伊吹弥空6
半月程経過した頃、ようやく少しだけ慣れた気がしてきて、組織の予定が無い日には普段通りの生活に戻りつつあった。時間配分や精神面でも余裕ができてきた気がする。それと、私は既に3回、犯罪に関する調査を行なっていて、実績みたいなのもあるから、もう十分チカラの証明はできたと思う。ミソラにしろイブキさんにしろ、私が誰彼構わず口付けしないといけない状況に何も感じないのだろうか。次回がちょうど最初の面談日なので、その時にいろいろ聞いてみようと思った。
面談当日は休日の午後開始で、いつもと同じ建物に向かうのかと思ったらマノさんの車は古式ゆかしき旅館の様な家に辿り着いた。玄関前でマノさんと別れ、お手伝いさん風の女性に案内された部屋で待つこと数分、イブキさんがやって来て、机をはさみ向かい側に座る。私は姿勢を正してぺこりと一礼した。
「わざわざ家まで来てもらって、すまないね。楽にして構わないよ」
相変わらず笑顔を向けて、空気が重くなり過ぎないよう、気をつけてくれているようだ。
「ミソラは今は家に居ないが、まあ夜までには帰って来るから」
どうやら私とミソラの関係が上手くいって、さっさと進展する事を望んでいるらしい。それならば、私の言い分は聞いて然るべきだと思った。
「それで、先ずは一緒に仕事をしている仲間についてだが、接し難い相手はいないかね。それ以外にも、何か問題があれば。もちろん貴女自身のことでなくても、誰か仲間同士で気になる事があればだね」
一応形式的な質問ではあるが、人間関係はそこそこ重要視されているようだ。確かに仲間同士で反りが合わずに任務失敗なんて笑い話しにもならないとは思う。ちょうどいいのでミソラについて聞いてみることにした。
「あの、ミソラが最近…ちょっと前からかな…元気が無いみたいですけど」
イブキさんは私が「特に無い」と答えると思っていたようだが、思いがけず自分の息子を気にしていた事にちょっとだけ嬉しそうな顔になる。
「おお…あの子の事か。イヤ…そうだな。本人から聞いた方がいいとは思うが、別件で連絡がつかなくなった仲間がいてね。その子の安否を心配してるんだ」
でも変な関係では無いと、何に対する弁明なのか分からない事を言う。私の調査の時にいた2人とは別の人間らしい。「それは…お気の毒に」と言うと、ミソラには気にしないよう言っておいてほしいと頼まれた。つまり本人とその話しをして慰めろという事なのだろう。他は特に気になる事はないと言うと、とりあえずその話しは終わった。
「ウム、それでは、訓練の方は如何だろうか。だいぶ大変そうだと報告を受けているから、物足りないという事は無いと思うが。もう少し簡単にした方がいい様だったら…折角だしミソラと2人で特訓でもするかね?」
少し悪戯そうな笑顔で、何を考えてるのか、よく分からない冗談を言われたので「とんでもない」と断っておいた。とりあえず甘やかしてもらう訳にはいかないという感じの理由を述べておく。本当はミソラのグイグイ来る感じが少し苦手、というのが大きい。
次は任務に関して聞かれた。といっても、私が任務遂行するにあたって何か差し障る事があるか、という内容である。
「差し障り、と言うか…。思ったんですけど、もう3回くらい調査して、全部きちんと目的を達成してます。だから、私のチカラについてはもう疑う要素は無いと思うんですけど」
「ああ」と言いながらイブキさんはポンと膝を叩いた。
「我々も正直驚いてるよ。最初の1回を入れれば4回だね。大丈夫、まぁ心理分析みたいな事をしているにしろ、本当に思考が読めるにしろ、結果が伴うならもう誰も何も言わない。これからもその調子で頼むよ」
「イヤイヤ…私、したくもない口付けさせられてるんですけど。できればその…任務の内容とか見直せませんか?…というか、そもそもミソラもイブキさんも…私がそんな事させられてる状況に何も思わないですか?」
