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第9章

「――というわけです」

「なるほど、お主は異邦人だったわけか」

 すべての話を聞き終えた後、大司教はゆっくりと頷いた。

 その顔はある程度康太の話を予想していたようであった。

 しかしコルセリアとリアンは違う。


「まさかコウタ子爵が生きた異邦人だったなんて……」

「まるで珍獣扱いだな」

「まあ実際珍獣っすよ」

 悪びれることなくリアンは答える。

 康太はため息を吐いた。

 ただ裏表のないリアンに言われても、あまり腹は立たない。


 一方コルセリアは面と向かっては何も言わなかった。

 それが逆に彼女の困惑の深さを、より雄弁に語っているような気がした。


 おそらくその中心はザルマの安全だろう。

 生きた異邦人など前例がなく、何をされるか分かったものではない。

 その上ゾンビだ。

 戸惑うのも当然である。

 ただコルセリアに色々聞かれるのも面倒なので、康大は話をすぐに進めた。


「それで、大司教様に治せますか?」

「そうじゃな。結論から言えば無理じゃ」

 大司教は即答する。

 予想できていたこととはいえ、康大はがっくりと肩を落とした。

 自分はどうでもいいから、せめてハイアサースだけはどうにかしてほしかった。

 そうでなければ婚約者と胸を張って言えない。


「――だが、方法が思いつかないわけではない」

「本当ですか!?」

 地獄から天国とはこのことだ。

 康太にしては珍しく、感情のままあまりに勢いよく大司教に詰め寄ったため、大司教に体ごとぶつかる。

 ただ、倒れたのは康大の方だけであった。

 山暮らしが長いだけあって老人とは思えないほど大司教の体は頑健であり、現代人の康大などものの相手ではなかった。


「お前もいい加減落ち着け」

 有事の際は一番取り乱すザルマに諭される。

 ゾンビ化の件に関しては口を挟むつもりはなかったようだが、あまりに惨めなので思わずそう言った。

 その効果は抜群で、康大も「俺そんなに落ち着きなかったか……」と一瞬で冷静になった。


「……それで大司教猊下、その方法とは?」

 康太の代わりにハイアサースが聞く。

 彼女もまた当事者だ。


「まず嬢ちゃんと小僧のゾンビ化は密接に関係しておる。ここまではよいな?」

『・・・・・・』

 康太とハイアサースは無言でうなずいた。


「……とは言ったものの、おそらくお主らが思っている"関係"と、儂が言っている"関係"では意味が違うだろうな」

「と、言いますと?」

「結論から言おう。おそらく小僧の病が治れば嬢ちゃんの病も治る」

「本当ですか!?」

 康太は大声で叫んだ。

 大司教と話してから驚いてばかりである。

 仲間達もここまで感情の起伏が激しい康太を見るのは初めてだ。

 大司教はそんな康太の反応が楽しいのか、にやりとした顔を作りながら言った。


「本当じゃ。嬢ちゃんは自分自身のことだから気付かなかったようじゃが、お主と嬢ちゃんの間には()が結ばれておる。その線こそが嬢ちゃんのゾンビ化の原因じゃ。何と言ったか、お主はういるす? というもので嬢ちゃんを感染させたと思っているようじゃが、そういうわけではない。そもそもそのういるすで感染したのなら、お主が殺した山賊同様の末路を嬢ちゃんも歩んでいただろうし、逆に自我を保っていた山賊もいたじゃろう」

