どういうこと?
「同居?!ちょっとそれどういうこと?」
「思った以上にでかい反応…」
やっぱりこういうものなのかな。紅葉と同居するに当たって変な誤解をされたくないからとりあえず零には話しておかないといけないと思って、朝早くから私の家にきてもらった。現在時刻なんと9時。こんなに朝早くから集まるなんて小学生でもあまりないでしょ。
「そりゃそうなるわよ!だって男子って…あの男子よ?」
昔になんかあったのかなと疑うくらい男子を拒絶してる…。
「前も言ったでしょ?紅葉はそういうのないって」
「なんで断言できるのよ」
零が机をバンバンたたくからマグカップに入れたココアの波紋が津波のように揺れてる。何なら机ごと、家ごと揺れてるまであるかも?
「わかんない」
え、私今声出したよね?零があまりに固まるものだから時間でも止まったか、それともわたしがなにもいってないと思われてる?
「…」
「おーい。大丈夫ですかー?」
顔の前で両手を振ってみせる。
「は!?ごめん。あまりに変な答えだったから」
「変って…」
「ちゃんと断言できる理由を教えて!でないと俺は許さない」
理由って…。そんなの言われても。
「まずなんで同居なんてするの?」
「私、今が親がふたりとも長期出張とか夜勤とかで家に誰もいない時間のほうが長いの。それは紅葉も同じらしくて、私がそれを時雨さんに話したら、じゃあ住んでみよー!ってなった」
まあ嘘だけど。零には私からじゃなく紅葉から言ったほうがいいよね。勝手に物言うのも悪い気がするし。
「寂しさは私にもわかるからさ」
だからこそ、私にも寄り添えるところがある。同じ苦しみを持つものには同じ苦しみを持つものを。類には類を。
私も一人の時があった。中学に上がったばかりの頃、学区の問題で私だけみんなと違う中学校に行かないといけなくなってしまった。もちろん紅葉も、零も、他の友達もみんな違う。私だけ仲間はずれにされたみたいに。私が行った中学校はほとんどが同じ小学校からの持ち上がりで鉄の板を曲げるくらい輪に入るのは不可能だった。寂しかった。苦しかった。今までどれだけ周りに救われてきたか、私一人じゃどれだけ何もできないのかが知らされる。失望した。悲しかった。自分がどれだけ無力だったのか知らされて、今までの天国から一気に地獄へ叩き落された。学校に行きたくなくなった。友達がいないから。誰かと話さずに食べる給食は味がしなかった。グループワークで私のいる班だけ1人人数が少ないと言っても過言ではなかった。ホントに空気みたいだった。毎晩毎晩、涙を流した。もう出ないんじゃないかと思うほど。
いけないいけない。これ以上思い出したら泣いちゃう。もう、せっかく忘れてたのに、なんで思い出すかな。
「それが、理由?」
「全部じゃないけどね。今のも理由の1つ」
ホントの理由は、まだ零にも言えない。
「あの子」
零がココアを一口口に含んだ。
「あの子同じ小学校だったの思い出した」
「え?忘れてたの?」
「うん。だって仲良くなかったし」
「あ、そうか。わたしたち小学校のとき仲良くなかったんだった」
「苺恋とも、紅葉ともね。紅葉に至ってはいることすら気づかなかった」
「高校入って話すようになったんだよね」
「うわー懐かしい。1年の時クラス同じだったもんね」
わたしたちも昔は赤の他人だった。
「そうそう。話してたら同じ小学校じゃん!ってなったんだよね」
今思うと奇跡のような話だ。もしあのとき同じ高校じゃなかったら、同じクラスじゃなかったら、わたしたちはこんなふうに仲良くなれてなかったと思う。そう考えると、紅葉と再会できたのも奇跡みたい。
「奇跡だね」
頬杖をついた零が私の思っていることと同じことを口にした。
「そうだね」
思わず薄笑いが湧いてくる。私達は奇跡の連続で生きているんだと実感できる。偶然も奇跡も紙一重に起こり得ることなんだなってこの3ヶ月くらいで実感させられている。
「俺はそろそろ帰るよ」
