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Siebenundzwanzig《27》

「ふっ、雑魚が粋がるからだ」

 グラウネシアの砦の前に立ち、今は瓦礫と化したフジノミヤの砦を遠くに見ながらタツヤは鼻で笑った。

 そんなタツヤを取り巻きの美女たちは、尊敬よりむしろ恐怖の籠った目で見る。


 タツヤは再び不快そうに鼻を鳴らした。

 結局こいつらなど見た目だけでアクセサリーも同じだ。

 自分の偉大さを全く理解できていない。

 ――自分からはまともに手も繋げない童貞のくせに、そう上から目線で思っていた。


 ちなみにタツヤは小学生の頃、運動会のフォークダンスで女子と手をつなごうとしたら、泣いて嫌がられ、それ以来異性に触ることがトラウマになっていた。本人はそれを孤高の、いかにもな主人公と同じ性質だと考えているが、実際はただの臆病者だ。


 なおそれでも周囲に女性を侍らしているのは、単純にスケベだからだ。

 見ている分には目の保養になる。

 現実セカイで持っていたエロ本やエロ動画の数は、それこそ目録が必要なほどである。


「まあこれで仁木のアホも俺の偉大さが分かっただろう」

 タツヤは思い切り顔をゆがませ勝ち誇る。

 周囲の人間には美形の貴公子が片頬を上げている姿にしか見えていないが、実際はかなり醜悪な光景だった。


 タツヤには砦に康大が来ているかどうかは分からない。

 それを調べるスキルは持っていたが、調べようという気にはならなかった。

 調べれば何か康大を気にしているような気がして、癪に障ったのだ。


 康大を気にはしていないが、その康大に圧倒的な力を見せマウントを取る。そんななひどく矛盾した考えによる、問答無用の砦の爆破だった。

 そんなどうでもいい理由で殺されたら、砦を守っていた兵士達も、死んでも死にきれなかっただろう。もし康大による誘導がなければ、大量の悪霊が生まれていたはずだ。


「それではた、タツヤ様。これからフジノミヤに本格的に侵攻するのですね」

「そうだな……」

 揉み手をしながら、文字通りご機嫌伺いのような態度で聞いてくる砦の司令官に、タツヤは気分よさそうに答えた。

 彼はこの戦いの直前に急遽任命された貴族で、兵士からも信頼されず、さりとて特に有能なわけでもなく飾りのような存在だった。


 そんな人間がなぜ前線の砦の司令官任命されたかと言えば、まさに派閥の論理である。


 もともとこの砦の司令官は近くの領主であり、またサムダイが所属するパルティナスの人間であった。しかし、今回の出兵が決まった直後、チェリーパルティナスの貴族達の要請に押し負けた王によって解任され、代わりにチェリーパルティナスにおける調整役であったこの男が就任したのである。


 軍人としても官僚としても無能と言っていい男だが、世渡りは優れ、現に今もタツヤに対しては歯の浮くようなおべっかを、平然と使っていた。自分の立場がタツヤの後ろ盾で成立していることを誰よりも理解し、部下の兵士達にどんな目で見られようが、常にタツヤにのみ応対した。


 だからといって今回の役目は決して貧乏くじではない。

 それどころか、実戦は全てタツヤが行い、自分はただ安全な所で見ていれば大幅な加増が見込めるのだから、これほど楽な仕事もなかった。

 司令官としては、タツヤの機嫌さえ損ねなければそれでいいのだ。


 そんな太鼓持ちと今まで軽蔑されるだけの人生だったタツヤとはすこぶる相性が良く、この砦に来てから取り巻きの美女達同様、常にそばに従わせていた。

 現実セカイにいた頃は「俺はお世辞しか言えないような奴に騙されたりはしねえ」と言っていたが、今の彼はとてもそんなことを言っていた人間には見えない。面と向かって褒められたことがほぼ0なので、おべっかの耐性や経験がなく、簡単に騙されたのだ。


