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第28章

「ひどい鈍らだな。ぴかぴか光ってるだけで、まともに使った形跡がありゃしねえ。女神から手に入れたかグラウネシアでもらったか知らねえけど、血の臭いがしない剣なんてただの美術品だ」

 カラン、と甲高い音が大地に響く。

 それは康大がタツヤの腰から引き抜いた剣を、地面に落とした音であった。

 その行為が何を意味するのか、その時康大本人以外は誰一人として理解できなかった。


「拾えよそれ。まだ戦いは終わってないんだぜ」

 そう言って今度は今まで持っていた赤い旗を膝でへし折る。


「な……な……」

 タツヤは醜態をさらしたまま呆然としていた。

 同じ……ではなく似たような世界のタツヤにも、康大の行動の意味は理解できないようだった。


(いや違うな……)


 康大は苦笑する。

 タツヤがいたセカイと自分がいたセカイは似ているが、致命的に非なるものだ。

 むしろ自分がいたセカイはこちらのセカイ近い。後悔と恐怖とそして死が恐ろしいほど身近にあるこちらのセカイと。もし同じセカイのタツヤであったならこんな手は使えなかっただろうなと、心の中で自嘲した。


「立てよ豚、まだ終わってねえんだよ」

 そう言って康大はタツヤの腹を蹴る。

 現実セカイではここまでするほど嫌ってはいなかった。


 ただ今はそうするだけの憎しみも正当性もある。

 くだらない自己満足の為に多くの人が不幸になる戦争を起こしたこの男に、同情の余地はなかった。


 けれどあり得ない防御力を持つタツヤには、傷1つつけることはできなかった。むしろ蹴った康大の方が足が痛くなる。


 ただ精神的なダメージは大きかったようで、頭を押さえて丸め込み「ひい!」とそれこそ豚のような悲鳴を上げた。

 そんなタツヤに康大はさらに攻める。


 これが康大の戦争だ。


「テメー戦争舐めてんのかよ。戦争が起こればその生首はその何千倍も生まれんだよ。それ理解して人殺してきたのかよ、なあ!? ああ!?」

「ひ、ひい!?」

 怯えるタツヤ。

 彼我の戦力差からすれば蟻が像に説教しているようなものだが、とてもそうは見えない。


 今が好機と考えたのか、コルセリアが剣を抜く。

 政治的な問題を鑑みてもここでタツヤを殺すことはフジノミヤ、ひいてはザルマにとって得るものが大きかった。タツヤの首を手土産にすれば、ザルマがより高い地位につけると思ったのだ。


 しかし、そんなコルセリアを康大が手で制する。

 もちろんとっくに消え去った友情や同情心からではない。


「(ここで殺そうとすれば、火事場の馬鹿力で形勢が逆転するかもしれない。こいつは俺達じゃ絶対殺せないことを忘れるな)」

「――!?」

 コルセリアははっとなって剣を収め、頭を下げる。


 どんなに無様で弱弱しい存在でも、相手は怪物なのだ。それを彼女は状況に流されてすっかり失念してしまった。

 対照的に圧倒的に優位にいながら、それが薄氷にすぎないと康大は理解していた。

 そんな康大の洞察力と冷静さに、コルセリアは心底尊敬したような眼で見る。


 くすぐったいな、と思いながら康大はタツヤに対する攻撃を続けた。

 ここからはただ口で言うだけではない。

 口だけでは完全にタツヤの心を折ることはできない。

 心を攻める……つまりこの戦いでタツヤの戦闘意欲を完全に断たなければならなかった。どんな強大な核兵器も、そのスイッチを破壊できれば発射はできないのだ。


 もう二度とタツヤに戦う気を起こさせないようにすること、それがこの作戦に置ける康大の最大目標だった。


 だが、そこまで追いつめるには、自分も体を張らなければならない。

 下手をすれば自分が死ぬかもしれない。

 できることなら別の誰かに変わってもらいたかったが、このセカイの常識と現実セカイの常識をもってタツヤを責められる人間は自分しかないのだ。

 そうである以上、康大も安穏と安楽椅子に座りながら司令官然としてふるまっているわけにはいかなかった。


 タツヤの覚悟とも呼べないただの思いつきを蹴散らすかのように、康大は命がけの覚悟を決めて剣を再び拾った。

 だが束は持たず、刃を握りしめながら束の方タツヤに向ける。


(ていうかマジで痛てぇ! 結構切れるぞこれ……)


