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第16章

 都合がいいことに5人がサムダイ邸に行くと、そこにはすでにリアンがいた。

 彼女がいれば康大たちの顔を知らない使用人達しかいなくとも、すんなりと入ることができた。


「とりあえず自分はサムダイ様にいつもの報告に来たんっすけどみなさんは?」

 応接室に通された面々に、許可も取らずに先に座ったリアンが不躾に聞いてきた。

 その態度に礼儀に厳しいコルセリアは少しむすっとしたが、康大は構わず答える。


「俺達もまあサムダイ卿に用が会ってきたんだ。とりあえずこの部屋に通されたけど、今はいないのか?」

「いや、館にはいるみたいっす。ただ来客中で会うにはしばらく時間がかかるみたいっすね。自分もそれで待たされてるっす」

「そっか、どれぐらいかかりそうかわかるか?」

「あー、客の身分次第っすね。身分の低い相手の扱いは超適当っすから」

「・・・・・・」

 そういう性格ならそりゃタツヤとも合わないだろうなと、康大は心の底から思った。


 やがて数分と待たずにサムダイが応接室に現れる。

 どうやらあまり真剣に話を聞くべき身分の人間ではなかったらしい。

 リアンは気を利かせたのか面倒に巻き込まれたくなかったのか、自分から席を外した。

 そして、応接室の円卓に康大達5人と、サムダイは向かい合う。


「おやこれは皆さま。本日はいかような御用で? まさかもう解決されたと?」

 そう言ったサムダイの表情は普段と全く変わりがない。口先だけで期待していないのは明らかだった。


 実際そうなのだから、反論もできないが。


「残念ながらまだ解決には程遠い状態です。ただその前にこちらで確認したいことができました。単刀直入に聞きます。貴方とタツヤは一体どういう関係で?」

「どういう……とは?」

「先ほどタツヤに会いました。その際あなたの名前を出したらけんもほろろでしたよ。滅茶苦茶嫌われてるじゃないですか。そういうことは先に言っておいてください」

「ああ、なるほど。そういうことでしたか」

 サムダイは苦笑する。

 もちろんそこに反省の色はかけらもない。

 康大は口を開いて文句を言おうとしたハイアサースを手で制し、話を進める。


「で、具体的に何をしたんですか? それ次第で私も対応を変えなければいけませんから」

「いやなに、たいしたことはしていませんよ。ただ彼が陛下に召し出された際、自信満々にお歴々の前で幼稚な理論を展開したので、それをその場にいた皆様の代わりに指摘しただけです」

「ああ……」

 康大にはその時の情景がすぐに脳裏に浮かんだ。

 おそらくタツヤは現代知識無双を狙って、付け焼刃の知識を人々の前で披露したのだろう。

 生来の対人能力を考えれば雄弁に語ることなど到底できなかっただろうが、それでもうまくいくと信じて疑わなかったはずだ。


 しかし、現代知識でマウントを取るには、まず話す相手の知能レベルが著しく低くなければならない。

 康大はこのセカイで数週間過ごしてきたが、住人たちがそこまで愚かでないことは理解していた。

 少なくとも小学校で教わるようなレベルの算数なら、ほぼ誰でも理解できている。そもそも、その程度の知能さえなかったら、社会を維持することさえ不可能だっただろう。


 一方、話す方の人間(タツヤ)は小学生レベルの知識や知能しかない。

 相手が鼻で笑うようなことしか言えなかったと考えた方が妥当だ。


 さらにもう一つの条件として、異セカイに現代知識を活かせる()()がなければならない。

 たとえタツヤが天才プログラマーだっとしても、それが使えるパソコンがなければ全く意味がない。

 そして康大の記憶からタツヤはゲームをすることはあっても、作ったことはなかった。あくまで、上から目線で好き放題批評していただけである。


 つまり、タツヤは女神に与えられた能力以外で、このセカイで人に誇れるものなど何一つなかったわけである。


(俺の場合、バッドステータスがこのセカイで役に立ってるのが皮肉だけど……)

