車、出しましょうか?
もうすぐ夏休みだと思うとテンションが上がってくる。家を出ると夏らしい日差しが顔に刺さる。これでも今日は涼しい方だと朝のニュースで見て恐ろしく感じた。
そして当たり前のように目の前には苺恋さんがいる。北山先生の診察の次の日以来、毎日こうやって僕なんかと一緒に学校へ行ってくれている。苺恋さんはすっかり半袖になっているのに僕は過去を見たくなくて長袖を着ている。
「今日体育やだね。剣道だよ?こんな暑いのに」
僕も嫌だけど苺恋さんはそれ以上に苦い顔をした。
「なんでこの話したんだろ」
「そんなに嫌なんだ」
肩の力が抜けバタンと貞子みたいに前かがみになっている。僕は思わず苦笑いをした。この学校に来てから初めてのことばっかりで、剣道ももちろんそのうちの1つ。メーンっていうだけならわかる!
「時雨さん?もう何してるんですか」
「生きてるけど」
中庭でご飯を食べてたら、いきなり早い足音が聞こえてきて、次の瞬間にはもう南海ちゃんがいた。
俺の渾身のボケに動じないだなんて…。くっ彼女はなかなかのやり手だ。
「お昼誘っといて自分が忘れるってどうなんです?」
咎められて、ぐうの音もでない。
「スミマセン」
肩を狭め縮こまり反省の意を見せる。
「それ、紅葉さんが作ったんですか?」
南海ちゃんは机の上で開いているお弁当箱をみて目を見開いている。
「ああこれ。そうだけどどうかした?」
ふりかけのかかったご飯、卵焼き、ハムのきゅうり巻、揚げちくわ。唐揚げ。まあ半分くらいは冷凍食品だけど。毎朝起きる頃にはもう作っておいてくれている。感謝感激雨あられですわ。
「すごいですね。朝からこんな揚げ物を作るって」
あれ、なんか勘違いしてる?キラキラ光る南海ちゃんの目は純粋に光っている。
「そ、そうだぞー!すごいよね」
紅葉がほんとに全部作ってる1ミクロンの可能性にかけ、俺は自慢げに腰に手を当てる。
「保護者の立場逆転してません?」
「うん。それ以上はやめようか」
痛いところを突かれた。察していることだからこそ言われたくないのは人間の性。
俺から紅葉を起こすことは滅多にない。最近は朝生き生きしているように見える。これも多分みっちゃんがついてくれているおかげだろう。
「それにしても、最近は忙しいですね」
「まあ、この季節はどうしてもそうなるよ。多分9月とかも増えてくる」
「より一層、力入れなくちゃですね!」
この7月の後半から9月は、新成人や新入社員、学生などが病みやすい時期とされている。7月はまだ可愛い方で、9月からは特に患者が増える。中には定期的なカウンセリングで住む人もいるが、入院という処置を取らないといけない人まで、様々だ。
9月、そういえばあいつと会ったのもこの季節だったな。
「ずっと気になってたんですけど」
そして発せられた言葉に俺は言葉を失いかける。
「心って、どうやって読み取るんですか」
話の移り変わりがすごいとかそんなんじゃ収まりきれない。俺は箸をおいた。逆に今まで触れられて来なかったのがラッキーだったのかもしれない。
「人間は脳の司令で動くでしょ?それと同じ。細かい仕草から感情とか心情を考えてるんだ」
やれやれ、と首を振ってみせる。
「なんだか、時雨さんのことはよくわかりません。紅葉さんの専属主治医になったり、抜けてると思っても仕事だけはちゃんとしたり。分からなさすぎて困ります。私は心に関することはあまり得意ではないのでそこだけは尊敬できます」
だけはって…。
「ミステリアスの方が魅力的でしょ?」
「そういうことじゃありません!」
そこまできっぱり否定されては困る。まあ冗談で言ったつもりだからいいけど。
「ん?携帯鳴ってません?」
南海ちゃんが耳を澄ますよう促すと、俺のスマホが鳴っていることに気がついた。こんな時間に誰が電話何か。
『もしもし』
『あ!紅葉くんの保護者さんですか?』
『はいそうです!』
厳密には違うけどね★!
紅葉の話ってことは、学校の先生かな。何やら焦り口調。何か緊急のことだというのはすぐにわかったので、何かあったときのために荷物をまとめる準備を始める。
『あの、直ぐに来てください』
やっぱり。
『どうかしたんですか』
『わからないんです。いきなり気を失ったみたいで…』
気を失う?それは俺じゃなくて119じゃないか?
それでも俺に電話してくるということは。この季節だから熱中症?それなら保護者を呼ぶのもあり得るが気を失うとなると話は別だ。
向いにいる南海ちゃんが不安げな目線を送ってくるのに、何も答えれない。
『今すぐ行きます』
そして電話を切りカバンを持って大急ぎで病院を出ようとした。
「車、出しましょうか?」
何だその救世主。今は助けてもらうとき。
「ありがと南海ちゃん」
「奢りで返してくださいね」
「はい」
渋々返事をして、俺は車の扉を閉める。そしてすぐそこに電話をくれた担任の先生が立っている。病院から渋滞もあってかなり遅れてしまった。
「こっちです」
先生の後ろをついていく。それほど突然のことだったかは、先生の動揺しきっている態度からわかる。
ここ、みっちゃんと一緒に通ったところだ。あれももう結構前のことなのか。
程なくして保健室に案内された。そこではベットで眠る紅葉と、それを横で椅子に座って見守るみっちゃんと、あいつがいた。
記憶の現れ




