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朧月  作者: りんご
15/25

僕は、雨好きだよ

雨の日には、さっぱりとしたものを。

「雨、か」 

 朝目が覚めても寝る前と同じような暗さで、寝てないのかと少し怖くて急いでベランダへ出た。外は鉛色の空が覆いかぶさっていて激しい音を立てながら雨が降っている。

「おーいもう飲めねえって南海ちゃん。まじ吐くからやめて…ムニャムニャ」

 時雨の寝言が激しい。今日だけなのか毎日なのか。どっちにしろ運が悪い。どんな夢見てたらそんな寝言吐けるんだろう。

「はあ」  

 そんな時雨を見ていたら思わずため息が出てしまった。

 時計に目をやる。時刻は8時20分だった。そうだ朝ごはんを作ろう。

 昨日このためにパンを卵につけておいてよかった。 

 さて今日作るのはフレンチトーストです。どこかの3分料理番組の音楽が脳内でループしている。

 ポイントは溶き卵に長時間つけておくことです。そうすることで味が染み込んで美味しくなります。つけておいたものが、今冷蔵庫から出したこちらになります。もみじさん。

 こちら何時間ほどつけておくのがポイントなんでしょうか。

 そうですね。4時間目から5時間といったところでしょうか。

 そしてフライパンを火で温め、油ではなくバターをひく。

 バターをひくのはなぜですか?

 はい。普通の油よりもパンとの相性がいいのと、風味も良くなるからです。

 なるほど。ひとつひとつに理由があるんですね。

 そして半分に切ったパンを並べ焼く。弱火で、じっくりと。焼きめがついたらひっくり返す。焼けるまで触らないのがポイント。

 雨音に負けないくらいの音でパンが焼けていく。いい音。心地いい。

 焼けたら、こちらのお皿に盛り付けます。お好みでシュガーをつけるのもいいかもしれません。うちにはないので何もつけません。

「何もなくて悪かったな」

 自分じゃない声がいきなり聞こえてくると焦る。というより怖い。

「なんで起きてるの」

「いきなり料理番組始まったら起きるだろ。なんか実況解説いるし焼いてる音したし」

 てことは、今の独り言全部聞こえてたってこと…。急に体が火照ってきた。

「時雨も、食べる?」

「二日酔いにそれは死んじゃうなあ。水でいいよ」

 苦し紛れに話を逸したけど、時雨はそのままダイニングの食卓に座った。

 水、僕が用意するんだ。

「やっば。なんにも記憶ないわ」

 昨日。夕暮れ時に時雨から『今日は南海ちゃんと飲んでくるから夜は何か食べといて〜。あ、俺いなくてもいつも作ってるか』とメールが来た。そして夜遅く、北山先生に担がれて時雨が帰ってきた。そのときは泥酔して寝てたからそのまま布団に転がしておいたけど、今は部屋着に着替えているから、どこかのタイミングでお風呂は入ったんだろう。

「俺、やらかしてないよね」

「昨日北山さんに担がれてた。ほら」

 僕はそんな時雨が面白くて何枚か写真を撮って保存していた。

「うわ、爆睡じゃんじゃないよ!何盗撮してんの」

 スクロールすると、10枚ほど泥酔時雨の写真が出てくる。

「運ぶの大変だったよ」

「そんな冷たい目で見ないでよ〜。次から気をつけるからさ」

 僕はフレンチトーストを食卓に運んだ。ついでに昨日の飲みかけカフェオレもコップに注いだ。

「あれ、カフェオレ飲めたっけ」

「少し前に苺恋さんに飲ませてもらったの。美味しかったから飲んでる」

 あれがまだ、一ヶ月くらい前のことなんだ。そういえば、その時間接キスなんてしてたから、零さんに酷く問い詰められたっけ。

「雨止まないなあ。せっかく今日遊びに出れると思ったのに」

「病院の先生でも土日は休みなの?」

「んー。週によって違うからなんとも言えないな。でも必ず週に1回以上休みはあるぞ。ブラックじゃないから安心だぞ〜。残業代も出るし」

 週に2回以上休んでいる気がするけど.気のせいかな。僕はパクっとフレンチトーストをひとくち食べた。我ながら上手にできている。やはり長い時間漬けたのがよかったのかもしれない。

「梅雨明けは、来週か再来週になる模様だと、気象庁が発表しました。」

 時雨によってつけられたテレビではニュースが流れている。映像ではかなりの雨が降っているようだ。

「梅雨明けには晴れた空が毎日のように見られるかもしれません」

 スタジオに映像が切り替わり、アナウンサーやゲストなどの会話が挟まれた。そんな会話の内容を見て時雨が

「今日晴れてくれよ〜」と文句を言い始めた。

「そんなにでかけたい所でもあるの?」

「だってさあ。休みなのにずっと家にいるのって寂しいじゃん」

 あ、思ったより普通の理由。今ので時雨が意外とアウトドアだということがわかった。

「車の免許も持ってないし。それに雨嫌い。ジメジメしてるし」

「僕は、雨好きだよ。土砂降りとかはあんまりだけど」

 ほどよい、今日みたいな雨天は好き。

「空き巣が多いのは、雨の日だぞ」

 時雨は続ける。

「周りの音で聞こえないからだ。それに傘でかっぱを着てて顔も見れないからな。まあそれは警察側にも言えることなんだけど」

 こうやって心理の話をしてるときの時雨は必ずといっていいほど腕を組んで、目を閉じて自慢気に語っている。それほど得意で好きな分野なのだろう。 聞いている側も決して嫌じゃないし、むしろ勉強になっていいまである。 