私は苛立たしく感じつつも、できるだけ声を荒げないように抗議した。イブキさんの回答はと言うと「そんなの挨拶みたいなモノだと思えばよい」である。
"挨拶"なんて言われるとは思わなかった。そもそもこの国にそんな風習は無い。うら若い乙女に見知らぬ男と口付けしろというのはとんでもない話しだと思う。つい苛立ちも露わに「本当にそんな風に割り切れますか?」と聞くと「では他にできる事はあるのかね」と返された。しかも深々と溜息も吐かれる。
「確かにヒスイさんの能力は買っているが、今任されている事以外にその能力を活かせる場面は思い付かないな。かと言って、今更貴女を野放しにもできないし、守るだけなんて費用とそこに割くための人材、それに貴女の折角の特技の無駄遣いではないかね?」
確かに言わんとする事は分かるが、探せば他にもあるのではという気もしなくはない。一瞬、他のチカラも明かしたくなったが、余計に向こうの良いように利用されるだけだろうと、どうにか踏み止まった。チカラ無しでは、喧嘩は愚か、運動能力も大した実力は持たないし、代わりに機転や発想力、高い知識が有るという事も無い私である。なんとなく悲しみが込み上げてきた。叱る時はちゃんと真顔なので、かなり怖い。
「まあ、今任せている仕事は比較的安全なんだよ。捕縛済みの相手しかいないし、何と言っても敵地での任務は無いからね。それに、貴女はその能力を活かせる場を求めてこの組織に所属する決意をしたのだと私は思っている」
話しながら少し表情を緩めたが、また真顔に戻ってじっとこちらを見つめてくる。私は怖さで目を逸らせなかった。
「だからもう一度言うがね。この組織だけに留まらない、自分の役割を社会で持ち、活かそうと思うなら必ずだ。嫌な事も、我慢しなければならない」
貫禄が在り過ぎで無駄に説得力を感じて、何も反論できなくなってしまった。空気も凄く重たい感じがする。暫く何も言葉が出なくて、重たい空気のまま無言の時間が続いた。私は悪い事をした様な気がして「すみません」とひと言ポツリと呟いた。
イブキさんは、張り詰めた空気を破る様に、1つ息を吐いて、もう1度表情を緩める。今度は真顔には戻らずに、悲しそうな笑顔になった。
「つい説教みたいな事をしてしまったね。怖がらせようとか嫌な気持ちにさせるつもりでは無かったんだが…仲間同士協力し合う上では大事なコトなんだ」
そう言ってこちらの理解を求めるように視線を向けてくる。私はそんな言葉を真面目に受け止められるほど純真でもない。よくある言い訳の仕方だとしか思えないが、とりあえずの笑顔を見せて、異論や反抗的な態度はしなかった。まあこの人は勘も働くようなので、私の見え透いたその場凌ぎなんかお見通しだろう。何かもうひと言くらい念を押してくるかと思ったが、特に何も言われることは無く、その話は終了したようだった。
その時を待ち構えていたのか、お手伝いさんが御茶菓子を持って来てくれる。少し空気が軽くなったので、他には気になることがないかの確認を最後に行ない、面談は一通り終了したようだ。ミソラを待つ間、イブキさんから学校について聞かれた。組織の仕事や訓練が勉強や交友関係に影響が出ていないか、という事だったが、影響が出る程勉強熱心でも無いし、友人もいない。「特には」の一言で終わるが、そうなると話題が途切れてしまうので、少し考える風にして、時間を稼いだ。
「ウーン…う…たぶん…特には。と言っても、私の主観ですけど」
どうにも言葉が出てこず、結局大した時間稼ぎもできなくて、申し訳ないような気持ちになった。イブキさんはそうか、と言ってニコニコと笑顔を向けてくる。その後はミソラが来るまで、イブキさんの御茶菓子についての説明を食べながら聞いた。
ミソラが来る頃には日が暮れていて、挨拶もそこそこに、まともな会話をする暇も無く夕飯を一緒に食べる事になった。私は帰る機会を逸したようである。ミソラも最初、私が来るとは聞いていたものの、自分を待つとは知らなかったようで、父親をつついて何やらもにょもにょ話していた。
