第12章
例によって宿舎に帰ると同時に結界を張る。
「圭阿、聞きたいことがある」
それが終わると康太はすでに部屋に戻っていた圭阿に、まずそう聞いた。
本人が返事をする前に横から口を挟もうとしたコルセリアを、さらに早く判断したザルマが制する。
そんなコルセリアを一瞥してから圭阿はゆっくりと答えた。
「拙者に話せることなら何なりと」
「ここで……まあ別に聞かれても問題ないか」
自分が異邦人であるとコルセリアにさえ知られた以上、今更隠すこともない。
康太はその場で続きを話した。
「ほら、以前自分をこのセカイに連れてきた女神の話しただろ。あの女神はどうもこの国にいる異邦人のタツヤってのも連れてきた奴らしい。だから女神からタツヤのことを聞けないか?」
「なるほど」
――そう口では納得したように言ったが、その表情は納得とは程遠い場所にいた。
頭では理解しているが、感情的には顔も合わせたくない、そんなところだ。
同じような女神の庇護……的な何かを受ける康大には、圭阿の気持ちがだいたい分かった。
「やっぱりあんまり話したくないのか?」
「お恥ずかしながら。アレと拙者は絶望的に合わないのでござる。せめて康太殿と直接話せるようになればいいのですが……」
「うーん」
康太は腕を組む。
圭阿はあまり人見知りするタイプではないし、コルセリア以外には初対面から嫌われている相手もいない。
忍者とは思えないぐらい口が悪い面もあるが、少なくとも康太が知っているタツヤよりは社交性がある。
その圭阿がここまで嫌うあたり、コルセリア同様むしろ相手方に問題がある気がした。
「……そこまで言うならもう一回こっち経由で試してみる」
そう言って康太はいったん部屋から出る。
ミーレとの会話が1人が基本だ。
事情がいまいちよく分からない圭阿以外の仲間たちは、困惑した表情を浮かべながらただその様子を見守った。
廊下に出ると、スパイ兼サービス係であった侍女たちがそそくさとどこかへ行く。
結界を張ったこの状況では、扉に耳を当てでもしない限り話は聞こえないだろう。
康大は彼女たちを完全に無視して瞳を閉じた。
「おいミーレ、言いたいことは分かってるよな」
目を瞑るのと同時に話しかける。
おそらくまだ終業時間にはなっていないはずなので、すぐに話は通じるだろう。
《ハイハイ聞いていますよ人の子よ。出社直前で面倒な話振りやがって……》
果たして本音を隠そうともせずミーレが答える。
康太からすればサービス残業が増えようが、話が通じればそれでいい。
「それで、例の女神を紹介してほしいんだけど」
《ちょい待ち、今担当の奴と話してるみたい。うわー、何あの態度超ウけるんですけどw》
「・・・・・・」
少なくとも圭阿同様あまり良好な関係ではないようだ。
《あ、終わったみたい。ちょっと行ってくるわ》
ミーレの移動と同時に康大の視界もシームレスで移動する。
まるでPOVの映画を見ているような感覚だ。
《おーい、センタ、うちの担当してる子がアンタに話したいことがあるって》
「・・・・・・」
センタと呼ばれた女神はミーレと同じ白いローブの仕事服を羽織り、パソコンに向かい真剣な顔で座っていた。
康太の彼女に対する第一印象は委員長だ。
人間に換算すれば女子中学生か女子高生ぐらい、女神だけあって美少女ではあるのだが、それ以上に神経質そうな印象を受ける。特にその厚い眼鏡と前髪を一切排除した幅広の額が、脊髄反射的に委員長という言葉を連想させた。
《・・・・・・》
女神――センタは眼鏡越しの鋭い視線でミーレを見返す。
……というか睨む
どうやらこの2人はどちらもお互い良い印象を持っていないようだ。
やがてセンタはため息を吐きながら椅子から立ち上がった。
こういう態度をとるあたり、最低限の礼儀は守るつもりらしい。
《先輩、契約者の情報は守秘義務であり、それは担当女神を介した契約者間の交流も含まれているはずですが?》
外見通りの取り付く島もない冷たい声に、康大はむしろ大いに納得した。
恐ろしく事務的かつ保守的で、規則第一主義。
