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第30章

 康太達は徒歩で公道をそのまま王都方面へと向かった。

 森に台車を隠すスペースがなかったため、今は砦とともに破壊され、馬だけがライゼル達と共に軍用馬として戦場に残った。


 とはいえ、アムゼン本隊も必ず同じ道を通ってくるのだから、そこまで歩く必要もないだろう。時間が何よりも重要なのに、寄り道をしてくることは考えられない。康大はそう予測していた。



「……私が間違っていたのです」

 不意に先頭を歩いていたコルセリアがつぶやく。

 それは康太に聞かせているようでも、自分自身に言っているようでもあった。


「今まで私がしっかり坊ちゃまの……御屋形様の面倒を見ていれば、そのうち当主にふさわしい風格が出てくるものと思っていました。そしてその妨げになりそうなものは一切排除してきました」

「・・・・・・」

 康太は何も答えなかった。

 なんだかんだ言ってもまだ会ってから数日しか経っていない。

 そんな彼女に訳知り顔で反論するのもはばかられたし、賛成するのも安っぽい。黙って聞いているがかっこいい男なのだろう。

 そう思えた。


 1人恥ずかしい悦に浸っている康太の代わりに、そのあたりのわだかまりが一切ないハイアサースがコルセリアに話しかける。


「つまり今までしてきたことを後悔しているのだな」

「……いいえ」

 コルセリアは少し考えてから首を振る。


「小さい頃の御屋形様はそれは本当に頼りなく、おそらく私が手をかけてあげなければ道を踏み外していたかもしれません。問題なのはその頃の印象をいつまでも引きずってしまったことなのです。本音を言えば幼くして死んだ母君様の代わりに母親代わりになろうと思っていましたが、いつかは子離れするものだったのです」

「子離れ……あの男が……」

 ハイアサースが複雑な顔をする。

 康太は少し疑問に思ったが、すぐにその理由であるあのくのいちのことを思い出した。


(まあ圭阿の見た目じゃロリコンを疑われてもしようがないけど、子離れってそういう意味じゃないだろ)


 おそらくハイアサースがしているいるであろう見当違いの想像に、康太は苦笑する。


「これからは私も傅役ではなく、家臣として接していきます。ただ正直言うと、あの時私のことを久しぶりに"姉上"と呼んでくださったのは、嬉しかったですけれどね」

「そうか。ただお前が姉であることは変わりない。血のつながりは何があっても変わらない、変わりようがないのだ」

「ええ、そうですね。そして阿呆の考えることも一向に変わりません」

 そう言うと、コルセリアは不意に立ち止まり、腰に帯びていた剣を抜く。

 康太とハイアサースもつられて足を止めた、


「はっ!」

 そして何の前触れもなく剣を横に振る。

 そのすぐ後、どこから飛んできたか分からない矢が地面に落ちた。


「え、え、え!?」

「おそらく先ほど話した野盗の類でしょう。両国いずれの軍隊もこんな場所にいるはずがありません。この辺りは見晴らしがよすぎます、物陰に隠れましょう」

 そう言って巧妙に康太達をかばいながら、街道脇に向かって走り出す。

 矢はそれまでの間何本か向かってきたが、その全てをコルセリアは愛刀のレイピアで叩き落していた。


 すさまじい剣術だと、康太は感心した。

 ただ当てるだけでなく、それを狙って地面に落とすことなど、並大抵の腕ではできない。それに加えて魔法まで使えるのだから、本当に有能で隙が無い魔法戦士だ。タツヤのステータスの話ではないが、もしそれが見られたら、自分とはレベルが30以上は違う気がした。


 木陰に隠れながら、コルセリアは矢が飛んできた方向をうかがう。

 野盗はまだ姿は見せなかった。


「向こうが魔法を使っても対処できるよう結界を張っておくか?」

「いえ、その儀にはお及びません。殺傷能力の高い魔法を使えば、こちらの持ち物も失われるため、必ず直接来るはずです。むしろ魔法に注意するのは奴らの方でしょうね。私達はあのような下衆どもから得るものなどありませんから」

 コルセリアの言葉を証明するかのように、2人ほどのみすぼらしい格好をした、いかにもな盗賊が公道を挟んだ向かいの森から姿を見せる。


「風の精霊よ、我が願いを聞き入れたまえ……」

 おそらくそれが呪文なのだろう。

 コルセリアがそう言うと周囲の空気が変わり、気圧差による小さな竜巻が発生する。

 コルセリアは剣を握っている手とは逆の手を振り、それを盗賊たちへと向けた。

 竜巻と言っても体を切り裂くような強烈なものではなく、せいぜい足を躓かせるレベルの突風だ。

 

 しかし戦場ではそれで十分だった。


 コルセリアは脚がおぼつかなくなった盗賊2人に向け、胸元から何かを取り出し、それを目にもとまらぬ速さで投げつける。

 盗賊たちの喉元にささってから、それが圭阿が使っている苦無によく似た武器であることに康太は気付いた。


「あの幼児が使っていた武器を真似て作ってみましたが、存外役に立つようですね。まああくまで児戯の類ですが」

 コルセリアはふっと、小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 そこには盗賊たちを仕留めたことに対する喜びは一切ない。当たることが当然だと思っている。

