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朧月  作者: りんご
16/25

ほんと、誰なんだろうな

 お昼ごはんを全て食べて満足してくれたようで、こちらも同じような感情を共有できた。

「時雨さんはいらなかったんですか?」

 そうだ。時雨の分を作るのをすっかり忘れていた。

 洗い物をする僕はギクッとした。

「いいよ二日酔いだし」

 胸元で小さく両手を振る姿が視界に入った。

 よかったあ…。

「美味しかったのに…」 

「俺はいつでも食べれるから」

「そうですね。美味しかったので、今度絶対作ってもらってくださいね」

 食事一人分の洗い物はほんの10分もかからない。ぱっぱと終わらせたはいいものの、あのふたりにはいっていける隙がない。大人、それも1人は主治医で1人は副主治医。二人の医者に囲まれることなんてないから余計に無理。

「なにしてんの紅葉、こっち来な」

 ああ、洗い物終わったのバレてた。大人しく時雨の横に座った。

 響くのは、外で打ち付ける雨音のみ。家の中では全く響かないCMばかりが流れている。雨足は、さっきより弱まっているように聞こえる。依然として部屋は夕方のように薄暗く、ジメッとしている。

「そろそろ、行きますよ。お昼ごはんを食べたら出るという約束でしたし」

 僕には、この重い空気に嫌気が差したように感じた。僕も同じような考えだったからだ。

「ほら、行きますよ時雨さん」

 上下関係の定義を疑いたいくらい雑に時雨を引きずりだした。

「あれ、紅葉も行くの?」

 傘を持って靴を履いていると、既に外に出ている時雨に尋ねられた。

「うん」

「雨好きはいいなあ」

 そんなに嫌いなんだ。時雨はまた目に水たまりを作った。引きずられた代償に時雨は傘を持つ余裕すらないようだ。家を出る前にそれに気づけたので、時雨のものであろう傘を左手首にかける。

 雨が降りしきる外は視界が悪い。履いてきた長靴も水たまりと雨を弾ききれずに水が中に侵入してきている。傘を差していてもメガネには雨が当たりそれが故に曇り始めている。僕が探すのは不可能かもしれない。

「こんなとこ通ったんだ」

「ほんと何も覚えてないんですね」

 メガネ、取ろう。曇って視界が余計悪い。服でレンズを…。しまった。服も濡れている。メガネが余計曇ってしまう。

 カバンなんて、落としたら音でわかると思うんだけどな。道に落ちてて見逃すはずもないし、誰かしらが拾って交番にでも預けてくれているような気もするけど。

「そうですか…。はい。ありがとうございました。駄目ですね。居酒屋にカバンの忘れものはないみたいです」

 いつの間に電話をしていた。北山先生はスマホをポケットにしまった。

「じゃあ病院?」

「それは、ないと思う」

 今まで口出してこなかったからか、二人の視線が一気に集まるのを感じた。顔をあげると景色は予想通りのものだった。

「飲みに行くのに、カバンを忘れないと思う。時雨はおっちょこちょいだからしなくはないと思うけど」

「紅葉には、言われたくないな」

「例え時雨がカバンを忘れていたとして、北山先生が気づかないはずはないと思う」

 カバンの中から財布と鍵だけを抜き取る場合は、例外だけど。わざとカバンを置いて帰る理由が見当たらない。というのが僕の考えだ。

「確かにそれは言える。それなら…、どこにあるの?」

「僕に聞かないでよ」

 きょとんと首を傾げできた時雨を冷たい視線で跳ね返した。

「落とした、んでしょうか」

 北山先生が顎に手を当てた。

「時雨さん。最寄りの交番はどこにありますか」

「んー。ここらへんでしょ?駅の近く!」

 ぴんと人差し指が立った。時雨の笑顔が雨雲を吹きとばしてしまいそうなほどうるさかった。




 時雨に案内されたのは、家から約束20から30分ほど歩いたところにある駅前の交番。

「かばん、ですか。ここには届いてないですね」

「そんなあ。お願いしますよお巡りさーん」

 机に肘をついて泣き出してしまった。まるで今から捕まるみたいになってる。恥ずかし。

「そうはいってもですね…」

 困るよねそりゃ。まだ二日酔い抜けてないのかな。

「一応、近くの交番にも連絡をしてみます」

 警察の人は、受話器を耳に当てた。

「ホントですか?ありがとうございます!」

 はっと顔を上げ、警察の人の左手を包み込むように握手した。そして上下にぶんぶんと振った。

「まだ見つかったというわけでは…」  

 そりゃ、困るよね。

「時雨さん、面白いよね」

 隣からさえずりのような声が聞こえた。

「ああ見えても、病院だと優秀な先生なんだよ」

「そうなんですか?」

 嘘だと思うけど、北山先生はあまり嘘をつくような人には見えない。そして先生は続けた。

「5年前くらいかな。そのくらいから仕事に熱中するようになって、一気に信頼も得て、なんで?って聞いても『仕事だから』って。なら最初から頑張れって話なんだけど。私じゃ、到底追いつけないな」

 とてもそうは見えない。僕も一応時雨の患者。時雨は主治医だ。家での時雨しか見てないから職場での時雨が想像できない。

 北山先生は、まるで夢を見るような目で時雨を見た。

「僕は、北山先生もすごいと思いますよ。時雨言ってました。頼りにしてるって。だから、充分すごいです」

「なら、これからも頑張らないとね」

 ふうっと一息吐き、北山先生は決意した。



 警察の人は近くの交番に事情を説明していた。

「ホントですか。ありがとうございます」

 警察の人の顔が晴れた。

「隣町の交番に届いてるそうです。良かったですね」

「ホントですか?聞いてふたりとも!あったって!」

「聞いてましたよ。良かったですね」

 北山先生が優しく笑った。それを見た僕もつられて、口角が上がった。

 




「ほんと、良かったですね」

 あのあと、隣町の交番まで行き、やっとの思いで時雨のカバンを取り返した。交番を出る頃にはもう雨も止んでいた。

「一体誰が拾ってくれたんでしょう」

 時雨がかばんのなかを見る。多分何か盗まれていないか確認しているんだろう。

 そして何かをカバンから取り出した。時雨も見覚えのないようで、首を傾げていた。そして少し紙を見て

「ほんと、誰なんだろうな」

 といいくすっと笑っていた。

「見せて」

 時雨が紙を渡してくれた。

『落とし物なんかするな!バーカ!』

 とかかれていた。僕も誰が拾ってくれたか、わかった。

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