 その内心では刃の切れ味の鋭さに悲鳴を上げていた。鈍らと言いながら実際は名刀と言っていいほどの切れ味だ。

 康大の肉球は切れ、その血が刃を伝って束まで届く。

 その血まみれの束を握れと、康大はタツヤに向けたのだ。


 完全に気勢に飲まれたタツヤは、地面に腰を下ろしたまま反射的にそれを握る。

 握った瞬間、血の嫌な感触も伝わったのか表情をゆがめた。


「それが血だ。生きてる人間ならだれにでも流れてる、な」

 そんなタツヤに康大は冷たく言い放つ。

 そして切っ先を自分の胸、心臓の位置に向けた。


「お前が本気でこの戦いを続ける気があるなら、今すぐその鈍らで俺の首を斬れ」

「・・・・・・」

 タツヤは呆気にとられた。

 もはや康大が何を言っているのか、理解できてさえいない様子だった。


 それこそがタツヤのどうしようもない甘さだ。

 戦争が血の通った肉の壊し合い、命の奪い合いだということを全く理解できていない。

 爆発魔法という自分の手が汚れない方法しか使っていないため、このセカイに来てもそれに気づくきっかけさえなかったのだ。


 だがこれからは違う。


 康大は自分の命を懸けてそれに気づかせなければならない。

 そしてこの場違いな臆病者を、戦場から未来永劫追いやらねばならなかった。


「おら、これが戦争だ!!! てめえの手まで流れる血の色をよく見てみるんだな!!!!!!」

「ううう……」

 タツヤは涙目になる。

 あと一押し、康大にはそう思えた。

 だがそんなタツヤになけなしの勇気を振り絞らせようとする邪魔者がいた。


「た、タツヤ様、早くその男を殺しましょう! なに恐れる必要はありません、あなたはこのセカイの誰より強いのです!」

 今まで蚊帳の外であった司令官は、そう言ってタツヤに近づこうとする。

 だが彼はこの場にもう一人の、それも腕利きの人間がいることを完全に失念していた。


「てめえは用なしなんだよ! 消えろ!」

 康大は司令官に対して怒鳴り、コルセリアに目配せする。

 コルセリアは心得たとばかりに剣を抜き放ち、一刀のもとに司令官の首を斬り落とした。

 まさかこんなところで殺されるとは夢にも思わず、驚きの表情を浮かべたままの頭が転がる。


 康大はタツヤと違い、ここが戦場であることをよく理解していた。

 そのため、誰かを殺すことにもはや躊躇はない。現実セカイの常識は、このセカイに来る前に大部分捨て去っていた。


「ひいい!!!???」

 転がった司令官の首が、狙いすましたかのように裏切り者の領主の首と隣り合う。

 2人の死者はじっとタツヤを見上げた。

 そこに感情は無いが、一般的な現代日本人には決して直視する機会のない具体的な死への()()()があった。


 腰が抜けたため逃げることもできないタツヤは、ただただ恐怖の中に取り残される。

 あともう一押し。

 康大はその一押しを行動で示した。


「・・・・・・」

「え、あ、う、あ……」

 康大は無言で剣の切っ先を胸に差し込んだ。

 刃を握った時以上の痛みが康大を襲う。


 だがこれは必要なことだ。

 この人を殺す感触を、絶対にタツヤに伝えなければならなかった。

 そこまでしてようやく、この臆病で自分勝手な無知蒙昧の豚野郎が、命のやり取りを知識ではなく心でも理解することができる。そう思えたから。


「あと少しお前が刃を入れれば俺は死ぬ。この化け物じみたゾンビの体でも死ぬんだよ。でもただじゃ死なねえ。殺されたたら俺はお前を恨む、恨み続ける。どうせ人殺しの俺じゃ天国なんていけないから、地獄で恨み続ける。お前が殺してきた人達の代表として、これからお前が殺し続ける人達の代表として恨み続けてやる。てめえはそんな業を背負う覚悟があるのかよ!!!!」


「ひいいいいぃぃぃいいいっぃぃ、ご、ごべんなざいぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃいいい!!!!」


