第15章
「なんであそこで止めなかったんだ?」
タツヤの姿が見えなくなると、ハイアサースはさっそく先ほどの理由を康太に聞いた。
当人の前で言わなかった点を評価しながら、康大は素直に答える。
「事態がややこしくなるだけだと分かりきってたからだ。まず、あいつとサムダイは仲が悪い。まああの性格で誰かと仲良くなんてできるわけもないんだが。そしてあいつは公私混同はなはだしい……というか、公私の判断基準すら存在していない」
「つまり何でもかんでも感情で動く人間というわけか?」
康太は頷く。
もちろん「お前も人のこと言えないんだけどな」という本音は飲み込んだまま。
「サムダイと仕事上とはいえ協力関係にあることが、アイツは気にくわなかったんだよ。その感情が全面にあるから、あのとき俺の頼みに協力する可能性は0だった。それでも説得したら、ガキみたいに駄々こねて魔法ぶっ放してたかもしれない。で、放っておいたわけ。あと、元の世界の俺との関係も影響してるんだろうな。しかし彼女かあ……」
康太は金髪になった自分が、胸の大きい子(この点に関しては見なくとも断言できる)といちゃついている姿を想像し、何とも言えない気分になった。
進学校に入学できたとはいえ、ゾンビぐらいしか童貞を捨てられなかった自分と、底辺校ながら彼女もいて青春を謳歌している自分のどちらが幸せだったのか。
(いや、絶対向こうの俺だろ。死ぬ危険ほぼゼロだし童貞でもなさそうだし何よりゾンビじゃないし)
運命の理不尽さを感じずにはいられない康大であった。
「どうした、何とも言えない顔して?」
「いや、何とも言えないこと考えてたから。それよりもうみんなが隠れている必要もなさそうだな」
そう言って康太は右手を上げる。
それは事前に決めていた集合の合図だった。
数十秒後、様子を見ていた仲間たちが集まってきた。
圭阿は「あの男の後をつけていましょうか?」と聞いてきたが、康大は少し考えてから首を振った。
「何を言っても火に油を注ぐだけのアイツより、今はもっと気になる人間がいる。もしものことを考えると、圭阿がそばにいてくれた方が助かる」
「御意」
「そんな役立たずより私の方がよほど役に立ちます!」
案の定コルセリアが無駄に圭阿に対抗心を燃やす。
康太はため息を吐きながら、「コルセリアさんにも期待しています」と適当にフォローした。
「気になる人間……となると誰のことだ? グラウネシア王か?」
「いや、お前は今まで話の場にいたんだからわかるだろ」
どうやら察しが良かったのは先ほどのやり取りだけだったらしい。
不思議そうな顔をするハイアサースに康太は苦笑する。
「サムダイのことだ。遠藤との関係を事前に聞かなかったのは失敗だった。まあどっちも好かれる性格じゃないから、良好な関係だとは思ってなかったけど。とはいえ、まさかあそこまで仲が悪いとはなあ。とりあえずそこら辺をはっきりしてから行動したい」
「なるほど。確かにあの男はサムダイの名前を出した途端、あからさまに不機嫌になったな。うむ、それがいいだろう」
分かっているのかいないのか、とりあえず見た目だけは納得したようにうなずくハイアサース。
康太は多分分かっていないだろうなと思いながら、視線を他の仲間たちに変える。
「あと一つみんなに聞きたいんだけど、みんなの目にはアイツはどう見えた?」
『・・・・・・』
ハイアサース以外の仲間たちが顔を見合わせる。
そして少し考えてから、まずザルマが言った。
「遠目でそこまでよく見えなかったが、まあ美男子だろうな」
「ぼっちゃもほどではありませんが、私も同じような感想です」
ザルマの意見にコルセリアも同意する。
褒められたザルマは大分白けた顔をしていたが。
ただ、圭阿だけは違った。
「拙者が遠目で見た限り、度を越えた悪趣味でない限り、褒める要素の無い容姿かと。あそこまでの不細工は、拙者の故郷でもいませなんだ。何より内面の陰湿さが表に出ているのが問題かと」
『?』
ザルマとコルセリアが不思議そうな顔をする。
ハイアサースは横目で康太を見た。
康太は頷く。
「なるほどわかった。実は俺も圭阿とほぼ同じ感想だ。どうやらタツヤはこのセカイの人間には美男子に見えるが、俺や圭阿のような異邦人には本当の姿が見えるらしい」
「それはコウタ様のように、魔法による力でしょうか?」
「いや、たぶん――」コルセリアの言葉に康太は首を横に振りながら答える。
「奴が転送される際、このセカイの人間には美男子に見えるようなスキルを手に入れたんでしょう。だから俺と圭阿には通じなかった感じです。ただ奴が俺のゾンビの素顔を見られるのは、奴のスキルによるものでしょう。大司教にもバレましたし」
「……異邦人にはいろいろなルールがあるのですね。今まで死体しか見たことがないので、全く知りませんでした」
コルセリアは素直に驚きながら、また反省する。
その素直さが圭阿に対しても働けばいいのにと思いながら、康大は話を続けた。
「とにかく、アイツの能力はどうもこのセカイ人間には無条件で働いている可能性が高いです。逆に、俺と圭阿はアイツのまやかしは一切聞きません。もしかしたら他の能力も効かない可能性もあるかもしれません」
「ならばお前が自ら出向いて叩きのめすか?」
「いやそれはさすがに無茶だろう。返り討ちにあって死んだら目も当てられない」
「ならば拙者が暗殺するでござるか?」
「うーん、それは最終手段にしたいな。そんなことすれば国際問題に発展するし」
ザルマと圭阿の意見に康太は首を振る。
基本的にタツヤの生死に関してはどうでもいい。
「とにかく今はサムダイに会おう。具体的な方針を立てるのはそれからだ」
康太の言葉に仲間たちは頷く。
それから一行は真偽のほどを判明させるべく、サムダイ邸へと向かった……。