 なお司令官の抜擢にタツヤ自身は全くかかわっていない。

 タツヤには高度な政治的闘争など理解できず、たとえわかっていたとしても、そのために自分に好意的でない人間とやりとりするなど、ごめんだった。


「まあとりあえずあのがれきの山を蹴散らしてからだな。そのままだと道が使えないんだろ?」

「さすがタツヤ様、そこまで見越すとはまさに勇者ですな」

「ふふ、それは違うぞ」

 タツヤは優越感に浸りながらも否定する。

 そして出た答えは、どうしようもないものだった。


「俺は勇者じゃない、漆黒の放浪者(ダーク・ドリフター)だ。そんな安っぽいジョブに収まる人間じゃないんだよ」

「これは我が身の無知を恥じ入るばかりです」

 司令官は全く意味は理解できなかったが、とりあえずそう言った。


 単純なタツヤはさらに有頂天になる。

 一方、取り巻きの美女たちは複雑な顔をした。


 幻術で見るタツヤは確かに美男子ではあるが、態度や聞こえる話の内容は変わらない。そのため幼稚すぎる言動ははっきりと伝わり、外見とのひどいギャップに困惑を覚えるようになっていた。

 クールに見えても実際はすぐに癇癪を起こし、その上いじける。また、今のように調子にも乗りやすく、挑発にも簡単に乗る。そして人の好き嫌いが激しく、イエスマン以外は絶対に自分のそばに近づけない――。


 たとえ強大な力を持つ美男子でも、その内面に疑問を持つのは当然と言えよう。

 もし彼女たちを抱いて言れば、都合のいいようにとらえてくれたかもしないが、タツヤにはその甲斐性もない。

 さらに康大との出会いで不機嫌が続き仮面もはがれ始め、いよいよ彼女たちの心も離れていった。

 今タツヤに対して下心無く付き合っているのは、チェリーぐらいのものである。


「しかしあの馬車はどうにかならないのか。あんなもん全然楽じゃないじゃないか」

 これは康大も感じたことだが、ゴムが存在していないこのセカイでは、車輪への衝撃が台車にも直で伝わり、とにかく現代人には尻が痛い。タツヤが馬車の衝撃を和らげるスキルなんてニッチなものを小説の主人公に持たせたわけもなく、歩くよりはましな程度の乗り心地だった。

 さらに誰にでもできると思っていたため乗馬スキルも設定しておらず、結局移動は馬車に頼らざるを得なかった。


 司令官は「申し訳ございません!」と謝る。

 コルセリアが使ったような特殊な魔法は、残念ながら彼は持ち合わせていなかった。

 その代わり、というわけではないが、代案なら彼にも用意はできた。


「しかし聞いた話によれば、タツヤ様は空を飛べるとのこと。それを使えばあえて馬車を使うことも……」

「・・・・・・」

 司令官の提案に、タツヤは分かりやすく表情を変える。

 幻術でも表情は反映されるため、すぐにタツヤの不興を理解した司令官は、反射的に頭を下げて陳謝する。


 タツヤはムスッとしたまましばらく黙り込んだ。

 取り巻きの美女の一人が、心底うんざりしたように溜息を吐く。

 それに気づいたタツヤは美女をにらんだが、結局何もできなかった。


 ちなみになぜ飛行スキルを使わないのかというと、それはこのセカイに来てすぐの出来事が原因だった。


 空を飛べると知ったタツヤは、すぐにそのスキルを試した。

 しかし、スキルはあっても感覚まではついていけず、最初は修練が必要で、初めて地面から浮いたその姿はかなり不格好だった。

 それをたまたま近くにいた子供達に見られ、大笑いされる。


 そこで子供たちを適当にあしらい練習を続けていたら、今頃大空の支配者になっていたかもしれない。

 しかし現実のタツヤは子供を叱るどころか、走って逃げだしてしまった。

 彼にとって、恥をかくことは絶対に許されず、無様な練習を見られるなど到底許容できなかったのだ。相手が子供だろうが大人だろうが関係ない。とにかく、徹底して自分が上の存在でいたいのだ。


