アドゥレスカ2
その日はちょうど両親のたまの休日にあたる日で、私の方は昼頃から訓練の予定だったため友達と遊びに行くと伝えていた。朝は家族揃ってゆっくりできるかと思っていたが、起きてくると両親が何やら他所行きの服装をしている。
「ごめんね。今日親戚の叔母さんが近くに来るらしくて、なんか会うことになっちゃって…。お昼からお友達と遊びに行くんだよね?とりあえず、お父さんとお母さんは叔母さんに会ってくるけど…なるべく遅くならないようにはするから」
そう言って忙しそうに準備をしている。私は「うん」と返事して、ぼんやりと2人を眺めた。両親は私と朝食を済ませると、テキパキと片付け、準備した昼食について簡単に説明する。携帯電話を出して何やら親戚と連絡をして、今日は土産も買って来るからと取って付けたような楽しみを提供して出かけて行った。
その日の訓練が終わって帰った後、夜になっても両親が帰って来ず、なんとなく違和感を覚えていたら組織から連絡が入って、両親に付けていた監視員が殺害されたと告げられた。どうやら親戚も、両親も、アドゥレスカというテロ組織に捕まっているようだった。彼等は先に親戚を捕らえて両親を呼び出し、両親を捕らえる際に2人に付いていた監視員を始末したらしい。私に連絡を入れてきたのはマノさんで「本当に申し訳ない」と謝られた。イブキさんも対応に追われて直接連絡できないとの事で、併せて「こちらの不手際で申し訳ない」との言伝をマノさんから聞かされる。
例のテロ組織は私を捕縛し言う事を聞かせるため、行動を起こしたようだ。当然だが、私は囚われのお姫様なんて役回りになる気は毛頭ない。コチラの組織では、そもそも何故私が狙われる事態になったのかすら分からず、大童の状態である。実際に動き出すまでに時間がかかりそうだった。
そんな組織の状態をもどかしい気持ちで見ていたら、ミソラがオリヴィアから電話で呼び出されているのに気が付く。夜だからなのか、イブキさんがミソラに説明する時間を作れなかったのか、ミソラは私の家の事やオリヴィアについて未だ知らないようだ。彼は家を出る時、自分の部屋の机上に「大事な話あるらしい、オリヴィアと会ってくる」と書き置きをして出かけて行った。家でそういう決まりにでもしているのか、相手によらずもしもの対策だけはするという事なのだろう。
次第に私は見ているだけという状況が焦ったくなり、いても立ってもいられず、家の外に出た。少し離れた位置で、敵が私の動向を見張っている。私に付いていた護衛は既にいなかった。それでも彼等は末期の叫びで、組織に私の周囲に敵が来ている事も伝えたようだ。
一瞬迷った後、私は自転車に飛び乗って駆け出す。他人が見ている、という状況である。この後で、組織にいい様に利用されたくなくて、チカラを無闇に使わず温存しようという考えが心の何処かにあった。
ミソラが待ち合わせ場所に着くと、そこには視認できるだけでもオリヴィア以外に数人居るようである。その内2人は椅子に縛りつけられていて、それが私の両親だった。他の親戚は居らず、別の場所に捕らえられているようである。
両親のそばに立っている男の1人がドリルの様な機械を父の口に押し込んでミソラを見た。
私はミソラ達のいる建物に着くと、自転車から転げる様に降りて、一直線に彼の所へ向かう。正直息も上がっていて、走っていると言えるかも分からない速度で走っていた。
見張りの男達がこちらを見ながら「考えを読むだけでこんな所まで嗅ぎ付けられるモノなのか」と呟いている。どうやら条件については聞かされていないらしい。ただ、さっき私が使ったのは読心術の方ではなく、言うなれば透視みたいなモノである。
息も絶え絶えに目的の建物に駆け込むと、そこに両親はおらず、ミソラが後ろ手に縛られた状態で横たわり、そばにいる男の1人に銃口を向けられていた。
「…!どうして来たんだよ!他のみんなは!?」
ミソラは、私が1人で乗り込んで来た事に酷く動揺した顔で叫ぶ。
「は、早く逃げて!1人でこんな所来るなんて…!」
ミソラは必死の形相でこちらを見ていた。そばにいる男のもう1人が嬉し気に、私を小バカにするように、含み笑いを浮かべる。
「本当だよ。まさかこんなに楽な仕事になるとはね…」
そう言うや否や、片手をヒラリと挙げた。
私がされた事を理解した瞬間、ミソラは私を見つめたまま、もたげていた頭をゴトリと地面に付けた。辺りに硝煙の臭いが立ち込めて、耳鳴りが聞こえる。
私はフラフラとした足取りで、ミソラの近くまで歩いて、少し手前で足が縺れてへたり込んでしまった。男達がそれを制する事はなく、ミソラの瞳ももう私の動きを追うことは無かった。
別の部屋では、私の父親が身体中ボロボロの状態で、母親は泣き腫らしてグシャグシャの顔で、額にトドメを食らっている。そこより少し離れた壁には親戚一同張り付けられて、そばに立っている数名の男達のマシンガンから硝煙が上がっていた。合図は直ぐに他の仲間にも伝わっていたようだ。
自分の浅慮に涙すら出ない。男達は私に何かを言ったが、耳鳴りで音が聞き取れなかった。裏切り者は奥の方で、仕事は終わったとばかりに半笑いで携帯を弄っている。
せめて自転車なんて使わずに飛んで行けば良かった。もっと早くこの場所に辿り着いたし、私のチカラを見せる事で、人質がすぐ始末されることも無かったと思う。
これから自分がすべき事は考えるまでも無かった。というか、頭がうまく働いてくれなくて、他には考えつかないし考える気にもならなかった。
私はまともに動いてくれない手をどうにか伸ばして、ミソラの目蓋を下ろした。
――おしまい