相変わらずだね
時雨と同時に家を出ることが増え、今日も僕は苺恋さんと待ち合わせをしてる。時雨に見送られ僕が見送り、眠気交じりの感情で僕は歩く。こうしてみると見慣れたものだ。確か人間は2週間も剃ればその環境に慣れるらしい。ここに来てもう3ヶ月が経とうとしている。一学期も終盤に差し掛かり、風鈴が休暇の知らせをくれている。
「おっはよー紅葉」
なぜか最近、たまに零さんも一緒に登下校するようになった。別に迷惑じゃないからいいし、改めてアルバムの写真を見てみると零さんがいたことも確認できた。ということはふたりは小学校からずっと一緒ってことかな。
「ほんとなんでこんな髪さらさらなの?羨ましいんだけど」
僕の頭をさすりながら嫉妬深く言ってくる。それを苺恋さんは苦笑しながら見ている。
「そろそろいかないと遅刻しちゃうよ」
もしかしたら…と怖くなり僕は急かすように零さんから少し逃げる。
そんなことが登校する日には必ず行われるやり取りだ。3人で登校するときはふたりが話しているのを聞いて、話が振られたときのために準備していることがほとんど。妙に共感できることが多く、思わずわかる!と言いたくなることもしばしば。この二人とは気が合うのかもしれない。
「紅葉、早くして」
放課後になり、苺恋さんと校門を出たとき時雨が私服で待ち構えていた。花見のときも思ったけれど時雨の私服、意外とお洒落。ほんと、こんなふざけた性格じゃなかったらモテるんだろうなとつくづく思う。
「なんで?」
「塾の見学会、忘れた?」
「あ、そっか」
とぼけた僕を時雨が正した。こんなに時間早かったっけ…?そこだけが引っかかるけど。ホントはもうちょっと遅い時間だったような気がする。
「ごめん、今日帰れない」
「…わかった。見学会樂しんでね」
苺恋さんの背中を見送って、僕は時雨と塾の方へ向かった。罪悪感が心を埋め尽くそうとするのをなんとか阻止した。
「すみませーん」
時雨が重そうな扉を開けぴょコリと顔をだした。すると「はーい」と陽気な返事が帰ってきて緊張の糸がほぐれたような気がした。
「体験に来たんですけど」
「はいはい。えっと名前は、音花紅葉くん、ですか?」
「はいそうです」
時雨から名前を聞いてたのか、スムーズにすすんでく。
思ってたイメージとは違った。僕の想像の中だと、お兄さんくらいの先生ちょっと怖くて、でもっと教室が何個もあるものかと思ってた。でもここはなんだか古い。塾の先生と共に生きてきたことの現れかな。
「じゃあね、あの奥のとこ座ろうか」
学校の教室より全然狭くそして少人数。僕が埋まってようやく5人だ。先生が示した手先の席に、頭を少し下げてついた。
「先生はね、山根真太郎と言います」
先程から手でひらひらとさせていた紙切れは名刺だったのか。白紙に黒字という当たり障りのないものだ。
その後塾の説明を受けた。どうやら個別指導らしく、ワークを解いてテスト対策をしていくらしい。単純明快でわかりやすかった。塾の先生をしているからか言葉の選び方が上手に思えた。
「じゃあ早速しましょう。保護者の方から数学と英語がひどいと聞いてるので(笑)。どっちからします?」
先生が笑みを浮かべてる。顔を見ながらいってきているから様子を伺っているのかもしれない。
僕は英語を選んで、そこから2時間弱、少し雑談を交えながらワークを進めた。わからなかったけれど説明を聞いたら理解できる。これは生徒が来る理由がわかる。
「音花君髪長いね。見えるの?それ」
帰り際、荷物をまとめているときに先生の言葉に足が絡まる。
「今度眼鏡買うんです」
「先生と一緒のでもいいよ(笑)」
大阪のおばちゃんみたいなノリで話してくる先生に親近感を覚えて、「また来ます」と帯を結んだ。これは本心である。勉強を少しは楽にできそうだと、そう感じられた。
塾を出たら霧雨の滴る朧夜だった。時雨が見当たらない。傘持ってないから変に移動できないからここで待つしかない。辺は薄暗く街灯も少ない。野良猫や野良犬が迷い込んでしまっても分からないかもしれない。
「時雨遅い」
ボソリとつぶやいても雨にかき消される。少ない雨だから、少し探しに行ってみよう。暗いし、あまり行ったことのない所だから迷わないようにしないと。
かと言ってどこを探せば。そうか、時雨が徒歩で来てたってことはそこまで遠くない。それに学校から来た道をたどれば分かる道に出る。
「それで行くしか…」
「相変わらずだね。話す気にもなれない?」
ボソリとつぶやいた声を消したのは雨じゃなくなった。時雨の声が路地横から聞こえてくる。誰かと話してるみたい。路地横に耳を傾ける。
「仕方ないでしょ。克服できたらトラウマなんて誰も呼ばないんだから」
トラウマ?一体何の話してるんだろう。時雨と視力と暗さでシルエットがよくわからない。でも多分女の子だ。声は低めだけれど。
「今まで話せるような子いなかった?男子」
「ひとりだけ。中学のときいたけど、名前忘れた」
「菜由ちゃん記憶力ないもんね」
「ぶっ飛ばすぞ?」
菜由……さんって時雨が話してた人だったよね。じゃああの子が、男の子に昔いじめられてたっていう。まだ頼まれごとに手を付けてないけれど、ちょっと怖そうな人。多分今時雨に拳を見せている。あの人と仲良くなるって、正気?てかなんで菜由さんここにいるんだろ。たまたま通りかかったのか、ここの近辺に住んでるのか、はたまたこの塾に通っているのかもしれない。
「それに男子かもわかんないし」
「つまり?」
「見た目と声がどっちか分かんなかった」
「制服は来てなかったの?もしかして全裸?きゃー」
「少し黙ろうか」
「菜由ちゃん?わかったから、落ち着こ?」
んー見えない。早く眼科に行かないともっとひどくなる…。
「体操服だったの。制服姿は見てない。着てなかったのかもしれないわ」
なんで体操服?制服がないわけないもんね。たまたまにしては制服姿を見ていないというのはおかしいし…
「今日はそろそろ行くよ。俺も人をまたせてるしね」
「え、誰」
「患者の預かり子だよ」
「まだ話は最後まで…」
「また、落ち着ける場所でね」
口調からして訳が深そうな話見たい。時雨はこの話の中身を知っているとでも言うのか。盗み聞きしてたことがバレぬように、塾の前まで急いで戻る。適当に携帯でもいじっておけばずっとここにいたというアリバイ証明ができる。ぱっぱと携帯を取り出し興味もないニュースをスライドすると、さっきの路地から時雨が出てきた。
「ごめ~ん紅葉。待った?」
「うん」
頬を膨らませ顔をわざとらしく反対方向にむけてみる。顔をそむけつつも目だけはチラチラと時雨を見ている。
「そう怒らないで。帰りにアイス買ってあげるから」
「ほんと?」
「ほんと」
アイスでまんまとつられてしまい、演技のお面が取れてしまった。
「紅葉」
歩みを進めてほんの少ししたとき、時雨が声をかけてきた。
「さっきの顔、可愛かったぞ」
思いっきり親指を立てて満面の笑みの時雨。思わず照れてしまい顔が赤くなっていくのが体温の上昇で分かる。
「あぁ照れてる。かわいい〜」
「う、うるさい…」
顔を背けて照れ隠し。そんなありきたりなことでしか感情を隠せなかった。




