千薙木瀧雄4
夜半過ぎになる頃、外で人の声が聞こえて様子を見に行くと、十数人の武装した者達が死体を見て何か話している。その者達の中にギテンがいるのを見つけ、センナギはゆっくりと彼等の元へ出て行った。
ギテンがセンナギに気付くと、武器を構える仲間達を制して困惑も混じった様な引きつった笑顔を向けてきた。そして彼は一定の距離を保ったまま、状況の説明を求めてくる。センナギは見れば分かるだろうにと、周囲に転がる死体を見ながら話した。
「もっと良い条件で雇ってくれるんだろ。働き次第って話だったからな、とりあえず可能な限り始末した。専門は哨戒だとか食材調達じゃあなくて殺しだし。まぁ生き残りはいるかも知れないけど、潜伏先の何処だかには来ないんじゃないか」
それだけ話すと、ギテン達は顔を見合わせながら武器を下げた。センナギはギテン達を促して頭領達と思われる死体群のある部屋と、地下牢に元々居るか押し込めた生存者達の元へそれぞれ案内する。道案内の途中、無言が嫌だったのか、ギテンがセンナギと別れた後からここに来るまでの出来事を説明された。彼はセンナギと別れた後、革命軍の本部に戻り、可能な限り人員を招集して、襲撃先の人々を避難させる者達と、それまで賊達を足止めする者達に組み分けて急ぎ出発して来たらしい。そしてこちらに夜半過ぎに到着し、状況確認しようと2、3人程哨戒に向かわせたところ、そこら中死体だらけでどう見ても様子がおかしいという事で一部見張りは残してそれ以外の全員で見に行ったらセンナギが出て来た、という状況だったそうだ。
「君は…恐ろしい奴なんだね…」
センナギはギテンにそう言われた。案内をした後、彼等は死体の片付けや生存者の敵味方選り分け、それとおそらく避難誘導に向かった仲間への連絡もしたようである。とにかく彼等は慌ただしく作業をしていて、センナギは何をしたら良いのかも分からずぼんやりとその様を眺めていた。時々ギテンがやって来て、食糧庫など他の部屋について聞いてくることはあった。
2日後の昼過ぎ、ようやくギテンに連れられて彼等の本部らしき場所に行き、そこで雇用条件の話をする。
「敵対してたとはいえ、まさか手土産に賊団を壊滅させるなんてね。君は本当に恐ろしい男だよ。自分を飼ってた…なんて言ったら失礼かな?雇い主だったんだろ?」
「そうだな。ペットと違って俺は雇い主に情は移さない」
お金の話をする前の軽い冗句のつもりかと思って何気なく答えたら、ギテンは少しぎこちない笑顔をしていた。それを見たセンナギは、ギテンは慎重な男で、少し緊張しているのかもしれないと考える。
「そっか、本当に失礼したね。…とにかく、ウチは資金繰りが良いわけではないから限界はあるけど、出来るだけ君の希望に沿うよう努力するよ」
そう言って、それからギテンは革命軍の仲間を1人紹介した。報酬に関しては彼との相談が必要らしい。ギテンは現地語と思われる言葉で何やら話し、その後センナギに向かって「君の事は一応説明済みだよ」と言う。
「…別に、衣食住の費用を差し引いても少し貯金できるくらいの報酬が貰えればありがたい。後は…時々でいいんで、通訳でも頼めると助かるけど。こっちに来て話が通じない事も結構困ったから」
そう答えると、ギテンは驚いた様に「無欲だな」と言った。どうしようかと少し考える風な素振りを見せた後、「わかった」と何かを理解した様にポンと両手を合わせる。
「ここでの生活に必要な準備を手伝うよ。住居に関しては、君の今の手持ちの問題もあるし、ウチもそこまで資金に余裕がある訳では無いから、暫くは此処に1部屋準備するからそこを使ってもらえるとありがたいな。食堂もあるし。あと、ちゃんと預金できる所も紹介するよ」
そう言ってギテンは仲間に何事かを話し、それからセンナギはギテンに付いて本部内を案内してもらうことになった。
センナギがギテンの後ろを付いて歩いていると、「ギテン!」と叫びながら少年が駆け寄って来る。最初はギテンの子どもかと思ったが、顔立ちや肌の色等から少なくとも実子ではなさそうだった。彼は肌の色と対照的な髪色をしており、その頭髪の毛先は何色か明るい色で染めてある。見たところ、とても大事にされていそうな出で立ちをしていた。
少年はギテンに飛びつくと、嬉しそうに語りかける。ギテンも何かを答え、少し会話した後、センナギの方に手を出して紹介しているのか少年に何かを話した。ふんふんと聞いていた少年は途中から少し悲しそうな表情になって離れて行った。放って置いていいのかとギテンを見ていたら、少し困ったような顔をして「失礼したね」と言ってくる。そこまで気にする必要はないらしく、新しい仲間に本部内を案内していると説明しただけだという。気を取り直して、という感じでギテンは本部内の案内を続けた。
その日の夜にはセンナギが寝泊まりする部屋の準備が終わり、荷物を持って行ってみると、小部屋という言葉から脱しない広さではあったものの、1人部屋を割り当ててくれたようである。ギテンが食堂と言っていた場所も、どう見ても食堂という感じの場所だった。
センナギはギテンに案内されて食堂を見に行ったが、案の定何が食べられるのか全くわからなかった。ギテンは手早く説明して、すぐに食堂を出ようとしていたのでその時は不思議に思ったが、後でどういう事かを何となく理解した。他にも数人、本部に泊まり込みの傭兵がいるらしい。だが彼等は1人1部屋という訳では無いようで、それなのに個室を割り当てられた新参者のセンナギは快く思われないようだ。
先の賊討伐にしても、センナギが戦うところを彼等は誰も見ていないので、実際に戦闘に参加して能力を見せるまでは、他の傭兵達だけでなく、革命軍兵士にも本当に実力があるのかを懐疑的に思っている者がいた。ギテンは彼を誘った手前、半信半疑ではあるものの実力が無くては自分の立場に影響があるようで、初陣では気もそぞろでヤキモキしていたらしい。
「君の実力が本物で良かった。まあそんなにもの凄い報酬を求めてはいなかったから、強くは言われなかったけど、それでもどれほど使えるかも分からない子どもを傭兵として雇うなんてって言われてはいたからね。フフ…私も含めみんな度肝を抜いたけど、賊徒を始末できた事も納得したし、あんな…尋常じゃない力を使うんだ。ウチの大将から直々に打診があって、報酬はもっと上乗せするってさ」
嬉しそうにそう言いながらセンナギの肩に手を添えて、契約の話とそれまでの、ギテンが置かれていた状況を説明された。一通りの話を聞いた後、センナギは部屋に戻り、携帯電話を取り出して画面を眺めていた。石をかざして河原に佇む、彼にとっての哀れな少女を見ながら、自分の状況について考える。
今の周りの反応は、銀行強盗の件の直後と似ていると思った。センナギにとっての自分と少女との違いは、革命軍の雇われでいちおう彼等の味方である事と、自分には彼女と違って他人が容易に抗えない能力を有する事である。貰う報酬に見合わないと思うような事はもう絶対にやりたくなかった。それをやったら、彼女と同じになる気がした。暫くしてセンナギは画面から目を離し、就寝準備をして部屋を暗くした。