食後はミソラが部屋に案内してくれて、入浴も勧めてくれる。何故かお手伝いさんが着替えを出してきて、気になったので聞いてみると、一族全体が組織の人間である関係上、よくある訳では無いが急な来客や宿泊が発生するらしい。その為、衣類は大きさを問わず大体揃えているとの事である。
入浴後はイブキさんから聞いた、連絡のつかないミソラの知り合いについて話しをする事にした。イブキさんがいる場ではミソラも話し難かろうと気を使って、食事中は聞けないでいたという事もある。
「あのさ…最近、あんまり元気無さそうだったから、さっきイブキさんに聞いたんだけど…。連絡がつかなくなった仲間がいて…心配してるって」
え、と少し驚いた様にミソラは私を見た。彼等親子は私が鈍感な人間だとでも思っているのだろうか。
「ゴメン。顔に出さない様にしてたつもりなんだけどな…」
ミソラは申し訳無さそうに笑顔を作ってみせる。憂いを帯びた悲し気な表情だった。
「その人ね…ボクと、この前会ったボクくらいの歳の仲間2人の先輩なんだ。と言っても、兄弟弟子みたいな意味だよ。…キミが父に聞いてるから、知られて良いものと思って教えるけど。その人凄く才能があって、"将来の幹部候補!"なんて言われてたんだ。文武両道でね。
だから、ボク等と違ってもう結構重要度の高い任務も任されてた。だからかな、連絡がつかなくなったらしいって聞いてさ、まさかそんな事って…信じられなくて。それにボクは関わってない任務だから、細かい事までは聞けなかったし。…キミの事、紹介したかったな…」
そう言って、しょんぼりしている。本当は私に聞いて欲しくて、慰めてくれるのを待っていたのだろうなと思った。私は軽く息を吐いて、ミソラの横に移動して身体を寄せた。待ってましたと言わんばかりに、ミソラは頭をコツンと軽くぶつけてくる。ミソラの方へ顔を向けると、物欲し気な表情で両手を私の身体へ回し、顔を近づけてきた。
彼女の名前はオリヴィアと言い、ミソラが知る範囲だと紛争地帯にて情勢等を調査していたらしい。わざわざ記憶を見せてくれる気になったのに申し訳ないが、イブキさんに聞いた際に既に何処で何をしていてどうなったかは調べてある。その情報を元に、現在の居場所も彼女の状態も確認済みだった。彼女は仲間と共にアドゥレスカなるどこぞのテロ組織に襲われ、捕縛されたようだ。そして、度重なる拷問に耐え切れず、既に正常な精神状態では無くなっていた。
仮に助けたとしても、最早組織での活躍なんて望めなさそうである。可哀想だが、彼女は亡くなったものと思わせておく方が良さそうだ。まあそもそもそんな話を持ち出したら、明かしていないチカラについて指摘されるだけだと思うので、そういった意味でもこの話をする訳にはいかなかった。
朝にはお手伝いさんが私の服を一式洗濯してくれていて、それに着替えて彼等の家を出た。慰めてくれる優しい人に恵まれて、上機嫌なミソラが迎えに来たマノさんの車に同乗してくる。ギリギリまで一緒にいたいということらしい。また家に来てとか、時々何処かお茶したいとか、車の中で頻りと誘いを受けた。会えない仲間がいる事もある意味、彼の気持ちに拍車を掛けているのかもしれない。
その後はやはり面談前とほぼ変わりなく、厳しい訓練と犯罪者の心を読む作業の繰り返しだった。最早口付け云々を気にするのも諦め、イブキさんに言われた通り、挨拶みたいなものだと自分に言い聞かせている。それについては、焦ってミソラ達の気を引く為に変な条件にしてしまった自分の失策だとも言える。ただ、ミソラは私を心配することが増えたようだが。とにかく今後は迂闊な判断でチカラを明かさない様に気を付けようと心に決めた。
それから1週間程経過した頃にはもう大分慣れてきたものの、まだ訓練をすると翌日から全身筋肉痛になり、辛い日もあった。流石に学校登校日前の訓練についてはキツイと相談してみたら、軽めにしてもらえたようだ。訓練内容が少し簡単なものに変えられていた。日数については、減らしてはもらえなかったようである。とはいえ今日は訓練日では無く、犯罪者の調査をする任務で来た。精神的な苦行の日だ。
