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第1章

 ジェイコブの元を退出した後、ジェイコブの方でも色々調整があるため、出発は明後日ということになった。

 やはり昨日今日でどうにかなる話ではないらしい。

 それでも明後日にはもう出発できるのだから、ジェイコブもかなり協力はしてくれたのだろう。

 あの体にそこまで無理をさせていいのかと康太は不安を覚えたが、厚意には素直に甘えることにした。


 しかし、もはや命のろうそくの短さは誰の目にも明らかだ。

 他の誰よりもザルマはそれを強く意識したのか、あの時一度下げ頭をずっと上げようとはしなかった――。


 そして4人は現在、インテライト邸に割り当てられたアビ家の控室にいた。


「さて、これからグラウネシアに行くわけだが――」

 まずハイアサースがそう口火を切る。


「そもそも内乱を起こそうとしていた敵国に、すんなり行けるものなのか?」

「・・・・・・」

 てっきり滅茶苦茶な話をするものと構えていた康太は、その常識的な意見に面食らった。


「なんだコータ、ハトが豆鉄砲食らったみたいに」

「いや別に……」

 そう言って目線を逸らしながら答える。


「……よくわからんがまあいい。それで、そこのところはどうなんだコータ?」

「うーん……」

 康太は答えに詰まる。

 ハイアサースの質問はすぐには答えが出るような内容でもなかった。

 まず康太には詳細な両国間の関係が分からない。最初から緊張状態にある場合と、友好関係にある場合とでは大きく違う。

 そして、ジェイコブがあのような健康状態で、最後までやり遂げてくれるかも確証が持てなかった。

 悩んでいるだけの康太の代わりに、意外な人間が答えを言った。


「その点は問題ない」

「ぬ、まさかザルマに答えられるとは……」

「本当に失礼な牛女だな!」

 同じく、珍しく真面目に答えたザルマにハイアサースが面食らう。

 康太と違い、実際にそれを口に出したのだからより始末が悪い。


「はいはいそこまでそこまで」

 康太はハイアサースとザルマの間に割って入る。

 面倒にならないようにするためもあったが、ザルマがそこまで自信満々に話す根拠が気になった。


 康大も今ではザルマのことを大分評価するようになっている。

 こと政治関係においては、自分以上に頭が回るとさえ思っている。

 そもそも、ジェイコブに当主を指名されたザルマが政治音痴のわけがないのだ。


「ザルマ、そこまではっきり言う根拠はなんだ?」

「そもそもグラウネシア入国など大して難しい話ではないのだ。おそらく時間がかかっているのは、その決済をする部署が忙しいせいだろう」

「でも昔はまだしも、今この国とグラウネシアは緊張状態にあるんだろ?」

「・・・・・・」

 ザルマは少し考えてから首を振った。


「それはあくまで()の話だ。今回の件を殿下も陛下も正式に抗議していない以上、両国の関係は良くも悪くもない以前のままだ」

「またなんで? それじゃあこっちだけ損した事にならないか?」

「その点に関しては仕方ない、としか言いようがないな。そもそもこちらが抗議すること自体、問題があるのだ。理由はいくつかあるが代表的なものは3つ。まず1つ目は、今回の件でグラウネシアが物的な証拠を残した可能性は低く、結局水掛け論に終わるため」

「なるほど」

「2つ目は、抗議を理由に戦争にまで発展したら、ただ損をするだけだから。現状我が国にグラウネシアを完全支配する力はない。おそらく勝敗がつかぬまま泥沼の内に戦争は終わり、得をするのはわが国でもグラウネシアでもなく、周辺諸国になるだろう」

「なるほどなるほど」

「そして3つ目は……」

 そこでザルマは言葉を濁す。

 その内容が、話しづらいものであることは康大にも簡単に想像がついた。

 とはいえ、相手がアムゼンやジェイコブなら多少は遠慮もしただろうが、ザルマ相手に気を使う必要もない。


「3つ目は?」

「……これはあくまで噂話だが……、実はかつて我が国もグラウネシアに似たようなことをしたことがあるらしいのだ」

「……はい?」

「……つまり内乱を誘発した、ということだ」

「あー……」

 康太はすぐにザルマが言いづらそうににしていた理由を理解する


 自国の恥部など、気分よく人に話せるものではない。さらにそれは国王批判にもつながる。

 自分のような根暗で、人を陥れることに快感を覚えるタイプの人間ならいいが、ザルマのように真面目で騎士道を重んじる人間には耳が痛い話でもあるのだろう。


 ……それはそれとして、品性下劣を自負する康大はその顛末が気になった。


 康太は遠慮なく目で催促する。

 しかし、ザルマは俯いたまま話そうとしない。

 さすがにこれ以上責めるのは悪いかと康太が思い始めた頃、


「もったいぶらずにとっとと話せ」

「ぶへっ!?」


 鉄拳とともに、今まで黙っていた圭阿が急かす。

 どうやら彼女も話が気になったらしい。

 こうなるとザルマも黙っていることはできなかった。


「……私は当事者ではありませんから、あくまで噂として聞いた話ですよ。ご存じの通り、アムゼン殿下の母君はグラウネシアの出身です。後継者としてそこが問題視されたこともありましたが、見方を変えればグラウネシアにも強い影響力があるとも言えます。アムゼン殿下はそこを利用して、後継者としての地位を確固たるものにしようとした……と」

「具体的には何をされたのだ?」

「あくまで噂ですが、今この国であったことと同じことをされたそうです。当時のグラウネシアもまた後継者問題で揺れておりました。しかも後継者候補は、我が国の倍はいました。そこでアムゼン殿下は、母君と縁のある家の王子に狙いをつけ、ひそかに援助し、最終的にクーデターを起こさせた……そんな噂です」

