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朧月  作者: りんご
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ごめんなさい

「もみじ!」

 突然僕のいる教室に僕の名前が聞こえた。一斉に教室中の目線が僕と声の発信者に集まる。

 初対面の人だ。しかも教室の外からだから多分他クラス。

 なんで僕の名前を知ってるの?

 僕は3日前に転校してきたばかりでまだ数日しかこの学校にきて経っていない。自己紹介は先生がしてくれたけど、一回で覚えられるものか。それにこの子はたぶん違うクラス。名札もついていないからパット見ただけではわからないと思うけれど。

「久しぶりだね!元気だった?髪だいぶ伸びたね」

 いきなり呼び捨てだし、馴れ馴れしく話しかけてきて、ズタズタと教室に入ってきた。

 美しい顔つきに、僕と同じくらいの背丈。透き通った高い声に華奢な容姿。ふわりとしたボブヘアだ。満面の笑みで僕の前に立った。

 一体、この人は誰なんだろう。見たことない。人違いではとも思ったけれど、僕と同姓同名の人は中々いないだろうから違う。

「どちら様ですか?」

 僕は首を傾げた?

「え?覚えてないの?」

 さっきとは打って変わって声が細い。

 僕はコクリと頷いて、表情のない顔を見つめる。

「あの、小学校のとき一緒だった苺恋だよ?」

「小学校…」

 顎に手を当てて、記憶を掘り出してみたけれど、何も思い浮かばない。出口のないトンネルに入ったみたいだった。

「覚えてないです。ごめんなさい」 

「嘘だ。あんなに一緒に遊んだんだよ?たくさん話して笑ったのに。それなのに覚えてないの?」

 こんなにも必死に訴えかけてくれているのに、僕は何も良い返事をあげられない。それがものすごく申し訳ない。

「ごめんなさい。なにも思い出せないです」 

 そう頭を下げると、鉄球でも付いてるんじゃないかと思うほど重い足取りで教室をあとにした。その後ろ姿は頼りない、寂しさがにじみ出ていた。普通なら怒るところだろうけれど、怒りとは程遠い感情が湧いているように感じた。

 



 僕は帰りに主治医である『夜来時雨(やきしぐれ)』にそのことを話した。

 僕には主治医がついている。なんでかわからないけど。中学2年生の時から僕の主治医らしいが僕にはこの数週間のように感じている。記憶がないのだ。時雨と過ごした記憶が。時雨曰く、僕の保護者的な立場らしい。お父さんとお母さんのことを聞いてみたけれど、詳しいことは教えてくれなかった。

「小学校の頃の友達?へえ、その子からすれば感動の再会なわけだ。でも紅葉はその子と初対面だと」

「うん」

 苺恋さんという女の子と友達だったこともそうけれど、僕には今までの記憶がない。

 覚えているのはこの数週間のみ。

「でもその子いはく昔は友達だったんだろ?」

「そうみたいなんだけど、全く思い出せなくて…」

 首ががくんと下がった。自分は何も悪くないはずなのに、膨大な罪悪感が心を支配していく。

「なんで、僕記憶ないの?」

  無駄だとわかっているけれど、それを承知してぼくは尋ねた。ぼくは最近、時雨に記憶のことを尋ねているのだけれど「さあ、俺にはわからない」の一点張り。本当にわからないのか、それともそんなに知られたくないものなのか。

 記憶がないというより、何も覚えてないといったほうがいいのかもしれない。僕がそれに自覚したのは一週間くらい前のことだった。というより、おかしいと感じた。目が覚めたら知らない部屋にいて、知らない人と同居している。新しいゲームのデータみたいに何も知らない、無知な状態。記憶がないから今の今まで昏睡状態だったのではとも疑った。生まれたての赤ちゃんを疑似体験しているみたいだった。あの時の記憶は鮮明に覚えている。同居している彼は、まるで今までずっと一緒に過ごしていたかのように馴れ馴れしく話しかけてきた。その男が僕の主治医である夜来時雨。

