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ミシコ狩り

定番の学校の七不思議回です。

小倉拓磨は赤江第2小学校の三年生である。昼休み、好きな子か近くにいた為に、学校の7不思議など大したことはない、とクラスメートに豪語していたが、売り言葉に買い言葉で、真夜中に1人、スマホで7不思議の証拠写真を撮りにゆくハメになってしまっていた。

・・・懐中電灯片手に近くに大きな桜の樹が植えられた校門の前まで来ると、何か異様な気配を感じた。

家を抜け出してきたのを家族に気付かれると騒ぎになってしまうし、そもそも7不思議の証拠を撮るということ自体馬鹿馬鹿しい非現実的なことだと、今更思えてきた。しかし、


誰か、助けて・・


そう聴こえた。自分と同じくらいの歳の女の子の声であった気がした。知ってる声であった様な気もした。

まさかクラスメートが? こんな夜中に自分以外に学校に来る理由がある同級の女子に、小倉拓磨は全く心当たりがなかった。

が、ここで知らぬフリをして帰る小倉拓磨ではなかった。警察に報せるという発想が思い浮かばないうっかり者でもあったが。


「あ~、最悪だぁ」


ボヤきながら、閉まった校門を乗り越えると、何か空気にヌラリとした嫌な感覚があった。



いつもより奇妙に歪んで見える校舎に、開いていた窓から入ると、廊下の奥からカサカサと音がした。

懐中電灯で照らすと、廊下の奥の暗がりの中に中型犬サイズの蜘蛛に老婆の頭部が付いた者達が十数体蠢き、こちらに気付いた。即、牙を剥き出す。


「イイィーーーッ!!!」


「いきなりぃーーーっ?!!」


窓をよじ登る時間は無さそうだった為、小倉拓磨は全速力で廊下を走り、逃げ出した。

走る小倉拓磨。小倉拓磨よりやや速度がある蜘蛛老婆達。距離を縮められ、小倉拓磨が半泣きになっていると、廊下の前方からヒラヒラと何かの紙が1枚飛んできた。

近付くとそれはベートーヴェンの肖像画だったが、よく見ると、生きているかの様に表情や視線の動きがあった。


「有機ELディスプレイ?」


「違ーうっ!!!」


ベートーヴェンは小倉拓磨と擦れ違うと、画の中で顔を赤くして踏ん張り、画から凄まじい音波を出して蜘蛛老婆達を弾き飛ばした。


「今の内だ君っ! 理科室へゆくぞっ?!」


「えっ? 遠くない? 2階だよ? というか、もしかして7不思議の音楽室のベートーヴェン?? だったら写真を・・」


「言ってる場合じゃないっ。おいっ、紫の鏡っ!」


小倉拓磨と画のベートーヴェンの前の中空に紫色の鏡の欠片が出現し、それが1ヶ所に集まって1枚の紫色の大きな鏡になった。


「ついてくるんだっ!」


画のベートーヴェンは紫の鏡の中に飛び込んだ。すると水面に飛び込む様にして吸い込まれていった。


「ホントに?」


振り返ると体勢を立て直した蜘蛛の老婆達が再び距離を縮めようとしていた。


「ああっ、もう何だコレ?!」


小倉拓磨はヤケクソで紫色の鏡に飛び込んだ。とぷんっ!