 腕力だけでなく、危険な状況におけるあり得ない冷静さは、確実にゾンビ化によるものと康大も認識していた。

 お情けで与えられた能力も、誰でも知っているような現代知識も、すべて自分の類まれなる才能と錯覚しているタツヤと違って。


「以上ですがご納得していただけましたかな?」

「まあおおむね」

 康大は頷く。


 問題はここからだ。


「それで、犬猿の仲であるあなたの手先と思われている私達が、これからどうやってあいつを説得すればいいんです?」

「それはコウタ子爵の深慮遠謀に頼るしかありませんね」

 いけしゃあしゃあとサムダイは言った。

 これでは取り付く島もない。

 そう思っている康大の脇を隣にいたにいたコルセリアが不意につつく。


「・・・・・・」

 その視線から発言の許可を求めている事は明らかだった。 

 康大は一瞬考えただけで首を縦に振る。

 よく暴走するコルセリアであるが、ハイアサースと違い、こういう政治的な交渉の場で無茶をするように思えなかった。何よりアビ家の領主代行を続けていたのだ、自分よりはるかに場に慣れているはずである。


「サムダイ閣下、コウタに代わり、お聞きしたいことがございます」

「・・・・・・」

 格下の人間が直接口を開いたことにサムダイは不快そうな顔をしたが、康大が許可した手前窘めることはなかった。このセカイの常識として、発言権の裁量は最も身分の高い人間が持つ。


「今回の件ですが、サムダイ閣下のしようにはあまりに誠意が感じられません。今回の閣下との関係もそうです。両国の今後を左右するようなに大事に対し、当方に何ら情報がないのではあまりに理不尽ではありませんか?」

「そのようなつもりはないが……」

「せめて()()()()()()をはっきりさせるのは当然と具申します」

(ぱるてぃなす?)

 初めて聞く言葉に康大は内心で首をかしげる。


「(パルティナスを知らないのか?)」

 康大が聞きに来る前に、ひそかに席を立ったザルマが耳打ちしてきた。

 こういう対応は、やはり経験を持つこの2人にはかなわない。

 康大は前を向いたまま首を縦に振る。


「(パルティナスはありていに言えば国内に存在する権力集団のことだ。……というか分かりきったことを改めて別の言葉で説明するのは難しいな)」

「(つまり派閥のことか?)」

「(違う)」

 同じく耳打ちした康大の考えを、ザルマは否定した。


「(派閥の様に自然発生的であやふやなものではない。ヒエラルキーや役職ははっきりしているし、何より国王に正式に認証されなければパルティナスとして認められない)」

(なるほど……)

 ザルマの説明に康大は頭の中で納得する。

 派閥という言葉をザルマが認識できているあたり、パルティナスはこのセカイ独自のシステムなのだろう。

 ここはそういうものだと思って認識する以外なさそうだ。


 ちなみにこの場での話はこれでおしまいだが、突き詰めるとパルティナスの誕生は異セカイの封建制度によるところが大きかった。

 現代地球において先進国は例外なく官僚制を敷いている。しかしこのセカイでは政治の土台に騎士封建制があり、ジェイコブにしても領土に帰れば王だ。

 ここまでは現実セカイと同じであるが、このセカイは魔法という要素が影響してか民衆による民主主義の運動がほとんど起こらず、その割に官僚制の必要性が近代並みに求められていた。そういった矛盾を内包しながら、政治形態を移行するために生まれた、ある意味で妥協的な制度である。国という大きな政府の下にパルティナスという小さな政府を作れば、なし崩し的にいずれセカイ全体に官僚的階級制が浸透するのではないかと――。