 それ以来タツヤにとって空を飛ぶことはタブーだった。

 一方でライターで火を起こすように簡単に習得できた爆発魔法は、今までこれ見よがしに、何度も使っていた。

 その分使い方も多少うまくなっていはいたが、進歩としてみればカタツムリの歩みのようなものである。もし完璧に使いこなせたら、公道にがれきを残すこともなかっただろう。


 不貞腐れたタツヤの機嫌を司令官ががどうやって直そうかと考えていると、偵察に出ていた斥候が2人の前に報告に現れた。いくら司令官が無能とはいえ、タツヤが何かする前に瓦礫の確認を支持する常識ぐらいは持っていた。

 この段階で早くもすべてが終わった気になっているのは、タツヤぐらいである。


「どうした、やはり辺りは死体だらけだったか?」

「それが、死体どころか肉片一つありませんでした……」

 兵士は狐につままれたような顔で報告する。

 聞いた司令官も兵士の報告が理解できないようであった。

 そもそも報告事体どうでもいいと思っていたタツヤは、暇そうに欠伸をする。

 こんな状態ではまともに話などできないと思ったのか、見るに見かねて部隊長レベルの兵士が現状の説明をする。


「恐れながら申し上げます。おそらくフジノミヤの者達は、既に砦から退去していたのでしょう。タツヤ様の魔法と同時に砦の人間全員を退避さるような大魔法を使った可能性は低く、こちらの攻撃が読まれていたのかと」

「し、しかし砦にはかがり火が炊かれていたではないか!?」

 兵士に対して司令官は居丈高な態度で詰問する。

 タツヤにへりくだる分、部下に対しては高圧的だ。


 こんな二面性も、彼が人気のない理由の一つだ。

 部隊長は内心溜息を吐きながら答える。


「おそらくこちらの目を欺くためのものでしょう。明け方も朝餉の煙らしきものが昇っていましたが、あれは誰かが煙だけ起こしていたのかもしれません」

「な、なんでそれにお前たちは気づかなかったのだ!?」

「それは……」

 どう考えてもタツヤの一撃で終わると思い、砦を調べる指示を出さなかった司令官の怠慢によるものなのだが、それを素直に口に出すほど部隊長も世間知らずではない。自分よりはるかに劣る馬鹿な上司と付き合うためには、より賢くなる必要があるのだ。

 そこで部隊長はこう答えた。


「……それは敵方に恐るべき智者がいるせいに相違ありません。このような策、前代未聞です」

 心にもないとはまさにこのことだろう。

 空城を欺く策略など、昔から数多く用いられてきた。

 それを知りながら、自分や部下たちに被害が出ない理由をこの場ででっち上げたのである。

 彼が司令官であったなら、これからの戦いの趨勢は大きく変わっただろう。上は無能ぞろいだが、そのまま留任した下は決してそうではなかった。


「そ、そうか、そうだな」

「はあ? 俺よりできる奴がフジノミヤにいるわけねーだろ!」

 同じように責任転嫁できると思った司令官は賛同したが、タツヤがいきなり否定する。

 司令官も部隊長も呆気にとられた。


「そ、そんなの偶然に決まってる! 俺が最高に賢くて強いんだよ! 魔力も賢さもマックスなんだから!」

 このセカイでは常に自分が一番でないと気が済まないタツヤは、少しでも自分より優秀な可能性がある人間の存在を認められなかった。孤高の戦士と自称しながら、何もかもが自分中心でないと気が済まないのである。