水の様な鏡の中を通り抜けると、その先はかなり散らかった様子の歪んだ理科室だった。背後で鏡は砕け散り、消えてしまった。

理科室には画の中のベートーヴェンの他に、腕と脚を組んだ人体模型、ゆらゆら揺れてる螺旋階段のオブジェ、大き過ぎる剣道の防具を着た骸骨がいた。


「動く人体模型っ! えーっと無限階段? ガイコツ剣道もっ!! 7不思議が4つもいるじゃんっ?! 写真撮っていい? 撮るよ? 撮ってるよ?」


小倉拓磨はスマホで困惑する学校の7不思議怪異4体を激写しだした。


「君、3年2組の小倉拓磨君だね?」


「そうだけど? 何で知ってるの?」


「我々はこの学校の怪異・・オバケだから、この学校の子供達の事は大体知っているんだ」


「ふうん? ・・よし。残りの7不思議はトイレの花子さんと、紫の鏡と裏校舎か。あ、ひょっとして今いるのが裏校舎? やっぱ何かおかしいと思ったぁ」


理科室の写真を撮りだす小倉拓磨。


「拓磨君、悪いが我々に協力してくれないか? 今、この学校は悪いオバケに襲われていてね。この裏校舎を乗っ取られたら、君達が通う表の校舎も大変なことになる」


「さっきの蜘蛛?」


と、校舎全体がズゥウウン、と揺れた。


「アレはオバケの手下だよ。本体はもっと手強い。今、花子さんが体育館で戦っているが、厳しい状況だ」


「トイレの花子さんがオバケと戦ってるの?! すげぇーっ」


シンプルな反応に苦笑する学校の怪談の怪異達。


「我々は噂話から産まれるオバケだから、花子さんに限らず我々はオバケと戦えるオバケだった、と噂話を少し書き変えたんだ」


「そんなことできんだ? だったら、『悪いオバケは学校に来なかった』って書き変えたらいいんじゃない?」


怪談の怪異達は顔を見合わせた。


「大胆なアイディアだが、噂話の書き換えはあくまでもその場しのぎのことで、相手に拒否されると効かない。向こうの方が我々より強いからね」


「じゃあダメじゃん? 俺、子供だよ? 協力って何するの? 皆で逃げたら?」


「我々はこの学校のオバケだから。それにね、我々は『噂話』のオバケでもある。噂をする人間が仲間になってくれると強くなれるんだ」


「ふーん、・・わかった。俺、仲間になる」


「いいのかいっ?」


自分で持ち掛けながら戸惑う画のベートーヴェン。


「ソノ子ハドノミチ奴ニモウ臭イヲ覚エラレタ。ヤルシカナイ」


人体模型が無機質な声で画のベートーヴェンに言った。


「よし、そうと決まれば体育館の花子さんの所にゆこう。我々は交代でここで休んでいたが、そろそろ限界だろうからねっ。紫の鏡っ! 体育館へっ」


また中空に紫色の鏡が出現した。すかさず写真を撮る小倉拓磨。


「花子ヲ回収シタラ一旦引キ返ソウ。花子ナラ、イイ策ヲ出シテクレルハズダ」


「サクって何?」


「アイディアだよ、拓磨君」


「頭いいんだ、トイレの花子さん」


「我々のリーダーだからね」


小倉拓磨と4体の怪談の怪異達は、水面の様な紫の鏡を通り、体育館へと向かった。



鏡の水面を抜けて歪んだ体育館の天井近くに飛び出した。と、


「桜?」


体育館には桜吹雪が舞っていた。小倉拓磨は思わず見とれてしまったが、激しい戦いの跡のあるフロアでは死闘が繰り広げられていた。

2つの老婆の顔を持ち、左側の首元から緑色の体液を溢す巨大な蜘蛛の様な怪物と、おかっぱ頭で肩紐のある赤いキュロットを穿き半袖ブラウスにケープを羽織り、マリーナ帽子を被った小倉拓磨と同年代くらいの女の子が激しく争っている。