加えて学生時代は難関資格を獲得するほどのガリ勉。
この女神は徹頭徹尾委員長だ。
《別にいいでしょそれぐらい。黙ってりゃバレないって。なんかこっちもえらい面白い展開になってきてるんだから、とっとと会わせなさいよ》
それに比べて享楽的で何事もちゃらんぽらんなミーレは、まさに水と油だろう。
自分とも性格が合うようには思えない。
圭阿があそこまで毛嫌いするのも納得できる。
康太は今初めて担当がミーレでマシだったと痛感した。
《私たちは別に面白からという低俗な理由で、この仕事をしているわけではありません。大いなる秩序と永劫の平和のために――》
《本人の意思無視して動く死体袋送って秩序も平和もねーだろ》
《・・・・・》
ミーレの身もふたもない反論にセンタは口をつぐむ。
実際、康大にもミーレの言っていることの方がより事実に近い気がした。
無力な現代セカイの人間を異セカイに送ってもすぐに死ぬだけ、死に場所を変えるようなだけの行為に、いったいどんな意味があるのか。
《グダグダ言ってないでとっとと会わせなさいよ。どーせアンタだって、担当している奴に色々想うところがあるんでしょ?》
《べ、別に何もありません!》
なぜかセンタは顔を赤くし、意固地になって否定する。
(うん、何かあるな)
隠し事が下手すぎる。
委員長らしい人間力の低さだった。
《と、とにかく定時になったので私は失礼します!》
そう言うとセンタは荷物をまとめ、そそくさとデスクから去っていった。
《ほんとつまんない女ねー。よっしゃ、パソコン消すの忘れて出て行ったから、中身見ちまえ》
「お前はお前で最悪だけどな」
そう口では言いながら、康大も結局は止めずミーレとともにパソコンの中身を確認する。
彼女が契約している相手の情報は、表計算ソフトらしきアプリケーションにきれいにまとめられていた。その性格が表れた、几帳面なまとめ方である。
ちなみに康太はミーレのまとめどころか、そんなことをしている姿さえ見たことがない。
大方どうせすぐに死ぬんだからまとめる必要などないと思っているのだろう。
ただ残念ながら女神のセカイの言葉で書かれているため、康大には読めなかった。
そんな康太の代わりにミーレが声に出して読む。
《えっと、担当してるのは2人みたいね。今までの話からあの貧乳くのいちとタツヤって奴っしょ。とりあえず画像あるから開いてみるわ》
まずパソコンに映し出されたのは圭阿の姿だった。
今のように布の安っぽい服ではなく、画像では鎖帷子を着ている。
また眼付も今以上にきつい。
それだけで、彼女がどれほど過酷な環境にいたか、康大にも理解できた。
(下手すると圭阿にとってこっちの方が楽なセカイだったのかもなあ)
圭阿がいる戦国時代風のセカイがどんなものかは分からないが、少なくとも自分がいたセカイよりは殺伐としていたのだろう。
……ゾンビがいなければ。
《あーくのいちちゃんかなり荒んでる感じね。なになに、暗殺で今まで100人以上殺し、人の命を案山子の首程度にしか思っていない。常に懐疑的で殺意に満ちている。隙あらば私の首も切ろうと考えていた。冷血で人間と話している気がしない。ひぇー、アタシが担当じゃなくてよかったわ》
「別にそこまで殺人鬼じゃないぞ」
センタの圭阿評は康大にはかなり言いすぎな気がした。
確かに人を殺すことにためらいはないが、殺人鬼の様に意味もなく人を殺すこともない。懐疑的というのも慎重といった方が適切だ。
おそらくセンタのような生真面目な人間には、圭阿のような人種は相いれないのだろう。
《まあアタシもアンタを通してみた限り、そんな極悪人には見えないけどね》
「あ、そう考えると、向こうも俺のこと知ってる可能性があるな」
《ないっしょ。こいつの記録見た限り、最初に数回会ったきりあとは放置してるみいだし。まあ普通すぐ死ぬから、アタシとアンタみたいな関係の方が珍しいんだけど》
「なるほど」
《そいじゃ次は本命だ》
ミーレは画像を開く。
その人間の顔を見たとたん、康大は精神世界でも現実異セカイでも天を仰いだ。
「悪い方向に予想が当たった……」