 そのコルセリアをもってしても委縮させるライゼルは一体どんな戦い方をするんだと、康太はうすら寒くなった。


 やがて仲間が倒れたことで、10人ほどの盗賊が姿を見せる。

 皆一様に同じ格好をし、同じような罵詈雑言を叫んでいた。

 もちろんコルセリアは一顧だにしない。


「どうやら全員出てきてくれたようですね、相手が阿呆で助かりました。これを見てもまだ向かってきてくれるのですから」

 コルセリアは未だそばで渦巻いている竜巻の元のようなものを、姿を見せた盗賊たちに一斉に放る。

 広範囲を対象にした分その威力は低下したが、彼女にとっては相手の出鼻をくじければそれで十分だった


 突風と同時に駆け出したコルセリアは、まず手近な盗賊の喉をレイピアで貫く。

 最初の餌食になった盗賊は、回避行動どころか指一つ動かすことなく絶命した。


 返す刀で隣の盗賊の首も切り裂く。

 喉から血を噴出させて死んだ盗賊には目もくれず、コルセリアはさらに次の獲物を狙った。


 ここまで圧倒的だと、盗賊たちも彼我の戦力差を完全に理解する。

 女2人と頼りない男1人という、いかにも戦地から逃げてきた組み合わせのため襲い掛かったのだが、実際には雄猫の群れが雌ライオンに襲い掛かったも同然だった。


 約半分まではほぼ抵抗もできずに殺されていく。

 ただこのまま逃げるのもプライドが許さなかったのか、ようやく足元が落ち着いた巨漢の盗賊が、コルセリアの前に立ちはだかった。


 背も高く皮膚の皮も厚そうで、今までのように簡単に急所に斬りこむことはできないだろう。


 ――そう盗賊達は思っていたが、それ以前に気づかなければならなかった。


 なぜ突然魔法が止まり、足元が落ち着いたかを。


「去ね」

 軽くそう言った瞬間、ぱっくりと巨漢盗賊の首元が切り裂かれる。

 もちろんレイピアで切りつけたわけではない。


 今まで足を止めるために使った魔法を、直接的な攻撃に転用したのだ。

 レイピアの攻撃はこの相手に効果的でないと即座に判断したコルセリアは、武器を魔法に切り替え、一転に力を集約し、真空の刃(かまいたち)を放ったのである。

 魔法耐性がほぼなかった――もちろんそれもコルセリアには織り込み済みであったが――巨漢の盗賊は簡単に首を割かれ、喉元と口から大量の血を吐き出す。


 おそらく首領でもあったのだろう。

 この盗賊が倒れたことで、完全に趨勢は決まった。


『う、うわああああああ!!!!!!!!』


 生き残った盗賊たちは踵を返し、我先に逃げ()()()とする。

 もちろんそれを見逃してやるほど、コルセリアは愚かでもお人よしでもない。

 襲ってきた盗賊たちを逃せば、後々面倒なことになるのはこのセカイの常識だ。


 間抜けにも背中を見せた盗賊たちに向かい、圭阿の苦無もどきを次々に放っていく。逃げた方向がばらばらなので、魔法による足元崩しはできない。


 背中では一撃で命を奪えるほどの致命傷を当てることは難しいため、そのほとんどは下半身狙いで、倒れた盗賊達の息の根を作業的に止めていく。

 最後に生き残った盗賊は大分離れた場所にいたが、それも仕上げとばかりに投げつけられたレイピアに、後頭部から脳幹ごと貫かれ、木に突き刺さり絶命する。


 コルセリアは何ら感情を見せることなく、突き刺さったレイピアを引き抜き、血を振り払った後、布でふきながら鞘にしまった。

 康太とハイアサースは呆然とする。

 とんでもない強さだった。

 少なくとも、真正面から一対一で戦えば圭阿より強いだろう。


「……レベルが50は違うかな」

「何か?」

「いや、それにしてもそんだけ戦えて役立たずとか、どんだけ高望みなのかなと。俺だったら超自慢するね。ドヤァ! って」

「私の力など匹夫の勇にすぎません。ライゼル将軍の様にいるだけで周囲を圧倒したり、コウタ様の様に神算鬼謀で敵軍を手玉に取るような方々こそ、敵軍にとっては悪魔も同然でしょう」

「いや、あの人と同列に扱われても……」

 持ち上げ方がすごすぎて、逆に馬鹿にされているような気がした。


「さて、行くときに見たのですが、もう少し進めば宿場町があります。あまり砦から離れてもアムゼン殿下と合流した時面倒ですから、そこで殿下を待ちましょう」

「あれ、俺殿下と一緒に戦場に戻るの既定路線なの?」

「?」

 コルセリアが不思議そうな顔をする。

 康大にはその対応の方が不思議だった。


「いや、俺もう用なしだし、顔を見せるだけで王都に帰って休むんじゃ……」

「つまりこういうことだな。今は疲れてあまり役に立たないから、休憩してから戻りたいと」

「ああ、そういうことでしたか」

「いや俺そんなこと一言も言ってないよね?」

 本人の話は無視され、婚約者の曲解が強引に採用された。

 康太にとってはあまりに理不尽すぎる展開だ。


 それから康太は歩きながらいろいろ文句を言い続けたが、その一切は無視され、女性陣主導で宿場町まで行くことになった……。

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