 ちなみにタツヤの小説設定したデータの賢さの数値は999であるのだが、センタもさすがにそればかりは反映させることはできなかった。

 もし知性まで反映させたら、それは遠藤達也とは全く別の人間になってしまう。それでは異世界に死んだ現実の人間を転生させた意味がないのだ。


「そ、そうですね。そんなことはありませんよ!」

 部隊長より早く状況を理解した司令官は、咄嗟にタツヤをフォローする。こういうところだけは抜け目がない。

 そんな上司の姿を見て、部隊長はこの戦い負けるのではと思い始めた。


 戦力比からすれば敗北は絶対にありえない。タツヤの強さは部隊長もよく知っている。

 だが、どれほど圧倒的な戦力を有していても、上がどうしようもない無能とガキではこれからどう転ぶか分からなかった。


「それでタツヤ様、これからどういたしましょう? 逃げた兵士たちを追いますか? それとも奴らを無視し、瓦礫を排除してこのままフジノミヤの王都まで向かいますか?」

「とりあえずめんどくせえから森でも焼くかな。その後適当に王都に行けばいいだろ」

「そ、それがようございますね!」

 タツヤのやる気のない態度に、司令官は不安を覚えながらも賛同する。

 どうやら機嫌が悪いのはまだ治ってないらしい。


「報告します!」

 そんな彼らの元に、2人目の斥候が現れる。

 このセカイに限らず、偵察を出すのは2人以上が常識で、こうして時間差で現れることも別に珍しいわけではない。

 そして、えてして後者の方が多く情報を持っていた。


「瓦礫の山と化した砦に、2人の人間が現れました。そのうちの1人は赤旗を持っていますが、如何しますか?」

「赤旗?」

 タツヤは首をかしげる。

 赤旗がこのセカイでどういう意味を持つか、彼は全く知らなかった。

 ちなみにその旗を使っていた当人も、数時間前まで知らなかったが。


「赤旗ということは降伏という意味ですな」

「あ、ああそうだな」

 司令官が出した助け舟にタツヤは飛び乗る。

 こういう気配りこそがこの男の武器であり、逆にそれだけで今の地位にのし上がっていた。


「おそらくタツヤ様の魔法を見て、勝てないと思ったのでしょう。如何なさいますか?」

「如何なさいますかってめんどくせえな……」

 タツヤにはこれといったビジョンなどない。ただ力を誇示して自分がえらいと思わせたい、それだけが行動理念だった。そのため、戦争に関わる細部の決断など本当にどうでもよかった。


「と、とにかく会うべきかと! タツヤ様の魔法で砦の周囲に隠れるような場所もなく、相手は所詮2人。万が一にもタツヤ様が遅れを取るようなことはありません。ですからここは戦場の掟に倣い、相手の降伏を受け入れるべきでしょう」

 この能無しコンビに任せていたら何をされるか分からないと判断した部隊長は、慌ててフォローする。


 今回のような、これといった遺恨もなく、一方的な戦いで降伏してきた相手に会わないなど、このセカイの常識であり得なかった。もし、そんなことをすれば、今後の交渉の窓口を閉ざすことになり、さらにフジノミヤ軍を徹底抗戦以外選択肢がない状態に追い込む羽目になる。そうなれば、グラウネシア軍としても、どこまで被害が出るか分かったものではなかった。


 何よりそれは、そのまま下で働く自分達の生存率を著しく下げる行為でもあった。

 

 部隊長の言葉にタツヤはつまらなそうな顔をする。

 心底会うのが面倒そうであった。

 ただ今回ばかりは司令官も身の危険を考え、続けて強くタツヤに会うよう勧める。


「タツヤ様、ここで降伏者に会えば、タツヤ様の偉大な姿がフジノミヤの愚か者どもにも知れ渡るでしょう。さすればこれからの戦いも、より容易く進むものかと思います。このような役目、タツヤ様をおいて他にはできません!」

