――エピローグ――
「それじゃあ具体的に都のどこにあるのか」という康大の質問を完全に無視し、リアンはそれから他の図書館の本を読み始めた。
誰が声をかけても、コルセリアや圭阿が実力行使に出ても、絶対に本から手を放そうとしない。
「これはいったい……」
「多分二度とないチャンスだから、今のうちに読めるだけ読んでおこうと思ってるんだろうなあ」
ザルマのつぶやきに康大はそう答えた。
具体的に使用時間は決められていないが、さすがに延々と居続けることはできない。長くても王城が門を閉める夜までだろう。
そのギリギリの時間まで、リアンは読めるだけの本を読もうとしているのだろう。
小学生時代、インターネットカフェで似たような経験がある康大には、リアンの気持ちが分からないでもなかった。
結局監視役の老官僚が康大達(実際はリアンだけ)を半ば強制的に追い出すまで、リアンは本を読み続けた……。
「いやあ、申し訳ないっす。つい集中しすぎて」
「お前私が短剣をのどに当て「動かねば殺すぞ」と言った時、鬼のような形相で「首は切られても目は動く!」って言い返したな。集中とかそういう段階の話ではかったぞあれは」
「全然覚えてないっす」
コルセリアの言葉に、非難する様子も悪びれた様子も見せず平然と答える。
本当に、読書を邪魔する存在は全て悪と決めつけるほど集中していたようだ。
「それで、例の件だけど……」
康大が少し声を落として話す。
図書館から出た彼らは、宿舎までの道すがらに歩きながら話していた。
日はすっかり暮れ辺りは真っ暗であったため、リアンも今日は宿舎に泊まることになった。実家の方が宿舎より近いのだが、帰るという選択肢は彼女の中に存在していなかった。
「コウタ様、その話は帰ってからにしませんか……」
コルセリアが不意にそう言った。
周囲に気を使っているのは明らかだ。
そこで康大は自分が不用意であったことに気づかされる。ここは他国、壁に耳あり障子に目ありだ。声を落とした程度では到底安心できない。
普段ならもっと気を遣えたが、さすがに自分の体に関わることであったため、気持ちが急いていた。
康大は頷き、それ以上何も言わなかった。
そして全員宿舎の一室に集まり、改めてトーガ草についてリアンに聞く。
「まずトーガ草についてっすけど、結論から言うとそんな植物はないっす」
「は?」
康大はあっけにとられた。
いや、康大だけでなくリアン以外の全員が呆然とする。
謀られたと思ったのか、圭阿とコルセリアはそれぞれの得物に触れる。
それに気づいた康大は慌ててリアンに先を促した。
「なぞかけみたいなことはいいから、ちゃんと話してくれ」
「別にそんな気はないんすけどね。そもそもトーガ草って言うのは数百年前の言葉で、"押し花"の意味なんすよ」
「押し花……あ!?」
その時康大はフォックスバードから聞いた話を思い出す。
あの時フォックスバードはトーガ草を押し花にしてもらったと言っていた。
しかしそれは間違いで、押し花そのものがトーガ草だったのだ。
つまり康大のゾンビ化は、そこら辺にある雑草を押し花にすれば治ったのである。
康大はがっくりと肩を落とした。
そんな婚約者の代わりにハイアサースが話を続ける。
「つまり押し花があれば簡単に康大のゾンビ化は治るんだな? それならなんでわざわざ都に行かなければならないんだ?」
「単純に何の花でもいいってわけじゃないからっす」
「どういうことだ?」
「そもそもなんでトーガ草が必要かってことっすけど、トーガ草って言うのは正確には押し花でも特殊な方法で作る押し花で、そうして作るとその草が持つ効能がさらに強化されるらしいんす」
「……そういう意味だったのか」
康太は残念に思う反面、少しほっとした。
いくら何でも雑草で治せる症状に今まで気づかなかったとしたら、間抜けすぎる。
「それで、コウタ子爵の症状を治せそうな植物って言うのは、自分が知る限り都にあるレッドハーブなんじゃないかなと」
「レッドハーブ!?」
数か月前、とあるゲームで嫌というほど聞いた単語に康大は思わず声を上げる。
「子爵は知ってるんすか?」
「ああ、いや、俺のセカイで同じ名前かつ同じような効果の植物があったから……。同じようにバイオなハザードで」
「だったら話は早いっす。とにかくそれをトーガ草にして飲めば、良くなるかもしれないっす。トーガ草の作り方は完全に暗記したんで、レッドハーブが手に入ったら持ってくるといいっすよ」
「それって具体的にどんな植物なんだ?」
「そうっすね」
リアンは何か思い出すようなしぐさをしながら、少し時間をおいて説明を始める。
「実は自分も現物は見たことがないっす。自分が読んだ古文書によると、花だけでなく葉っぱから幹まで真っ赤で、それを煎じたものを飲めば死人も生き返ると言われてるっす。ゾンビになった子爵様にはうってつけなんじゃないかと」
「なるほどね。なんかそれも伝説上の存在みたいだな。でも分かった、調べてくれてありがとう」
康大は素直に感謝の言葉を述べる。
仲間達も改めてリアンに頭を下げた。
この態度にリアンは慌てて手を振る。
「そ、そんな畏まらないでくださいっす! 自分はただ自分の為に色々しただけっすから! むしろ図書館には入れて超ラッキーだったっす」
「じゃあお互いがwin-winの関係でうまく収まったって感じだな」
「意味は分からないっスけど、たぶんそんな感じっす」
リアンが珍しく照れる。
康大は苦笑した。
他の仲間達も和んだ空気になったが、1人だけ未だ真剣な表情を崩さない人間がいた。
その人物が口を開く。
「どうやら私の旅はここまでのようです」
次回感染者と死者と恋する人魚姫とその他大勢(仮題)に続きます