身体の大きさと大して変わらない、桜色のグレネードランチャーを抱えていた女の子は、落下してくる小倉拓磨にすぐ気付き、一瞬呆気に取られた。


「3年2組、小倉拓磨っ!」


「トイレの花子さんだよね?! 写真撮ってもいい?」


「何を・・くっ」


ムッとした表情をしたが、巨大蜘蛛の怪異の脚に突き刺されそうになり、グレネードを撃ちながら飛び退く花子。

蜘蛛に炸裂した榴弾は桜の花弁を撒き散らした。

花弁まみれのフロアに激突する前に、ガイコツ剣道が小倉拓磨を掴み、自身は床を砕いて着地した。


「おお~。ありがとう、ガイコツ剣道」


ガイコツ剣道は髑髏の瞳の奥を光らせただけだったが、一応返事をしたつもりらしかった。



「無限階段っ!」


画のベートーヴェンに促され、無限階段は全身から全身から鞭の様にして螺旋階段を巨大蜘蛛に放ち、全身を覆って閉じ込めた。


「やったーっ! やっつけたじゃん?!」


「閉じ込めただけ。長くもたない」


花子がつむじ風で花弁を逆巻かせながらグレネードランチャーを担いで小倉拓磨達の元に現れた。


「君、昼休みに私達の話をしていたけど、そんなことで裏校舎に入ってきたの?」


「そんなこと、って俺には大事だし。というか撮るよ?」


カシャ、と効果音を出して撮ると、花子は眉を吊り上げた。


「まぁ、とにかく一旦理科室に引き返そう。花子さんの力を回復しないと」


花子の機嫌は直らなかったが、一同は螺旋階段で包み込んだ巨大蜘蛛を置いて、紫の鏡で理科室へと引き返していった。



理科室に戻ると、動く人体模型が奥の管理室から桜色のボトル、アイスペール、グラス、バーニャフレッダ等をトレイに乗せて、丸椅子に座った花子の前のテーブルに正式なウェイターの所作で置いた。


「ありがとう。後は勝手にする」


動く人体模型はスッと花子から離れた。花子は自分でグラスに氷を入れ、ボトルから桜色の液体を注ぎ、バーニャフレッダを一口齧り、グラスを3分の2程飲み、テーブルに置き、ため息を吐いた。


