アドゥレスカ1
潜伏先のテロ組織に捕らえられていたオリヴィアと言う仲間が現地政府軍にて保護され、自国に帰還したと言う報せを受け、ミソラは喜び私に是非会わせたいと言っていた。とは言ってもまだ病院に入院した状態で、彼女は意識も朦朧としておりあまり会話ができない状況らしい。
私の方も予定があり、ちょうど学校が長期休暇に入ったところなので、親戚の集まりがあって親と一緒に挨拶へ行っていた。
親戚との仲は大して良くもなく、よくある親戚付き合いの形というか、上辺だけの関係でこの時期は集まるものだからそうするとかその程度のものである。今回、私が銀行強盗の一件で話題になった所為でか、周りの態度が少し感じ悪かった。
彼等は私と親戚だからという理由で、記者などから発言を求められたり、それを見た友人知人から仲良くもない親戚についていろいろ聞かれたり皮肉を言われたりと、そんな事があったようだ。親戚から銀行強盗の一件はさも過去の事だと言わんばかりに、あれから人助けのような事をしていないという様な発言をされる度、苦笑いで両親は対応している。私は2人に迷惑がかかるのも嫌なので、何か言われても「はあ」とか「そうですか」という相槌くらいしか答えなかった。今イブキさん達から引き受けている仕事は両親すら知らないので、そこに関連する事を間違えて口走る事が無いように気を付けていたという事もある。しかしそんな嫌味を言う場なら、集まらなければいいのにと思うのに、なんだかんだ土産を持ち寄って宴会を始める不思議な人達だなと思う。大して犯罪者調査の仕事ときつい訓練から解放される休息にはなりそうもなかった。
親戚の家から戻ると、長期休暇専用の特別編成の訓練が待っていた。週の内、予定が無いのは2日で、それ以外は訓練や仕事が朝または昼から夕方まで組み込まれている。ミソラと一緒に私を調査していた女の子が家まで迎えに来るか、外で彼女やミソラとマノさんと待ち合わせて本部だか支部だかに行った。休み前からちょくちょく出かける様になったのを両親は気付いていたようだが、女の子が迎えに来る様になった事で、友達ができたと思ったようだ。両親はどちらも仕事で朝早くから夜遅くまで帰って来ないので、たまの休日に彼女と遭遇する程度だから殆ど毎日の様に彼女と出掛けている事には気付かず疑問にも感じていないのだろうと思う。
ミソラとその女の子はよく、救出されたというオリヴィアという仲間の話をした。彼女は最近、ようやく少しずつ意識がハッキリして会話ができる様になってきたらしい。最近では仕事への復帰にも意欲的だという。
「まだ直ぐは無理だろうけど、じきに回復して仕事に戻ってくるよ。オリヴィアはホントに頼れる先輩なんだよ。キミも同性にしか話せない悩みなんかだったら、きっと凄くチカラになってくれると思うから」
ミソラは嬉々としてそんな話をしてきて、頻りと私に合わせたがった。前にイブキさんから話を聞いた事で、彼等は気兼ねする事なくオリヴィアの話を私の前でできる様になったわけだが、そのせいでミソラの中で私と彼女を引き合わせるという状況を想像する様になったのかもしれない。私は「そう」と曖昧な返事をして無理矢理笑顔を作るしかなかった。
オリヴィアは、テロ組織の拷問の末、寝返っている。そして、ここ最近になって私の事を調べているようである。
最初はミソラ達にどう言おうかと考えていたが、能力にわざと条件を作っているという事と、オリヴィア自体が元々周囲から信頼が厚かった関係で、なんとなく言い出せないでいた。自分が思い付く手段の中で、1番有効なのはやはり、発言力のある大人の力を借りる事なのだろう。私は半ば不安に苛まれながら、イブキさんとの面談日を待った。
面談日には、イブキさんはいつも通りの流れで話を進めていた。仕事の事、訓練の事で困った状況を見聞きしていないか、ミソラとの関係は順調かといった内容である。一通りの確認事項を話し終えた後、他に気になる事はあるのか聞かれたので、オリヴィアについて話す事にした。
「あの…この前赴任先の国の反政府組織に捕まってたオリヴィアという方についてなんですけど。その、凄く怖い目に遭ってたらしいと聞いたので…捕まってた期間の調査なら私が適任なのではと…。嫌な思い出を口に出さないで済みますし」
おずおずとそう切り出すと、イブキさんは少し表情を綻ばせて頷きを返してきた。
「ああ、私も同感だよ。…実は、既にオリヴィアに貴女の事を話している。最初は、別の者に聞き取りをとも思ったが、なんと言うか…思い出すのも本当は辛そうだと思ったからね」
そう言って、少し私から視線を逸らし、遠くを見る様に目を細める。
「ただ…貴女の実績については話せないし、オリヴィアは結局当時の出来事を思い出す事にはなるからね。他の者に聞き取りをさせるよりも負担は軽いと説明したが、まだどうにも気持ちが付いて行かないらしい。あの子には…カラクリは未だ判然としないが、貴女が読心術の様な事ができると伝えたんだ」
1つ溜め息を漏らしてから、視線を私の方へ戻した。
「まあ、そうは言ってもオリヴィアは復帰にも意欲的だからね、遠からず貴女にはあの子の調査をしてもらう事になると思っているよ」
そう言って、イブキさんは再度少し口角を上げて見せた。私はオリヴィアの回復を心配しているのではない。どうやら彼女はイブキさんからもそれなりの信頼を得ている様なので、キッカケを作って疑心を植え付ける事にした。
「…私はオリヴィアさんについて、よく知りません。だからこんな言い方は失礼になるかも知れないですけど…私の実績を知らずとも、私が所属するこの組織については信頼性があるはずですよね。私の感覚では反政府組織って野放しにするのは危険って認識なんですけど…彼女だって素人じゃないでしょうから、その…上手く言えませんが、気持ちが付いて行かないから今は無理なんて言い訳…おかしくないですか?」
「フム」と言ってイブキさんは私をじっと見つめる。真顔で見つめるその眼は、なんとなく自分の隠している心理を見透かされている様で不安に駆られるが、実際のところイブキさんは私がオリヴィアの裏切りの可能性を指摘した事に対して意外に感じ、またその可能性の検討を始めたようだ。彼に対する疑心の植え付けは成功したようであるが、同時にオリヴィアだけでなく私についても心を読む条件への疑念が少し強まってしまった。上手いこと指摘したと思ったのだが、どうやら最初は心配する体で切り出したのに意見を変えたのが拙かったようだ。私の持ち得るチカラの中でもこの、感情を植え付ける能力は難しく、今回は余分に働いてしまったらしい。
オリヴィアの方は、イブキさんやその他の仲間達から私が組織に所属していることを知り、更に私に他人の思考を読むチカラがある事を知ると、それまでは私に接触しようとしていたのに、一転して避けるようになった。イブキさんからの打診にも相変わらず否を返しているようである。
ミソラや彼女を信頼する者達は、何も知らずに彼女の復帰を心待ちにしている。
数週間彼女が私を拒否し続けたおかげでと言うべきなのか、イブキさんのオリヴィアに対する疑心は少しずつ深まり、組織の上層部でもその可能性を検討し彼女への尋問及び調査の実施を提案する事にしたようだ。
私はとりあえず少し安心できた。あまり私が1人で頑張ってもできる事は少ないので、そういう働きかけはイブキさんにお任せすることにした。