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第23章

「――といったことがありました」

「ほう、面白いことがあるものだな」

 側近である将軍の報告を受け、猛き王子は鷹揚に頷く。

 そして当事者である人間達に向き直った。


「さて、これは一体どういうことか説明してもらおうか」


「・・・・・」


「聞いているのかコウタ? それとも子爵と言ってもらいたいのか?」


「……いえただ自体の急転に頭がついていってないだけです――殿下」


 康大はアムゼンに対し、そう恭しく答えた。


 結論から言えば、あの時康大に大剣を振り下ろしたのはライゼルであった。戦闘中であったのか、黒い鎧が返り血で赤黒く汚れていた。

 もしライゼルが康大だと気づかなければ、その場にいる全員胴体と今生の別れをしていただろう。


 突然の康大の登場にもライゼルは驚いた様子は見せず、ただ「なぜここにいる?」とだけ聞いた。

 康大に隠す理由もないので素直に話そうとしたところ、「いや直接お前から話した方が早いだろう」とライゼルに首根っこをつかまれ、ここまで連行されたのである。

 仲間たちはそんな2人にただついていくことしかできなかった。



 連れていかれたのは野営用のテントであり、その中央には居並ぶ将軍たちの首領――アムゼンがいた。

 当のアムゼンに会うことが目的だったとはいえ、この展開は完全な予想外である。

 そのため、康大も借りてきた猫のようにおとなしく、しばらく呆然としていることしかできなかった。

 もっとも、身動き一つとれなかったのは康大の後ろ、ほぼついでで拝謁したザルマとコルセリアの方であったが。


「さて、では改めて聞くぞコウタ。使者としてグラウネシアに派遣されたお前達が、なぜこんなところにいる? 話がしやすいように先に説明しておくと、私はこの場には()()をしに来たのだ」

