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第37章

 王城の地下にある図書館は、かび臭い臭いに包まれていた。智と死の図書館は、名前の割には魔法の影響かそれほど臭いはひどくなかったため、康大達にはなおさらそう感じられた。

 そんな臭いを好ましく思っているのは本の虫のリアンだけだろう。


 彼女は何も言わずにいきなり走り出す。

 康大達だけでなく監視としてついてきていた老官僚もあっけにとられた。


「――さて、問題の本はどこにあるのやら」

 そう言って康大は苦笑した。

 残念ながらこのセカイのひらがな程度しか理解できていない康大には、それを探す術はない。

 仲間に手分けして探させている間、1人近くの椅子に座ってあくびをしながらその様子を見守っていた。


 本探しは現実セカイの様に簡単ではなく、整理されていない本棚から、背表紙もない本をいちいち出して、流し読みしなければならない。

 そんなことをしていれば時間もかかり、退屈を持て余すようになった康大は、やがて目を瞑った。


《・・・・・・》

「おい」

《・・・・・・》

「おいって」

《……あ、ごめんマンガ読んでた。今上が会議でいないからサボり時なのよねー》

 仕事中にもかかわらずだらけきっていたミーレは、悪びれもせずにそう答えた。

 康大はため息を吐く。

 人生楽しそうでいいなと。


《アンタなんか失礼なこと考えてない?》

「いや、頭が軽いと人生も楽なんだろうなと」

《はー? 失礼なんですけどー? ちゃんと仕事してるんですけどー? さーびすざんぎょう? で毎日大変なんですけどー?》

「サービス残業の意味を知ってるかすら怪しいんだが」

《あれでしょ。5時きっかりにタイムスタンプ押した後の、なんかちょっとしたロスタイムみたいなやつ。着替えとか化粧とかそんな時間》

「・・・・・・」

 高校生の康大にもミーレの話が完全な間違いであることは理解できた。

 本当に楽でいいなと、自分も将来こんな仕事に就きたいと心の底から思った。


《そう言うアンタはどうなのよ。他の連中に探させて楽してるじゃない》

「文字読めないんだからしゃーないだろ。お前は読めるのかよ」

《そんな覚えても役に立たない言語なんか知ってるわけないじゃん。アタシが完璧にマスターしてるのって日本語ぐらいよ》

「女神ならせめて英語は使えるようにしとけよ……」

《海外転勤とか絶対ないからいらん!》

 無駄に自信をもって断言するミーレ。

 本当に楽な職場だなと康大はつくづく思った。


「そういえば今までゾンビ化を治すことだけ考えてたけど、そっから先は全然考えてなかったんだよな。いよいよ治るなると、戻ってからのことも考えないといけないけど――」

《・・・・・・》

「ていうかいきなり漫画再開するなよ」

《ああ、なんか話が長くなりそうだと思ったから。長い話は上司の説教だけで十分》

「本当どうしようもないダメ社員だな」

 康大は再び溜息を吐いた。

 ただすぐに表情を改める。


「なあ、俺って元のセカイに戻ることができるのか? 正直に答えてくれ」

《……前例がないのよね。アンタ、私が転送させた人間の中で最長記録だし。他の女神がやってるかもしれないけど、個人が会社みたいな感じで横の繋がりがないし、情報共有してないからさっぱり。まあそのままゾンビとして一生を終えるのもいいんじゃない? ごく一部しか知らないんだし》

「いや、たとえ俺が良くても、気を抜いたら感染させられる状況は論外だろ」

《そういえばそうだったわね。最近(うつ)してないからすっかり忘れてたわその設定》

「設定言うな。あと今なんか不穏な響きがしたぞ」

《気のせいでしょー》

 ミーレは手をひらひらと振りながら本当に適当に答える。

 こんな適当女神を部下にした上司も大変だと、いつも愚痴をこぼしている上司に康大は同情した。


《まーでも理論的には帰る方法はあるわ》

「マジか!?」

《ええ。ほら、そっちのセカイにも女神はいるわけでしょ。だから今度は逆にそっちの女神にアンタのセカイに転送してもらおうってわけ》

「なるほど、言われてみればその手があったか!」

 目から鱗が落ちた気分だ。

 このセカイに女神を崇拝している宗教がある以上、女神がいないとは考えられない。ならばその女神に頼んで、送り返してもらえる可能性は、十分あるだろう。神などほとんど人間が信じていない日本でさえ、ミーレのような女神がいるのだから。


