いや、なんでもないよ
なぜか時雨の隣に苺恋がいる。当たり前のようにいるから学校から出てしばらく気づかなかった。
あ、スペシャルゲストって苺恋さんのこと?でもまたなんでだろう。『スペシャルゲスト』は時雨が言ってたから、時雨が連れてきたのだろうけど。昨日苺恋さんのことを話したから?それなら尚更連れてこないはずだけど。苺恋も平然とこの場に立っている。昨日あんなにひどい態度をとってしまったというのに。
「そうだみっちゃん。このあと喫茶店行こうよ」
なにかのスイッチが入ったように足元を見てい顔がばっと時雨の方に向いた。
どうして時雨は初対面の相手を喫茶店に行こうと誘えるのだろう。僕なんて昔面識があったとわかったのに話せないのに…
「いいですね!行きましょう!」
もしかして僕がおかしいのだろうか…
苺恋さんが笑みを浮かべて親指を立てた。ノリノリだ。改めて顔を見てみると、あのアルバムと同一人物なんだと実感する。どれだけ影が大きくなっても、面影は昔のままらしい。
「どこの喫茶店がいい?もみじ」
え?あ、知らぬ間に僕も行く流れになっていたみたいです。
今度は苺恋さんの方を見て話していた時雨がとんでもないスピードで顔をこっちに向けてきた。自分には関係ないと思って油断してたから、頭の中で言葉が角をぶつけあっている。
「僕も行くの?」
「当たり前だろ。俺ら二人で何話すってんだ」
いや、僕いなくても充分盛り上がってたじゃん。
「僕が決めていいの?」
「当たり前だ。お前が主役なんだから」
そういうことは事前に伝えておいてほしい。てかたぶん今決めたことだよね。いきなり言われても困るだけなんだけど…
だめだ。考えようとしてもこの状況に飲まれて何もかも沈んでく。
2人の視線が脳を刺しているように思って、考えることに集中できない。
「じゃあ…」
「なんか、高校生に戻った感じする」
僕が選んだのはカフェ。ここは時雨と一回だけ来たことがあって、なんとなく場所も覚えていた。逆に言えばここしか分かるところがなかったのだけれど。
もう各々注文を終えて、手元にドリンクを持っている。苺恋さんはカフェオレ。僕はココア。時雨はブラックコーヒー。全部お持ち帰りができるようにカップに入れてもらった。
「今何歳ですか?」
「んっとね。25になる年だね」
それは僕も知らなかった。てことは高校生は約7〜9年前ということになる。とても25の大人には見えないほど子供っぽいけれど。
こんな人見知りな僕でも、数週間話しただけで敬語を使わずに話せるようになるのだから、時雨にはそれなりに人と馴染む力を持っているのかもしれない。
「今日いつから一緒にいるの?」
「俺らのことか?」
僕は昔苺恋さんのことをなんて呼んでいたのかな。名字?下の名前?わからないから気軽に呼べない。かと言って聞くのもまた変な気がしてならない。覚えてないとなればそれはそれで問題だ。
「紅葉を下で待ってた時。俺が声かけた」
顎に手を当て、そして人差し指をたててそういった。
いきなり知らないお兄さんから話しかけられたらびっくりしたであろう。僕なら全身に鳥肌がたてば大丈夫なほうかもしれない。
苺恋さんがいつ下に降りたのかはわからないけど、それにしてもまあまあ長い時間ふたりきりだったということになる。今こんなに親しいということは少なからず色んな話をしたのだろう。
「そういえば、みっちゃんは昔紅葉になんて呼ばれてたんだい?」
「いちごちゃん。わたしは普通に紅葉って呼んでました。」
ここしかないというタイミング時雨がで聞いてくれた。ちゃん呼びだったんだ。
『もみじ』
確か昨日もそう呼んでたっけ。そっか、あれ昨日か。なんだか数日くらい経ってるような、不思議な感覚。
「それ見えてるの?」
急に苺恋さんがこっちを見てそう言ってきた。きっとこの前髪のことだろう。左右からどうにかして僕の顔を見ようとしてきてる。確かにだいぶのびてきてる。でも切りたくないな…
