Ⅰ 強敵?ウィジャ
雪がちらついている。空をみやったオリンは目に雪が入ったので、慌てて頭をふった。
シャムガルへの潜入は思っていたよりは簡単だった。ほとんど警備の兵がいなかったからである。
その代わり、魔法によるトラップが随所に仕掛けられていた。ウィジャの仕業だろうと見当がついた。
冷静になれば、簡単に解除できてしまうものがほとんどだった。
「ワナかな?」
ひとけの少なさを逆にオリンは訝しんでいる。
魔法の心得がある者ならば、わりと楽に進むことができる仕組みとなっていたものだから、これはもうユクト達を奥へと促しているといって過言ではないだろう。
「ワナでも、いまは進むよりほかはありません」
ユクトが先頭に立つ。ヒルキアは背後を守るようだ。
雑魚をちまちま倒しながら、オリン達は進んだ。ラキエルの迷宮で大物とばかり戦っていたので、感覚が狂うが、本来これくらい雑魚も出現するのがダンジョン攻略の醍醐味だろ、などとオリンはなんとなく思いながら、メイススクリプタを振った。
サウル、ユクト、ヒルキア、それぞれ性格は全く異なり、あまり会話も弾まなかった。オリンはサウルとばっかりしゃべって、ユクトが黙って相槌を打ち、ヒルキアは一人で悪態をついている。
ユクトのほうからヒルキアに話しかける。それをみたオリンはいい顔をしなかった。
ユクトはヒルキアのことを気遣いすぎだ。確かに孤立されても困るが、オリンもヒルキアもユクトのそういう、「ことなかれ主義」が嫌いだった。
オリンは無理してまでヒルキアと話そうとはしなかった。
さて、レデレンシアの連中もこちらのように一枚岩とは言い切れないかもしれなかった。
「ふっ、ふっ、ふっ、待っていたぞ」
待ち構えていたウィジャをみて、オリンは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「やっと会えた!」
「なんだ。敵に待ち伏せされて、嬉しそうにするとは不気味なやつ」
「ダークエルダの書。貸して」
オリンは目を輝かせて両手を広げた。
「貸してと言われて、素直に貸すか」
冷たく言い放つウィジャ。
「先日は後れをとったが、今度はすごいぞ」
オリンがユクトを手招きする。
「こいつはユクト。オレの弟だ」
「貴様がリンディスの宮廷魔術師ユクトか!」
ウィジャは黒い目を光らせた。
「ユクトはね、アトミックコアN3が使えるんだ」
「あ、アトミックコアだと!?」
しかもN3。ウィジャの顔色が変わる。誰にでも得手不得手がある。こんな行き止まりでそんな魔法を使われたら逃げ場はない。
ウィジャはあっさり降参した。ハッタリだと思わないのが、不思議である。
「きちんと返してくれるだろうな?」
ウィジャは手を震わせながら、ダークエルダの書を差し出した。
「もちろん。オレは借りたものは返す主義だから安心して」
オリンがダークエルダの書に手をかざす。
「すごい。これ本当にダークエルダの原書だ。おまえなんかがどうやって手に入れたんだ」
奪い取っておいてこの言い草である。どちらが悪党かわからない。
なんだが失礼な奴とウィジャは立腹したが、下手にゴネて返してもらえなくなったら大変だ。ぐっとこらえて、黙して様子をうかがう。
オリンは魔本に手をかざすと、呪文を唱えた。オリンの右手に鍵が生成されていく。
ダークエルダの書から特定の魔法を取り出すことをルーンブックマーカーという。高等魔法のひとつだ。
「まさか、わたし以外に鍵の生成ができるものがいるとは!」
ウィジャが驚愕の声をあげた。
「ルーンブックマーカーだろ。高度テクなだけで、魔力もそんなに使わないし。オレ、すごい魔法使いだから、全然余裕でできちゃう」
オリンがにかっと笑う。
「よしっ、できたぞ。これがダークロアの鍵だ」
オリンは大事そうに鍵を道具袋にしまった。これはダークロアの本来の鍵ではない。いうなれば、これはマスターキーのようなものだ。
ダークエルダの書には、ダークロア以外の魔法もたくさん封じ込められている。このままおとなしくウィジャに本を返してしまうのは惜しい気がした。
だが、敵対する相手とはいえ、泥棒はまずい。オリンは名残惜しそうに渋々ダークエルダの書をウィジャに返した。
ダークエルダの書が無事に帰ってきて胸を撫で下ろすウィジャにオリンが、
「あ、もう一つお願いがあるのだけど」
「ダークロアの鍵だけでは飽き足らず、今度は何だ!」
「ハコブネの場所、教えて」
「教えるわけがないだろう」
ウィジャが一瞬で、突っぱねた。
「つまりハコブネは『ある』ってことだね」
「…………」
ウィジャは口を噤んだ。
「ダークロア使っちゃおうかな。試し打ちってやつ。でも、こぉんな狭いところでダークロアなんて使ったら、ハコブネだけでなく、この本拠地も吹っ飛んじゃうだろうね」
「やめろ。それはまずい」
ウィジャは動揺して、膝をがくがくさせている。敵の侵入を許したどころか、破壊行為まで容認したら、アレクシス様に大目玉を食らうだけではすまなくなる。
どうやらシャムガルの連中は、敵に侵入されることなど全く予測していなかったようである。
この施設そのものの警備も甘かったが、ウィジャにはもっと誤算だったに違いない。
あの簡単なトラップの数々は、ウィジャにとっては、かなりの自信作だったようである。まさかこうもたやすく突破されるとは、思っていなかったようだ。
ウィジャは己の不甲斐なさを罵ったが、時すでに遅し。
ウィジャもともと戦闘向きの魔法使いではないのだろう。どういう経緯でダークエルダの書を手に入れたのかは、興味深くもあり疑問であるが、そこまで追求している時間はなかった。
メイススクリプタの炎に追い回されたウィジャはついに降参した。