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第4章

 結局出発は深夜ではなく、昼少し前ぐらいになった。


 当然コルセリアもついて行くと言い張り、ガンディアセとさらにマクスタムまで加わって「面倒だから」と押し付けられる。


 そして現在、1人被害を免れたハイアサースも加えた5人は、街道を馬車でグラウネシアへと向かっていた……。

 


 グラウネシアへは、かつて王都に向かう際に通った公道を使った。

 王都に向かう際は漁村を出てから西進したが、グラウネシアは北進、王都から出発した場合は、途中で左に曲がる道を進ぶ。


「もうすぐ国境ですな」


 御者席のコルセリアが台車にいる康大達に声をかける。

 当初はインテライト家の御者が馬車を動かす予定であったが、コルセリアが加わったことにより、その役割分担が変わった。

 コルセリアは本当に何でもできるらしく、その操縦技術は快適の一言に尽きた。


 いや、操縦技術だけが優れていたわけではない。

 このセカイにゴムは存在しないので、どんなにうまく操っても揺れは伝わってしまう。

 それをコルセリアは、


「魔法によって車輪に空気の膜をまとわせる方法を独自に編み出しました。おぼっちゃまが快適に移動できるように」


 と、木の車輪周りにチューブ代わりの空気を装備させたのである。


 こうなるとファンタジーも現代も差はない。


 この点に関しては康大もコルセリアが来てくれてよかったと思った。

 ……ただし、その分問題も引き起こしたが。


「それではこのあたりに、そこの胸の薄い役立たずは置いていきましょう。邪魔です」

「ほう、拙者にはおぬしのように無駄に重い女こそ邪魔だと思うのだがな」

『・・・・・・』

 この旅が始まってから、何十回と聞かされてきたコルセリアと圭阿の口喧嘩。

 それに付き合わされる3人は心底うんざりしていた。


「いい加減止めたらどうだ? 飽きないのか?」

 そしてハイアサースが本日何十回目の苦言を呈す。

 もちろん何十回も言っているのだから、それでやめる2人でもない。


「お言葉ですがハイアサース様。この野良犬がその遠吠えを止めない限り、どうしようもありません」

「せっかくのはいあさーす殿のお言葉ですが、それは無理にござる。この頭の中が空っぽの阿呆が、人の言葉を理解できないうちは」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 御者席と台車に分かれ、背中を見せあいながらにらみ合う2人。

 矛盾しているようだが、実際にそうなのだからしようがない。


 そしてしばらくは沈黙も続くのだが、やがてどちらかともなく口が開かれ、また第三者が一方的に被害に遭う口喧嘩が始まる。

 車内は王都を出発してからギスギスし通しだ。


 せめてこの国境を越えたあたりからマシになってくれないかと、康大はグラウネシア兵と手続きをしているコルセリアを見て心の底から思った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「(おや?)」