「・・酷い日」


「それ、お酒? 花子さんって何歳??」


鋭く小倉拓磨を睨んで黙らせる花子。


「理由は知らないけど、君は人を寄せ付けないはずの裏校舎に入ってきた。それは既に三醜に知られてしまった」


「ミシコ?」


「さっき蜘蛛婆さんのこと。3つの首を持つ山姥の一種。首は何とか1つ潰したけど、もう手の内を見切られて厳しい」


「ヤマンバ?」


「昔話とかであるでしょ? 小っちゃい子じゃないんだから何でも何何? て聞かないで、小倉拓磨っ!」


「んだよぉっ」


知っている7不思議怪談のトイレの花子と随分違う様子に困惑する小倉拓磨。小倉拓磨はそれなりに小っちゃい子、ではある。


「ともかく、どうする花子さん? 無限階段の縛りもそう長くは持たないぞ?」


画のベートーヴェンに問われ、桜色の液体を飲み干す花子。


「画のベートーヴェンは三醜の手下達の対処をして」


「わかった」


「ガイコツ剣道は私が援護するから後先考えずに突進して、力を使い切ったら無限階段と交代して」


ガイコツ剣道は返事の代わりに髑髏の瞳の奥を光らせた。


「無限階段はもう随分力を使っているから、交代するまで休んでいて」


無限階段は螺旋の身体を折り曲げて頷く様な仕草をした。


「裏校舎は壊された部分を修復してとにかく三醜達をここから出さないで」


ズズッ、と校舎が揺れ、それが返事らしかった。


「紫の鏡はなるべく散らばった三醜の手下達を体育館に集めない様にして。雑魚は後で何とでもなる」


花子の近くの中空に砕けた鏡の欠片が集まり、『OK』と形を作った。


「動く人体模型は・・」


花子は小倉拓磨を見た。


「ん?」


「・・小倉拓磨に憑依して、この子を『模型人間』にして」


「ええーっ?!」


「ワカッタ」


「わかったぁっ??!」


動く人体模型は半透明になり、引き伸ばされる様にして慌てる小倉拓磨の身体の中に入っていった。


「あばばばっ?!」


小倉拓磨は身体がゴムの様にあちこち伸び 、曲がり、縮み、激しく震えると、小倉拓磨の衣服を着た子供の人体模型の様な姿になった。

なったそばから内臓や身体のあちこちのパーツが外れ、バラバラになって床に転がってしまった。


「うわぁああーーっ?! バラバラだぁっ!! 死んだぁっ!!!」


痛みは特に無かったが、バラバラなまま、床でジタバタする小倉拓磨。


「死んでない。身体が生肉の人体模型になっただけ。コントロールできるから早く元に戻って。時間が無駄。無駄無駄無駄」


丸椅子から立ち上がり、片手を腰に当てて冷たく見下ろす花子。


「ええっ? どうやんの?? あ、こんな感じか?」


小倉拓磨はおっかなびっくりにバラバラになった身体を宙に浮かせて元に戻した。戻したといっても身体の半分の皮や肉は無く、内臓や筋肉が丸出しだったが。


「その身体なら半分はこの世の者ではないし、バラバラにできるから、そう簡単に死なない」


花子はそう言ってから、近くに立て掛けていた。桜色のロケットランチャーを操り浮かせて、指を鳴らした。

するとらロケットランチャーは無数の桜の花弁に変わり、花子はそれをさらに操って2つの花弁の渦に変え、その渦をいずれも桜色の1つは散弾銃に、もう1つを釣竿に変えた。


「君は釣りが好きな子供だったね」


花子は自分は散弾銃を手に取りながら、釣竿を操って、模型人間になった小倉拓磨に渡した。


「俺、釣竿で戦うの?」


「引っ掻けて吊り上げる力が強く出るから。遠くからそれで三醜を邪魔してくれたらそれでいい。君が見て、応援してくれるだけで、噂から産まれた私達は強くなれるから」


「うーん? よくわかんないけど、やってみるよ」


小倉拓磨は試しに理科室のロッカーを吊り上げに掛かってみると、針は素早く正確にロッカーを捉え、軽々と持ち上げひっくり返した。


「凄っ」


花子の釣竿のパワーに模型人間の小倉拓磨は驚くばかりだった。



紫の鏡を通り、模型人間の小倉拓磨、花子、画のベートーヴェン、ガイコツ剣道は再び裏校舎の歪んだ体育館に来た。

花吹雪は止み、床に積もっていた。かなり破壊されていたはずの体育館は多少は修復されているようだった。

三醜を覆っていた螺旋階段は無数の三醜の手下達によって齧られボロボロになっており、花子達の出現に反応し、内側から膨張し、遂には螺旋階段を砕いて三醜が姿を現した。


「妬ましいっ! 妬ましいっ!! 妬ましいっ!!!」


「男ぉっ! 男を連れてこぉおおいっ!!!」


喚き散らす三醜の残った2つの首。


「手筈通りでっ!」


花子は桜の花弁を撒き散らしながら散弾を連射し飛び退き、ガイコツ剣道は骨でできた竹刀を振りかぶって三醜の脚に突進し、画のベートーヴェンは踏ん張って音波を出して散らばった三醜の手下の蜘蛛達を吹き飛ばしに掛かった。


「えーと・・??」


1人取り残された模型人間の小倉拓磨は釣竿を抱えて狼狽してしまった。


「小倉拓磨っ! 動いてっ」


「ああっ、はいはいっ」


取り敢えず、手近な三醜の手下を吊り上げようとしたが、さっきより勢いを増して桜の花弁を纏った釣り針のパワーが強過ぎて、引っ掻けた手下を真っ二つに引き裂いてしまった。


「うわっ?! ごめんなさいっ」


「雑魚は画のベートーヴェンに任せてっ! 三醜をっ! さっきそう言ったよ?!」


「わ、わかったよっ。キーキー言うなよっ!」


「なーにぃっ?!」


「花子さん集中してっ!」


注意する画のベートーヴェン。


「わたしが怒られてるっ!」


散弾を撃ちつつ、ムクれる花子。ガイコツ剣道は三醜の脚を何本か破壊して、その巨体に駆け上がろうとしていた。

模型人間の小倉拓磨は画のベートーヴェンが捌き切れなかった三醜の手下達から逃げ回りながら、三醜本体に釣り針を投げ込む隙を伺っていた。

が、体育は得意なタイプではあったけれど、喧嘩も殆どしたことないくらいだった為に要領を得ない様子だった。


「ああ、何だコレ、ほんと・・。写真撮りに来ただけなのにっ。家で松木とコモっちゃんと対戦しとけばよかった」


松木とコモっちゃんは小倉拓磨の友達である。最近はオンライン対戦ゲーム『野獣の密林』でよく遊んでいた。因みにコモっちゃんは所謂オンライン友達で実際会ったことが無く、本当に同学年の子供かどうかも定かではなかった。


