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疫病神と呼ばれた令嬢

ディミトリアスとアレクサンドラの次男、セシリアの弟のお話です。最初は女の子目線。短いですが、よろしくお願いします。

世の中にはやたらと運の悪い人間というのがいる。

私は間違いなくそれに入る自信がある。


先ほどまで結婚式が行われていた教会の惨状を見ながら、ゾーイ・オズボーンは近くにいた母のように倒れてしまいたいと切に願った。しかし残念ながらどんな時も、都合よく気を失えたことなどないのだ。たとえ、夫婦となることを先ほど誓った男性や親戚になるはずだった人たちが騎士隊に連行されていったとしても。


教会を出ることも許されず、ぼんやりとバージンロードの先に立ち尽くしたまま騎士隊を見ていると、騎士にしては嫌に線の細い人が入ってきた。なんとなく目で追っていると、その人がこちらにやってくる。白に近いプラチナブランドの長い髪を耳の横で結び肩に流しているその人はおそらく男性だろうが、遠目に見ても大層美しい顔をしている。



「なんだかあの人…どこかで…」



と、その人が早足でこちらにやってくる。


(え、私も捕まるの?!)


後ろに一歩下がったところで彼は走り出しあっという間に私のすぐそばまで来ると、ウェディングドレスのままの幼い子供のように私を膝から抱き上げた。


「ゾーイ!会いたかった!」


その声に、学生時代の友人の姿が浮かんだ。


「さ、サミュエル…?」


私の問いかけに彼は一つうなずくと、そのまま私を外へと連れ出した。門の外に止めてあった馬車に乗せられると、そのまま馬車はどこかへ走り出した。











ゾーイはオズボーン子爵家に生まれた。同世代に王族がいるため、国内の高位貴族の婚姻がなかなか決まらず、その下の下位貴族たちの婚姻も進まないというなか、ゾーイの最初の婚約が決まったのが15歳のとき、二つ上の伯爵令息だった。ゾーイの家は子爵家ではあるものの、領地内に国内有数の鉱山をもち、伯爵家や侯爵家にも匹敵するほどの財を持っていたため、先方から望まれた縁だった。


しかし、その婚約は1年ほどで終わる。伯爵令息が、恋人と駆け落ちしてしまったのだ。その上、その恋人との間に子供までできたという。しかし、それではあまりに外聞が悪いため、表向きは病気になり領地で長期療養するという名目で婚約は解消された。


2度目の婚約は同じく伯爵家との縁だったが、これも1年もせずに伯爵家一家が事故により死亡するという悲劇に見舞われ立ち消えた。


どちらもゾーイが直接関わってはいないのだが、1度ならず2度の婚約解消に、人々は彼女を疫病神だとし、敬遠し始めた。そうして学園でも口さがない人々の噂話に辟易していたとき、変わらずに友人として離れないでいてくれたのがサミュエルだった。


サミュエルは学園に入学して、しばらくしてからできた友人だった。猫背で茶色の長い髪で顔をほとんど隠しているその風貌は、他の生徒たちからは野暮ったいと言われていたが、ゾーイ自身もブルネットにソバカスの地味な少女だったので、親近感を感じていた。

不思議な雰囲気を持つ彼は、自分のことをほとんど話さず、いつもゾーイの聞き役に徹してくれていた。だから、ゾーイは彼がどこかの貴族子息であることしか知らない。会うのはいつも図書館や裏庭などの人目がほとんどないところだった。


1度目の婚約撤回のときも、2度目の婚約撤回のときも温かくゾーイの話を聞いてくれ、心ない同級生たちの言葉に傷ついたときも、ゾーイを避けることなく優しく慰めてくれた大切な友人だった。


そんな彼も、ゾーイより一年早く卒業し、ゾーイ自身も卒業後適齢期を過ぎてやっと父が見つけてくれた嫁ぎ先が今回結婚式を挙げた伯爵家だった。年は親子ほど離れていたが、2度の婚約撤回の後なかなか次が見つからずに困っていたオズボーン子爵家の財力に目をつけた伯爵家から後妻にと打診されたのだ。


もうこれ以上の縁は望めないとし、ゾーイは婚姻を了承した。


その結婚式当日。教会での挙式の最中、騎士隊が突入してきて、ゾーイは訳も判らぬまま学生時代の旧友にどこかへ連れて行かれている。


わけがわからない。


学生時代の彼は確かに濃茶の髪に前髪を伸ばし顔を隠していたのに、今の彼はサラサラのプラチナブランドで、顔を全く隠していない。こんなに美しい顔をしているなんて知らなかった。


全く知らない人のようで、気安く話かけることも出来ず、まじまじとサミュエルの顔を眺めてしまった。気づいたサミュエルは見たことのないとろけるような笑顔で見返してくるので、なんだかとても恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。美しすぎて目が潰れる。


しばらく馬車が走ると、とある屋敷の前に停まった。先に降りたサミュエルに腰を抱かれ、密着したまま屋敷の中に連れて行かれると、中には執事らしき男性と侍女が待っていた。


「お帰りなさいませ。」


「ああ。彼女を頼む。」


サミュエルが短く答えると、侍女がゾーイを湯あみに案内する。あれよあれよと言う間に湯浴みを終え、なぜか用意されていたサイズがぴったりのドレスを身に纏うと、サンルームへと案内された。


