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第7章

 昨晩は康大とハイアサースとザルマがベッドで寝た。

 今更同じ部屋にハイアサースがいても全く気にならない。

 そもそも馬車に乗っていた時はずっと一緒にいたのだ。


 圭阿は例によって周囲の偵察に出かけ、コルセリアはそれに対抗するかのように、頼んでもいないのに部屋の外で寝ずの番をしていた。

 強すぎる善意は康大にとって少し居心地が悪かったが、ここまでの馬車旅と精神的な疲れもあったため、気づけば瞼は閉じ、ミーレの姿を見ることなく朝になっていた……。



 例によって自分が最後に目覚めたようで、室内には誰もいない。

 康太は大きく背伸びし、木戸を開ける。

 仲間たちが気を使ってくれたのか、室内は戸を開けるまで完全な闇の中だった。


 窓から外を見ると、ハイアサースが体操を、ザルマがコルセリアとともに剣の鍛錬をしていた。

 一応国賓だけあって、それぐらいの自由は許されているらしい。


「おーい」

 康太は窓から声をかける。

 ザルマとコルセリアはすぐに気づいたが、ハイアサースは体操に集中していたのか一向に振り向く気配がなかった。


(婚約者としてこれはさすがに寂しい……)

 康太は朝から少し虚しくなった。


「遅いぞ。もう日はすっかり上っている」

「・・・・・・・」

 コルセリアも同じことを思ったのだろうが、面と向かっては何も言わなかった。

 本当に立場を重視しているのだなと、康大は苦笑する。


 康太はザルマの嫌味に答えず、そのまま下に降りる。

 すると、3人は康大を待ってはおらず、誰かと話しているところだった。


「あれは……」

 確か昨日会ったリアンという少女だ。

 早速役目を果たしに来たのだろう。

 そう思いながら近づいてみると。


「貴方たちと一緒じゃないと、朝ごはん食べられないみたいっす。だから一緒来てほしいっす」


 身もふたもないことを言われた。

 うんうんと心情を理解しているハイアサースを除いた、全員が呆れている。


「えっと……。じゃあそういうことなら」

 康太が仕方なくそう答えると、リアンは満足したような顔をして歩き出す。


 結局戻ってことなかった圭阿を除いて、リアンが招いた朝食の場所は王城の中であった。

 リアンが言うには来賓に出せるような食事は、現状王城以外では作れないらしい。

 ちなみにリアンは普段街の安いパンばかり食べているので、非常に楽しみだそうだ。


 康太が食堂に入ると、すでにテーブルに料理は用意され、スープはかなり冷めていた。

 内容は冷めたスープにパンと肉、あとは野草のおひたしのようなものだ。周りが洋食の中、康大にはそこだけ浮いている気がした。


 リアンは誰よりも先に席に着くと、何も言わずに食事を始める。

 しかも座った席はテーブルの中央で、おそらくそこは康大が座るはずだった場所だ。


「……そうだな」

 康太は、リアンに続いて食事を始めようとしたハイアサース止め、しばらくリアンの様子をうかがう

ように言った。

 朝食に毒が入っていないかどうか、確認するためだ。例え康太にとって無意味でも、仲間達にはしっかりと毒は効く。つまり安全のため、リアンに毒見の役目をさせたのだ。

 康太もその点の()()()()は、もう完全につくようになっていた。感傷的なだけの人道主義など、このセカイでも、あちらのセカイでも糞の役にも立たない。

 そしてリアンが半分以上食べ、何もないことを確認した後、改めて康太達は朝食を開始した……。 



「ところでリアンは普段どんなことをしているんだ? その恰好からシスターには見えないが」

 食欲旺盛なことに共感を覚えたのか、なにとはなしにハイアサースはリアンにそんなことを聞いた。

 他の人間たちは手は止めないものの、話には耳をそばだてる。

 食事中の他愛ない話題としてはちょうどいい。


「あー、自分は歴史の勉強してるっす」

「歴史か。女がそういうことをするのは珍しいな」

「そうっすね。それでグラウネシアの山々を駆けずり回ってたら、偶然大司教様と会って、それ以来の付き合いっす」

「研究室にこもってるタイプじゃなくて、フィールドワーカーか……」

 だからそんなにボロボロなんだなと、康大は納得する。


「ところでえーと、コウタ子爵様たちは大司教様に会って何するんすか?」

「う、うん、まあ、それはその、なんだ……」

 ハイアサースが言葉に詰まる。

 それでも即答しないあたり以前よりは成長したなと、康大は感心した。


「悪いが部外者である貴殿に、お話しすることはできません」

 ハイアサースの代わりに、コルセリアがきっぱりと断る。

 こういう場面では彼女は頼りになった。

 リアンは「そうっスか」と残念そうに言ったきり、それ以上この件について聞かなかった。やはりスパイとしての職務をそこまで熱心に勤める気はないらしい。

 その代わりに、別の話題を振る。


「でも最近大変なんすよね。なにせ例の異邦人がいろんなところで好き放題強力な魔法使うから、遺跡に被害が出たりしてるっす。いい迷惑っすよ」

「異邦人……」

 康太は国境付近での出来事を思い出す。

 ゾンビにさせられ、怪力を得た程度の自分と違い、その異邦人は強力な魔法を使うことができた。このセカイの文化水準を考えると、近代的な兵器を使った可能性は低い。


(というか、冷静に考えるとミーレの話と矛盾するな)