「……しゃあねえなあ」

 まんざらでもない顔で、最終的にタツヤは提案を受け入れる。

 実際の体重は重いが、こんな歯の浮くようなセリフで簡単に持ち上がるぐらい、人間的にはかなり軽かった。


「じゃあ行ってやるか。おら、行くぞ」

 そう言って振り返ると、取り巻きの美女たちは知らぬ間にどこかに行っていた。

 もうこれ以上付き合っていられない、行動がそう訴えていた。


 女の足だ、探せばすぐに見つけられただろう。

 ただ、そうすることで自分が下に見られることが耐えられず、また彼女達に何を話せばいいのか全く分からなかったタツヤは、舌打ちしただけで結局無視した。


 それからタツヤは司令官をつれ、その投降者に会いに行く。

 部隊長は砦に残り、いつでも逃げられるよう準備をしておいた。そもそもタツヤ以上の戦力はこの場に誰一人としていないのだから、助けに行く必要性はかけらもない。


 グラウネシアの砦とフジノミヤの砦はそれこそ指呼の距離にある。お互いの国境に建てられているのだから当然だ。そして中間には件の緩衝地帯がある。

 崩壊された砦に現れた投降者2人はすでに瓦礫と化した砦を離れ、その中間地点まで来ていた。

 そのため、タツヤも余計な体力を使わずに済んだのだが……。



「て、てめえ仁木じゃねえか!?」

「よう」

 赤旗を持った投降者――二木康大は平然とした表情で手を振り、タツヤを迎える。タツヤの目にはしっかりゾンビの顔に見えるのだから、間違いようがない。

 その隣には、彼の護衛役でもある冷徹な美女、コルセリアがいた。


 タツヤはここでも、着ている服だけは上等な冴えない中年男性である司令官だけをつれた自分がみすぼらしく感じられ、途端に不快になった。彼にとって見た目の優劣は何よりも大事であり、常に自分の方が上でないと気が済まないのだ。


 楽しそうに自分を見ている康大は、そんな内心を完璧に把握しているようであった。

 しかし、あくまで身分は投降者である。

 口から出る言葉も、それに則ったものであった。


「とりあえずアレはないな。砦ぶっ壊すとか移動砲台じゃねえか。無理無理、勝てない。こーさんこーさん」

「はっようやく負けを認めたか!」

 タツヤがこのセカイに来てから最も勝ち誇った顔をする。

 本人は死んでも認めないだろうが、タツヤは現実セカイにいた頃ずっと、康大に引け目を感じていた。

 同じ高校に通いながら、かたや彼女をとっかえひっかえ、かたや誰も友達が出来ずに不登校寸前。学内ヒエラルキーは誰の目にも明らかだ。中学時代は対等に話せていたのに、高校に入った瞬間致命的な差がついてしまった。タツヤにとってその頃の関係は、屈辱以外の何物でもなかった。

 また、康太の方でも完全にタツヤを見下し、軽蔑していた。目も合わせようとすらしない。


 なお向こうのセカイの康太がそこまで態度を変えたのは、タツヤ自身に大きな理由があるのだが、自分を顧みることができないタツヤはそれを全く理解していない。そして当然別のセカイの康太にとっては濡れ衣もいいところだが、外見的に同じ人間ならタツヤには関係がなかった。


 その康大をこうして屈服させられたのだ。

 気分が良くないはずがない。


「ようやくわかったこの野郎! 土下座しろ土下座! 高校で会うたびに俺のこと陰で笑ってたこと謝れ! 悪口広めて俺をクラスで孤立させてたこと謝れ! 生きてることを謝れ!」

『・・・・・・』

 康大だけでなく、司令官も呆然とする。

 彼には話の意味は分からなかったが、その内容がとてつもなくみじめで矮小なものであることは理解できた。

 さすがの彼も、この幼児にこれからもついていき、果たして大丈夫なのかと不安になる。


 一方、康大の方はこれ見よがしな溜息を吐いた。

 呆れているということを隠しもしない。

 それが当然のようにタツヤの癇に障る。


「なんだよ雑魚のくせに!?」

「お前のチートスキルに比べれば、まあ俺の能力なんて雑魚だろうな。けどまあ、俺もこのセカイで修羅場はくぐってきたわけよ。で、戦場の作法は理解してる。ってことで降伏のお土産」

