千薙木瀧雄3
ある日、センナギが獣を獲りに森へ入っていたら、突然声を掛けられた。その日は前日に次の襲撃が近々決行されそうな事を知ったので、その前に少し食料が欲しいと思って見回りがてら近くの森で獲物を捕まえ、戻ろうとしていたところである。
「こんな所に子どもがいるなんて、珍しいね。どう見てもこの辺の子じゃないみたいだし」
声を掛けて来た方を向くと、1人男が立っている。まさかこんな所で自国の言葉を使う人間に会ったのにも驚いたが、彼の顔立ちもセンナギのいた国のものと近かった。
「…コトバ、違ったかな?」
センナギが何も言わずに突っ立って見つめているからか、少し不安そうな表情になる。
「いや、言葉が通じるヤツが居て驚いただけ」
センナギは男を見つめたまま、返事をした。男は安心したように、笑顔に戻る。と言っても、彼には男が作り笑顔をしている様にしか見えなかった。
「君は…この近くの賊団に…使われてるのかな?」
男は話しながらセンナギの手元で逃げようともがく獣に目をやる。発言内容から察するに、男はセンナギのいる賊団の敵で、どうやら食材の調達でもさせられる下っ端か何かだと思われたらしい。センナギは少し警戒を強めた。
「そうだな。傭兵やってる。コレは自分の食事」
「傭兵…」と少し驚いたように、男は少年へ疑いの目を向けてくる。
「へぇ、賊徒が君のような子どもを雇うなんて意外だな。こちらの想定してる連中なんだったら、狙われたらもう逃げるしかないくらい強力な集団だって噂だし、人材不足とは思えないんだけど…。ちなみに幾ら貰ってるの?」
そう言いながら男は周囲に目線を走らせる。仲間が近くにいるか、警戒しているようだ。センナギは獣を逃がさない様に持ち直し、いつも貰っている金額を見せた。それを見た男はフッと引きつった様な笑顔になる。
「酷いな。少額で雇われてるだろうとは思ったけど、近くの貧民街にいる子どもでももっと貰うと思うよ。相当舐められてるか、本当に使えないか…まぁ、使えない奴を雇うっていうのは殆ど無いか」
憐むような態度に若干苛立ちを感じつつ、センナギは「言葉が通じないから」と言い、半ば無意識に携帯電話を取り出していた。電源を入れようとしたら、電池切れで画面は真っ黒のままである。
「あら、電池切れかな。…そうだ、これで充電するといいよ。その間、こちらの相談を聞いてくれるならね」
男はそう言って、充電器を差し出した。センナギが無言で受け取ると、肯定の意と受け取ったらしく男は話を続ける。センナギは両手が塞がって充電できないので、仕方なく手元の獣の足を折って逃げられないようにした。
「我々は…いや、私はこの国の革命軍の人間なんだ。それで、仲間が身を寄せている集落に、近々この辺りを根城にしてる賊団が襲撃を仕掛けてくるようだと情報があった。もし君が身を寄せてるのがその賊なら、協力してくれないかと思って」
男は答えを待つように言葉を区切って、センナギを見つめた。彼の中で回答は既に決まっていたが、傭兵として生きることも念頭に置く必要があった。
「…条件による」
とりあえずそれだけ答えると、なるほど、と男は言う。何処かで木の葉が擦れる音がした。
「確かに、君は傭兵だもんね。報酬や待遇は気になるか…。まぁそうだな、今の姿を見ての判断だけどね。狩りや哨戒任務が得意だと仮定したとしても、確実に今よりは報酬が上がるね。この後の働き次第では、大人の傭兵くらいの報酬は期待できるかもよ。
待遇だってそうだ。わざわざ狩りをしなければならない程に収入がない状態ではないし、私は君とこうやって会話ができる。つまり、分からないことを聞くことも、交渉することもできるね。あと街での買い物もいろんな意味でしやすくなるんじゃないかな。他にもまぁ利点はあるはずだよ」
そこまで話してから、でも、と1度言葉を切った後、少し睨む様な表情でセンナギに視線を這わせて話を続ける。
「もし君が我々との話し合いで納得できないなら…少なくともこちらは君を帰せないから実力行使になるけど。君はその、腰に下げてる小刀で私を殺すのかな?」
男はじっとセンナギを見つめたまま、何か言うのを待つ。彼が小刀を下げているのは単純な理由で、人前に出る時に自分が丸腰では無いと見せるためだけだった。それにここでこの男を殺しても、特別な褒賞が出ることもなく、大した意味や価値は無い。センナギは男の敵意に動揺するでもなく、携帯電話を握る手のその指先で少し撫でる。見たところ、男は武器を持っていなさそうだったので、近くに仲間が潜んでいるのかもしれないと考えた。必要があるかは分からなかったが、とりあえず男が気にしているみたいなので、小刀を腰から引き抜いて男の足下に放り投げる。投げられた方は最初驚いた様に少し後退り、それから小刀を拾い上げつつこちらを見て表情を和らげた。