 あのOLは、異世界転送の際、チートスキルを付与することはあり得ないと言った。

 けれど現にそういう力を持つ異邦人がこの国に存在している。

 圭阿のように全く違う日本から転送させられた人間だったとしても、そんな圧倒的な力を持つ人間を転送させるものだろうか。康大にはそれがセカイのバランスを崩し、女神のルールに反するように思えた。

 可及的速やかに確認しなければならない。

 康太はすぐに行動に移した。


「……ちょっとゆっくりしたいから部屋に戻る」

 康太は仲間たちの返事も聞かずに席を立つ。

 彼らは怪訝そうな顔をしたが、止めたりはしなかった。

 ただ、康大が残した朝食は欠食女性2人によって完全に処理され、康大が帰っても食べるものはもはや存在しなかった……。



「おや、康太殿」

「戻ってたのか」

 部屋に入ると、そこには普段と変わらぬ圭阿がいた。


「(何か得るものはあったか?)」

 康太は圭阿に耳打ちする。

 今はハイアサースがいないので、盗聴に気を使う必要があった。


「(何も。さすがに仮想敵国の真っただ中にいては、こちらも好き勝手には動けんでござる)」

 圭阿は康大同様耳打ちでそう答える。

 康太は「そうだろうな」と淡々と言い、とり立てて落胆もしなかった。最初から期待もしていない。


「ところで他の方々は?」

 ここから先は聞かれても問題のない内容だと判断したのか、圭阿は耳打ちせずに話す。


「ああ、みんな王城の食堂だ。早く行かないと何もなくなるぞ」

「左様でござるか」

「そうだ、山菜のおひたしがあったんだが、それは俺の国のものとほとんど同じ味だったぞ」

「……残念ながら山菜のおひたしぐらいは、拙者の国にもあります」

 そう答え、とぼとぼと圭阿は部屋を出ていく。

 あえて康大を残していくあたり、自分が1人戻ってきた事情を察したようだ。


 ミーレとの会話は、寝る直前ならいいが、日中に人がいるところでするとどうも気が散ってしまう。

 何より気恥ずかしい。

 あのポンコツ女神と会話をすると、自分もそれが伝染してしまう気がするのだ。

 少なくとも婚約者(ハイアサース)にはその姿は見せなくなかった。


 康太ベッドにゆっくりと腰かけ目を瞑る。

 そして瞼の向こうに、女神の姿を探した。



《・・・・・》

 ミーレはちょうどいつもの女神姿でパソコンらしき……どころかパソコンそのものに、何やらデータを入力していた。あの女神にプログラムや、計算ができるようには見えない。

 ……そう思って康大が観察していたら、そもそもデータ入力ですらなかった。


「就業時間にネットショッピングとはいい身分だな……」

《おおっと人の子よ!? 別にサボっているわけではありません、これはリサーチ、そうリサーチなのです》

「はいはい」

 本筋には関係のない話なので康太は適当に流す。


「そんなことよりお前に聞きたいことがある」

《ちょうど良いタイミングです人の子よ。いい加減上司の監視の目が厳しくなってきたところですから》

「お前は本当に……」

 康太はため息を吐きながら話を続けた。


「お前最初に会った時、チートスキルは取得できないって言ったよな。でも明らかにそれ持ってる奴がこのセカイにいるぞ。嘘じゃないことは見てたお前にもわかるだろ」

《・・・・・・》

 ミーレは何も言わなかった。

 しかし顔ごと視線を逸らすという不審な態度をとったことから、何かを隠していることは明らかだ。

 もちろんそれを無視するほど、康大は優しくもミーレに借りがあるわけでもない。


「おら、とっとと吐けやごくつぶし女神」

《うう、分かったわよ、言うわよ……》

 観念したのかミーレは口調を崩し、諦めとともに言葉を紡ぎだす。


《アンタに以前できないといったのは間違いじゃないわ。ただ正確じゃなかった》

「じゃあ正確に言うと?」

《"アタシには"できないって意味よ》

「・・・・・・」

 ミーレの返答はまるでイタズラが見つかった悪ガキのようであった。

 逆に康太は自分がスパルタ教師になったような気がした。

 当然康太はその役を全うする。


「おい、どういう意味だコラ。やっぱお前とんでもない無能じゃねーか!」

《失礼ねー。ただスキル付与の免許持ってないだけよ。いやあ、せめて空中後光の免許は学生時代とっておこうと思ったんだけどさ、教習所代パーっと旅行に使ったわ!》

 最終的に悪びれもせず答えるミーレ。

 康大はスキル付与に免許が必要だと知った驚きと同時に、ミーレの人間……ではなく女神形成が学生時代にすでに完成していたことも理解した。


「つまり俺が言った奴は()()()()()()女神に転送してもらったわけか」

《な――、アタシだってちゃんとしてるわよ! ただあの糞生意気な後輩がたまたまスキル付与I種とか持ってただけ! ああ思い出しただけでもムカつくわー、あいつアタシより2000年も後に入社したくせに、資格給プラスしてアタシよりいい給料もらってるし! ていうか学生時代にI種とるとか、勉強以外してこなかったのかしら、かわいそ》