「掃除……ああ」

 アムゼンは裏切り者を粛清しに来たと言っているのだろう。

 確固たる証拠(トンネル)がありながらそれを放っておくほど、甘い王子ではなかった。


「まさかこの私にも言えないことなのか?」

 アムゼンの目がギラリと光る。

 その様子に将軍たちの顔色も変わった。


 この王子の苛烈さを彼らはよく理解していた。

 唯一ライゼルだけが家臣では表情一つ変えない。

 そして家臣ではなく、疲労困憊であまり感情面にまで頭が回らない康大も、取り立てて反応することはなかった。


「いえ。ただちょっと頭の整理が必要なだけです。あの、何か飲み物はありませんか? ここまで命がけの水泳をしたせいで、喉がカラカラで」

「私を前にしてよくも言えたものよ」

 アムゼンは楽しそうに笑い、そばに控える従者に何か持ってくるよう指示する。

 ただ従者が動く前に、ライゼルが持っていた自分用の水筒を康大に投げてよこした。

 康大は「どうも」と言いながら、遠慮なくそれを飲み干す。


 そんな康大の姿を見てコルセリアは絶句する。

「(ぼっちゃまからコウタ様と殿下の関係を聞いた時、話半分に受け取っていましたが、まさかここまでとは……。それにあのライゼル将軍とも懇意なようで)」

「(ああ。アイツは普段は頼りないが、こういう場面を見ると底が知れん)」

 異母姉弟がそうささやき合っている間にも、康大とアムゼンの話は続く。


「さて、いい加減話す気になったか」

「至急のことなので結論から言います。グラウネシアのチェリーパルティナスがフジノミヤとの戦争を決定しました」

『――――!?』

 康大の一言で、テント内一気にざわつく。

 なかには「何をでたらめを!」と康大をなじる将軍もいたが、それはライゼルの一瞥によって一瞬で黙らされた。味方内においても彼の存在は別格である。


「ほう、それを知って命からがらここまで戻ってきたわけか。詳しい話をしてもらおう」

「御意」

 康大はそれから今まであったことをアムゼンに話す。

 当然サムダイのことも包み隠さず話した。別に彼のことを擁護する理由など康大にはない。


 途中情報が誤っていないか、後ろの仲間たちに確認をした。

 しかし、残念ながらザルマもコルセリアも、畏まったまま首を縦に振ることしかせず、あまり役には立たなかったが。

 ちなみにハイアサースは空腹のあまり貪狼のような眼をしていたため、最初から何も聞かなかった。



 正確かどうか康大本人がいまいち確証が持てない報告をすべて聞いた後、アムゼンはゆっくりと頷いた。

「つまりお前の話をまとめると、お前とサムダイが余計なことをしたため、両国間の戦争が起こった、と」

「そう言われると返す言葉もありません」

 悪びれもせずに康大は答える。


 根底に自分を使者に選んだお前の任命責任だろ、という考えがあるため、罪悪感はほぼなかった。

 将軍たちの責める視線は見ないことにしておく。

 命の危機を脱したばかりだと、康大も現代日本人とは思えないぐらい他人の目がどうでもよくなっていた。


 康大の態度にアムゼンは苦笑する。

 おそらく任命責任という点はアムゼン自身も理解しているのだろう。

 あえて康大を責めはしなかった。


 ただし、その責任追及をうやむやにはしない。


「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」

「こうして殿下に報告した後は高度な政治的問題であり、またこの度の不始末の責任を取り、余計な口出しはせず、爵位も返上して謹慎しています」

 いけしゃあしゃあと答える。

 これを直訳すると「面倒ごとはそっちに任せて寝るから終わったら起こして」という意味になる。


 もちろんアムゼンはそれを理解しており、また許す気も毛頭なかった。


「その心構え重畳である……と言ってやりたいところだが、今は人が足りない。働かぬ者をこの地においておくわけにもいかぬ。何より貴様はグラウネシアの異邦人をよく知っている様子――」

「お言葉ですが、あくまで私が知っている人間に似ているだけであって当人ではありません」

「それで十分だ。貴様以上に我が国であの異邦人について知る者もいない。そして現状を鑑みれば、あの男がこの戦の鍵であり、前線に立たぬ理由もない。お前は今すぐ我が幕下に加わり、今回の戦に対する算段をせよ」

「……御意」

 「うわ……」と心の中でうんざりしながら、康大は口ではそう答えた。

 ここまで言われたら、断ることなど不可能だ。

 我を通すには自分の首を賭ける必要がある。

 ならば早々に諦め、少しでも心証をよくした方がマシだし安全だ。


「それでは他の者は今すぐ領土に戻り、兵士たちを可能な限りかき集めてこい! 此度の戦は今までのような児戯とはわけが違うぞ! 覚悟せよ!」

『御意!』

 将軍達は唱和し、はじかれた様にテントから出ていく。

 どうやらこの粛清にはそこまで兵士を動員しているわけではないらしい。

 相手が一国ではなく一領主なのだから、それも当たり前か。

 彼らの背中を見送りながら、康大はそんなことを思った。



「……さて、どうする?」

 従者も人払いされ、アムゼンとライゼルと康大達のみが残ったテントで、いきなりアムゼンに尋ねられる。

 前置きも何もあったものではない。

 ただ康大もある程度予想はしていたので、自分の考えをすぐに話す。


「残念ながらグラウネシアがどれほどの戦力で攻めてくるかまでは、想像すらできません。そもそも私にはパルティナスの規模も分かりません。むしろ私よりアムゼン殿下の方がお詳しいかと思います」

「そうだな……チェリーパルティナスに関してはある程度予想がつく。だが問題はあの異邦人だ。噂には聞いていたが、グラウネシアが意図的に流した牽制もあるだろうと話半分だった。しかしそれがまさか、噂通りの者だったとはな」

「はい。アイツ1人で城塞以上の戦力があると思います」

 たとえライゼルあたりに一騎当千の力があったとしても、例の爆裂魔法を遠隔で使われたら抗しようがない。

 それ以外にもタツヤは超ご都合主義主人公のチートスキルを有している。

 おぼろげな康大の記憶だけでも近接遠距離関係なく、真正面から戦ったら無敵と言えた。


「ライゼル、今までのコウタの話を聞いて、お前に勝てる見込みはあるか?」

「無理です」

 ライゼルは後ろめたさも恥ずかしげもなく断言する。

 自分の力を冷静に分析し、不利になることでも忌憚なく発言できる合理性が、この男を名将にしている要因なのかもしれない。

 ライゼルの含みのない返答を聞いて康大はそう思った。


「しかし、まともに戦って勝てぬ相手でも、策を用いた暗殺ならば可能性はあるのではと愚考します」

「――と我が将殿は言っているが、コウタよ、成功する見込みはあるか?」

「えっと……」康大は少し時間をかけてあの黒歴史を思い出し、


「無理です」


 ライゼルと同じセリフを言った。


「ほう、何故だ? まさか慈悲や憐憫でも芽生えたか?」

「いえ、別にあいつが死のうがどうでもいいです。問題は遠藤の耐性です。暗殺に関しては不意打ちと毒殺の2つが思いつきますが、あいつはその2つに対してけた外れの防御力を持っているんです」

