Ⅲ ルーンスレイザー
レデレンシアの本拠地シャムガルは、広大な敷地を持つ施設だった。
走れども走れども奥が見えてこない。
これまでにあったのは、地下に降りる階段が二つ。
どの階層もパッと見、違いがわからない、迷いやすい構造だった。
この建物のどこかにハコブネがあるのだろうか。
ラキエルの迷宮といい、ルートヴィナに入ってからは、足腰が鍛えられる。
サウルとオリンが前衛となりユクトを抱えたヒルキアが後に続く。
この地下建造物は、一体どこまで続くのだろうか。
ガラテアが退却して以後、ほとんど敵が現れない。
「まさか、これで終わりってことはないよな」
疲労とともに、少々気が緩んだところで、後ろからヒルキアの叫ぶ声が聞こえた。
「危ない!」
ヒルキアが声をかけなかったら、直撃していたところだった。
男の放った技が、オリンとサウルを間を通り抜けて、床に裂け目を作った。
「よくもこそこそ嗅ぎまわってくれましたね」
声の主は、冷たい笑みを浮かべて、立っていた。
男の右手には黄金色に輝く剣がある。
「ついに姿を現しましたね。アレクシス」
ユクトが額に汗をにじませながら、声の主を睨む。
「あんたがアレクシスだったのか」
見覚えのある顔だったので、オリンとサウルは、顔を見合わせた。
かつてカルナードの海にて、出会った男。
ガラテアとつるんでいた男と考えれば、予想できなくもない相手だった。
だが、たしかあの時は違う名で呼ばれていた。
オリンは唇を噛んだ。いまは、考え込んでいる余裕などなかった。
レデレンシアの頭目というだけでもなく、ルートヴィナの貴族でもあるアレクシスは、品位のある立ち振る舞いをする男だった。
銀縁の眼鏡が、薄闇のなかで妖しく輝いた。
「おや、あの時の子供たち。サイザールでは世話になりましたね」
アレクシスが哄笑する。
「あの時、ルーンスレイザーを打たれ、サウルは死にかかったんだぞ」
思い返せば、あの時サウルが倒れなければ、シャランダールと契約することもなく、
不老の呪などに苦しむことはなかったのだ。
「昔話はもういい。アレクシス! 早くルーンスレイザーをうちやがれ」
オリンは苛立たしく叫んだ。
「ルーンスレイザー? くくっ、装備したくない剣でも装備しましたか」
アレクシスは喉の奥で笑う。
なんの因果か、苦しみの発端となった男に苦しみの呪縛を解いてもらおうとしているのだ。
まるで何か見えないものの掌で躍らされているような気がして、オリンはためらった。
これならダルティーマの魔女のアーヴァテイルの手にかかるほうがマシだ。
アレクシスの手にする魔剣アストラルグラムは、レーシャのアーヴァテイルに匹敵する上位の魔剣だ。
「なるほど、シャランダールはきみの手にゆだねられていたのですね」
アレクシスは魔剣アストラルグラムを掲げると、するどくふりおろした。
その切っ先にあるのは、オリンではなくヒルキアとユクトだった。
ユクトの影になり死角となったヒルキアの判断が一瞬遅れた。
「くそっ、アルヴィース」
サウルはユクトとヒルキアの間に割って入った。
ルーンスレイザーの直撃を受けて、サウルのアルヴィースは砕け散った。
サウルが胸をおさえて、うずくまる。
「おのれ、よくも我がアルヴィースを」
アレクシスの追撃は止まない。丸腰になり戦意を消失したサウルは恰好の的だった。
「ばかやろう、ぼんやりしている場合じゃないだろう」
アルヴィースを失って、慄然と立ち尽くすサウルをヒルキアが突き飛ばす。
アレクシスは、ルーンスレイザーを乱発している。見かけによらず逆上しやすい性格のようだ。
ガラテアやハウメアを撤退に追い込んだ敵に対して、相当の苛立ちを見せている。
いまが千載一遇の機会だった。
だが、オリンは迷った。
シャランダールもアルヴィースと同じように消されてしまうかもしれない。
シャランダールはかつて強敵アスタロトと戦ったとき、身を挺してオリンを守ってくれた剣だ。
「気にするな」
シャランダールが声を発する。
「魔剣殺しか。たしかに皮肉な話ではあるな。オリン、因果はおまえ自身で打ち砕け」
オリンはうなずくと、シャランダールを鞘から抜き、構えた。
「よかろう、そんなに死にたければ死ね!」
アレクシスは再びルーンスレイザーを放った。
二つの光が交差した。剣と剣がぶつかりあう。
それはアストラルグラムとシャランダールが打ち合う金属音だった。
オリンが同じ技を繰り出すのを見て、アレクシスは驚愕した。
「なっ、ルーンスレイザーだと!?」
言葉を失ったのはユクト達も同様であった。
「そうだ。ルーンスレイザーだよ」
オリンは、片目を瞑った。
「ルーンスレイザーは自分自身には使えない。オレは、オレと同じ技が使える奴をずっと探していた」
オリンは鞘を床に捨てると、両手で剣を構えた。
「あのファネドの死闘で、オレはルーンスレイザーを習得した。皮肉な話だが、アレクシス、あんたが技を放ったのをみたから、使えるようになった」
勝敗は決した。利き腕を負傷したアレクシスはもう、ルーンスレイザーを打てない。
「いまアストラルグラムを失うわけにはいきません」
アレクシスは敗北を認めた。
「覚えておきなさい。リンディスの魔法使いども」
苦々しく顔をゆがめながら、アレクシスは転移魔法で消えていった。
「なぜだ。なぜ」
サウルがオリンに抱きついた。
「おまえ、このままだと死んでしまうのだろう?」
「あいつのせいで苦しめられてきたんだ。あいつの手で救われるのだけは、嫌だった。バカだなオレは……」
オリンはうつむいたまま、声を張り上げた。
「ユクト。おまえも使えるだろ。ルーンスレイザー」
「理論上は可能です」
ユクトは、ふらつく足でなんとか立ち上がると、外套の内側から、短剣を取り出した。
いままでみてきた魔剣のなかで一番小ぶりの魔剣だった。
「魔剣ルーグシュトルム。ラキエルの迷宮で手に入れました」
ユクトは血の気を失った唇を噛んだ。
「隠していてすみませんでした」
オリンは目を瞑る。ゴルディオの呪をその身に受けて、即死じゃなかったのは、ルーグシュトルムが原因か。
「手負いのユクトにこんなこと頼むのは、心ぐるしいけど、やってくれるか」
オリンの命は風前の灯火であり、ユクトはゴルディオの呪で半死半生である。
兄弟そろってボロボロであった。
「ごめん。オレはどこまでも兄貴失格だな」
「いいえ。あなたほど優しくて心強い兄はいませんよ」
ユクトは短剣を振りかざした。