「言われてみれば確かに……」

 康太はそれを医学的な偶然だと思っていた。

 それが現代医学における()()()()()()()だ。

 しかしハイアサースに感染したのはこのセカイに来てからである。

 康太が知らない全く未知の感染方法があったとしても不思議ではない。


「小僧の話から儂が言えることは2つ。小僧が治れば嬢ちゃんは治る。そして小僧の血を飲めば人は死ぬ。あとこれは可能性の話じゃが、小僧の血は人間以外には毒にはならん」

「どうしてわかるんです?」

「小僧今までさんざん怪我してきたじゃろ。お主のようにとろい男が無傷でここまで来られるとは思えん」

「返す言葉もないです……」

「ならばここに来るまでの間、大量に死んだ動物を見たことがあるか?」

「言われてみると……」

 ハイアサースに切られたときは泉で当然そこには魚や虫がいたはず。また海でも怪我をしたし、山でも鳥に襲われた。


 だが、そのどの場面でも大量死体など見たことがなかった。

 人間より体積が小さい小動物全てが、人間より強い耐性を持っているとも思えない。

 大司教の言うとおり、人間以外効果がないと思った方が――。


「あ、唯一薬草の化け物みたいのには有効でした」

 ゴーレム内で戦ったあの凶暴な薬草を思い出しながら康太は言った。

 当時居合わせたハイアサースと圭阿は「そういえば」と思い出したようだが、それ以外の人間には何のことだかさっぱり分からない。

 あれからずいぶん経ったような気もしたが、実際はまだ1ヶ月すら経っていなかった。


「薬草の化け物?」

「えっと、ゴーレムを動かしてる魔法の影響で凶暴化した薬草……みたいなものだった気が」

 フォックスバードから聞いた話を思い出しながら康太は答える。


「魔法植物か。なるほど、興味深い話じゃの」

「ゾンビ化を治すことと何か関係があるのでしょうか?」

「わからん……。ないともあるとも言えん。お主の体にはあまりに知らないことが多すぎる。じゃが遠い昔に、お主と同じような人間の話を聞いたことがある気がしてのう」

「俺以外にもゾンビになった人間が!?」

「だからあくまで気がしただけじゃ。お主も少しは落ち着け。それよりリアンじゃ」

「え?」

 突然話を振られ、リアンが呆然とする。

 話に飽きて適当に時間をつぶしていた風ではない。

 彼女なりに現状を分析し、咀嚼していたのだろう。話しかけられるまで顎に手を当て、なにやらぶつぶつと考え込んでいた。


「おそらくお主たちも知っているだろうが、グラウネシアには薬学に特化した図書館がある。その中には過去あらゆる症例がまとめられた本もある。そしてそういった本はたいてい古語の上、専門用語で書かれ、普通の人間にはまともに読めん」

「つまり自分に本を読めってことっすね。それは構わないっすけど、でも――」

「――そう、グラウネシア貴族の娘であるリアンすらおいそれと図書館には入れん」

「それは大司教様ほどの身分の人でも同じなんですか?」

「・・・・・・」

 康太の質問に大司教は首を横に振る。


「儂なら問題ない……が、理由も言わずに使わせてはくれんだろう。そして理由を話せば聖約を破ることになる。ご丁寧に聖書の上で宣誓まで強要するため方便も使えん」

「あ……」

 康太はうかつに聖約を結ばせたことを後悔した。

 まさかこんな展開になるとは予想だにしていなかった。


「じゃが方法がないわけではない。しかしそのためにはある人間の協力が必要じゃ。お主のオーラの様子から当人とはすでに会っているようじゃが」

「誰ですかその人は?」

 康太は緊張しながらその名前を聞く。


「ワイアラード男爵じゃ」

「ワイアラード……」

 全く聞いたことのない名前だった。

 康太のみならず仲間達も首をかしげていると、


「それってサムダイ様のことっすよ」


 リアンが意外な人間の名前を言った。


「ワイアラード・サムダイってのが本名っす。こっちとそっちの国じゃ微妙に名乗り方も違うんすよ」

「ちょっと待ってくれよ!?」

 康太はサムダイとした会話を思い出す。

 あの場ではサムダイはこう言った。

 「王宮図書館を使うことはできない」、と。

 そしてその場にはリアンもいたはずである。


「前会った時、使わせることはできないとはっきり言っていたではないか!」

 ザルマもそのことは覚えていたようで、康大の代わりにリアンに抗議する。

 しかしリアンはどこ吹く風だ。


「そうっすね。けど自分が使えないとは言ってないっす。まあ自分も知らなかったっすけど。でも妙な話っすね、あの人男爵だから、身分的には図書館使えるほどの立場でもないんっすけどねー」

「ぐぬぬ」

 他人事のように話すリアンに、ザルマは唇を噛むだけだった。


「さて、そのあたりは本人から聞いてみるといいだろう。儂から話せることはこの程度じゃな。どれ、最後に祝福でもしてやるか。全員頭を下げよ」

 そんなついでのような祝福にどれほどの意味があるか分からないが、自分以外は全員言われた通り頭を下げている。

 1人だけ抵抗するのもバカバカしいので、康大は最後に頭を下げた。


「よろしい。皆の旅路に良き巡り会わせがあらんことを」


 大司教は両手を差し出し、それだけ言った。

 ただ全員頭を下げたままなので、その様子を見ることはできない。


 どれぐらい頭を下げていただろうか。

 康太が横を見るとまだ誰も頭を上げていない。

 いい加減しびれを切らし、最も近くにいたリアンに「あとどれぐらいで頭を上げればいいんだ?」と聞いた。


「これといった決まりはないっす。普通は大司教様が頭を上げろというか、本人がもう十分かなと思った段階で上げるっす」

「じゃあ俺はもう十分だな」

 ありがたみを全く感じていない康大は誰よりも後に頭を下げ、誰よりも早く頭を上げる。


「……あれ?」

 すると大司教の姿はもうどこにもなかった。

 平地と違いこの山林の中では、少し先に移動されるともうどこにいるのか分からない。

 最後までけったいな爺さんだったなと康太は苦笑する。


 ちなみにこの後、ハイアサースとザルマがチキンレースのように頭を下げ続けたため、思いのほか城に戻るのに時間がかかってしまった……。

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