これが、僕?
昔の僕はどんなんだったんだろう。苺恋さんと本当に知り合いだったのか。どんな関係だったのか。
考えれば考えるほどに目が覚めていく。
写真…ないのかな。小学校のときの卒業アルバムとか。それを見れば苺恋さんと僕の関係がわかるかもしれない。ほんの一握りの希望を持って僕はベットから降りて居間まで歩いた。居間の電気がついているので、恐らく時雨はまだ起きている。
ゆっくりと居間に足を踏み入れると、ダイニングテーブルに座ってパソコンとにらめっこしている時雨を見つけた。かけているのはブルーライトカットのメガネだろうか。
「おう。まだ起きてたのか。明日も学校なんだから早く寝たほうがいいぞ」
メガネを取って伸びをしながら時雨は言う。あと30分もすれば日付が変わるというのに何をやってるのだろう。
「ねえ、僕の昔の写真ってある?」
何故か両拳に力が入る。まるで握力を測るときのような体制だ。時雨は伸びの状態で止まって驚いたような目で僕を見る。
知りたい。昔のことを。記憶がないなら作ればいい。その新しい記憶で苺恋さんと話せばいい。写真を見れば何か思い出すかもしれないし。
もし思い出せなくとも昔の『音花紅葉』が分かるかもしれない。
「あー、小学の頃の卒アルなら預かってるかもな」
スタスタと歩き出す時雨についていき、ついたのは物置部屋。僕の部屋の一つ奥の部屋だ。
ダンボールの中を探りに探る時雨を部屋の入口からただ眺めている。暗くてみえづらいけれど、奥にも何個かダンボールや収納がある。
「どうしたんだ急に。別に写真見たからって記憶は戻らねえぞ」
記憶は戻らない。残念な現実を突きつけられた今も気持ちは変わらない。それでと、苺恋さんと僕はどんな関係だったのか、僕はどんなだったのか。単純に知りたい。
「お、あったあった。ほらよ」
良くも人の卒業アルバムを簡単に投げられるなといら立ちを覚えた。
「あー。今あるのそれだけだな」
都合よく小学校の卒業アルバムだった。白い表紙に水色の字で「Memory」と書いてある。それほど分厚い訳ではないけど重みを感じる。
アルバムをリビングに持っていって、恐る恐る開いてみた。
なにかがわかるかもしれないという期待と、昔を知ることへの一分の恐怖を持って僕は写真一枚一枚を丁寧に見ていく。
「ちょ、俺にも見せてくれよ」
時雨が横から入り込んできた。
自分のものなのに何故か人のものを見ているような気がする
緊張して手がぶるぶると震えている。
何枚かページをめくると、僕の名前を見つけた。どうやら6年2組だったようだ。
「え、これが、僕?」
思わず声が出てしまった。とても男の子の顔には見えない。人違いかと思ったけれど、名前のところにはちゃんと『音花紅葉』と書いてある。
もしかして昔の僕は女の子だったの?でもちゃんと男の子の制服を着ている。
「おー!女の子みたいでかわいいじゃん!」
時雨もこの反応。何か言い返そうと思ったけどその通り過ぎて何も言い返せない。
このときは前髪も今ほど長くない。耳も出ている、というか、かけているっぽい。やはり今とは程遠い。
苺恋さんはどうやって僕を僕と見抜いたのか。
似ても似つかない今と昔。そして女の子顔の僕。なんで覚えてないのだろう。ますます深まる謎と記憶の行き場。
「苺恋さんだっけ?どこにいるんだ?」
時雨が写真を指でなぞっている。
昔の自分に驚きすぎてもう1つの目的を忘れていた。
「これだ!『満月苺恋』」
ライオンが獲物を追いに行くような速さで目線が動く。時雨の指元へ。
「珍しい名字してんな」
満月苺恋。確かに同じ名前だ。顔も似ている。間違いない。苺恋さんの言ってたことは間違いじゃなかったんだ。僕達は昔、知り合いだった。
「同じ人だ」
「当たり前だろ」
思わず目を疑ってしまった。小学生とは思えないほど整った顔立ち。成長した今でも面影は残っている。
同じクラスの人を見ても先生を見ても、誰も覚えてない。よくいそうな名前と、初めて見る顔への僅かな興味。だから他人のを見ている感じがしたのか。