「・・アレだっ!」


逃げ回りながら、ふと視界に入った歪んだ体育館の歪んだ照明を吊るす歪んだ吊物機構を見て、模型人間になった小倉拓磨は閃いた。

小倉拓磨は釣竿を振るって、釣り針を吊物機構に引っ掛け、討ち漏らしの手下達を振り切って、一気に自分を歪んだ吊物機構の上に引っ張り上げた。


「へへーん、俺、あったまいいーっ!」


得意気な模型人間の小倉拓磨だったが、下を向いた拍子に片目がスコっと、抜け落ちてしまい、慌てて操って空っぽになった眼窩に目玉を戻した。

改めて下の戦況を見ると、画のベートーヴェンと手下達はほぼ互角、ガイコツ剣道はもう少しで三醜の首の1つに所までたどり着けそうだったが、爪や、毛の針や口から吐く毒気等を受けてかなり消耗していた。

距離を取っている花子はダメージを受けていなかったが攻めあぐねているようだった。


「俺の出番じゃん?」


吊物機構に引っ掛からない様に気を付けつつ、三醜の全身は大き過ぎて自信が無かった為、電柱の様に太い脚の間接を狙って釣り針を放つ小倉拓磨。

釣り針は吸い込まれる様に三醜の脚の1本の間接に掛かった。


「大漁じゃあーーーっ!!!」


模型人間の小倉拓磨は釣竿を引きながら、リールを巻いた。生身の子供なら到底耐えられない負荷が掛かったが、今は模型人間だった。

吊物機構を押し曲げながらリールを引くと、三醜は脚を引っ張られて姿勢を大きく崩し、その隙にガイコツ剣道が強烈な面の一撃を首の1つに打ち込み、脳天を叩き潰した。


「ギャアアアーーーーッ!!!」


残った首の1つが苦痛に絶叫する。身体が崩れかけていたガイコツ剣道は追い打ちする力は残っていなかったようで、すぐに飛び退き、紫の鏡の中へ離脱した。

入れ変わりに無限階段が飛び出し、また鞭の様に螺旋階段を放とうたしたが、三醜は突然身体の向きを変え、体育館の壁に向かって猛烈な勢いで突進しこれをブチ破った。

グンっ、と引っ張られて吊物機構から引っ張り出される模型人間の小倉拓磨。反動で剥き出しの内臓がポロポロ溢れ落ちた。


「わぁーっ?!! 拾って拾ってぇ~っ!!!」


体育館を飛び出してゆく三醜。それに引っ張られてゆく模型人間の小倉拓磨の内臓を素早く拾いながら、追う花子。画のベートーヴェンと無限階段も続いた。


「この赤江第2小学校の7不思議怪談に喧嘩を売っておいて逃げるなんて許さないっ! 紫の鏡っ、全力で足止めしてっ!!」


小倉拓磨の内臓を抱えた花子が、散弾銃を桜色の斧に変化させながら命じると、校庭を暴走する三醜の足元から大量の鏡の欠片が噴き出す氷河の様にして出現し、三醜の蜘蛛の様な脚と腹をズタズタにして動きを止めた。

急に止まった反動で三醜を追い越して前に吹っ飛ばされてゆく模型人間の小倉拓磨。拍子に釣り針も外れ、手足や首もバラバラになってしまった。


「わぁ~っ! 俺がぁ~~っ?! えっ? どーなってんのコレぇ~っ??!」


それはそれとして、追い付いた花子、画のベートーヴェン、無限階段は三醜を取り囲んだ。


「・・・痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいッ!!! 人間とぉおおっ、慣れ合ってるなぁああっ?! 妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましいっ!!!!」


