第20章
「サムダイ様?」
圭阿に苦無を首元に押し付けられた訪問者は、ほかならぬグラウネシア貴族のサムダイであった。
圭阿はサムダイの装備を一瞬で見極め、危険がないと判断すると苦無を引っ込め一礼して後ろに下がる。
サムダイは首をさすりながらふうと、息を吐いた。
顔は汗まみれだ。
ただその汗は、どうやら圭阿が原因ではなさそうだった。
「こんなところに何の用っすか?」
「用があるのはお前ではない。コウタ子爵、緊急事態です」
そう言って、周囲の人間達を見回す。
おそらく内密に話がしたかったのだろう。
ただ、人払いの手間すら惜しいと判断したのか、すぐに結論から話す。
「チェリーパルティナスはフジノミヤへの出兵を決定しました」
『なんだって!?』
その場にいる全員が絶句する。
戦争の可能性は誰の頭の片隅にもあった。
内乱を起こされるほどの緊張状態なのだから、それも当然だ。
しかし、それが今日起きるとは完全に予想の範疇になかった。
「ま、マジですか!?」
「……事実です。陛下の指示ではなくパルディナスの独断ですが、陛下が黙認している以上結果に変わりはありません」
「・・・・・・」
康太以上にザルマが衝撃を受ける。
それも当然だ。
彼はこの場おいて唯一とも言える当事者なのだから。臨時家臣で、ほぼ客分扱いの康大やハイアサースとは立場が全く違う。圭阿にしても、臨時雇用と呼べるような立場だ。譜代で領地すら奪われるかもしれないザルマと同列に考えることすら不遜な話である。
「……それで、私達をどうする気ですか?」
康太のサムダイを見る視線が険しくなった。
戦争と決まった以上、康大の存在はサムダイにとって邪魔でしかない。
ここで存在をなかったものにし、旗幟鮮明にでもするつもりか。
そう警戒した。
しかし、サムダイの答えは康大が想像していたものと正反対とも言えた。
「当然皆様にはグラウネシアから退去していただき、このことをフジノミヤ王に伝えていただきます。このままでは最悪フジノミヤが無くなるかもしれません」
「ちょ、ちょっとまってよ! なんでグラウネシア貴族のアンタがフジノミヤの心配するのさ!?」
予想外過ぎるサムダイの対応に、思わず康大は素で話した。
しかしザルマとコルセリアは予想していたようで、特に表情を変えない。
話が止まると思ったのか、サムダイより前にコルセリアがその理由を康大に説明した。
「それはサムダイ卿がフジノミヤが無くなると困るからですよ」
「困るってなんで!?」
「サムダイ卿は我がフジノミヤの取次だからです。取次は相手国があってこそ、その存在価値があるというもの。さらにこれがグラウネシア陛下のご決断ではなく、対立パルティナスの独断であるなら、こちらに協力して当然。此度の戦争の勝利は、サムダイ卿にとってマイナス以外の何物でもありませんから。ですよね?」
「・・・・・・」
サムダイは苦々し気にうなずく。
康太は「はあ……」と呆気にとられることしかできなかった。
現代社会の統一された国家しか頭にない康太には、こういった集合封建的国家の仕組みがいまいち理解できなかった。中世国家をゲームにある人間の体のような存在として考えていたので、手と足が独自に引っ張り合う光景が想像できないのだ。
当然現実セカイでも同じ状況は存在するが、ここでそこまで話を広げれば際限がなくなるため割愛しておく。
この件に関して康太は役に立たないと判断したのか、コルセリアが続けてサムダイに質問をする。
「しかしなぜ今になって急に。件の騒動も、最終的にはアムゼン殿下の地場固めに終わったと理解されているはずでしょう? 我が国に目立った隙は無いはず」
「確かにな。だがあの異邦人がチェリー殿下に、しきりにフジノミヤ侵攻を進言したのだ。昔からその気はあったのだが、何か決定的なことでもあったようだ」
そう言ったサムダイの目は明確に「お前らの責任だ」と訴えていた。
ただそれを言えば、話を持ち掛けた自分の責任も追及されるため、この程度の嫌がらせしかできなかったが。
「(結局藪蛇だったか……)」
康太にもその点だけはしっかりと理解できた。
「とにかく、私の立場の為にも今すぐここからお逃げください。公道は塞がっているため、道程はいささか厳しいものになるかもしれませんが」
「道程……まさか……」
グラウネシアからフジノミヤに非合法で入国できるルートといえば、康大が知る限り一つしかない。
そしてまさにその一つこそが正解であった。
「はい、ジャンダルム経由で出国していただきます」
「ああ、また地獄の富士登山が……」
あの鳥葬寸前まで追い込まれた記憶がよみがえる。
しかも今回は圭阿のルート開拓すらなかった。
さらに。
「あの、帰る前に頼みがあるんすけど」
「頼み?」
「はいっす。さっきの幻を打ち破る方法なんすけど、具体的にはある人間が見ている視界を、そのまま他人に見せるやつを使おうと思ってるっす。そのために、コウタ子爵かちっこい護衛の人がその場にいないとだめっす」
「つまり俺か圭阿のどっちかが残れってことか……」
同じメンツで帰ることも難しそうだった。
「然らば拙者がこちらに残るでござる。拙者一人なら、ぐらうねしあの追手から身を隠すこともできましょう。康太殿以外はこのまま富士宮までお帰りくだされ」
「本音を言えばここに残って登山は避けたいけど、状況的にそれは無理か……」
戦力的に康太がいる方がどうしても大所帯になる。
またフジノミヤにおけるアムゼンの応対も考えると、自分が戻る他選択肢がなかった。
……死ぬような苦労さえ我慢すれば。
「ではそのように。それと陸でなし」
「なんだ溝鼠」
悪口の言い合いに関しては、この2人は阿吽の呼吸だった。
「本当に不本意だが、拙者の代わりに皆をお前に任せるしかない。お前は死んでもいいから何があっても皆を守るのだぞ」
「お前も死ぬなら事を成してから死ね」
「・・・・・・」
この期に及んでも変わらない2人の態度にザルマは深い溜息を吐く。
一方康太は、まだそんな口が利けるあたりそこまで追い込まれていないのではないかと、すこし楽観的な気分になった。
その後、サムダイが用意した馬車に乗り、圭阿を除いた康大達は舗装という言葉の定義を一からか考える機会を与えてくれた山道を抜け、その後ジャンダルムへの登山を開始する。
この登山で時間を食ってしまえば、圭阿を置いて出国する意味がない。
場合によっては命がけで無理をしなければならないだろう。
そう覚悟していた康太を待っていたのは、予想だにしない光景だった。




