第10章
康太たちが城に戻ってきたころにはすでに日は暮れ、さすがにいきなりサムダイに会うのは憚られた。他国の貴族にアポイントもなく会いに行くのがどれほど無礼かは、康大にもわかっていた。
そこでリアンには先にサムダイに約束を取り付けてもらい、それから会うということで話は決まった。
そして再び5人宿舎に戻ってきたのだが――。
「よし、結界を張ったぞ。そして案の定この場で何かされた形跡がある。まあどうせ何もできなかっただろうがな。がはははは!」
ハイアサースはそう言って自信満々に笑った。
シスターではあるが、魔法に関してはハイアサースもなかなかの素養がある。
ただそれを活かせる頭の回転の速さには、いささか問題はあったが。
「それにしてもゾンビ化ですか……」
周囲に話を聞かれることを恐れずっと黙っていたコルセリアが、部屋に入りようやくそのことについて話す。人が明らかにいないであろう森の中でも、一言もそのことに関して口に出さなかった。
律儀だなと思いながら、康大は半分感心し半分呆れた。
「初めに言っておくが――」
「わかっています」
ザルマの念押しが終わる前に、コルセリアは言った。
ただ表情から納得していないことは明らかだ。
本音はゾンビ化する可能性がある自分とはとっとと縁を切り、領地に戻ってほしいのだろう。
康太はそんなコルセリアの内心がよくわかった。
尤も、鈍い自分でもわかるぐらいだからほぼ公然の事実だろうが。
「……わかっていますが、私にも考えがあります」
「あまり聞きたくないが、言わないと納得しないだろうな」
「はい」
悪びれる様子もなくザルマの言葉にうなずく。
康太の表情は特に変わらなかったが、圭阿はあからさまに嫌そうな顔をした。
ハイアサースは結界を張ったことで満足したのか、特に何が考えている風ではない。
「聞いた話から推察するに、おそらくコウタ様……いえコウタ閣下の血に、他者をゾンビにする作用があるようです」
「本題に入る前に、そこまで言われると逆に馬鹿にされている気がするので、せめて今まで通りの呼び方にしてください」
「……了解しました。これは逆に言えば、コウタ様が無傷でいれば、ぼっちゃまがゾンビなることもないということでもあります」
「まあそれは道理ですけど、それができれば俺としても苦労は……」
「ですからこれからは、ぼっちゃまよりコウタ様を率先して警護します!」
コルセリアはそう力強く断言する。
急遽護衛対象に任命された康太はあっけにとられた。
それは他の仲間達も同じで、唯一ザルマだけが「ご愁傷様」という顔をした。
「いや、その、守ってくれるのはうれしいんですけど……」
コルセリアが自分が想像するSPのようなことをしてくれるとは到底思えない。
なにかひどくピントが外れた護衛をされるような――。
「まず護衛と血液の拡散防止を兼ね、24時間全身鎧を――」
「却下」
即座に護衛対象に計画は退けられる。
ただの荷物でもいっぱいいっぱいだというのに、これ以上重いものを背負いたくない。
すぐに提案を却下されたことにより、コルセリアは悔しそうに唇をかむ。
このセカイに来る前の康大なら美女にそんな態度を取られると考えを変えてしまったかもしれないが、今はもう慣れた。
なんだかんだ言っても康大の周りは美女だらけだ。
そんな彼女たちと普通に話せるようになったのだから、その程度で自分の意見を変えたりはしない。
「ということだコルセリア、諦めろ」
「ぐぬぬ……分かりました。ですが可能な限りはさせてもらいますよ」
「あんまり俺達の足引っ張るなよ。それでコウタ、お前あのサムダイとかいうペテン師と会うつもりらしいが、うまく説得できるのか? 初対面でいきなり大嘘を吐く男だぞ」
「そのあたりは出たとこ勝負だなあ」
康太は他人事のように答える。
サムダイとこうして再び関わることになるとは、想像すらしていなかった。
そんな状況で対策など立てようもない。
唯一わかることは抜け目ない人間で、本心を全く話さないということだけだ。
「然らば拙者がさむだいについて調べてまいりましょうか?」
「頼む」
圭阿の申し出に康太は素直に乗る。
こういうとき、忍者の存在はありがたい。
「な、ならば私も!」
「コルセリアさんも諜報活動とか得意なんですか?」
「この役立たずにできて、私にできないわけがありません!」
「じゃあ却下で」
諜報活動がそんな甘いものでないことは、康大もよく理解していた。
コルセリアの意地のために、失敗すると分かっていることを許可する気もない。
圭阿がそんなコルセリアを鼻で笑う。
コルセリア相手だと圭阿の感情が10割増しだ。
「それでは翌朝までに仕入れられるだけの情報を集めてくるでござる。皆さまはどうぞ不用意に動かぬように」
そう言って圭阿は窓を開け、そこから出て行った。
おそらく言葉自体は全員ではなくコルセリアに対してだけ言ったものだろう。
「……さて、とりあえず腹が減ったな」
意図的に空気を変えようとしたわけではないが、不意にハイアサースが言った。
ただ今回は康大もハイアサースの意見に賛成だ。
朝食後すぐ山に登り、食べたのは自前の食料とリアンが用意した非常食だけ。それらは干し肉やビスケットのようなもので、明らかに消費カロリーが摂取カロリーを上回っていた。
「飯は用意してくれているのだろうか?」
「さあな。そこら辺の話は一切聞いてないし。でもまあ名目上でも国賓だから疎かには――」
康太がそこまで言いかけた時、唐突にドアが叩かれる。
そのすぐ後、
「リアンっスけど今大丈夫っすか?」
ついさきほど別れたばかりの少女が名乗る。
康太が指示を出す前に、ザルマが扉を開けた。
彼女なら別に警戒することもないと思ったのだろう。
手勢の可能性を一切考えてないあたり、ザルマらしい判断の速さだった。
尤も、その場にいたのはリアン1人で、結果的にザルマの判断は正解だったが。
「どうした? さっき別れたばかりなのに」
「それっすけど、サムダイ様に話したら今すぐ晩餐に招待するよう言われたっす」
「・・・・・・」
夕食の時間が早いこのセカイでは、ちょうどいい頃合いではある。
ただ、タイミングがあからさますぎた。
明らかにこちらが落ち着いたり、準備する暇を与えないための招待だ。そして大司教とのやり取りもすぐに聞き出そうとしている。
その上圭阿が偵察に出たのを見計らって。
たとえ圭阿に関しては偶然だったとしても、その意図に間違いはない。
「……できれば伸ばしてもらえないか?」
「そうすると、次に会えるのがいつになるか分からないって言われたっす」
「・・・・・・」
康太の懇願を予想していたかのように、リアンはすらすらと答える。
もちろんそれを用意していたのはサムダイだろう。
こちらの足元を完全に見られている。
康太は即答せずに仲間たちに視線を送った。
「とりあえず夕飯ににありつけるのなら私に反論はない!」
腹ペコシスターが自信満々に即答する。
残りの2人は対照的に深く考えているようで、答えはすぐには返ってこなかった。
(……まあ仕方ないか)
圭阿以外に戦力がいない状況ではまずいが、今はコルセリアがいる。
なによりここでグダグダしていてもしようがない。
相手の手の内だと分かっていても、時には進まなければならない場合もある。
「わかった。すぐに行く」
――そう思いながら康太はリアンからの提案を受け入れた。
「それじゃあさっそく自分についてくるっす。実はああしも腹が減って仕方なかったんすよ」
(ああしって……)
つくづく貴族には見えないなと思いながら、康大は階段を降りるリアンの後について行った……。