マグカップのココアを一気に飲んで零は席を立った。私も見送るべく席を立った。私のココアはまだ半分近く残っている。
「うん。今日はありがとね」
「今日はって、まだ始まったばかりじゃない」
玄関に向かう零が振り向いた。「確かに」と薄笑いが溢れる。
「これからなにかあるの?」
「ちょっとね」
つま先で音を立てて靴を履いた零は小指を立てた。
「え?嘘できたの?」
「違う違う。まだ友達」
「し、知らなかった…」
「俺はそういう目であんまり見てない。向こうが誘ってきたから」
「ええ…もったいない。なら断ればよかったのに」
「極限まで期待させるのが楽しいんじゃない」
頬をつんと突かれる。悪魔に触られたみたいだ。背筋から悪寒が走る。
「冗談だよ。暇だったから付き合ってるだけ。じゃ、また結果は後ほど〜」
扉に手をかけた零はそのまま楽しそうに私に手を振って出ていった。
午後からは私も出かけないと行けなかったから、零が帰ったタイミングというのはちょうどよかった。
でかけ先というのは紅葉とも来たショッピングモール。色々買い出さないといけないものがある。
そういえば…なんで紅葉は記憶を戻したくないって言ったんだろ。知りたくないとは聞いたけど、今までの行動は全部記憶を戻すため。紅葉も最初は過去を知ることに抵抗はなかった。もし嫌だったなら私と登下校したりご飯一緒に食べたりしてないはず。義務感を感じるような硬い表情でもなく、思いっきり笑ってくれてたし…。あのとき紅葉が言ったこともわかるんだけど、どうも今までと辻褄が合ってない。
紅葉は知ってるのかな。なんで自分の記憶がないか。私もわからないけど、時雨さんからなんとなくは聞いた。流石に紅葉も察するかな。記憶がなくなるくらい大きなことがあったんだって。
そんなことを考えてるうちにショッピングモールに付き、無意識のうちに彷徨っていたら
「あれ、全然違うとこ来ちゃった」
目的の店とは程遠いとこに来ていました。多分周りの音が聞こえなかったらこのまま店を出て知らないところまで歩いていってたかもしれない。
「満月さん?」
背後の声に振り向く。声の主は夏川くんだった。流れる人混みの中で私達だけが止まっていると考えると少し面白い。
「夏川くん?どうしてここに」
「ちょっと買い物。満月さんは?」
夏川くんが手を振りながら近づいてくる。
「私も買い物。でも全然違うところ来ちゃった」
満面の笑みでいうと「え?どういうこと?」と困惑された。
「どこに行くつもりだったの?」
「えっと…どこ行くんだっけ」
「え?」
「あ、そうだ。雑貨屋」
危ない危ない、目的忘れて帰るところだった。
「夏川くんは?」
「俺は単純に暇だったから」
人混みの声に紛れてよく聞こえなかった。聞き返すのはなんだか申し訳ないので「ナルホド」と返しておいた。
「そうだ、ご飯食べようよ」
夏川くんのまたその奥にある時計を見て、お昼ごはんを食べていないことを思い出した。お腹に手を当ててみると胃袋から「お腹が空いたよ〜」と言われている気がした。
夏川くんを連れて入ったのは某イタリア風ファミレス。人気店だから席が空いてるか心配だったけれど、なんとか空いていたみたいで助かった。
「ホントに暇だから来たの?なにか用があるとかじゃなくて?」
「まあ、家にいても特別することないしね。友達と出てくるって言って来たよ」
「ひとりで?」
「た、たまたまみんな忙しかっただけ!」
ほんとだからね?と強く念を押してきた。そんなに言わなくても夏川くんに友達がいることくらい知ってるのに。
それぞれが注文を済ませ、気を利かせてくれた夏川くんがお冷を注ぎに行ってくれた。窓際ということもあり、窓から晴れた夏空の景色が見える。こんなにも暑いのに車は元気ですごい。ランニングしてるおじいちゃんも、犬の散歩をしてるお姉さんもここから見放題。何気ない景色が今の視界を彩ってくれている。
夏川くんが帰ってきた。目の前に氷に冷やされた水の入ったコップが置かれた。
