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第31章

 宿場町では最も高い宿をとり、アムゼンと行き違いにならないようコルセリアが町人に金を渡して、すぐに伝える指示も出した。

 そして本人は念のため町の周囲を偵察し、残った康太とハイアサースはアムゼンが来るまで休養することになった。


 若い婚約者が2人、一つ屋根の下にいれば何も起こらないはずも……。


「……ぐぅ」


 あった。


 康太もハイアサースと宿に着くと同時にベッドで眠り、康太は翌日になってもまだ部屋でダラダラとしていた。

 ゾンビになってから疲れやすくなり、疲れが取れるのも遅くなっている。

 だからと言ってただ寝ているというのも飽きる。

 その頃にはハイアサースはシスターとして役目でも思い出したのか、町の教会で説教をしていた。


 康太はベッドに寝たまま目を瞑った。

 当然寝るためではない。

 だからと言って有意義に時間が使えるわけでもなく、これは完全なる暇つぶしだ。

 そんなもの()()と会話で期待するだけ馬鹿を見る。 



「ういーす」

《ういーす……って、それ女神に対する挨拶とは思えないわね。返すアタシもアタシだけど》

 ため息交じりに女神衣装のミーレが答える。

 木戸を閉めていたためこちらの時間はよくわからなかったが、どうやら女神セカイの就業時間ではあるようだ。

 ミーレの反応が早かったのもそのためだろう。


《でもなんか色々大変だったみたいね》

「そうだよマジで。なんで俺が司令官とかやってるわけ?」

《ちょーウけるんですけどー》

「いや改めてお前に言われるとムカつくな」

 康太は吐き捨てるように言った。

 そんな康太にミーレは勝ち誇った顔をする。

 どんなマウントだと、康太は呆れた。


「俺の大変さはそっちも観てるからあえて言う必要もないだろうけど、そっちはどうなんだよ?」

《こっち? 一日中マスクとか消毒とかそういう話? 自粛警察?》

「どういう話だよ。そうじゃなくて、俺が遠藤をぼこぼこにしたから、担当の女神はどうしてるのかなって」

《ああ》

 ぽん、と手のひらを拳しで叩くという古典的な表現をしながら、ミーレは言った。

 それからオフィスにしか見えない女神会社を移動し、1冊のファイルを持ってくる。


「なにそれ?」

《報告書。さっきまでデコ眼鏡が書いてたのをかっぱらってきた》

「女神というより盗賊だな。コルセリアの前で同じことしたら速攻でクビかっ切られたぞ」

《あの子キャリアウーマン的なクールビューティーに見えて、実はシリアルキラー的にヤバい子だったのよね》

 そう言いながらファイルを開く。


《結論から言います。アンタボロクソに書かれてるわよ》

「一周回って気になる。教えて(ハート)」

《キモ。まずアンタの名称は"腐った死体"です。今ト〇ラクエにでもはまってるのかな?》

「まあ軽いジャブだな。あと濁点だけ隠すとかほぼ意味ないだろそれ。視覚的に認識できる女神セカイが謎過ぎるけど」

 その程度の悪口は予想していた康太は、軽く受け流す。

 ミーレもいちいち冷やかしたりせずに続けた。


《体どころか心まで腐りはてた悪魔の申し子によって、真の勇者遠藤達也は辱めを受けた……か。ちなみにアンタの形容詞これでもかなり端折ってるのよね。全部言ったら日が暮れそう》

「恨まれてるなあ」

 センタに腹が立つより、そこまでタツヤが信じられる精神構造が不思議でしかなかった。


《まあぶっちゃけるとアンタが卑怯な手を使って勝ったから許せない、正々堂々勝負していたら圧勝してたって主張ね》

「典型的な負け犬の遠吠えだな。まさに融通が利かずドツボにはまる秀才タイプ」

《ふふふふ》

「ふふふふ」

 康太とミーレは悪役の顔でほくそ笑む。

 敗者の言い訳ほど心地よいものはない。


《――と、あとは……!?》

 突然ミーレの表情が変わる。

 今まで康大が見たことがない、ひどく真剣な顔だった。

 そんな顔をされては康太も黙っていられない。


「どうした? 遠藤の歪んだ性癖でも書いてあったか?」

《そうじゃないんだけど……うーん……》

 ミーレが眉間にしわを寄せ、さらに深く考え込む。

 能天気女神が次々に見せる不可解な表情に、だんだん康太は不安になっていく。


「マジでどうしたんだ?」

《……守秘義務に抵触するようなことが書かれてたのよ。例えるなら桃金〇で最後の1年になって勝敗の決め方が、最初の順番決めだったと知ったみたいな》

「例えの意味がよくわからん。けどまあ、俺に言えないことが書かれていたのは理解した。てーかひょっとして俺に関わることとか?」

《・・・・・・》

 ミーレは真剣な表情でゆっくりと頷く。


「まさか命日が書いてあるとか……」

《命日どころか予想以上に長い付き合いになりそうだなーて……》

「良いことじゃねえかよ! それで深刻な顔するとかひどくない!? もういいわ!」

 康太は怒鳴りながら目を覚ます。

 おそらくゾンビ化で体が異常に頑丈になったとか、寿命が延びたとか書かれていたのだろう。

 そりゃとっとと仕事を終わらせたいミーレにとっては凶報だが。


(あの態度はいくら何でもひどすぎないか?)


 さすがに腹が立った。

 守秘義務とまで言われた内容の詳細も気になったが、それ以上にミーレの態度が癇に障る。

 そこまで長い付き合いではないが、今までうまくやってきたじゃないか。

 それをこれからさらに長い付き合いになりそうだからうんざりするって……。


(……でもまあ)


 頂点を迎えた怒りが次第に下がり、それとともに冷静になっていく。


(ミーレの気持ちもわからんでもないんだよな)


 今まですぐ死ぬ連中を観察するだけの楽な仕事だった。それがでたらめに長生きするババを引き、仕事が増え、ぐーたら社員が無理やり働かされる羽目になった。

 愚痴を言いたくなるのも当然か。


(考えすぎると逆に許してしまいそうになるから、もうこの件は忘れよう)


 そう思いながら康太は目を開ける。

 部屋の扉が開いたのはそれと同時だった。


「アムゼン殿下がいらっしゃったようです」

「りょーかい」

 コルセリアの報告で康太はベッドから起き上がる。


 あの王子と顔合わせるのは精神的な疲労が激しいので、会う前にこうして惰眠をむさぼれてよかった。

 そう思いながら気を引き締め、アムゼンに会うため宿場町を出た……。

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