 閑話休題。


 ザルマと康大が話している間、サムダイは終始無言だった。

 表情は全く変わらず――軽薄な笑みを浮かべたままだったが、即答しなかったあたり色々と思案しているのだろう。


 それだけで今回のコルセリアの発言が、サムダイにとって想定外、もしくは()()であることは明らかだった。

 これで会話のイニシアチブはこちらのものだ。

 やはり彼女に任せてよかったと康大は実感する。


「……タツヤに関することは国の大事であり、すべて話すことはできないが」しばらくして忌々しげに口を開き、

「彼の暴走を止めるのに必要というのなら最低限のことは話す」

 最終的には折れた。


 コルセリアは平然としていたが、康大は心の中でガッツポーズをとる。

 この腹黒陰湿貴族をやり込めたと思うと気分がいい。

 伊達にザルマの師匠として政治学を教えた人間ではなかった。


「ではまず先ほど聞いたパルティナスについては?」

「……タツヤはどのパルティナスにも属していない」

「属していないなどありえません。罪人でもあるまいし」

「あの者の立場はあくまで異国の旅人かつ陛下の客人であり、本人がパルティナスに入るのを異常に嫌っている」

「・・・・・・」

 話を聞きながら康大はその理由を分析する。

 おそらくタツヤは孤高を気取っているのだろう。現実セカイにいた頃から一匹狼のキャラクターに陶酔している気があった。


 また、既存のグループに混ざることにも抵抗があったとも考えられる。

 対人能力0のタツヤは、とにかく確実にマウントが取れる相手以外とは付き合いたくなかった、そんなところか。


「いくらなんでも、ただの客人があのように好き勝手に振舞えるわけがないでしょう。グラウネシアに法はないのですか?」

「言いすぎだぞコルセリア」

 康大ではなくザルマがコルセリアを窘める。

 知らない間に席にも戻っていた。


 コルセリアはザルマに一礼してから、サムダイにも軽く一礼する。謝る順番が完全に逆だ。

 もちろんそれはわざとで、ザルマは呆れながらため息を吐いた。


「失言をお許しください。ですが、そうとられても仕方のない状況かと思われますが……」

「属してはいないが、パルティナスマスターの後援者がいる。その方の威光でタツヤの無法も許されているのだ」

(マスターっていうのはおそらくトップのことだろうな)

 席に座ったザルマに再び聞くのも悪い気がしたので、康大はそう自分の中で仮定した。

 ちなみに康太の推測は後日ザルマから正しかったと証明されるのだが、ここではそれほど重要なことでもないので割愛しておく。


「ならばその方とはいったい?」

「・・・・・・」

 サムダイはだいぶ答えを渋っていた。

 それでも詰問するように自分を見るコルセリアに根負けし、不承不承口を開いた。


「はっきりと誰かは言えないが、姫様の1人があの男に執着しておられる」

「なるほど。合点がいきました。となると、あの取り巻きの女性達も、大部分はその姫様の侍女にあたる方々ですね」

「う……」

 サムダイは言葉に詰まった。

 その反応だけで、コルセリアの言ったことが事実であると康大にも理解できた。

 やがてサムダイは初めて心底うんざりしたような顔をし、恨みがましく言った。


「私からはもうこれ以上何も言えない。コウタ子爵、当然この場でのことは内密にお願いしますよ。もし口外すれば、それこそグラウネシアとフジノミヤに、大きな禍根を残すことになりかねないのですから」

「わかっています」

 康大は頷いた。

 結局この場では有益な発言はほとんどできなかったが、最終的な決定権は依然康大にあった。


「それでは私はこれにて失礼させていただきます」

 これ以上話を聞かれることを恐れたのか、サムダイは逃げるようにその場を後にする。

 初めてサムダイ相手に完勝できたことに内心喜んだ康大は、その功労者を労った。


「コルセリアさんありがとうございます。おかげで大きく進展した気がします」

「微力なれどお役に立てて幸いです」

 そう言いながら横目で圭阿を見る。

 これさえなければ本当に有能なんだけどなあと、康大は本当に残念に思った。

 ちなみに圭阿は視線を合わせることなく、忍者らしく周囲の警戒をしていた。なんにでも手を出そうとするコルセリアと違い、完全に自分の役目を割り切っている。


「あ、そういえば念のため確認したいんだけど、俺もパルティナスに属してるの?」

「当たり前だ」

 ザルマは呆れながら答える。


「お前はジェイコブ様の家来になったのだから、お前の意思など関係なく当然ジェイコブ様が属するパルティナスに組み込まれている。主人と違うパルティナスに属するなど、殺されても文句は言えん」