いつも通り、準備の為に更衣室へ向かっていると、途中でミソラに会った。
「やあ、なんだか疲れてるね。もし本当に辛いなら、話せる範囲でいいから相談してね。ボクから皆に言うってコトもできるし、そういうのも大事だから。父は…厳しい人だし、この前キミがウチに来た時も少し揉めたらしいって聞いたけど、でもキミを潰そうと思ってる訳じゃない。キミのコト組織にって言い出したのも父で、能力も買ってて…凄く期待してるだけなんだよ」
成る程、銀行強盗の件で私について追加調査をと指示したのはイブキさんなのかと、そういう事は気にした事がなかったのでちょっと意外だった。ミソラの気持ちもありがたく受け取っておく。我慢できない時は1、2回くらいなら休めそうな気がする。
「ありがとう。どうしても駄目な時には…そうだな、例えば相談したら何回か任務とか訓練とか、飛ばしてくれるのかな?…そう思えるなら、まだ頑張れるかもね」
フッとミソラが笑った。案外平気そうだと思ったのかもしれない。チカラが使えるようになってから、沢山の人の思考を見てきたので、悪意に慣れていないと言えば嘘になる。かといって気分の良いものでは決してあり得ない。
「わかった。上手く伝えておくよ。でも父のことだから"そういう切り札を作るなら、安易には使わないように"なんて言いそうだな。使い期は考えて…慎重にね」
そう話した後ミソラと別れ、私は更衣室へ入った。彼が何故決定事項のように振る舞っていたのか不思議である。準備を済ませた後、犯罪者の調査を行ない今回も恙無く任務をこなして更衣室へ戻った。今回は凶器の隠し場所を探すというだけだったので、ちょっと楽な作業だった。今、私は基本的に国内の犯罪者調査のみなので、その殆どが警察のお手伝いである。今後の戦闘訓練の評価次第ではあるが、将来的に国外の調査にも派遣される予定らしい。
私が更衣室から出ると、イブキさんが待っていた。何用かと思いつつ、とりあえず挨拶を交わす。
「ミソラから聞いたよ。確かに…あまり良い顔をしていないね」
そう言いながら、イブキさんは私の顔を覗き込んだ。
「つい自分達の尺度で見てしまってたようだ。貴女にとっては…今まで関わることの無かった調査や訓練ばかりで、心身共に大変疲れるのは当然だね」
すまなかった、と素直に謝って頭を下げられてしまった。言い訳くらいはされるかと思っていたが、今回はしないようだ。
「一応、ミソラから貴女が辛そうなら休ませてほしいと言われている。私はその提案を受け入れようと思う。…但し、貴女が任務を休めば代わりの人材や、別日での調整が必要になる。だから、何日も休ませる事はできないし、場合によっては直ぐには休めない事もある。気が向かないとか、やりたかった事じゃないとか、安易な理由で休むことの無いように」
大体予想通りと言えば、予想通りの発言内容である。甘やかしたりしないぞと、釘を刺しておきたいという事だろう。ミソラが言っていた言葉も思い出した。特に問題はないと思ったので、「ありがとうございます」とお辞儀を返した。
それで話しは終わりかなと思ったが、イブキさんは私からまだ目を逸らさず「それと」と言って付け加える。
「…それと、もう1つ聞きたいのだが、貴女は死人や物の記憶は覗くことは可能かね?」
「いえ、基本的には…生きてる人の記憶や考えしか見ることはできませんけど」
質問に答えながら、ふとイブキさんの思考を読んだ時の事を思い出した。彼は私のチカラが本当ならば、何もせずに思考を読めるのではという疑いを持っている。銀行強盗3人を私1人でなんとかしてしまった事が、彼にそういう疑念を抱かせていた。この質問も半分は私がどこまでの事ができるのかを調査する目的である。私の使う人の考えや記憶を見るチカラは人の思考に干渉するというモノで、所謂過去視や未来視とは違うし、そういった能力は持ち合わせていない。