「・・・・・・」

 今見事にかわいそうなOLになっているミーレが、自分のことを棚に上げて言った。

 しかしそれを指摘すると本当に泣き出しそうな気がしたので、康大は必要なことだけ聞くことにした。


「つまりその女神に転送してもらった奴が、同じこのセカイにいたと」

《多分ね。その世界の担当アタシとそいつ以外もいるけど、他にあんな物騒な魔法使えるスキルを付与出来る女神はいないし。いやでもホントマジ資格とるの大変なのよ。そっちの世界で言ったらI種なんて弁護士資格みたいな感じだし》

「そんなに大変なのか……。そもそもお主の話ほんとにござるかぁ?」

《ほんとにござるよ。チートスキルを付与できるのはI種だけで、普通の女神が学生時代に取るのは普通II種まで。ちなみにもしアタシがI種持ってたとしても、アンタには付与できなかったわよ。アンタにその資格なかったから。アンタと一緒にいるくのいちっ子も同じね。転送させたのさっき言った女神だし。そもそもスキル付与って死ぬほど時間かかるうえ条件厳しいから、人間側も受けられる方がまれなのよ。だから女神的にも実はあんま覚える価値はないの。一応持ってたら社会で有利になる程度の資格ってわけ》

「へえ……となると――」

 圭阿とグラウネシアの異邦人は同じセカイの住人ということになるが――。


《ちなみに分担は転送先で決まって、転送元はばらばらだから、同じ世界から転送されたとは限らないわよ》

「ふ~ん、結構色々あるんだな女神セカイ」

《あるわよ会社だし》

「返す言葉もない。いや、今回は珍しく最後まで有意義な話ができたな」

《アンタも一言多いわね……と》

 不意にミーレが視線を脇に逸らす。


《噂をすればその女神さまが近くにいるけど、見てみる?》

 康太が見える女神のセカイは、ミーレの周囲に限定される。

 逆に言えば、ミーレがその女神に近づけば、康大にもその姿を確認することができた。


(こういうのって興味本位で見ていいものなのか)


 康太は一瞬倫理観から躊躇する。

 ただ女神相手に倫理観を持ち出すのもバカバカしいなと思い、ミーレに了解の旨を伝えようとした。

 けれど、それを言う前に肩を叩かれ、()()()()()()()へと戻された。


「そろそろ出発だぞ。遅くなるといつ帰ってこられるか、分からないらしい」

 肩を叩いたのはハイアサースだった。

 他の仲間たちがいないのは、外で待っているせいだろう。


 康太は少し考えてから「わかった」と返事をした。

 女神のことは気になるが、別に大した用事でもない。何より康大は直接会えないが、圭阿を通せばいつでも意思疎通はできるのだ。ここでこだわる理由もない。


 ハイアサースとともに宿舎を出ると、果たしてリアンを含めた全員が康大を待っていた。 


「ぶっちゃけ大司教様がどこにいるかは分からないので、近場からしらみつぶしに探していこうと思うっす」

 全員が集まったところでリアンが今後の方針を話す。

 まるで松茸狩りをしているようだなと、話を聞きながら康太は思った。


「運が良ければ最初の場所にいると思うっす。運が悪いと行き違いが重なって数日がかりになるかもしれないっす。下手すると街で待ってた方が早かった展開もあり得るんで、覚悟してほしいっす」

「ちょっといいでござるか」

 圭阿がおずおずと手を上げる。


「大司教様のお人なりを教えてくだされば、拙者が1人で山を駆けずり回り探すこともできるでござるよ」

「あー確かにそうだな」

 康太は納得する。

 別に康太たちが足を使わずとも、優秀な忍者の圭阿だけでどうにかなる問題ではあった。

 しかしリアンは首を横に振る。


「お嬢ちゃんの力は知らないっすけど、城にいるとき以外はサムダイ様からは全員一緒に行動するよう言われてるっす。それやぶるとまずいことになるしいっす。知らんけど」

「お嬢さん……」

 行動規制されたことより、お嬢さんと呼ばれたことに圭阿はショックを受けていた。

 外見的には同じぐらいなのに、それでも下に見られるとは予想外だったらしい。

 同情はしたが、めんどくさそうなので康太は話を進めた。


「つまり俺たちは王城の外にいる間、ずっと君に監視されてなくちゃならないと」

「まーそんな感じっすね。でも自分も迷惑こうむってるんすよ。みなさんを案内している間、自分の研究が一切できないわけっすから。さぼったら援助打ち切りだっていうし……」

「じゃあお互いなるべく早く終わらせないとな」

「うっす」

 そう答えると、康大達の返事も聞かずにリアンは歩き出す。

 初対面から分かっていたが、確実に人の話を聞かないタイプだ。

 康太達は苦笑しながらその後について行った――。

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