 タツヤが書いていたほぼ設定だけの中二病末期小説【ダーククロニクルエンドオブファンタジー】は、その当時の状況が思いきり反映されていた。

 特にゲームの影響が顕著で、タツヤが当時はまっていたゲームには面倒な毒や、陰湿な不意打ちをする敵キャラがいた。自尊心が高く気が短いタツヤはその対処が上手くいかず、腹いせに妄想全開の自作小説主人公に、それらに対する絶対的な防御力を付け加えたのである。

 おかげで話は完全に破綻したが、そもそも最初からタツヤに話を完結させられる能力もなく、結果的にはそれほど変わりはない。


 ――タツヤがこのセカイに転生さえしなければ。


 別セカイのタツヤであるが、小説の題名が寸分たがわないあたり、内容も同様と考えて間違いないだろう。


「ならば打つ手なしということか」

「あんな馬鹿な設定が現実に反映されたらもう手はありません。チェリー殿下と遠藤に対する計画が間に合っていたら話は違ったのですが……」

『・・・・・・』

 テント内を重苦しい沈黙が支配する。

 現実セカイならタツヤと敵対しても蚊が刺された程度にしか思わないが、このセカイでは脅威を通り越して自然災害のような存在だった。


 康大にここまで言われてはアムゼンも言葉を紡ぎようがない。

 実戦経験が豊富なライゼルにしても、このセカイの常識で考えているためアムゼンと似たような結論しか思い浮かばなかった。

 ザルマとコルセリアは、そもそもアムゼンを前に畏まってまともな思考すらできていない。

 しかしこの場には、必要以上に怯えることも、また戦の常識すら知らない人間が1人だけいた。


「あの、よろしいですか?」


 ハイアサースが手を上げる。

 この形だけの美しき女騎士の行動に、アムゼンはわずかに眉を上げた。


 気に障ったのではなく、単純に驚いたのだ。

 今まで彼女の存在を飾り程度にしか思っていなかった。


 アムゼンは康大に目配せする。

 康大は頷いた。

 なんのアイディアも浮かばないこの状況なら、ハイアサースの話も聞く価値はあるだろうとこの時ばかりは康大にも思えた。


「よい、話せ」

「ありがとうございます。その、今までずっと話を聞いていて気になったのですが、何故あの男はそこまでの力を持ちながら、直接コータには何もしないのでしょうか?」

「直接……か。確かにあの男が戦に参戦した理由がコウタにあるのなら、我が国に攻めるなどというまどろっこしいことはせず、直接お前を殺せばいい。ちょうどお前もグラウネシアにいたのだからな。コウタよ、今のこの女の発言には聞くべきところがある。お前の考えを話せ」

「考えですか……」

 康大にとってそれは難しい話ではない。

 タツヤの単純な思考回路など、すぐに理解できた。


「あいつは単純な上思い込みが強いので、私をフジノミヤ代表、自分をグラウネシア代表とみなしています。そのためグラウネシアが勝てば、自分が私より上の存在になれると思っているのでしょう。少なくとも私だけを直接殺すよりは」

「そんなくだらないことの為に戦を始める人間がいるとは、俄には信じられんな」

 アムゼンはため息交じりに言った。

 有能で実務家の王子は、有形無形問わず戦争にどれほどの費用がかかるかよく理解している。特に国家間のレベルまで発展すれば、莫大な戦費が必要になる。


 それをどうでもいい自己満足のために始めるなど、信じられる話ではなかった。

 もちろん、このセカイにもそういう人間がいないわけではないが、そこに1%の現世利益も存在しないことはあり得ない。

 そう思っていた。


「もう面倒だから貴様の首を送って許しを請うか?」

 笑いながらアムゼンは言ったが、その目は真剣そのものだった。

 それだけで康大は実際に首を切られた心地になる。


「安心しろ、冗談だ。ここで譲歩すれば、我が国はこれ以後グラウネシアの属国だ。まだ国力がある今のうちに、その無法者に対処せねばなるまい」

「そ、そうですね! まあ俺が死んでも……死んで……」

 その時、康大ははっと気づく。


 スキル以外に自分とタツヤの間に存在する決定的な()()を。


 そのことに気づくと同時に、アムゼンをはじめこのセカイの住人が抱いていたタツヤの不可解な行動の全てに説明ができるようになった。


「……殿下、恐れながら私に考えがあります」


「ほう」


 その場にいる全員の注目が康大に一斉に集まる。

 さすがにここまで視線が集まると、康大としても少しひるんだ。

 けれど()()()()()()、今の康大はあの平穏な現代日本で生活していた頃とはほぼ別人である。


 意を決して康大は口を開いた。


「あの男は私がどうにかします」

間違い指摘ありあとうございました

全箇所訂正しました

量が量だったので、正直あきらめていました

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