イブキさんは少し残念そうに「そうか」と言った。理由を聞くべきかと悩んでいたら、少し躊躇いがちにイブキさんは言葉を続ける。
「それなら…貴女の通う学校に、センナギタキオと言う少年がいると思うが、彼について何か知っているかね?」
追及してくるかと思ったら、聞いてきたのは残りの目的の方だった。確か、ちょっと前に家族が悲惨な事件に巻き込まれて亡くなり、本人も行方不明になったという噂を聞いた気がする。その子自身とは、直接の面識は無い。何処かで見かけた事はあるが体格も普通の男の子で、噂じゃ遊ぶ金がある様な余裕も無いらしく友人らしい友人は善悪問わずいなかったと思う。彼については大して知っている事も無いので、そんな回答を返した。
イブキさんは、あまり他言しないようにと言いつつ、その少年の一件について概要は教えてくれた。
少年と母親が住むアパートの部屋から異臭がするとの通報があり、そこで母親と男性の遺体が見つかったらしい。男性は頭を手洗いの扉にとても強い力で叩きつけられたと思われる状態で、母親は鋭利な何かで首を傷つけられていた。捜査では、母親はパート先で知り合った別の男性を通じて、その男性を含めた複数人と知り合い風俗のような事をして小遣い稼ぎをしていたそうだ。家からは通帳や現金が無くなっていて、凶器も少年も見つかっておらず、犯人の目星も付いていないとのことだった。亡くなった男性は少年よりも体格が良いので殺傷は簡単にはできないため、少年は怪しいが、犯人とは断定できないという状況である。
つまり捜査が行き詰まって、私ならもしやと思って来たようだ。でも残念なことに、肝心の少年は既にこの国には居ないようである。まさか彼以外の関係者全て調べろと言うのか、と思ったが、そういうことは言われなかった。私も既に国内に居ないとは助言できないので、とりあえず「見つかったら…必要な時には」と言っておいた。安易に何でも協力しますなんて失言するほど私は乗せられやすい人間でもないし、イブキさんだって、組織としてもっと重要視してる事件は沢山あるのだ。そういう意味ではこの案件の関係者全員を私が聴取して回るより、目撃者の1人でも探す方が確実だと思う。特に、既に何処にいるか分からない人間がもし犯人なのであれば、私にできる事は殆ど無い。
イブキさんもそう考えたのだろう、それ以上その事件については触れずに、私は簡単に挨拶をして別れ、家路に着いた。
その日の夜、何故か訓練の予定が幾らか変更になるとイブキさんから連絡が入った。理由が分かったのは実際の訓練日で、現場に行くとミソラがいて「やあ」とにこやかに挨拶をしてくる。
「今まで通りの訓練もあるけど、慣れるまでは少し減らして、代わりにボクと特訓しようね。あ…こう見えて、手加減もできるし、結構人に教えるの好きなんだよ」
「…ありがと。でも…私の為にミソラの貴重な時間を使うって申し訳ないよ」
ミソラはちょっとこちらを見つめ、ゆっくりとかぶりを振って「大丈夫」と答えた。
「恥ずかしいハナシ、ボクの実力じゃまだ役に立てる任務は大して無いんだ」
恥ずかし気にそう言ってから、少し羨ましそうにこちらを見る。
「キミは特異だから…確実な解を出せる能力があるし、必要とされる場面も沢山あるよね。…まあでもこの特訓は凄い大事で、ボクにとっても凄く意義のある任務なんだよ。ヒトを教えるって難しいし、キミが活躍できる場を増やす事もできるから」
甚だしい程、前向きに笑顔を見せるミソラを少し眩しく感じつつも、やろうと思えば喧嘩も殺しもできてしまう申し訳なさで心が痛む。それに私の読心術はその人の思考に基づくので、確実なものばかりではないという事を彼は理解できていないようだ。
私はミソラを立てて、抵抗を止め特訓を受ける事にした。2人でどのくらいの運動から始めるか相談しながら、無理のない短期目標を作り、易しめな訓練にする。それでもいつもの訓練が厳しいので、最初はストレッチだけで終わる事も多かった。