「別のページも見ようよー」
互いの写真を反復して見てたら、時雨に強制的にページを変えられた。
委員会活動、野外活動、運動会、授業風景。どのページをめくっても僕の隣には苺恋さんがいる。逆に言えば苺恋さんしかいない。
「お前、みっちゃんと仲良かったんじゃん」
「みっちゃんって誰?」
「満月だろ?だからみっちゃん」
「よくそんな親しくできるよね。話したこともないのに」
時雨、話したこともないのになんでそんなに親しそうにできるんだろう。
そんなことはどうでもいいとでも言ってるみたいにまたページをめくられる。
左上には『修学旅行』と記されている。
また一緒にいる。
写真に集中している僕の横で、いきなり興味がなくなったみたいに写真を見なくなった時雨。どの写真も笑顔で、楽しそうな写真ばかりだ。
仲良かったんだ、苺恋さんと。ここでようやく確信に変わった。どこかたまたま近くにいただけだと思っていたけど、そんな空想は壊れた。なんだかものすごく申し訳ないことをした気分だ。正直、顔見知り程度だと思っていた。それはガラスが割れるみたいに散りばめられ、写真に写った真実が脳を刺激している。
『どちら様ですか?』
あのとき、どれだけショックだったんだろう。なにも考えず、ただ表面だけを見て返事をしてしまった。
「みっちゃんは、お前を大事にしてたんだな」
こんな僕の近くにいてくれていたたった一人の女の子。たった一人のお友達。これだけ仲が良かったから苺恋さんは、お互いに覚えていることを確信して『久しぶり』と声をかけた。本人確認なんか一切せずに。それなのに、それなのに僕はそんなことも知らずに無責任な言葉を投げ返した。
「もしかしたら、今日もお前のこと待ってたんじゃないか?」
目があったのも一歩だけ心もとない足音が聞こえたのも全部気のせいじゃなかったとでも言うようだった。
「話しかけてあげたらどうだ?」
「でも…あんな冷たい態度とったのにどう話しかければ…」
謝りたいのは山々だ。あんなにひどい態度をとってしまったんだから。
いきなり馴れ馴れしくするのもなんか違う気がする。確かに昔友達だった証拠はある。でも、僕は僕を知らない。今のありのままを出しても、それは苺恋さんの思っている僕じゃないかもしれない。
「人見知りの言うこと第一位だぞそれ」
しぐれの言葉に肩が狭まり、体が縮んていく。また言い返せない。時雨は毎回僕の図星をついてくる。僕は極度の人見知りであることはこの3日で重々承知した。自分から話したことはまだない。
クラスの子に一度話しかけられて『かわいい』と言われたことは覚えている。ただ頷いて『うん』と言っただけなのに、どこがかわいかったんだろう。
「だから話しかけるんだよ。謝ればいいだろ?ごめんなさいって」
「いやそういう問題じゃなくて、まず話しかけれるかの問題があるじゃん」
時雨は『は?何言ってんの?』みたいな目で見てくる。時雨には人見知りという感情がないのかもしれない。いや、ないと思う。
いきなり話しかけられたらどう思うんだろ。嫌じゃないのかな。
「そうなったときはなぁ、自分がそうされたときの事を考えてみるといいぞ。自分が嫌ならしなくていいし、自分が良いならすればいい」
自分が、か…。今日話しかけられて、嫌だったわけじゃないから、話しかけても問題ないのだろうと思うけど、どう話しかければいいの?
コミュ障だなあ…僕。
「お?なんかもう一個入ってるぞ?」
写真から時雨へと目を向けると、何かの封筒を持っていた。
「なにそれ?」
「ああ、これ修学旅行のじゃん全部」
太めの封筒の中身を取り出した時雨は、中身を見て大いに納得している。
パット見ても30枚くらいかな。結構多いみたい。
「見せて」
時雨から写真を奪い取った。
僕は目を疑うのと、やっぱりそうかという感情を両方同時に味わったのは初めてだ。
僕の写っている写真のほとんど、僕の隣には苺恋さんがいた。そして数枚だけ、3人で写っている写真もある。ほんとに数枚だからこの子はそこまで仲良くなかったのかもしれない。