「お前の苦しみは、お前がいる限り終わらないだろう」


 花子は小倉拓磨の内臓を一旦校庭を置き、花弁を纏わせながら斧を巨大化しだした。画のベートーヴェンはマイマイマ~イと発声を始め、無限階段は周囲に高速で流れてゆく螺旋階段を出現させた。


「哀れんだなぁ? 他の者を哀れめる、お前達の位置っ! 妬ましいぃいいいッ!!!」


三醜は瞬間的に石の様になり、即座に砕けて内部から大量の毒液を撒き散らした。


「っ?!」


成す術無く毒液を被る花子、画のベートーヴェン、無限階段。間近にいる紫の鏡も当然避けられず、校庭から大量に毒を吸った裏校舎も校舎全体を震わせて苦しんだ。


「はぁ~~~っ、スッキリしたぁああ」


毒と石化した自分の欠片の山から、みすぼらしい着物を着た素足の、痩せ細った老婆の姿をした三醜が立ち上がった。身体の大きさは人間と変わらなくなったが、晴々とした顔をしている。手には錆び付いた大きな鉈を持っていた。


「自分の事を善い物だと思っている者達を叩き潰して勝つのは気持ちいいなぁあああ~っ! 妬ましいか? ワシが妬ましいか? イーヒッヒヒヒヒッ!!!」


平気で毒沼と化した校庭を歩いて花子の元に向かう三醜。


「無限階段っ!」


膝を突きながら花子が叫ぶと校庭に花子と画のベートーヴェンだけは避ける螺旋階段の大渦が起こった。三醜も猿の様に飛び上がって避けてしまったが、毒沼は全て螺旋階段に吸い込まれ消えた。合わせて無限階段の姿も消えてしまった。


「画のベートーヴェンっ!」


花子が巨大斧を支えに立ち上がりながら叫んだが、紙の身体にたっぷり染みて画の中で白眼を剥いているベートーヴェンは反応しなかった。


「くっ」


「イーヒッヒヒヒヒッ!! 妬ましいか? ワシの位置が妬ましいか? イヒヒヒッ!!!」


近付き、花子がよろめきながら巨大斧で応戦しようとしたが、軽く腹を蹴っ飛ばす三醜。


吹っ飛ばされてマリーナ帽子と巨大斧を落として血反吐を吐く花子。斧は元のサイズに戻ってしまった。

三醜はゆっくり歩み寄って花子のおかっぱの髪を掴んで持ち上げた。


「ワシが替わりにこの学校の花子になる。可愛い可愛い花子だぞぉ? 厠で一杯童子達を食べようねぇ? イヒヒヒッ! 妬ましいか? 花子の座を盗られてぇえっ、妬ましいかぁあああーーーッ!!!! イッヒヒヒヒヒッ!!!」


