習作「ガラスのコップを落とした。コップは割れた。私はそれを片付けた」
「もしもし」
「こんな時間にごめんなさい。寝てた?」
「あ、えー……うん、起きてたよ」
「アナタに貰ったコップ、落としちゃったの」
「ああ、この前に買ってあげたやつ? 落としたって、なくしたの?」
「ううん、なくしたんじゃないの。アナタのプレゼントしてくれたコップだもの、絶対になくしたりなんかしない。毎日使ってるのよ。……でも、ごめんなさい」
「えっと……ん? 落としたってそういうことか」
「そう」
「あはは……あんまり落ち込まないで。割れちゃったってことだよね」
「そうなの。床に散らばっちゃって」
「丈夫な江戸切り子を選んだんだけどね、また割っちゃったか」
「本当にごめんなさい。またこんな深夜に……」
「大丈夫だよ。落ち込んだりしないで」
「でも、折角もらったのに……」
「泣かないで。大丈夫。怪我してない?」
「……今は、怪我してない。心配してくれてありがとう」
「今は? まだ片付けてないの?」
「……」
「あ、ごめんごめん。うん、そうだね。今から行って大丈夫?」
「大丈夫」
「じゃあ、あんまり動かないようにね。スリッパは履いてるよね?」
「履いてないの」
「あー、そっか。分かった。うん、すぐに行くから」
「いいの?」
「もちろん。鍵は開いてる?」
「うん」
「それじゃ、三十分くらいで着くと思うから」
「うん、待ってる」
電話を切ると、私はすぐに玄関の鍵を開けにいった。
そしてガラスの破片をひとつずつ丁寧に拾い上げ、ビニール袋に入れていく。
最後のひとかけらを摘まむ。それをぎゅっと左手の薬指の腹に押し付ける。赤の滲んだ最後のガラス片を、私は片付けた。
床に座り込んで彼を待っている間、次はどんなコップをプレゼントしてくれるんだろうかと、いつものように想像して過ごした。
了