目を合わせてコクリとうなずいた。
ちなみに今日のお弁当は昨日の唐揚げに、キャベツの千切り、卵焼きにケチャップライスだ。
「女子力たか…わたし料理できないんだけど」
「女子力…?」
「知らないの?」
僕はコクリと頷く。
「女の子らしさのこと。例えばハンカチティッシュを持ってきたり、くしとか鏡持ってきたり、料理したりとかね」
ハンカチティッシュ。ポッケの上を確認してみれば何やらの感触を感じる。持ってきているみたい。僕には女子力があるみたいだ。
「もみじわたしよりよっぽど女子っぽいよ」
「そう?」
僕は何故か少し頬を赤く染めていた。嬉しさの反面恥ずかしさがあった。
「ズボンだから目立つけど、その座り方するの男子だと紅葉くらいだし。その内股だったり、足開かない座り方」
足に視線を落としてみれば、丁寧に揃えられた足があった。隙間もないほどに。
無意識だった。言われてから少し足を開いて見る座り方をしたけれど、内ももから股にかけて風が来ることに違和感しか感じなかったので、すぐにもとに戻した。苺恋さんは内股…。でもお弁当箱をおいているからという理由かもしれない。カフェにいるとき、ちゃんと見ておけばよかった。
「学校、慣れてきた?」
お弁当のおかずを味わっていると、不意に苺恋さんが聞いてきた。
「まだあんまり…」
「人見知りする?」
「結構…」
僕の言った言葉にふむふむとうなずきながら苺恋さんはご飯を一口たべた。
人見知りも確かに一つの原因かもしれないけど、人と話せてたらもっと早く慣れれたなんてことは思わなかった。咲いた花にミツバチが寄りかかるみたいに目立つ人には人が寄る。でも僕は特別目立つこともない。特徴がないからこそ誰も僕に寄り付かないのだと思う。
「わたしも前はすごかったんだよ?」
「そうなの?」
昔の記憶が空に映し出されたみたいに苺恋さんは空を見た。手で空を隠し片目をつぶっている。
苺恋が人見知りなんて到底見えないけど。いつも周りには人がいて満席の映画みたいになっているから、そんな絵が浮かばない。
「うん。でも最近はないかな。今は友達もいるし」
苺恋さんが人見知りじゃないほうが想像できる。人見知りだったら僕に話しかけてこない。
僕の人見知り具合は時雨も言っていた通りひどい。誰かに自分から話しかけようと思ったことは、この学校に来ても一度もない。別に不便をしたわけでもないからいいけど。こうしてのびのびと生きているように見えるからちょっと羨ましいと思ってしまう。
「友達、結構いるの?」
「高校でできた子は10人はいると思う」
一年と少しで10人と友達になれるんだ。中学校が同じな人も加えたら結構いそうだ。
「その子たちとお弁当食べないの?」
そんなこと聞かれるなんて思ってなかったと言わんばかりの顔で僕を見る。少し苺恋さんは斜め下をキョロキョロと見ている。
「今は、時雨さんに一緒にいるように言われてるから…」
「なんか、ごめん。でも見られてないからバレないんじゃない?」
「もしかして、嫌だった?」
不意に胸の奥を突き刺してくるような言葉。何かを恐れる不安の目で見つめられ、僕まで不安になってしまいそう。
「いや、そういうわけじゃなくて…」
喉で言葉が詰まって良く出てこない。何を言えば、なにか言わなきゃ誤解されてしまう。
「見られてないところまでなんでそんなにきっちりするんだろうって」
「わたしたちの昔は知ってる?小学校のときの」
「おおまかなら…」
「単純にあのときに浸りたいってのもある、あと…」
苺恋さんは接続詞の後半部分をどこかに忘れたのか、それ以降何も言わなかった。
「そうなんだ。ごめん変なこと聞いて」
僕の言葉に苺恋さんは渋々頷いた。
気がつけばお弁当箱の中身が空っぽになっていた。
話しながらだったから食べるのが遅いかと思ったけどそうでもなかったらしい。
「ホントだよ!」
僕の言葉に冗談交じりの笑いを含み苺恋さんは言った。
不思議と本心から出た言葉じゃないとわかった。
僕がふっと笑うと同時にチャイムが鳴った。
「帰ろっか。また放課後迎えに来るね」
「うん」