多分向こうから見えてない。でも僕からはちゃんと見えてる。近くで見ても顔は整っている。
「こっちからは問題なく見えてる」
目をすっぽりと覆ってしまった髪。いつかは切ろうと思っているのだが、何故か切ろうとも思えないのだ。べつに先生に何も言われないからいいかなと思ってしまっている。
「やめて!」
苺恋さんの手が伸びてきて、前髪をあげようとしてきた。それが悪魔の手みたいで、思わず顔を背けてしまった。
「え?あ、ごめん」
すっと手が引っ込んだ。
「僕は、なんて呼べばいい?」
ふと嫌な空気を感じたので、呼吸を整え直してから僕は話題を変えた。
「わたしは今まで通り紅葉って呼ぶよ。…とりあえず、昔のまま呼んでほしい」
『〇〇でいいよ』ではなく、希望で言われた。なんでそんな言い方だったかは深く考えなかった。ふも疑問に思ったことがある。なんで僕なんかと仲が良かったのだろう。もっと他にいい友達がいるものでは無かろうか。よくは昔の僕を僕自身が知らないけど、今の紅葉のまま何も変わってないのだとしたら…。
「ほんとにないんだ…」
思考の途中で、なにかボソリと聞こえふと我に返る。僕の顔を見て少しがっかりしたように見えた。
声が小さいのと周りの群衆の音で何一つ聞き取ることができなかった。
「ところでみっちゃん」
下を向いていた苺恋さんがゆっくりと時雨の方へ顔をあげた。
「みっちゃんの高校に菜由いる?…鮫島菜由」
「いますよ」
苺恋さんはすぐにピンときたようだ。それより、時雨がその事を知っている事自体に驚いているようにもみえた。僕は全くわからないけど。名前を聞く限りでは女の子だろう。
「菜由、元気にしてる?」
「はい。わたしは中学の途中から一緒です」
「そう、良かった。みっちゃんが近くにいるなる安心だね」
「なんで鮫ちゃんを知ってるんですか?」
口のすぐそこまで持っていって飲もうとするのをやめて、苺恋さんは時雨に尋ねた。かすかに時雨の方から息を吐く音が聞こえた。
「これは、菜由にも他の子にも言わないでほしいんだけど、約束できる?」
僕たちは一度深く頷いた。
「実は、菜由は俺のいとこなんだ」
…いとこ?
つまり、時雨のお母さんの兄弟の娘が菜由さんってこと?
「え?ホントですか?」
「ホントだよ。前どこの高校に行ってるのか聞いたらこの高校だって聞いたから」
それは結構すごい確率な気がするのは僕だけだろうか。
時雨は至って落ち着いていて、コーヒーを優雅に飲んでいる。
確かに驚くことではあるけれど、苺恋さんみたいに未だ現実を受け入れられないほどではない。いくらなんでも驚きすぎな気がする。
「そうは見えないです」
「菜由はどうなの?学校で、友達はできてる?」
自分の子供に言うかのように時雨は丁寧に聞いた。
菜由…鮫島菜由…やっぱり学校の中で見たことのない名前。なんとか思い出しみようとしたけれど、そもそも何組にいるのかもわからない。
「結構いると思います。わたしも仲いいですし」
「男友達は?いる?」
「いない…?多分」
苺恋さんは首を傾げて言う。時雨は「そうか」と残念そうにコーヒーの入ったカップを眺めている。
なんでそんなに寂しそうにするのだろう。女の子に男友達がいないことくらい普通じゃないのかな。苺恋さんもそう。
「どうかしたんですか?」
時雨の表情の変化を一瞬たりとも見逃さなかったらしく少し首を傾げ苺恋さんは聞いた。
「いや、なんでもないよ」
ついさっきまでの暗い雲を晴らすみたいに笑みを作った。
時雨の笑みと言葉に納得していないようだったが、自分で納得するよう言い聞かせるみたいに首を縦に振る。そういうとき、大体なんでもないなんてことないことを僕は知っている。
「菜由ちゃんと仲いいんですか?」
「そうだなー。菜由が2年生になってからはまだ会ってないな。でも去年とかは結構会ってた。そこそこ話すし、悪くはないんだと思う」
高校2年生ともなれば年頃だ。いくらいとこの男の子といえど、気恥ずかしかったりするのだろうか。