 ついにタツヤは大泣きした。

 美男子の外見をしていても、本当に情けないと思えるような大泣きをした。


 それからは本当に無様だ。

 「ママ」とか「もうおうち帰る」とか幼児が言いそうなセリフを連呼し、地面に小便の水たまりを広げながら現実逃避に明け暮れた。

 康大はコルセリアに指示し、周囲に隠れていた部下たちを招集させる。


 突然姿を見せたフジノミヤ軍に砦から様子を見ていたグラウネシア守備兵は浮足立ったが、なし崩し的に責任者になった部隊長は、援軍を出したりはしなかった。

 康大とのやり取りを注視していたためタツヤの醜態は見えていたが、タツヤの戦闘力はまだ元のままで、あくまで一時的な錯乱状態にすぎない。ならば余計な手を出すより、本人に任せた方がいいという、常識的な判断の結果だ。

 何よりあの不発弾のような幼児のとばっちりを受け、自分や部下を危険な目に遭わせたくなかった。


 ザルマが率いるフジノミヤ兵達はタツヤを遠巻きに囲むと、実際には手を出さずただじっと見ていた。

 中には弓を番え攻撃しようとした者もいたが、それはザルマが厳重に制止する。

 こうしてただ衆人環視することが、康大の作戦の最後の仕上げなのだから。


 タツヤはとにかくマウントを取りたがる。

 そのため醜態を見られ、見下される可能性がある相手とは距離を取る……どころか今後一生会いたがらない。

 そして今、人生最大ともいえる醜態をさらし、かつそれを大勢の人間に見られた。

 心が少し落ち着いてきたら、その現状がどう映るか。


「ああ……、ああ……、ああ……!?」


 タツヤの視界に鼻に手を当てるフジノミヤ兵の姿が映った。

 それが自分を陰で嘲笑っているように見えた。

 実際はただ鼻がむずがゆかっただけなのだが、他の兵士達のちょっとしたそぶりも、全てが同じような嘲笑に見えた。


 タツヤは康大を見る。


 もう剣から手は離し、ザルマとともに現れたハイアサースの治療を受けている。

 康大の本心はこの傷が原因でまたゾンビ化が進行しないかと気が気ではなかったが、タツヤの目にはそれが完全に自分に失望した、もう構う価値さえ感じなくなった旧友のそれに思えた。


「あ、ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 そこでタツヤの心の糸は完全に切れた。

 タツヤの体がふわりと浮き上がり、その体がグラウネシア王城の方へと流れていく。

 心の防御機構が一度は封印した飛行スキルをタツヤに使わせ、この場に残り心が完全に壊れるのを防ごうとしたのだ。


 その無様な姿に、フジノミヤ兵達は爆笑する。コルセリアでさえ、口元に手を当て、その鉄面皮を崩して必死に笑いをこらえていた。

 唯一康大だけは、笑うどころか心の底からぞっとした。

 もしこれを最初に使われていたら、もはや勝負になどならなかっただろう。

 空にいる状態で爆発魔法を使えば、それでもう終わりなのだから。

 改めて康大は、チートスキルを付与されるほど無能で幼稚だったタツヤの精神に安堵する。


「追うのか?」

 怪我を直し終えたハイアサースの言葉に、康大は首を横に振った。

 これ以上タツヤを責めても意味はない。

 物理的な攻撃は効かないのだから糠に釘だ。


 むしろ無敵であることを再認識させ、余計な自信を与えるかもしれない。

 今はこの無様な姿を敵味方問わずさらさせることが最も効果的なのだ。


 ――という考えで答えたのだが、ハイアサースは理解してないだろうなと、康大は苦笑する。


 やがてタツヤはグラウネシアの砦も越え、康大の視力では見えないところまで逃げていった。

 それと同時に康大は次の段階に移行するよう指示を出す。


 それを受け、その場にいた全員が元のように森に散会した。

 タツヤが無力化したとはいえ、まだ戦が終わったわけではない。

 むしろ戦況的には砦を完全に破壊され、ほぼ丸裸にさせられたフジノミヤ軍の方がはるかに不利なのだ。


 グラウネシア軍にそうと気づかれる前に、この場から撤退しなければならなかった。

 砦か破壊されることを確信していた、康大の事前の指示である。


 ただ、ここから先は康大自身がやるべきことはなかった。

 あの場でもそう伝え、タツヤが戦場を去ってからは全権をライゼルに預けると宣言もした。


 これからどうなるか。


 場違いな臆病者が去ったこれからが、本当の戦争の始まりであった――。

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