三醜は錆びた鉈を振り上げた。その時、ガッ。花弁を纏った釣り針が錆びた鉈を引っ掻けて三醜から奪い去った。

模型人間の小倉拓磨は奪った錆びた鉈が飛んできて慌てて躱した。


「危なっ!」


そのままフラフラする模型人間の小倉拓磨。内臓がほぼ空っぽになっていた。


「ダメだ。力が入らない。内臓が、無いぞう・・なんちゃって」


「童子ぃいッ! 巫山戯け・・」


ドシュッ。三醜の腹部に柄の部分が崩れかけたガイコツ剣道の頭部になっている骨の竹刀が突き刺さり、三醜は堪らず花子のおかっぱ頭を放した。


「げぇえええッ?! ワシが花子だぞぉッ?!! お前ぇえええッ!!!」


花子は裏校舎の校庭膝を突いたまま、斧を操って柄を掴み花弁を纏わせ巨大化させ始めた。


「ちょっ、待っ、痛タタタッ!」


フラフラしながらも、対応しようとした三醜の口の端に釣り針を引っ掻けて引っ張る模型人間の小倉拓磨は叫んだ。


「赤江小舐めんなっ!」


花子を立ち上がり、花弁を纏った巨大斧で三醜の胸部から頭部を両断した。


「・・わたしが花子」


「ガァアアアアァァーーーッッ!!!!」


絶叫し、砕け散り、ガイコツ剣道の骨竹刀だけ残し、三醜は消滅した。


「やったぁっ! 花子ぉっ! わぁフラフラするぅ~っ。俺の内臓どこぉ?」


千鳥足の様になりながら花子に駆け寄る模型人間の小倉拓磨。


「無限階段が持って行っちゃったけど、後で戻るから。手下達の気配も無くなったから、ちょっと・・私達を、理科室に運んで」


巨大斧も釣竿も花弁に変わって形が無くなり、花子は気を失ってしまった。


「おーいっ?! 花子ぉっ」


模型人間の小倉拓磨は咄嗟に受け止めたが、内臓が無く、踏ん張りが利かず、危うく揃ってひっくり返るところだった。



模型人間の小倉拓磨は花子を背負い、後ろ手にひび割れて沈黙しているガイコツ剣道の骨竹刀を持ち、毒気は抜けていたが白眼を剥いたままの画のベートーヴェンを丸めて脇に抱え、1歩1歩、よろめきながら裏校舎の廊下を歩いていた。

途中、灰の様な状態で崩れた三醜の手下達の死骸をいくつも見た。

ヨロヨロ歩きながら、模型人間の小倉拓磨は独り言を話していた。花子の体温は冷たかったが、意外と心臓の鼓動は有り、桜の花や葉、樹の香りがした。


「学校の門の所でさ、助けて、て声がしたんだけど、あれ、花子の声だよね? 体育館で1人で戦ってた時、怖かったのか? まぁおんなじ子供に見えるし。というか、お前、どっかで会ったことない? 学校のオバケだからどこかには居たんだろうけどさ、気のせいかなぁ。・・うげぇっ、階段かよ。おーい、裏校舎ぁ、エスカレーターにしてくれよぉ」


ひび割れとがれきだらけの階段に差し掛かり、呼び掛けてみたが、ひび割れはすぐに直り、瓦礫は壁に吸い込まれる様にしてなくなったが、階段は階段のままだった。


「ちょっとだけサービスしてくれる感じ。世の中甘くないなぁ」


ボヤいて、諦めて1歩1歩、階段を昇る模型人間の小倉拓磨。


「そう言えばさ、去年? 一昨年だっけ? ま、いいや。ケイロウカイ? みたいのでさ、老人ホームに行ってさ、赤江小の昔の校長先生だった人がさ、その人もその人の親から聞いたらしいけど、戦争の時、ウチの学校の門の所の桜の樹の所でさ、女の子が飛行機の銃で・・」


「話長い。寝てられない」


花子が起きていた。


「あ、ごめん」


「・・色んな花子がいる。気を付けな」


「う、ん?」


花子は欠伸をして、また眠ってしまった。



翌年の春、4年生になった小倉拓磨は赤江第2小学校に登校してきた。

あの夜以降、不思議なことは何も起こらなかった。スマホの写真は何も撮れておらず、身体も元通りだったから、数ヶ月もすると本当にただの夢だったんじゃないかと思えていた。

小倉拓磨は校門の近くに植えられた満開の桜の樹の根元にひっそり置かれた碑銘も何も無い小さな石碑に手を合わせた。

ふと、顔を上げると樹の幹の1本に半透明の花子が座っていた。


「あっ」


花子はニッと笑って小倉拓磨にアカンベーをした。途端、風が吹いて桜吹雪になり、視界が遮られた。

もう一度、目を開けると花子の姿はどこにも無く、この後小倉拓磨は卒業するまで花子を見ることは無かった。

但し、小倉拓磨が三年生だった時に好きだった女の子がトイレでオバケを見た、とノイローゼになって隣の学区に転校してしまったことがあり、小倉拓磨なりに熟慮した結果、卒業するまでは誰も好きにならないことにした。

三醜は嫉妬、劣情、餓えの怪異でした。王道少年漫画展開は書いてても楽しいですよねっ!

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