「それはまた……」

 話を聞いた康大は引きつった笑いを浮かべた。


 一般的なファンタジーの世界では、自分が属している国はまず被害者かつ正義の味方だ。

 そんな国を助けるのだから、主人公は英雄になる。

 けれど、現実にそんな甘い話はなく、清廉潔白なだけの王様など、主人公が助ける前に滅ぶだろう。


「因果関係の証明はできませんが、事実としてグラウネシアの後継者達は、援助した王子も含めてほとんどが死に、現国王が消去法的に王位に就くことになりました。そのためグラウネシアの国力は大幅に弱まった……。もちろんこの件にアムゼン殿下が関与した証拠はありませんが、その頃から殿下の名が知れ渡るようになったと……」

「つまり今回の件はぐらうねしあの意趣返し、というわけだな?」

「断定はしません。ただ、噂が事実なら、アムゼン殿下もグラウネシアには強く言えないでしょうね」

「結局痛み分けの手打ちって感じか……」

 まるでやくざの世界だなと思いながら、康大はため息を吐く。

 尤も、実際の血で血を洗う戦国時代など、どこもそういうものかもしれないが。


「まあとにかくそういうわけで、お互い今回の件はなかったことにするわけだ。ゆえに今まで通り、入国もそこまで厳しくはならない。これで分かっただろう牛女」

「だいたいな!」

 自信満々に答えるハイアサース。

 その目を見れば、本当にわかったかどうかは明らかだった。


 ザルマはため息を吐く。

 せっかくの説明も、ハイアサースに対しては残念ながら完全な徒労に終わった。


「いずれにしろ康太殿、これでぐらうねしあに赴くことに問題がないということは明らかになりましたな」

「ああ。……いや、ちょっと問題があるかも」

 康太は一瞬頷きかけて、すぐに首を振る。

 そして、視線をハイアサースに向けた。


「なあハイアサース。今までいろいろあったから忘れてたけど、お前そもそも村で儀式をするのが目的だったんだよな。グラウネシアまで行ったらそっちの方は大丈夫か?」

「……あ」

「あ、じゃないだろ!」

 完全に忘れていたという反応をしたハイアサースに、康大は思わず突っ込む。

 他人事ながら、こんな女に任せて儀式は大丈夫なのかと心配になった。


「そうだな、正直すっかり忘れていた。だがまあ大丈夫だろう。まだ時間はある。それにご先祖様も、元の人間の状態で祭りを執り行ってほしいと思われるはずだ」

「そうか……。ちなみに方向的にはどうなんだ?」

「えーと……」

 ハイアサースは頭の中で地図を描き、それを色々な角度で分析する。

 どうも精巧な地図ではなさそうだが、それでも結論は出た。


「どんどん遠ざかってるな!」

「いやそれまずくね?」

 往復を考えると、時間に余裕があっても問題がある気がする。

 しかし当のハイアサースは全く気にしない様子で言った。


「コータは本当に心配症だな。この私が大丈夫と言ってる以上大丈夫なんだ。もっと婚約者を信じろ。はははは!」

 そう言って豪快に笑う婚約者(ハイアサース)

 そこまで言われれば康太もこれ以上何も言えない。

 そもそもこれは、ハイアサース個人の問題なのだから。


「……さて、これで出発前の問題はすべて解決したな。あとは準備をするだけだろう」

 そう勝手に話をまとめるハイアサース。

 一番問題がある人間がそう言ってしまえば、康大に言うべきことはない。

 ただ、グラウネシアの旅が何の波乱もなく終わるようには到底思えなかった。

 それでも今は出たとこ勝負で進むしかない。


「・・・・・・」

 もはや覚悟を決めた2人とは違い、ザルマはまだ何やら迷っているようだった。

 どうやらまだ面倒なことが残っているらしい。


「どうしたザルマ?」

「ん、あ、いや、領地のことを考えていてな。ジェイコブ様はああ言ってくださったが、最低でも代官に対しての引継ぎは必要だろう。ただ私は長いこと領地を離れ、経営には一切関与してこなかったから、いったい何を話せばいいのかと思ってな……」

「あー、それか」

 康太は頭の中で、今まで読んできた内政ファンタジーを頭に浮かべる。

 たいていの場合、現代知識を持つ主人公がそれを活かして圧倒的に領土を反映させる……という展開だ。


 しかし、それを実現させるには、まず原住民の知能がとんでもなく低い必要がある。

 それこそ、「なんでこのレベルで文明的な生活が送れたんだ?」というぐらいに。


 さらに、文明の利器を寸分の狂いなく、完璧に運用できる能力も必要だ。

 たとえば汲み上げポンプがあって、それが非常に役に立つことは康大も分かっている。

 それを魔法で作れたとする。

 ただそこから先どうしたらいいか分からない。どう設置すれば動くかとか、設置費に必要な道具とか、そんな基本的な知識すらない。

 むしろ、マッチやライターがなければ火さえ起こせない自分より、魔法で火が起こせるこのセカイの住民の方がはるかに優れているとさえ思えた。


 そんな康太がザルマにかけられる言葉は、


「まあがんばれ」


 この現実を直視した無責任な言葉以外なかった。


「お前他人事だと思って……」

「実際他人事だからな。むしろ圭阿の方がまだ詳しいんじゃないか?」

「残念ながら拙者は畑を燃やす方法は知っていても、耕す方法までは知らないでござる」

「つくづく忍者だなあ」

 康太は苦笑した。

 もちろんザルマは苦笑するだけでは済まない。


「ああ、何か先のことを考えると胃が痛くなる。せめて誰か代わりにうまいことまとめてくれないだろうか」


 この時のザルマの願いは、近い未来――具体的には翌日に見事叶うことになる。

 しかし、それは彼にとってより大きな苦難とともにやってくるのだった……。

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