「さあな、おれもそこまでわかんないんだ。まあいつか教えてやるから」

 いつか…最近ずっとそうだ。

「なんで今じゃだめなの?」

 こんなことを聞いたのは初めてだけれど…きっと時雨は声に出してくれない。

「知りたいか?昔の事。」

 意味が深そうな言い方だ。

 時雨は僕の過去を知っているみたいな言い方だ。時雨がなにかしたのか、それとも事故かなにかで記憶障害を起こしたかどちらか。

 僕は何も言えなかった。

「まあ単純にいま原因がわかってないってのもあるな!」

「あ…」

「お?どうした?」

 ふと顔をあげて校門を見てみるとさっき話しかけてきた女の子、苺恋さんがいた。

 誰かを待っているみたいだ。両手でカバンを持った華奢な容姿はやはり目立つ。棒立ちなのに妙なオーラを放っている。

 どこか緊張しているようにも見えた。

「あの子、今日の」

 距離にして約15メートル程。苺恋さんに聞こえないないようになるべく小さい声で。

「あの子?かわいい子じゃん。あの子に話しかけられたんだ?」

「うん。だめだ、やっぱり思い出せない」

 僕はその場で頭を抱えた。そして気づけばその場に立ち尽くしていた。

 忘れるはずがない。でも、思い出せない。これまで何をしてきたのか、誰と接点があったのか、僕は何だったのか。なんにも思い出せない。というより覚えてないと言ったほうが近いかな。 

 僕達の横を抜かしていく人はこの壁を悠々超えていく。もしかして僕にしか苺恋さんは見えていないのだろうか。そんなはずないと思いたい。

 先導して歩き始めた時雨の後ろを早足でついていく。苺恋さんの横を通る時、一瞬目があってドキッとしたのは多分気のせい。一歩だけ足音が聞こえたのも多分気のせい。

「ねえ時雨…」

「それよりさあ、今日夜何食べたい?」

 僕の記憶のことについてもう一度問いただそうと思ったのに、遮られてしまった。

 なぜか時雨と同居をしている。親のことは聞いていない。なにかあるのではと思うと怖い。

「ご飯作ってるのは僕なんだけど?あと、話そらさないでよ」

 真剣な眼差しでそういった。

 何を聞こうとしてるのかわかっているみたいに話を変えられて少しイラッとした。

 今の今まで笑っていた時雨の顔から表情が消えた。「しょうがないだろ。まだわかってないんだから」

 やっぱり何聞こうとしてるのかわかったんだ。

 当の本人に言えないほどの隠し事があるらしい。

こんなことを言われるとより気になる。

「よくわかったね。何聞こうとしてるのか」

「まあ今のは簡単だ。話の流れかともみじの目からわかったぞ。それに何年も見てきたからなあ」

 何年も…。やっぱりそこに引っかかる。なんで記憶がないんだろう。どこまでもみえない。暗い微睡みみたいだ。

「時雨って人の心が読めるの?」

「ちょっとな。仕草とか言動でわかるものだけだけど」

 ちょっとでも十分すごいけど。

 

  

 月が満ちた夜。僕はようやく慣れてきた家に帰ってきていた。ここは僕の家ではなく時雨の家。保護者の立場である時雨と今は同居している。習慣化してきた、二人暮らし。僕が料理を作って、片づけも大体僕がしている。ご飯を食べたらお風呂に入って、歯磨きをしたらもういつでも寝ていい。今まさに僕はその状態だ。

 目を開けているのかつむっているのかわからないほど真っ暗な部屋だ。苺恋さんに話しかけられたことが気になってあまり眠れない。べっとのうえで何回も寝返りをうっている。

 昔の僕の友達?なのかな…。昔の写真、ないのかな。小学校の友達って言ってたっけ。よく僕の目も見づに僕だとわかったものだ。前髪が長く、目が丸々隠れるほどあるというのに。 

『髪伸びたね』

 昔は短かってこと?なら尚更わかったことがすごい。

 



  








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