 お昼時、ちょうど今からお昼ごはんを作ろうかと言うタイミングでインターホンが鳴った。

「お、空き巣だ」

 空き巣はインターホンわざわざ鳴らさないでしょというツッコミは喉までに留めることができた。

「はいはい。あら南海ちゃん。どうしたのこんな雨の中」

 南海ちゃん…。確か名前が全部逆だから、北山先生。

「どしたのじゃないですよ。先生に昨日預けたもの返してもらってないので取りに来たんです。酔って覚えてないでしょうけどね!」

「ご、ごめんってば」

 キッチンで何を作るかというところで止まって、2人の会話を盗み聞きしている。

「俺何預かってる?」

 声と足音が近づいてきた。廊下を覗いてみると時雨がこっちに向かってきていた。

「ああ紅葉、昨日俺のカバンどこに置いた?」

 キッチンを少し通り過ぎ、後ろ歩きで戻ってきた。

 僕は昨夜の記憶を辿る。

「昨日…。昨日」

「頼む思い出して紅葉」

 僕がたどり着いた記憶には…

「北山先生、昨日時雨かばん持ってませんでした」 

 今鮮明に思い出した。昨日北山先生におんぶされてここまで帰ってきて、僕が時雨を写真に撮り、引きずって布団まで運んだ。この一連の流れに、時雨のかばんを受け取ることはなかった。もう一度廊下を覗く。今北山先生が持っているのは手提げかばん。昨日と同じもの。つまり取り違えもない。

 時雨は両膝と両手をついた。

「南海ちゃん、居酒屋ってどこいったっけ」

 時雨の顔だけ、あがった。

「駅前のところです。病院から近かったはずです」

「どこいったかなあ」

 当の本人は、二日酔いで何も覚えてないのであてにならなさそう。

「病院か居酒屋にあればいいんですけど…。道中で落としてたら」

「うん。それはやめよ。泣いちゃう」

 そう言う時雨の目には今にも溢れ出しそうな水たまり。

「探しに行きます?まだ居酒屋開いてないかもですけど」

「歩くの?」

 北山先生の左手首には傘がかけられている。それを見たのか時雨が目を丸くした。

「昨日飲むって決めてたので車は病院です。ゆっくり探せるのでちょうどいいですよ」

「お昼、食べてからにしようよ。ほ、ほらお腹も減ってるだろうし雨も強いから」

 多分ほんとに行きたくないんだろうな。説得することで精一杯のようだ。

「料理なら、も、紅葉がしてくれるし。ほんとに紅葉の料理美味しいから。一度食べてみて。ね?食べたいものなんでも作ってくれるから!」

 ハードルがあがっていく。これ以上あげられたら飛び越えられなくなりそうだ。

「はあ…わかりましたよ」

 呆れたのか、反論抗議一切せずして北山先生は部屋に上がってきた。

「紅葉さん。眼鏡買ったのね」

 こんな分厚い前髪でなんでわかったのかと思えば、両耳に覆いかぶさっている髪の毛を耳にかけたからだ。

「さ、こっちに座って」

「ちょっと押さないでください」

 返事を返そうとした瞬間時雨が北山先生の肩を押して無理矢理食卓に座らせた。

「何食べる?」

 そのメニュー、どこから取ってきたのだろう。家にそんなものはない。

「それじゃあ」

 疑念ひとつなく受け取られると、僕がおかしいのかと思うからせめてそのボケに突っ込んでほしい所存。

「じめっとしてるので、さっぱりしたもので」

 結局メニュー表にないものを頼むのね。

「紅葉、さっぱり一丁!」

 ラーメン屋みたい。いやラーメン屋でもさっぱりってあんまり聞かないか。

 さっぱりって言われても。季節的に早いからそうめんも買ってないし、心太も作り方分からないし。どうしようかな。

「冷蔵庫には、大根と手羽元」

 ぼそっとひとり言。後方の食卓ではテレビを見る2人の他愛のない話が時折聞こえてくる。

「よし、これを作ろう」

 僕が作ったのは鳥手羽元のポン酢煮。蒸し暑いこの季節にはぴったりだろう。ちょうどレシピを知っていてよかった。

「おまたせしました」

「俺この料理初めてみた」

 時雨のまえでは…作ったことないか。美味しいと言ってくれたら今度時雨にも作ってみよう。

「いただきます」

 時雨以外の人に料理を振る舞うのは初めて。僕は息を呑んだ。

「うん。美味しい!さっぱりしてて。ほんとに料理上手なんだね」

 優しく微笑まれたことに、胸をなでおろした。

「いいなあ。今度作ってよ」

「いいよ」

 そのつもりだ。というのを伝えれた。味見してなかったから不安だったけど、こう言ってくれて嬉しい。


 


 



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