「あー、なんかケータイの自動契約更新みたいな感じ」

「言っている意味がさっぱり分からんな。それよりこれからどうするつもりだ。あの男の微妙な位置は分かったが、逆に言えばそれだけだ」

「いいや、それが一番大事さ」

 康大はそう言って親指を立てた。

 残念ながらそのポーズはこのセカイでは普及しておらず、皆不思議そうな顔をする。


「……こほん!」

 康大は少し照れながらわざとらしく咳ばらいをし、理由を話し始める。


「俺は今までアイツが孤独(なかまはずれ)を貫けるのは、そのまやかしの外見とアホみたいな後付け能力のおかげだと思ってた。けどこのセカイではそういった存在は本来許されず、またアイツの身分が保証されているのは有力者のバックアップによるものと分かった。つまりその有力者からそっぽむかれたら、アイツは完全にこの国で孤立することになる」

「まあそうだろうな」

 ザルマは頷いた。

 しかし納得したわけではない。


「だが奴が後ろ盾を失ったところで、考えを改めるか? 1人で軍隊並の力があるのだろう?」

「それがアイツの場合そういうわけでもないんだよ。アイツは孤独な自分に陶酔してるけど、心の中では周囲の評価を滅茶苦茶気にしている。そもそも現実セカイで孤立していたのも、悪い評価を聞きたくなかったのが一番の理由だ。でだ、後ろ盾の有力者と関係が悪化すれば、当然奴の周囲の評価も大きく下がる。そうなるとメンタルクソザコナメクジのアイツが、この国にとどまるようにはとても思えない。恐らくもっと自分を高く評価している人間がいる……と思っている国へ出ていくだろう」

「子供か」

「子供だ」

 呆れながら言ったザルマの感想を、康大は全面的に肯定した。


 ――そう、タツヤはどうしようもないほど幼いのだ。


 だから、自殺して異世界に転生しようなどという、本当にあり得ないほどバカバカしい選択肢を選ぶことができたのだ。


「とりあえず難しいことは分からないが、まとめると私たちは子供のわがままに振り回されていると考えていいわけだな?」

 今まで完全に聞き役に徹していたハイアサースがそう結論付けた。

 康大は笑いながら婚約者の考えにゆっくりと首を縦に振った。


「で、当面の課題はアイツの後ろ盾になっているパルティナスマスターが誰であるかを探ることだけど、これはそこまで難しいことじゃないんでしょコルセリアさん?」

「はい。取り巻きの女たちの素性を調べればすぐにわかるでしょう」

 コルセリアは迷うことなく頷いた。


「じゃそのあたりは圭阿と協力して……あー……」

 康大は2人の関係を失念し、思わずそう言ってしまった。

 2人の能力がまず頭にあり、関係性に思い至る前に口を開いてしまったのだ。


 しまったと後悔した時には時すでに遅し。


「然らばこのでくの坊の代わりに、拙者が今すぐ調べてきましょう」


「この貧相な役立たずを追放するのにはいい機会ですね。吉報をお待ちください」


 2人は協力するそぶりすら見せず、応接室を出ていく。


 康大の軽率な発言に、ハイアサースとザルマは責めるような視線を向けた。


「いや、なんかここまでうまくいってたから、思わず勢いで言っちゃったんだよ。ほら、昔から言うじゃないか、好事魔多しって」

「少なくともそんな言葉は私は知らん」

「俺もだ」

 残念ながら、このセカイにはこの故事成語に該当する言葉は存在しなかったようだ。

 康大はそれ以上は曖昧な苦笑をすることしかできなかった……。

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