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第26章

 食後――。

 食堂に残った康太が給仕された紅茶を飲んでまどろんでいた頃、砦の様子があわただしくなる。

 もちろん部外者どころか責任者である康大に、のんびりしていることなど許されない。

 ただ、あえて康大の耳に入れないあたり、おそらくライゼルのところで情報を遮断しているのだろう。蔑ろにしているというより、真贋の判断をしているように康太には思えた。


「そろそろ戦いが始まりそうですね」

 隣にいたコルセリアが声をかける。

 ザルマはライゼルの指揮下の元戦いの準備をし、ハイアサースは腹ごなしとばかりに兵士達に祝福の魔法をかけているので、この場にいるのは2人だけだ。


 もちろんコルセリアは康大の様に暇を持て余しているわけではなく、ザルマの指示通り護衛についている。魔法が存在するこのセカイでは、密閉された砦の中でも完全に安全とは言えなかった。

 たとえタツヤが奸計を用いる頭脳も根性もなくとも、他のグラウネシア軍人は違う。安心しきっている康大の代わりに、念には念を入れて、だ。


「もし女だか男だか分からないようなござる口調の暗殺者が来たなら、私が必ず真っ2つに斬り子宮を露わにして、性別を判別しやすくしてやりましょう」

「怖すぎるわ! まあ、遠藤以外の敵は頼りにしてるよ」

「そのことなのですが、心を攻める、と言ってもいったいどうやってあの怪物と渡り合うおつもりで?」

「うーん、方針はできてるんだけど、細かいところはその時に臨機応変で――」

「コウタ様」

 ライゼルだった。

 元から険しい顔なので表情は変わっていない。

 ただその身に纏う空気がより剣呑になっている気がした。


「どうやらかの異邦人はグラウネシアの砦付近まで来ているようです。おそらく夕方前には到着するかと」

「夕方前か……」

「き奴はそのまま攻めてくるでしょうか。それとも時間をおいて夜襲をかけるでしょうか?」

「どちらの可能性も低いですね」

 康太は断言した。


「理由をお聞きしても?」

「理由は単純です。アイツは体力が全くないんです。おそらく馬車でここまで来たのでしょうが、それでもアイツにとっては重労働だったはずです。私のセカイの人間は基本軟弱で、馬車旅もかなりつらいですから。初めて会った時、汗だくで鼻息も荒かったので間違いないでしょう」

 もし基本的な体力アップスキルがあったなら、あそこまで見苦しい姿は見せなかったはずだ。

 幻術をかけられているこのセカイの住人には分からなくとも、康太はそれをしっかりと見抜いていた。


「さらに疲れたらすぐに寝ますから、夜襲もありませんね」

「ならばこちらから夜襲をかけるべきですな」

「相手が普通の人間ならそうでしょうが、タツヤ相手にはそういうわけにもいかないでしょうね。あいつは基本不死身ですから。そんな相手に夜襲をしかければ、会話する時間もなく戦いになり、逆に打つ手が無くなります」

「本当に厄介な……」

 ライゼルははため息を吐いた。

 この死神にしては珍しい反応だ。

 本当に、心の底から遠藤タツヤという存在に呆れているのだろう。


「とはいえこれはあくまで予想なので、こちらはあらゆる状況に対処できる手を考える必要があります。ライゼル将軍、元々のこの砦の司令官の方を」

「御意」

 ライゼルはすぐにその場を去り、砦の外で部下に指示をしていた司令官を呼びに行こうとした。


「あ、ちょっと待ってください。私も行きます」

 康太は少し考え、自分から司令官に会いに行くことにする。

 その方が()()()()()()()()


 砦から出ると、兵士たちに訓示らしきことをしているザルマを見かけた。

 司令官はその隣にいる。

 面白そうだったのでしばらく声をかけず、黙って聞いてみることにした。


「――死ぬ直前まで冷静でいられるなら、それに越したことはない。だがよほどの人物でなければそれは不可能だ。だからと言って潔く自害すべきでもない。とにかくわれらのような小人は泥をすすり、靴を舐めてでも生き残ることを考えろ。羞恥に耐えて生き長らえば、いつか必ず功は立てられる。何の功も立てず、安易に死ぬことこそ最大の不忠と……」

 そこまで言って、ザルマはニコニコした顔で自分を見る康大に気づいた。


「……何か言いたそうだな」

「いや別――」

「感動しました!」

 康太が言い終わる前に、一緒に来ていたコルセリアが叫ぶ。

 その目は潤み、握ったこぶしは震え、暑苦しく震えていた。


「ぼっちゃ、いいえ、御屋形様がそこまで成長されていたとは! 男子三日会わざれば刮目して見よ、とはまさに御屋形様のためにある言葉! このコルセリア心底感服いたしました!」