 そう言って康大はあの革袋をタツヤに向かって投げた。

 タツヤはそれを反射的に避け、代わりに司令官が転がった物を拾う。


「な、なんだよそれ!?」

「見ればわかる。なに、噛んだり爆発したりはしないさ。まあちょっと刺激的なオブジェってところかな」

「……おい」

 タツヤは司令官に中を確認するよう指示した。

 司令官は嫌々ながら命令を遂行する。相手が危険物でないというのなら、それを信じるしかない。身内の危険物(タツヤ)の方がよっぽど可燃性なのだから。


 中を確認した司令官は眉をしかめる。

 そして、それをタツヤに渡した。


「な、なんだったんだよ!?」

「何のことはありません、ただの首でした。ただ私は知らない者だったので、タツヤ様の方で確認した方が良いかもしれません」

「え、くび……?」

 タツヤの態度がいきなり変わる。

 その時康大はにやりと笑ったが、その場にいる人間は誰もそれに気づかなかった。


「その首はフジノミヤにいたお前らの内通者さ。内々で処分するつもりだったが、せっかくだから降伏の証として、上の人に頼んでもらってきた」


 ――そう、これが康大があの時、アムゼンに頼んだ土産であった。


「タツヤ様も確認を。首しか入っておらず、安全は確保されております」

「で、でも……」

「あれえ? もしかしてお前、生首もまともに見たことねえの? あんな魔法ぶっ放して人殺しまくっておいて? 俺なんかいやって言うほどこのセカイに来て見てきたぜ」

 康大が分かりやすい挑発をする。

 タツヤは歯ぎしりをし、こちらも分かりやすく苛立った。

 尤も、康大の行為は明らかに意図的で、タツヤの反応は完全に素だが。


「はあ!? てめえにできて俺にできねえわけねえだろ! よこせ!」

 タツヤは司令官から革袋をひったくる。

 だがすぐには開けなかった。

 恐怖で指が全く動かなくなっていたのだ。

 そんなタツヤを康大が更に挑発する。


「あのさあ、お前、今までさんざん人殺してきたんだから、別にビビることもねえだろ?」

「お、俺は人なんか殺してない!」

「はあ? あんだけ広範囲な魔法使ってれば誰か死んでるに決まってるだろ。お前人がいなさそうで使ってるから大丈夫って、寝ぼけたこと考えてねえよな。森だって狩人の人は働いてるし、子供が遊んでるかもしんねえんだぞ。そういう人たちをお前は皆殺しにしたんだよ。何の落ち度もないのにな!」

「う……」

 タツヤの顔が青くなっていく。

 アニメや漫画の常識をこのセカイでも、いやこのセカイだからこそ適用させているタツヤは、その可能性を全く考えていなかった。自分の退屈まぎれの行為で不幸な死者が出るなど、夢にも思っていなかったのだ。


 康大はさらに追い打ちをかける。


「まさかてめえ、今まで自分が殺してきた人間の顔、1人も見たことねえのか? 少なくとも俺はテメーが殺した人間の顔は、しっかり見てきたぜ。そいつみたいに、関係のない人間の死に顔もたくさん見てきた」

 それはこのセカイではなく、むしろ現実セカイの話であったのだが、タツヤはそれを知らなかった。以前康大から聞かされた話を、全く理解できていなかったのだ。


「さあ見ろよ、テメーにはその責任があんだよ! さあ!!!」

「う、うるせえ! うおおおおおお!!!!!!」

 タツヤは絶叫とともにゆっくり革袋の口を広げ、()()を地面に落とす。この期に及んでも目が合うことを恐れ、逸らしながら開けたためだ。


 地面に落ちた中身――生首はあまり遠くまで転がらず、ちょうどタツヤの真下あたりにぼとりと落ちる。

 生首は腐敗防止のため腐りやすい舌と眼球が抉られていた。

 その中身がなくどこまでも黒い眼窩が、タツヤを見上げる。


 まるで今まで戯れで殺してきた人間達の恨みを代行するかのように。


 少なくとも、タツヤ自身はそう思った。


「う、う、う……あうあうあうあ……」

 そのリアルな光景にタツヤは絶叫すらできず、魚のように口をパクパクさせながら腰を抜かす。さらにズボンは漏らした小便で濡れていた。


 どうしようもないほどの醜態だ。

 死が身近にあるこのセカイで、たかだか生首程度でここまで取り乱す人間など、女子供ぐらいしかいない。あの料理しか得意なことがないと言っていた兵士でさえ、人を殺したことがあった。


 司令官は大きなため息を吐いた。

 ここにきてタツヤについてきたことを心底後悔した。


 そんなタツヤに康大が近づく。

 康大はタツヤに手を伸ばした。

 しかしそれはタツヤに手を貸すためではなく、その腰に帯びている剣を抜くためであった。

 コルセリアと違い、康大は完全に無防備なので、司令官も警戒することができなかった。

 

 ここで剣を奪い殺すのか。


 司令官も護衛のコルセリアもそう思った。

 だがその後に取った行動は、この場にいる人間どころか、このセカイの住人にとって理解の範疇を越えた行為であった――。

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