《たださ、帰る方法以前に一言言っておきたいことがあるわ》

 不意にミーレが表情を変えた。

 滅多に見ない表情に、康大も反射的に気持ちを切り替える。


 どうしようもない性格だが女神は女神。

 人知を超えた、決して疎かにはできない空気が確かにあった。


《あなたは本当に元のセカイに戻りたいのですか?》

「え……」

 上司の目がないにもかかわらず、厳かな態度で言ったミーレの言葉に、康大は即答できなかった。


 今まで康大はゾンビ化を治し、元のセカイに帰ることが至上命題だと思っていた。

 ゾンビ化を治すことについては、今も迷いはない。怪力があろうが、化け物のようになった上半身と、肉球付きの手とはとっとおさばらしたい。


 ただ元のセカイの帰還に関しては、機械的にそうするものだと思い込み、深く考えてはいなかった。


《私はあなたが元のセカイでどういう境遇にあったか知っています。そのセカイにあなたが戻る価値があるのか、これからはそのことをよく考えなさい》

 ミーレはそう言って康大の顔に手を伸ばす。

 突然のことに康大はされるがままだった。


 ミーレの白くたおやかな指が康大の瞼に触れ、康大は自然と目を開いた。

 今までされたことがないのでわからなかったが、どうやらミーレにはああやって会話を強制的に終わらせることができたようだ。


 特に()()がないまま終わったミーレとの話に、康大は呆然とする。

 あの失格女神からあんな話をされるとは、夢にも思っていなかった。


 だが確かにミーレの言う通りではある。


 康大がいた現実セカイはゾンビに支配され、多くの人間が感染し、死んだ。

 その数はこのセカイで見た死人をはるかにしのぐ。

 果たしてあそこまで崩壊したセカイが、元の平和なセカイ……というほどセカイ中平和だったわけでもないが、少なくとも平和な日本に戻るれるのだろうか、と。

 最悪ゾンビの巣窟となっている自室に戻され、即死するかもしれない。


 そんな危険を冒すぐらいなら、このセカイにとどまった方がいいのではないか。

 少なくとも一国の王子の後ろ盾があり、それなりの地位にいられるこのセカイの方がはるかに人間的な生活ができる気はした。


 何よりこのセカイには婚約者の美女がいる。


 今後ゲームやアニメを楽しめる可能性は0だが、人間的にはもっと充実した生活を送れる可能性が高かった。

 そもそも今となっては元のセカイでさえゲームやアニメが見られるかどうか怪しい。


(ひょっとしてミーレに指摘されるまでもなく、人間関係的にも元のセカイに戻る理由なんてないんじゃないか……)


 避難したとはいえ両親が生きている可能性は低く、少なくとも友人の大半は死んだ。

 今は異セカイの方が現実セカイより頼れる人間が多い。


(これからの事を考えると、めんどくさがらずにアムゼンと積極的に関係を持った方がいいのかなあ)


 そこまで康大が考えていると、当のハイアサースが近づいてくる。

「何か深刻な顔をして考えていたが、どうした?」

「いや、何というかこれからの将来について。ところで問題の本は見つかったか?」

「どうやらそうらしい。それで呼びに来た」

「わかった、行こう」

 康大はそれ以上深くは話さず、ハイアサースとともに図書館を歩く。

 すでに他の仲間達は本を見つけたであろう地べたに座っていたリアンの周りに集まっていた。

 リアンは康大の姿を認めると、軽く会釈して立ち上がる。


「トーガ草の事ばっちり載ってたっすよ。いやあ、それにしてもここは植物学中心って言ってた割には、植物に絡んだ昔の文化の本とかも結構――」

「結論から言ってくれないか」

「そりゃ悪かったっす。結論から言うと、この国にはないっす。あるのは(みやこ)っすね」

「都?」

 初めて聞く単語だ。

 ただその言葉はこのセカイの住人にとっては周知の事実のようで、皆「都か……」と言いながら考えるそぶりを見せた。


「よく分からないけど遠いのか?」

「そうっすね。フジノミヤからなら馬車で4日ってところっすかね」

「結構離れてるな……」

 とは言っても、行かない理由はない。

 ゾンビ化を治療だけは何があっても変えてはならない目的だ。


 ただ、それは全員の共通の目的というわけではなかった――。

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