「良かった。コレは良い返事ってことだよね」
男は小刀を軽く眺めてから、センナギに柄を向け差し出す。小刀を受け取ると、彼は自らをギテンと名乗り、襲撃する時期を聞いてきた。
「たぶんだけど、2、3日以内には出発すると思う。どっか攻めるっぽい感じになるとだいたいその日か翌日に酒盛りして、その次の昼から夕方には出発してるから。まぁ…アイツ等の言葉全く分からないから、具体的な事は知らないけどな」
センナギは最初、言葉が分からないせいで当日になって初めて襲撃しに行くと理解する事が多かったが、最近では大体それっぽい伝言をしてくる人間が決まっている事と周囲の者達の様子で分かる様になっていた。ギテンは「そうか」と少し思案顔をして、それから「今夜にでも動かないとまずいな…」と独り言の様にブツブツ呟いている。
「…ありがとう、助かるよ。とりあえず私は急いで戻ってから戦準備を整えて、すぐに賊の根城に向かうよ。だから今夜か、遅くとも明日の明朝から昼までの間には着く。日が上った後の場合だと、様子を見て動くから、君も上手いこと動いてくれ。…味方に殺されない様にね」
まだ警戒しているのか、あまり具体的な事は話して来なかったが、とりあえず彼等がセンナギを仲間だと分かるようにと付け方のよく分からない飾り物を渡された。あまり長居するのも良くないので、簡単に挨拶をして戻ろうとしたら、去り際にギテンがふと思い出した様に「ああそうだ」と声を掛けてくる。
「君の所さ、噂じゃとんでもなく恐ろしい奴がいるらしいね。命乞いなんか全く聞いてもらえず、対面すれば必ず死が待っている…なんて話もあるけど。…ソイツについてはわかる?」
センナギは少し考えてみたが、そもそも言葉が分からず誰がどういう事をしているか不明なので「たぶん幹部とか頭領とかじゃないか」と答えた。彼等が泣き叫ぶ人々を笑いながら斬りつけているのを見掛けたことがある。ギテンは「ウーン」と少し悩ましげに首を傾げ、「まぁそんなところか」と呟いた。彼は引き留めて悪かったと詫びを入れ、それじゃあと別れた。
センナギが戻った時には、男達はまだ装備の確認をしており、宴の準備は始まっていないようだった。今日は獣の処理を依頼できそうだな、とぼんやり考える。いつも預けている男達の元へ獣を持っていくと、来たな、とでも言うように陽気に何かを語りかけてきた。
センナギは男達に獣を渡して、彼等が背を向けた時、ヒュッと片手を霧でも払う様に横へ振るう。男達の背が裂け、彼等はうつ伏せに倒れ込み、それからこちらを見て何かを叫んだ。偶然生き残っても面倒なので、1人ずつとどめを刺す。その後、センナギは建物を出て、周囲の見張りを始末して回る。直ぐに騒ぎになり、賊達の一部が荷物を持って逃げようとしていたので、彼等も始末した。生かしておいてもその内復讐しに来るだろうと思ったので、そういう芽は摘んでおくに越したことはないというのが彼の見解である。だいたい、言葉も通じないので、彼等が死に際に何か叫んでも悪口なのかおだてているのかも判別できない。
建物から出て来る者がいなくなった事を確認すると、外が見えて直ぐに出られる場所から建物内に入る。少し遠くで小さい声が聞こえたのでそこへ向かうと、隠れている男達が数人、武器を構えて襲ってきた。センナギは驚いた様に彼等を見つめながら、腕をブンと振って薙ぎ払う。男達は壁に打ち付けられ、蹲って呻きながら咳き込んでいたので、まとめてとどめを刺した。外を見ると案の定、物音を聞いて逃げ出した者達がいたので、彼等を追いかけて見つけ次第始末して回る。どういう理由で解放されていたのか、中には女子どもや賊なのか分からない者達もいたのでとりあえず、先ずは縛り上げておき、地下牢に立ち寄る余裕が出てきたときに、そこに放り込んでいく。そんな作業を繰り返していくと、次第に皆諦めたのか、あまり抵抗はしてこなくなった。
頭領を探してあちこちの部屋を回っていたら、奥の部屋で幹部連中と一緒に待ち伏せされていた。部屋に入った途端、1番後方に立っている男が何事か怒鳴って、それを合図に他の者達が一斉に銃弾を浴びせてくる。センナギはその様子から、恐らく1番後ろの男が頭領だろうと考えたが、念の為にその場にいる全員顔を判別できない状態にならない様に気を付けながら、銃弾を弾き返す。返った弾は彼等の顔を避けるように飛んで行くが、速さが足りないのか、それらは身体に刺さるか刺さらずにぶつかって落ちるかしていく。センナギはしかめ面で舌打ちをして、衣服の裾を口元にあて、それぞれの生死を確認した。
残党がいないか一通り見て回った後、食糧庫から自分が食べられそうな物を適当につまんだ。少しぼんやりとしながら携帯電話を取り出し、画面を眺める。結局自分もコイツみたいに良いように利用されていたのだな、と心の中で独り呟いた。