 台車の窓から見えるコルセリアの交渉は、あまりうまく進んでいる様子ではなかった。

 こちら側の国境はすんなり出られたが、緩衝地帯を抜けた先にあるグラウネシア側の国境はそう簡単に済まないらしい。


「コータ、様子を見に行ったらどうだ?」

 ハイアサースもあまり順調に進んでいないことに気づいたのか、康大にそう勧める。

 車内で待っていてもしようがないと思った康大は頷き、国境の門へと近づく。


 馬車は少し離れたところに止めていたため、近づいてみると国境の壁の高さが分かる。

 城壁ほどではないにせよ、厚く、未だに矢じりが刺さっている場所もある。木は腐り落ちても、鉄はさびただけでまだ残っていたのだ。

 この国とグラウネシアとの間に、以前に大きな戦いがあったことは明らかである。


「どうした、なんかあったか?」

「これはコウタ様、その、非常に申しあげにくいのですが……」

「貴殿がコウタ卿ですか?」

「え、あ、多分……」

 顔見知りでもないグラウネシアの兵士に突然敬称付きで名前を呼ばれ、康大は面食らう。

 それから兵士はおそらくコルセリアから渡されたものであろう書状と、康大の顔を詳しく見比べた。


 彼が何をしているのかはなんとなく康大にも想像がついた。


 やがて納得すると、書状をコルセリアに返し、後ろに控える部下の兵士に門扉を開くよう指示を出す。

 重く分厚い門扉は、グラウネシア側の兵士によって内側へゆっくり動いた。


 おそらく書状に書かれていた内容と、自分の人相を確認したのだろう。

 ただ、それなら今のように自分が顔を見せればすんなり解決した問題だ。

 なぜコルセリアがまごついていたのか、康大にはさっぱり理解できなかった。


 理解できない以上、本人に聞いてみるしかない。


「あのコルセリアさん、なんで揉めてたんです?」

「いえ、その、たいしたことはないのですが……」

 実際にたいしたことではないのだろうが、少なくともかなり言いづらそうではあった。

 コルセリアとは、まだそれほど親密な関係を築けたわけではない。

 だが、このまま放っておくと、後々大きな問題なりそうな気がした。このセカイではちょっとした油断が死に直結するのだ。


「たいしたことでなくても言ってください」

「は、はい……。その、王都から出る際「旅路のことは全て私に任せてください」と言った手前、ここに来てコウタ様の手を煩わせるのが情けなく思い、どうにかして私だけで国境を通れるよう説得を試みたのですが、にっちもさっちもいかず……」

「・・・・・・」

 康太は唖然とした。

 想像以上にくだらない理由だった。

 おそらく康大に対してというよりは、ザルマと圭阿に対しての羞恥が強かったのだろう。


 責任感とプライドが無駄に強すぎる。

 康大と違い、24時間ずっと肩ひじを張って生きているのかもしれない。


(悪い人じゃないけど本当に面倒な人ではあるな……)


 康大はそう確信した。

 とはいえ、これからいちいちそんな対応をされていては困る。


「コルセリアさん、これからそういう時は必ず俺を呼んでください。別に人に頼るのは恥ずかしいことじゃありません。俺なんか他人に頼らなかったらここまで生きてこれませんでしたし。ザルマにしてもそうです。みんなが頼り合ってここまでやってきたんです」

「ザルマ様も……。私が面倒を見ていた頃は、いつも一人でおられたのに……」

「人は変わるものです。俺もザルマも、そしてあなたも」

「・・・・・・」

 コルセリアはすぐには何も言わず、しばらく何か考えていた。

 その後口をついて出た言葉は、あまり今回の件とは関係のないものだった。 


「……あの、そろそろ敬語を止めていただけませんか。ぼっちゃまのお仲間にそのような態度を取られると、むしろ心苦しいのですが」

 コルセリアは、初対面の時から何回かそう言っていた。

 実は彼女の頭の中には絶対的なヒエラルキーが存在し、それに従って行動してきた。あいまいな位置では、庶子で疎まれていた自分の身の振り方を規定することができなかったのだ。

 そのため、康大がへりくだった態度をとるのは、迷惑以外の何物でもなかった。

 ザルマに対して対等な口をきき、自分に対して敬語ではそれが足元から崩壊してしまう。


 しかし康大は、


「申し訳ありませんが、お断りします」


 にべもなく断った。


 別に嫌がらせをしたかったわけではない。

 康大自身はアイリーンに対してそうしたように、年上相手でも口調を砕けたものに変えてもよかった。


 しかし、それをほかならぬザルマが止めた。


 せっかくだからそのまま続けてくれと。

 さらに、ある交換条件を言うように頼まれた。


 康大にしてみればその交換条件もどうでもよかったが、本人に泣きつかれしぶしぶ受け入れた。

 康大はそれをこの場でも口にする。


「ただしザルマのことを"ぼっちゃま"と言わないなら、改めます」

「それは……」


 コルセリアは言葉に詰まった。

 康大には彼女がその呼称にこだわる理由は分からない。

 ただザルマが嫌がる理由は嫌というほどわかった。


「・・・・・・」

 結局コルセリアは無言で馬車に戻っていく。

 交渉決裂だ。

 康大は彼女を追って、特に急ぐでもなく台車に乗るのだった――。

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