「氷入っててよかった?」
「うん。ありがと」
気を使ってくれているのか普段からこれなのか、それにしても優しい。普段特別話す存在でもなかったから気にしてなかったけど、やっぱ人って見かけによらない。あ、ディスったわけじゃないよ。
「なにか聞きたいことでも?」
なぜだかどきりと鼓動が大きく波を打つ。確かに少し気になることはある。いつか聞こうとはしていたけど、中々勇気が出なかった。ただ口実ができてしまえばこちらのもの。
「どうしてわかったの?」
「何となく、落ち着きないなって」
それは君もでしょ…。夏川くんは喋るとき妙に身振り手振りが多い。彼の中では無意識だったり、その行動自体が落ち着きを保つものなのだろうけれど、私からしたら落ち着きがないようにしか見えない。
「この前はありがとね。紅葉を運んでくれて」
「そのこと…。あれは…」
「私何が起こったのかわかってたのに動けなかった。夏川くんは自分がそうしちゃったかもしれないって思ってたはずなのに1番に動いてて。ホントにありがとう」
「音花さんには改めて一回謝らないと。本人は俺のせいと思ってるかもだし」
夏川くんの目線が下がっていく。
「謝らなくていいよ」
下がった目線が上がってきた。
「どうして?」
「私が言うのもおかしいかもしれないけどね。紅葉は人を恨むような人じゃないから大丈夫。それに紅葉は痛みを感じてなかったから」
保健室にいるとき、紅葉は頭を痛がる素振りを一度も見せなかった。もし頭がいたいなら少しでも痛いと言ったり、頭を痛がる仕草や顔をするだろうけど紅葉はしてない。防具をしてて、夏川くんもそこまで強く叩いたようには思えない。それに時雨さんは強く打ったせいじゃないと断言していた。よって夏川くんがペアじゃなくても紅葉は同じことになっていた。
少し不釣り合いな静寂が続いた。
「そう、それなら一安心」
「それで、聞きたいことって言うのは…?」
私は1つ大きく息を吸い込む。
「夏川くん。君は時雨さんと知り合いだったの?」
夏川くんが目を丸くして驚いている。やっぱり…もし違ったら辻褄が合わないところだったから少し安心。
「なんでそれを」
「だってこの前逃げたじゃん。時雨さんが来た瞬間」
2日前の出来事がついさっきのことよりも鮮明に思い浮かぶ。
「あれは、トイレに」
「時雨さん、夏川くんのところに行くって言ってたよ。それに…。時雨さん、夏川くんが紅葉と初めて話してたときにはもう君のこと知ってた」
これは私が時雨さんと初めて会った日にも重なる。
『夏川…』
あのか細くてそよ風で倒れてしまいそうな声を、私は忘れない。小さくて消えてしまいそうだったけど、私は聞き逃さなかった。あのときからずっと疑問に思ってて、時雨さんき聞こうとはしていたけれど中々聞く暇がなかった。でもようやく謎が解けた。名札もつけてなかった彼の名前をなぜ時雨さんが知ってたのか。それの答えはたった1つ。
「君はあの人の患者さん?」
「厳密には、元だけどね。俺も一時期お世話になったんだ。ようやく大丈夫になって高校に通ってたら、まさか2年の時を経て再会するなんてね」
やれやれとでも言うように両手を横に出した。
「偶然だったんだね」
「うん。でももう頼らなくても大丈夫。今のあの人の患者は音花さんだから」
夏川くんになら桃居のこと言っても大丈夫…?いややめとこう。まだそんなに信頼関係を築けていない。それに私から言わずとも時雨さんに聞きそう。
「満月さん。君は元々音花さんと仲が良いんだよね」
お冷を口に運んだまま私は止まる。夏川くんは私の返事を待たずか、確信してかそのまま話を続けた。
「絶対音花さん、助けてあげて欲しい」
「もちろんそのつもりだよ。私にできることは何でもするつもりだけど。どうして?」
「仲良しを失うのって、耐えられないと思うから」
なにやら奥が深そう。私は瞬きをする刹那も言葉の意味を考えたけどいまはピンとこなかった。




