女神の罪科
そこは、僕の知る中で最も悲しい場所だった。
白い、広い空間に僕は降り立つ。
ここはもう何度も来たことのある場所だった。生き物の気配のしないだだっ広い空間。
ぐるりと見渡しても、視界に入るものは限られている。一応、四角い部屋の形をしているらしいのだが、壁も天井も白くその上遠すぎるため、実態を確かめることはできない。
白い床は不思議な素材でできている。見た目はつるつるとしてなめらかなのだが、布の靴で歩いても滑ることはない。
その上には、大小様々な石が転がっている。赤、橙、黄、緑、藍、紫、黒。光沢のあるもの、角度によって色を変えるもの。硬いもの、軟らかいもの。
その中にどれ一つとして同じものはないと、僕は知っている。
見る者などいないのにきらきらと輝く瓦礫は寂しげにも見えた。
その石たちはどれもいびつだ。河原で拾う石のように磨かれた物もあるが、どれも割れて不完全な形をしていた。
それも当然のことだった。
ここはゴミ捨て場なのだから。
神が世界をつくったときの削りかすや、失敗作、壊れてしまった世界の残骸。そうしたものをここへ集めるのが僕に課せられた役目だ。
だけどたった今僕がここへ持って来たのは、生まれたての小さな世界だった。
僕の腕に抱えられた青と白のマーブル模様の球体。この小さな世界は、一人の見習い女神によって作られた。
彼女は今、見習い卒業のための試験を受けている。課題は、彼女一人で世界を作り上げることだ。提出された世界の出来次第で合否が判定される。
僕は彼女を見るといつも悲しくなるのだった。
彼女の頭の中は「理想の世界」の構想でいっぱいになっているらしく、こうして小さな世界を作っては、うまく行かないと言って作り直していた。
彼女は愚か者だ。
神だって全能ではない。神は世界の管理者でしかないのだ。世界の絶対的な支配者ではありえないということが、彼女にはまだわからないようだった。たとえ自分の作った世界であっても、そのすべてを思い通りに動かすことなどできはしないのに。
彼女がそれに気づくまで、いくつの世界が「失敗作」として捨てられていくのだろう。
一人の神の力が及ぶ世界はひとつだけ。管理者のいなくなった世界は崩壊する。
彼女が手放した瞬間から、小さな世界は壊れ始めていた。
この世界にとっての神は彼女一人だ。そのたった一人に捨てられた世界を僕は憐れんだ。
深みのある綺麗な青色の世界だった。もし彼女がこの世界を試験に提出していたら、きっと合格しただろう。
本来なら一つの世界として成立し発展していくはずだったそれは、しかし今僕の腕の中で悲鳴をあげている。きしきしと軋みをあげる球体を、僕は慎重に抱きしめた。
ぴしりと音を立て、表面に亀裂ができた。亀裂が広がり、割れ、世界が崩れていく。欠片になった世界は僕の腕から次々とこぼれ落ちていった。
「ーーごめんね」
未熟な女神の作った世界のすべての痛みのために、僕は涙を流す。この世界で生まれるはずだったすべての命、彼らに約束されなかった明日のために。
やがて悲鳴は聞こえなくなった。
ゆっくりと腕を解くと、残っていた欠片も床に落ちて砕ける。その中のひとつ、青い欠片を拾い上げた。
薄く白い斑の入ったそれは、小さな空のようだった。