そこでは、サミュエルが優雅にコーヒーを飲んでいた。


「あの…貴方…本当にサミュエルなの…?」


今更になって湧いてきた疑問を口にする。


「ああ。君の知るサミュエル・アダム・ロブウェルだ。」


「ロブウェル…って…宰相様の?!」


国内にロブウェルの姓はひとつだ。公爵家と被る家名の貴族はいない。


「僕の父は宰相ディミトリアス・ロブウェルだね。」


貴族であることは知っていたが、まさか王族に次ぐ国内最上位貴族だったとは驚きすぎて声が出なかった。


動けないゾーイを、サミュエルがソファへと促し座らせる。


「貴方…いえ、貴方様のお髪の色は…」


隣に座ったサミュエルは少し悲しげな様子でゾーイを見る。


「この髪は目立つから、学園では染めていたんだ。顔もできるだけ隠してた。昔のように話してくれないのか…?」


「ですが、私は子爵家の者で…いえ、もう伯爵家ですから…」


「君の婚姻は無効だ。」


「え…?」


もはや全く状況がわからない。

執事が恭しく書状を渡してきた。そこには、国王の名のもとに、ゾーイの婚姻は無効であると書いてあり、国王のサインの下には宰相のサインも書いてある。


「君はまだオズボーン子爵家令嬢だ。婚姻歴のないね。伯爵家は一族で犯罪に手を染めていた。だが、調査の結果、君たち子爵家は無関係であることが証明されている。」


震えるゾーイの手から書状を抜き取ると、サミュエルはぞんざいにそれを執事に渡した。執事はそのまま書状をもって部屋を出ていく。サンルーム内にはサミュエルとゾーイだけになった。


「ねえ、ゾーイ。」


肩を抱かれ、サミュエルが覗き込むようにこちらを見る。やめて顔を上げられない、目が潰れる。


「僕はね。心に決めていたことがあるんだ。君に次に会えたら、必ず結婚を申し込もうと。」


「はい…え、結婚?!」


びっくりして思わず顔を上げてしまう。キスできそうなくらい近くにサミュエルの顔があった。


「ゾーイ・オズボーン。僕と結婚してくれませんか?公爵位は継がないけれど、結婚と同時に公爵家の爵位の一つを譲られるのと、王城勤務の研究者をやっているから、今まで通りの生活はさせてあげられる。」


「え、でも…私、何度も婚約破棄して、そのうえ式も…公爵家の貴方には相応しくないわ…」


言いながら涙が出そうになる。


溢れる涙をそっとサミュエルの指で拭われる。


「誰がなんと言おうと、僕は君が欲しいんだ。父も了承しているし、国王陛下の許可もある。家族も君に会えるのを楽しみにしているんだ。」


「サミュエルなら、どんな女性だって手に入るのよ…?わざわざ私のような地味な女を選ばなくても…どんな綺麗な人も選べるのよ?」


こめかみにサミュエルの唇が落ちる。


「僕は他の誰でもない、ゾーイがいいんだ。それに、君は僕の世界で一番かわいい。こんなにかわいい女の子は君だけだ。いつも言っていただろう?」


確かに学生時代、いつも彼はゾーイを褒めてくれた。ゾーイはそれを世辞だと思っていた。だが、今この時に絶世の美丈夫から大真面目に言われて、なんだか笑いがこみ上げてくる。


「ゾーイ。僕はとってもお買い得だと思うんだ。君しか愛さないし、一生大事にする。仕事もしてるし爵位も持てるから苦労はさせない。好きなだけドレスも宝石も買っていいよ。しばらくこの屋敷に住むことになるけど、もっと華やかなところに行きたいなら新しく屋敷も用意する。」


なんというか、自分を売り込むためのサミュエルの必死さに余計に笑ってしまう。泣き笑いのゾーイをみて、サミュエルは甘く笑う。やめて目が潰れる(3度目)


サミュエルなら、どんな美姫も選び放題だろうに、わざわざ地味で美人でもないゾーイに必死に求婚するだなんて。


今日はあまりにもいろいろなことがあり過ぎて、わけがわからない1日だが、何だか、まあいいかという気になってしまった。


泣き笑いのまま結婚を了承すれば大喜びのサミュエルに、骨が折れそうなほど強く抱きしめられた。そしてそのままどこから出したのか、サミュエルと国王と証人のサインの入った婚姻届にサインを求められ、呼ばれた執事により、そのまま速達で王宮と教会へと届けられていった。



勢いで了承した結婚だったが、翌日公爵夫妻とサミュエルの兄弟たちの熱烈な訪問を受け、異例のひと月後に式が決まった。子爵家に戻ることは叶わなかったが、数日後には家族にも会えた。


あっという間に式の日が来た。「あんな趣味の悪いドレスなんて着せられない」と、前の式で伯爵から贈られたウェディングドレスはすぐに破棄され、国内の流行の最先端をいく王妃様と公爵夫人、サミュエルによりそれは美しいウェディングドレスが贈られた。


屋敷に連れてこられた日から、毎日サミュエルに愛を捧げられ、頭から爪先まで褒めまくられ、世話をされ、侍女たちのセンスによって磨かれ美しく化粧を施されているうちに、地味な女から普通くらいには昇格したと思いたい。


結婚式は小規模だったが、来て欲しい人たちは皆来てくれて、祝ってもらい、とても幸せなうちに終わった。まるで夢のようだが、夢なら覚めないで欲しい。できれば一生。



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