『・・・・・・』

 過保護な従者の言葉に、当事者たちを除いた全員が呆気にとられる。

 康太ですらからかおうという気持ちが一切なくなった。

 それどころか同情すらした。


 そんな康太の気持ちを察しているのかいないのか、ザルマはただ顔を真っ赤にして羞恥に耐えていた。

 自分が今言ったことをすぐに実践している、演説者の鑑だ。


「御屋形様、このことはすぐに領地の民達に伝え、以後アビ家の家訓として――」

「コルセリア、話があるからそろそろ黙ってくれないか」

「これは申し訳ありません」

 コルセリアははっとなって頭を下げる。

 その様子は初めて会った時、圭阿のことを熱く話していたザルマにそっくりで、本当に似たもの姉弟なんだなと康太はつくづく思った。


「それではコウタ様」

「ええ。……いずれ全員に伝わることなので、今ここで伝える。戦いの前にこの砦を放棄する!」

『――――!』

 その場にいたライゼル以外の人間すべてが驚愕の表情を浮かべる。

 その中でも最も衝撃を受けたのは、件の司令官だ。

 彼は現在命令系統上康太の下に置かれているが、とても承服できる命令ではなかった。


「よ、よろしいですか閣下! いったいこの砦の何が問題なのです!?」

「問題はありませんし、あったとしても素人の私にはわかりません。ただ、戦略上砦にこもることは、この戦いではマイナス以外の何物でもないのです。司令官、これから戦う敵がどんな人間かは知っていますね?」

「はい。この砦からはあの爆発もよく見えましたから……」

「それこそが理由です」

「……!?」

 司令官ははっとした。

 こんな要所を任されるだけあって、決して頭が鈍い人間ではなかった。


「これから戦う遠藤は普通の人間ではありません。たった一人で山を削るような爆発魔法が使える怪物です。そんなあいつにとって、砦は当てやすい的以外の何物でもありません」

「し、しかしこの砦には耐魔装備も施され、今まで被害もなかったので……」

「それは奴にその気がなかったからにすぎません。とにかく被害を最小限に抑えるためにも、ここは放棄します」

「……分かりました」

 まだ完全に納得していないようであったが、司令官は不承不承頷いた。

 康太も無理やり言うことを聞かせたようであまりいい気はしない。

 ただそれでも人命には替えられないと信じていた。


「ですがあかさまに無人では、グラウネシアの兵たちに占領されるでしょう。こちらも最低限兵士は残していると信じ込ませなければなりません」

「そうですね。そのあたりは撤収した後の待機場所も含めて、貴方とライゼル将軍に任せます」

『御意』

 2人が頷く。


「それではこれから砦を退去してからの行動も説明する。私の指示通りに動けば、この戦いには勝てると……いいや、必ず勝つ!」

 康大はあえて強い口調で断定する。

 勝てると思う、では士気も上がらない。この状況では正直は美徳ではなく、無能の証明だ。

 そこに納得できるほど、康太の頭も知らぬ間に切り替わっていた。

 

 それから康太は、その場にいる全員に戦い全体の作戦の説明を始める。

 ライゼルはスパイの可能性を考え、上層部だけで情報を共有するよう進言したが、康太はそれを断った。


 曰く、

「あのバカがトップなら、そこまで考えが回りません。それより周知徹底させた方が、ミスが少なくなっていいと思います」

 というのが理由だ。


 自分よりはるかにタツヤを知る康大の言葉に、ライゼルもそれ以上異議を唱えることはできない。

 康太の考えは受け入れられ、最終的にこの砦にいる兵士はぼ全員作戦の全容を知ることになった。


 そしてそれは、末端の兵士達の士気向上にもつながった。戦争において作戦内容を知るのは本来一部の将軍達だけで、自分達はあくまで使い捨ての駒のようなもの。そう卑下していた彼らにとって、作戦を聞かされるということは、そのまま自分の価値の大幅な向上も意味したのである。

 もちろん康大にそこまでの意図はなかったが、思わぬところで判断が幸いした。


(俺が今できることは全てやった。あとはこれがどこまで効果があるか)

 

 康太はアムゼンからもらった革袋に触れようとして止めた。

 頼んだとはいえ、あまり触りたいものではない。


 そしてタツヤがどう動くか。


 おそらく決戦は明日になるが、多少は成長してすぐに攻撃を仕掛けるかもしれない。

 そのため、康太もコルセリアとザルマ、そしてハイアサースとともに砦を退去し、近隣の森に隠れながら常に動ける態勢をとった。

 徹夜も3日目になろうかというのに、気を張っていたせいか睡魔が訪れることはなかった。

 唯一いまいち事情を理解していないハイアサースは、土の上だというのにもう寝ている。

 現状兵士達に対する加護も終わり、起きている必要もなかったため、康太達はそのままにしていた。


 やがて翌朝……を通り越して昼前。


 すさまじい爆音とともにフジノミヤの砦が崩壊する。


 それを合図に、いよいよ戦争が幕を開けた――。

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