千薙木瀧雄2
彼は行き着いた国で、偶然出会った賊集団に傭兵として雇われていた。彼はセンナギと名乗り、傭兵である事、金を払えば人殺しする事だけ予め調べておいた共通語で伝えた。それ以外の言葉はほぼ、年相応かそれ以下の知識しか無い。現地の言葉となると、ほぼ何を言っているかわからなかった。
初めはとても懐疑的な顔をされ、初陣の村落襲撃の際には賊の1人から背中を押され、よく分からず走り出したら誰も並走せず、1人で先陣を切らされたのである。その後は能力を認められたようで、よく1人で攻略の難しい場所を任されたが、殆どの人間が現地語しか話せないようだったので、大して彼等とは仲良くなかった。センナギは戦勝祝いの宴の様子を遠巻きに見ながら、彼等が手に入れた食材から分け与えられた物の中で、自分が食べる気になれる物を齧っていた。殆どの場合、襲撃の翌日くらいに報酬をくれたが、露店の店主と交渉が必要なのか、物を買えるだけの金額では無いようである。言葉の壁はやはり大きいのだろう。かといって、彼等は自分を守る手段を持っているらしく、賊達が流れの露店を襲う事は滅多にしないようである。
センナギはそんな事を考えた翌日から、襲撃の無い日には近くの山や森で動物を獲った。捕まえた獣を適当に焼いていると、少し遠くで見ていた賊仲間数人の内1人がやって来て何やらわからない言葉をベラベラ喋る。
「何言ってるかわからねーよ」
センナギがその男を睨んで叫ぶと、その言葉をどう理解したのか、男はまるで分かっていないとでも言いたげに仲間の方を見て肩をすくめる。そして、焼かれた獣の一部を勝手に切り取って差し出してきた。食べてみろという事なのだろう。奪い取るようにして受け取った肉を齧ったら、生臭くて酷いエグみがあり不味かった。どうにも飲み込めず吐き出すと、その様子を見ていた男達にゲラゲラと笑われる。
残った獣を見つめて、どうしようかと思案していたら男が何やら喋りながら、獣を刻んでそれをセンナギに押し付けて獲って来た森の方を指差す。まさか森にでも埋めてこいと言っているのかと思ったら、そういう意味では無いらしく、片手で肉をヒラヒラさせながらもう片方の手で何かの生き物のような手振りをし、鳴き真似の様な声を出して説明をしてくる。彼には男のする事がほぼ分からなかったが、とりあえず再度獣を捕まえてこいという事なのだろうと思った。
そのままもう1度森に入り、獣を獲って来る。その時になんとなく気が付いたが、獲物を殺した時に、それを狙って他の肉食獣が寄って来るようである。センナギにとっては大した脅威では無かったので、全て殺して纏めて持って戻ると、男達に呆れ顔をされた。彼等はセンナギから獣の死骸を受け取ると何処かへ行ってしまい、どうする気かと思っていたら、翌日一部が調理されて返ってくる。
「ちょっと待て。コレ明らかに少ねーだろ。わかりませんとは言わせねぇぞ!」
センナギが怒鳴りながら渡された物を指差すと、どうやら伝わったようで「ああ」と得心したような反応が返ってきた。そして何事かを喋り、ついて来いとでも言っているかのように手招きしてくる。男達について行くと、奥の小汚い小さな厨房に肉が干されていた。それらを指差し何か喋ったので、きっとそれがセンナギの獲った獣なのだろうと思う。更に別の場所に連れて行かれ、そこには調理しかけだったり、全く手付かずの状態で腐りかけだったりしている獣の残骸があった。どうやら使える肉と使えない肉があったということらしい。しかも何故か今度は腐りかけの肉を幾つか押し付けてきた。その時も理由は分からなかったが、次に獣を獲りに行った際に理解した。
センナギが昼頃に近くの森で獣を探す時に、腐りかけの肉は適当に捨ててきたら、狙った獣を殺した時に襲ってくる肉食獣が少なくなったのである。また、敵襲を受けた時には森に捨てた死骸の元へも獣が群がっていて、それを見たセンナギは、腐肉や人肉を食べる獣に嫌悪感を抱いたので獲物は選ぶことにした。彼には殆ど敵味方の区別がつかない為、その敵襲の際にはあまり仕事をしなかったせいか、賊の頭領か幹部か分からない奴によく分からない言葉をベラベラと捲し立てられ、その時はいつもより報酬が減らされたらしい事も思い出した。
獣の持ち込みをしているうちに、偶然死んでいない状態の獣を持って行ったら何故か嬉し気に何事か喋ってきて、ようやく彼等の意図を少し理解した。どうやら生け捕りが1番良いらしい。センナギはそれから生け捕りをするようにしたが、持って行った獣のが生きていようがいまいが、返ってくる肉の量は大して変わらなかった。恐らく手数料の様な意味合いで半分以上取られているようだ。それに襲撃を仕掛ける直前や直後は士気高揚の目的なのか宴になるので、獣は持って行っても酒宴の肴になるか調理されないかで、どちらにしろ戻って来ない。自力では獣の処理の仕方も言葉も分からないのと、無駄な労力にしかならないと思ったのとで、特に抗議はしなかった。